ワーク・ライフ・バランス -...

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特集―女性の継続就業とワーク・ライフ・バランス Business Labor Trend 2010.9 2 特 集 改正育児・介護休業法と今後の課題6月 30 日に改正育児・介護休業法が施行された。労働力人口が減少しているにもかかわらず、依然として、 結婚・出産・育児を機に仕事を辞める女性は少なくない。また、親の介護を担う世代も増えるなか、就業を継 続しつつ、安心して育児や介護にかかわれるようなワーク・ライフ・バランス社会はどのように実現すべきな のだろうか。特集では労働政策フォーラムでの企業の取り組みを踏まえた議論のほか、JILPT の調査・研究成 果などをもとに対応策を考える。 ワーク・ライフ・バランス 労働政策フォーラム 女性が働き続けることができる社会を目指して

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特集―女性の継続就業とワーク・ライフ・バランス

Business Labor Trend 2010.9

2特 集

―改正育児・介護休業法と今後の課題―

女性の継続就業と 6月 30 日に改正育児・介護休業法が施行された。労働力人口が減少しているにもかかわらず、依然として、結婚・出産・育児を機に仕事を辞める女性は少なくない。また、親の介護を担う世代も増えるなか、就業を継続しつつ、安心して育児や介護にかかわれるようなワーク・ライフ・バランス社会はどのように実現すべきなのだろうか。特集では労働政策フォーラムでの企業の取り組みを踏まえた議論のほか、JILPT の調査・研究成果などをもとに対応策を考える。

ワーク・ライフ・バランス

労働政策フォーラム

女性が働き続けることができる社会を目指して 

わが国では、女性が普通に働ける社

会の実現をめざして、男女雇用機会均

等法、育児・介護休業法等女性の就業

に関わる諸法律の制定・改正を行って

きた。その結果、女性の就業に関し改

善した部分もあったが、第一子出産前

後で継続して就業している女性の割合

はほとんど変化していないという報告

もあるなど、まだ充分な状況ではない。

六月三日に開かれた労働政策フォーラ

ムでは、女性の就業に関する最近のJ

ILPTの研究成果を報告するととも

に、女性が結婚・出産・育児期を経て

も就業を継続し、生涯を通じて普通に

働ける社会を実現するには、どのよう

な制度・支援が必要か、行政・研究者・

企業の現場の視点から議論した。

(役職はフォーラム開催時点のもの)

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Business Labor Trend 2010.9

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本日は「今後の仕事と家庭の両立支

援」ということで、現在政府で進めて

いる両立支援策の背景や今後の施策な

どについてお話させていただく。

 

両立支援を進める背景として、もっ

とも重要なのが少子化問題だ。昨日(六

月二日)発表された二○○九年の合計

特殊出生率は前年度から横ばいの一・

三七だった。合計出生率は年々低下傾

向にあり、二○○五年には一・二六と

過去最低を記録した。その後、さまざ

まな施策の効果もあって、上昇に転じ、

一・三七で足踏みしている状況だ。

 

この一・三七という率は世界的に見

ると非常に低い。先進国では、女性の

労働市場への進出が進むと、いったん

出生率が下がった後、回復するのが典

型的なパターンだ。欧米諸国の中でも

フランスや北欧でも同様の動きがみら

れ、出生率が二近くまで達している国

もある。一方、日本、ドイツ、イタリ

アでは非常に出生率が低く、これらの

国に共通して見られる要因として、女

性は子どもが小さいうちは、家庭に入

る傾向が強く、労働市場に止まる率が

少ないと言われている。その中でも日

本は特に低い。

 

少子化により人口減少が進むと、特

に若い層、労働力となる層が減ってい

くことになる。現在、一年間に概ね一

○○万人の子どもが生まれているが、

推計によると、二五年後には六九万人、

五○年後には四五万人まで減少する。

このままの低い出生率のまま推移すれ

ば、将来日本の経済社会自体が維持で

きなくなってしまう。

 

この問題を解決するためには、本日

のフォーラムのテーマである「女性が

働き続けることができる社会」の実現

が必要だ。

 

世間では「最近の若い男女は子ども

を産みたがらないのではないか」と言

われることがある。しかし、調査によ

れば、実際には若い人の九割以上が将

来結婚を希望しており、結婚後は二人

以上の子どもが欲しいという人が多い。

この結果をかけ合わせると合計特殊出

生率は一・七五にはなるはずだ。しか

し、実際の出生率は一・三七でこの数

値との間に大きな乖離があり、それを

埋める必要がある。

結婚や出産・子育てをめぐる

希望と現実の乖離

 

いろいろな調査の分析結果によれば、

この乖離の要因として、まず挙げられ

るのが「結婚の壁」だ。収入が低く、

非正規など不安定な雇用の男女の未婚

率は高い。もう一つの要因が「出産の

壁」で、子育てしながら継続就業でき

る見通しを立てにくいということによ

るものだ。長時間労働の家庭では出産

確率も低い。特に注目していただきた

い点は、第二子以降の出産については、

夫婦間の家事・育児の分担度合いが大

きく影響しているということだ。とく

に男性の家事・育児の分担度が高い家

庭では、実際に二人目以降の出産確率

が高く、女性の継続就業の割合も高い。

 

こうした状況をデータでみると、出

産前に職に就いてい

た女性のうち、出産

後に継続就業してい

る割合は約三八%と

なっている(図1)。

残念ながら、この割

合は過去二○年間あ

まり変わっていない。

 

妊娠、出産前後に

退職した理由を聞い

たところ、「家事・育

児に専念するため自

発的にやめた」と答

えた女性が約四割い

る。こうした方はご

本人の希望であるの

でよいが、問題は「仕

事を続けたかったが、

仕事と育児の両立の

難しさでやめた」が

二六%、「解雇された、

退職勧奨された」が

九%もいることだ。

仕事と育児の両立が

難しかった理由を聞

基調報告

今後の仕事と家庭の両立支援

定塚由美子 厚生労働省雇用均等・児童家庭局職業家庭両立課長

図1 女性の出産後の就業継続

4.7% 5.7% 6.1% 8.2%100%

34.6% 32.3% 32.0% 25.2%

70%

80%

90%

9.8%1.5%2.6%

35.7% 37.7% 39.5%41.3%

30%

40%

50%

60%9.0%

39.0%

5.1% 8.0% 10.3% 13.8%19.9% 16.4% 12.2% 11.5%

0%

10%

20%

30% 26.1%7.2%

4.7%

0%

1985-89 1990-94 1995-99 2000-04

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いたところ、「勤務時間があいそうもな

かった」「職場に両立支援する雰囲気が

なかった」「自分の体力がもたなそうだ

った」「育児休業を取れそうもなかっ

た」と続く。こうした状況の要因とな

るものを解消すれば、少なくとも本当

は継続就業したかった方々が勤め続け

ることができるはずである。

 

二○○八年の各国の女性の労働力率

を比較したのが図2のグラフだ。日本

の女性の労働力率はM字カーブを描い

ている。このM字カーブの底の部分、

三○〜三四歳層の労働力は六七・二%。

一○年前は五六・七%だったので、か

なり底が浅くなってきている。また、

今回六五・五%と一番低かった三五〜

三九歳層も一○年前は六一・五%だっ

たので、四ポイントあがっている。他

の先進諸国もかつては、みなM字カー

ブを描いていたが、一五年ほど前にす

でに解消されている。

 

M字カーブを未婚と有配偶者に分け

て分析すると、未婚のほうは五年前か

らほとんど変わりがないが、有配偶者

は労働力率がかなり上がってきている

ことがわかる(図3)。一○年ぐらい

前はM字カーブの底が上がる要因は結

婚率が減って、未婚率が増えたことに

よるものだったが、ここ五年ぐらいの

動きをみると、むしろ有配偶者が働い

ていることが要因となっていることが

明らかとなった。

 

図4は末子の年齢別に母親の労働力

の推移を表したものだ。○〜三歳層の

末子がいる層が平成一三年には三○%

強だったものが、平成二一年には四○

%弱まで上昇しており、妊娠・出産後

も就業を継続する女性が増え、あるい

は仕事を辞めた場合でも仕事に復帰す

るまでの期間が短くなっているという

傾向が見えつつある。この一○年間で

大きな変化の兆しが表れてきたのでは

ないか。

 

冒頭で申し上げたとおり、男性が育

児に関わる家庭ほど女性の継続就業率

が高く、第二子以降の出産意欲が高い

調査結果が出ている。今回の改正育児・

介護休業法では男性の育児参加を大き

な柱と位置付けているが、男性の育児

休業取得率は平成二○年度で一・二三

%とまだ低い状況だ。育児休業を利用

したいと考える男性の割合は一○年前

の調査では一割弱だったが、その後急

増している。その一方で、企業の人事

担当者と従業員双方に育児休業の取得

しやすさを聞いた調査では、女性の場

合、企業、従業員双方とも七割以上が

「取得しやすい」と答えているにもか

かわらず、男性の場合、企業は二割弱、

従業員にいたっては一割程度で、大半

は「取得しにくい」と考えていること

がわかった。

改正育児・介護休業法の概要

 

こうした背景を踏まえて、改正育児・

介護休業法を六月三○日から施行する。

ただし、短時間勤務や残業免除、介護

のための短期の休暇の付与といった一

部の規定は、常時一○○人以下の労働

者を雇用する事業主については、二年

間の猶予期間を設け、平成二四年七月

一日からの施行となる。

 

今回の改正の一本目

の柱が「子育て期間中

の働き方の見直し」と

いうことで、子育て期

間中に短時間勤務や残

業なしで働き続けるこ

とができるようにした。

従来、選択的な措置義

務だった短時間勤務制

度と所定外労働の免除

は義務化されることに

なった。ただし、短時

間勤務制度については、

業務の性質などに照ら

して導入が難しいとこ

ろでは、労使協定を締

結すれば適用除外とな

る規定を設けている。

適用除外とした場合、

図5③〜⑦の代替措置

資料出所:総務省統計局「労働力調査」(平成 11、16、21年)

図3 女性の配偶関係、年齢階級別労働力率(%)

991.8 90.6 88.2 85.2 81.6

90 7 84.6

91.7 87.2 79.2 90

100

(%)

72.6

77.8

72 0

90.7

89.9 85.9

84.6

77.8

69.2 76.6 90.0

82.1

75.0

70

80

54.3

72.0

55.3

56.7

53.3 53.2

57.1

66.8

73.1

70.4

66.9

70.8

66.2 55.7

66.9

69.9

60

70

13.2

18.8

45.2

51.5 49.4

47.4

55.0

48.2 40.0 43.9

44.2

65.5

40

50

12.8

16.7

39.5

47.9

20.0 20

30

16.3 16.1 17.1

17.0

0

10

15~19歳 20~24歳 25~29歳 30~34歳 35~39歳 40~44歳 45~49歳 50~54歳 55~64 歳 65歳以上

未婚平成21年 未婚平成16年 未婚平成11年

有配偶平成21年 有配偶平成16年 有配偶者平成11年

15 19歳 20 24歳 25 29歳 30 34歳 35 39歳 40 44歳 45 49歳 50 54歳 55 64 歳 65歳以上

図4 末子の年齢別母親の労働力率の推移

資料出所:総務省「労働力調査詳細調査」平成 14年~ 21年年平均

80

70

75

60

65

0~3歳

4~6歳

45

50

55 7~9歳

10~12歳

13~14歳

15歳~17歳

35

40

45 15歳~17歳

30

H13 H15 H16 H17 H18 H19 H20 H21

図2 女性の労働力率(各国比較)

資料出所: 日本:総務省「労働力調査」、その他:ILO「LABORSTA」

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を講ずることが義務づけられる。子の

看護休暇制度も拡充し、お子さんの数

が二人以上であれば、年一○日を限度

として看護休暇を付与することを事業

主に義務づけた。

 

二本目の柱は「父親も子育てできる

働き方の実現」で、父親の育児休業を

促進する仕組みを設けた。そのうちの

一つが「パパ・ママ育休プラス」。こ

れは母親だけではなく、父親も育児休

業を取得すると育児休業期間が二カ月

間延びるというもの。また、父親が育

児休業を産後八週間以内に取った場合

の育児休業は別カウントとし、職場復

帰後にもう一度育児休業を取れるよう

にした。この産後八週間以内の父親の

休暇を「パパの産休」と呼ぶ人もいる。

NPO法人ファザーリング・ジャパン

では、「さんきゅーパパプロジェクト」

として、この「パパ産休」の取得促進

のための取り組みを行っている。さら

に、専業主婦の夫でも育児休業の対象

外とすることができなくなった。

 

三本目の柱「仕事と介護の両立支援」

では、従来からある九三日までの介護

休業のほかに、毎年使える介護休暇を

設けた。この休暇は年五日で、対象者

が二人以上なら一○日付与される。

 

改正育児・介護休業法について、さ

まざまな質問が寄せられている。「パ

パ・ママ育休プラス」に関して、企業

によっては一歳六カ月ないし二歳まで

育休を取得できる制度を設けていると

ころもある。しかし、そうした場合で

あっても「パパ・ママ育休プラス」の

分は、雇用保険制度の育児休業給付の

対象となる。

 

所定労働時間の短縮措置について、

「短時間勤務ということは、従業員を

パートタイマーにしてもいいんですよ

ね」と質問する事業主がいて、非常に

驚かされた。短時間労働により、減っ

た時間分の賃金を減らすことは差し支

えないが、それ以上の不利益取り扱い

は禁止されていることにご留意いただ

きたい。

 

改正育児・介護休業法以外の両立支

援対策の概要についても簡単にご説明

する(図6)。一つ目は「法律に基づ

く両立支援制度」の整備。二つ目は「両

立支援制度を利用しやすい職場環境づ

くり」で、いろいろな企業への支援や

取り組みを行っている。とくに次世代

育成支援対策推進法に基づく行動計画

については、平成二三年四月から従業

員が一○一人以上いる企業で義務化さ

れる。子育て支援について、一定の要

件を満たし、厚生労働大臣の認定を受

けた企業が使用を許される「くるみん

マーク」についても、一層周知を進め

ていきたい。

 

重要なことは、両立支援は、長時間

労働の抑制や年休取得促進といった労

働者全体のワーク・ライフ・バランス

出出生 1歳歳 3歳歳 就就学

現現 行 改正後育児 育児

出生 1歳 3歳 就学

育児休業1歳まで請求できる権利。保育所に入所できない等一定の場合は1歳半まで延長可能 育児休業

1歳(両親ともに育児休業を取得した場合、1歳2か月)まで請求できる権利。保育所に入所できない等一定の場合は1歳半まで延長可能

パパ・ママ育休プラス出生 1歳 3歳 就学

勤務時間短縮等の措置①勤務時間の短縮②所定外労働の免除③フレックスタイム④始業 終業時刻の繰り上げ下げ

場合は1歳半まで延長可能

所定労働時間の短縮措置

所定外労働の免除

※適用除外あり

努力義務

事業主にいずれかの措置を講ずることを義務付け

④始業・終業時刻の繰り上げ下げ⑤託児施設の設置運営⑥⑤に準ずる便宜の供与⑦育児休業に準ずる制度

措置③フレックスタイム④始業・終業時刻の繰り上げ下げ⑤託児施設の設置運営⑥⑤に準ずる便宜の供与

所定外労働の免除

努力義務

※のうち、業務の性質等に照らして適用除外となる労働者については、③~⑦までのいずれかの措

法定時間外労働 制限

とを義務付け

子の看護休暇(年5日まで) 子の看護休暇(子1人につき年5日まで、年10日を上限)

⑥⑤に準ずる便宜の供与⑦育児休業に準ずる措置

⑦置を講ずることを義務付

け(子が3歳まで)

法定時間外労働の制限 (月24H、年150Hまで)

深夜業の免除

介護 介護

法定時間外労働の制限 (月24H、年150Hまで)

深夜業の免除

介護休業(対象家族1人につき93日まで)

勤務時間短縮等の措置(介護休業とあわせて93日まで)

介護 介護

介護休業(対象家族1人につき93日まで)

所定労働時間短縮等の措置(介護休業とあわせて93日まで)

介護休暇(家族1人につき年5日まで、年10日を上限)

勤務時間短縮等の措置(介護休業とあわせて93日まで) 所定労働時間短縮等の措置(介護休業とあわせて93日まで)

図5 育児・介護休業法改正内容のイメージ図

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Business Labor Trend 2010.9

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を土台として、その上に成り立ってい

るものだということだ。

女性が働き続けることができ

る社会に向けた課題

 

今後の政策課題として、いくつか気

づいた点を申し上げる。まず、両立支

援制度を導入するだけではなく、同時

に職場環境の整備を進めなければなら

ないということ。制度を導入して安心

するのではなく、トップ、中間管理職

を含め、職場全体の意識改革や環境づ

くりを行うことが大切だ。

 

両立支援制度の取り組みについて、

最近、企業間で格差が出てきているよ

うに感じている。先進的な企業は、取

り組みを行ったことによるメリット、

効果を実感した上で、さらに進んだ取

り組みを行っていただきたい。一方で

育児休業規程すら設けられていない、

あるいは規程はあっても実態上利用で

きないといった企業もある。こうした

取り組みが遅れている企業への指導や

支援を効果的に行っていくことも今後

の課題だ。

 

同時に先進的取り組みに対するイン

センティブや優遇策の検討が求められ

ている。現在設けられている各種助成

金制度やくるみんマークを周知すると

ともに、今年度からは内閣府と厚生労

働省でワーク・ライフ・バランス関連

の調査研究について発注を行う場合、

女性の登用の取り組みが進んでいる企

業には入札時に加点して評価するとい

う取り組みも始めた。

 

女性が働き続けることができる社会

を実現するためには、男性の子育て参

加促進が鍵であり、そのファーストス

テップとして育児休業の取得促進が重

要である。私の部下の男性も昨年、一

カ月間の育児休業を取得し、「それまで

の『子育てを手伝っていた』という感

覚がなくなって、子どもとのコミュニ

ケーションも増え、大変よかった」と

言っている。彼は育休終了後も、効率

的に仕事を片付けて、忙しいなかでも

早めに帰宅しようと努めるようになっ

たと思う。

 

さらに、今後は育児に加えて、介護

への対応も重要になってくる。介護の

場合、対象となる労働者は幅広く、企

業にとっては大変な問題だ。育児中の

女性向けの施策のみを展開したのでは、

従業員の間に不公平感が生じることも

あり、介護など人生のさまざまな事象

に対応した施策に対応していく方向性

が必要ではないか。

 

女性が復職した後の支援も重要な課

題のひとつだ。育児休業や短時間勤務

を選択する方が増えると、その後、女

性のキャリア育成をどのようにしてい

くか考える必要がある。

 

いずれにせよ、ゴールは①希望する

すべての女性が育児、介護にかかわら

ず、就業継続できること②男性のワー

ク・ライフ・バランス、子育て参加が

進むこと③親の視点だけではなく、す

べての子どもの育ちを大切にする―

の三点を同時に達成することだと考え

ている。

図6 仕事と家庭の両立支援対策の概要

両両立支援制度を利用しやすい両立支援制度を利用しやすい職 境づく職 境づく

法律に基づく両立支援制度の整備法律に基づく両立支援制度の整備

長時間労働の抑制、年次有給休暇の取得促進

職場環境づくり職場環境づくり

次世代法に基づく事業主の取組推進妊娠中・出産後の母性保護、母性健康管理(労働基準法、男女雇用機会均等法)

その他その他

等全体のワーク・ライフ・バランスの推進

・仕事と家庭を両立しやすい環境の整備等に関する行動計画の策定・公表・従業員への周知

(301人以上は義務、300人以下は努力義務

※平成23年4月から101人以上は義務)

・産前産後休業(産前6週、産後8週)、軽易な業務への転換、時間外労働・深夜業の制限

・医師の指導等に基づき、通勤緩和、休憩、休業等の措置を事業主に義務づけ

・一定の基準を満たした企業を認定(くるみんマーク)

助成金を通じた事業主への支援

等の措置を事業主に義務づけ

・妊娠・出産を理由とする解雇の禁止 等

育児休業等両立支援制度の整備(育児・介護休業法)

男性の育児休業取得促進等男性の子育てへの

関わりの促進

助成金を通じた事業主 の支援

・事業所内保育施設、短時間勤務制度など、両立支援に取り組む事業主へ各種助成金を支給

護休業法)

・子が満1歳(両親ともに育児休業を取得した場合、1歳2ヶ月=“パパ・ママ育休プラス”※)まで(保育所に入所できない場合等は最大1歳半まで)の育児休業

保育所待機児童の解消・放課後児童クラブ

の充実

表彰等による事業主の意識醸成

・仕事と家庭のバランスに配慮した柔軟な働き方ができる企業を表彰(均等・両立推進企業表彰)

で)の育児休業

・子が3歳に達するまでの短時間勤務制度、所定外労働の免除※

・育児休業を取得したこと等を理由とする解雇その他の不利益取扱いの禁止 等

子育て女性等の再就職支援

(マザーズハローワー他の不利益取扱いの禁止 等

※平成21年7月1日公布の改正法により拡充。施行日は原則として平成22年6月30日。

( ザ ズ ワク事業)

希望する方すべてが子育て等をしながら安心して働くことができる社会の実現女性の継続就業率 38%(平成17年)→55%(平成29年)

男性の育児休業取得率 1.23%(平成20年)→10%(平成29年)

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特集―女性の継続就業とワーク・ライフ・バランス

Business Labor Trend 2010.9

7研究報告

出産・育児期の継続就業と育児休業

大企業と中小企業の課題

JILPT研究員 

池田心豪

 

先ほど定塚課長からも話があったと

おり、女性の継続就業は出産・育児期

にとりわけ難しいことから、本日はこ

の点に関する研究成果を報告する。

 

一九九二年の育児休業法施行から、

一五年以上経過したが、この間、法改

正もあり、両立支援に関する制度は整

いつつある。近年は、能力ある女性の

退職は企業の競争力強化の観点からみ

てデメリットということも指摘される

ようになった。

 

だが、依然として、出産・育児期に

多くの女性が退職する状況は変わって

いない。

依然として多い出産退職

 

図1は育児休業の規定が就業規則な

どある事業所の割合(規定率)と女性

の取得率の推移を示している。育児休

業法施行の翌年の一九九三年から二〇

○五年まで規定率、取得率とも上昇し

ている。

 

図2は日本全国の専業主婦世帯数と

共働き世帯数の推移を示している。赤

い線が専業主婦世帯で、青い線が共働

き世帯。昭和五五年頃は専業主婦世帯

の方が多かったが、現在は共働き世帯

との関係が逆転し、共働き世帯は増え

続けている。これらのグラフをみると

「女性の継続就業は増えているはずだ」

と思いがちだが、実態は異なる。

 

図3は第一子出産の一年前、出産時

点、出産一年後、出産二年後に雇用就

業していた女性の割合をコーホート別

に示している。「団塊世代」より少し

下の一九五○年〜五五年生と一九五六

〜六○年生の二コーホートは均等法が

施行される前に労働市場に入り、まだ

育児休業法もない時代に第一子を産ん

だ世代である。最も若い一九七一年〜

七五年生は「団塊ジュニア世代」に当

たるが、このコーホートは、すでに均

等法が施行され、育児休業法もあり、

さらには少子化対策のもとで保育サー

ビスなども拡充

されてきた、そ

うした時代に第

一子出産を迎え

た世代である。

若いコーホート

は、出産一年前

の時点では、高

い雇用就業率を

示しているが、

出産一年前から

出産時点までの

一年間でその割

合は大きく低下

する。その結果、

出産時点の雇用

就業率は古い世

代とほとんど差

がない。若い世

代も多くの女性

図1 育児休業の規定率と女性の取得率(30人以上の事業所・1993-2005年)

資料出所:「女性雇用管理基本調査」(厚生労働省)

881 1 886.1 100

(%)

50 8

60.8

77.0 81.1

71 280.2

60

80

50.8

48.1 44 5

57.9

71.2

40

60

規定率44.5

0

20取得率

0

1993 1996 1999 2002 2005

(年)

図2 共働き世帯数の推移

資料出所: 昭和 55年から平成13年は総務省「労働力調査特別調査」(各年 2月。ただし,昭和 55年から57年は各年3月),平成14年以降は「労働力調査(詳細集計)」(年平均)。「平成20年版男女共同参画白書」(内閣府)78頁より引用

図3 第1子出産前後の雇用就業率(出産女性・コーホート別)

資料出所:「仕事と生活調査」(JILPT 2005 年)

%%

80

100

1971-75年生

60

80 1966-70年生

1961-65年生

1956 60年生

40

60 1956-60年生

1950-55年生

20

40

0

出産1年前 出産時 出産1年後 出産2年後

Page 7: ワーク・ライフ・バランス - JIL...特集―女性の継続就業とワーク・ライフ・バランス Business Labor Trend 2010.9 4 ることができるはずである。は継続就業したかった方々が勤め続けるものを解消すれば、少なくとも本当た」と続く。こうした状況の要因となった」「育児休業を取れそうもなかっなかった」

特集―女性の継続就業とワーク・ライフ・バランス

Business Labor Trend 2010.9

8

が出産・育児期に退職していることが

うかがえる。

大企業と中小企業の課題

 

ただ、どういった状況で退職してい

るかを分析すると、大企業と中小企業

で状況が異なっている。

 

まず、中小企業では、依然として育

児休業の取得が難しい。その背景とし

て、育児休業制度がまだない企業や、

あるいは毎年女性が出産したり、若い

女性従業員が毎年入社したりすること

がないことから職場に育児休業取得の

前例がない企業が中小企業には多いこ

とがあげられる。

 

一方、大企業の場合、育児休業の取

得者は増えている。しかし、育児休業

の取得者が増えても継続就業は増えて

いない。後ほど詳しく説明するが、職

場で育児休業制度が整備されていても、

休業の前後で仕事と家庭の両立が難し

いといったように、育児休業とは別の

要因で両立が難しいことから退職して

いることが分析結果からうかがえる。

 

図4は、育児休業制度の規定率を一

九九九年と二○○七年で企業規模別に

比較している。育児休業法の施行から

七年後の九九年には、三〇〇人以上の

大企業のほとんどが育児休業制度を導

入していた。一方、企業規模二九九人

以下の中小企業は、相対的に規定率が

低かった。しかし、二○○七年では、

一○○〜二九九人と三○〜九九人の企

業規模でも規定率は上昇しており、中

小企業でも徐々に育児休業制度を導入

する企業は増えてきたことがうかがえ

る。ただし、三○人未満の企業ではま

だ規定率が三割程度にとどまっている。

このように、育児休業の規定率には、

企業規模ごとに差があり、中小企業で

は育児休業制度がないことが継続就業

を困難にしている可能性が高い。

 

図5は、妊娠・出産期の退職者と育

児休業取得者の割合を企業規模別に示

している。白い帯は育児休業を取得し

て仕事を続けた女性の割合、黄色い帯

は育児休業を取らずに継続就業した女

性の割合、赤い帯は育児休業を取得せ

ずに退職した女性の割合である。企業

規模三○人未満では育児休業を取得し

て継続就業した割合は五・四%と非常

に低い。一方、育児休業を取得せずに

退職した割合は五一・四%と高い。同

じ傾向は三○〜九九人規模の企業でも

見られる。つまり、一○

○人未満の企業では、育

児休業取得がまだ浸透し

ておらず、そのため多く

の女性が妊娠・出産期に

退職しているといえる。

 

一方、三○○人以上の

大企業では、育児休業を

取得して継続就業した女

性の割合は高い。しかし、

問題は育児休業を取得せ

ずに継続就業した女性の

割合が、一○○〜二九九

人規模の企業に比べて低

いことだ。その結果とし

て、退職の割合は一○○

〜二九九人規模より、高

くなっている。大企業で

は、休業を取っている女

性は継続就業できている

が、休業を取らなかった女性は辞める

割合が高い。その結果として、継続就

業が増えていないという状況になって

いる。

 

以上のように大企業と中小企業では

課題が異なることを理解いただけたか

と思う。中小企業では育児休業取得の

難しさが継続就業を難しくしていると

いえる。一方、大企業では育児休業取

得者は増えているが、継続就業は増え

ていない。今日の日本社会が直面して

いる休業取得者が増えても継続就業が

増えないという問題は、主に大企業で

顕著に表れている。

中小企業と両立支援の制度化

 

中小企業については「個々の従業員

から申し出があれば柔軟に対応してい

るので、わざわざ制度を設けなくても

図4 企業規模別育児休業制度の規定率ー1999年と2007年の比較ー

資料出所:1999 年:「平成 11年度女性雇用管理基本調査」(労働省)      2007 年:「有期契約労働者の育児休業等の利用状況に関する調査」

(JILPT)

0 20 40 60 80 100 (%)999.3

99.6 1000人以上

(%)

94.5

99.6

94 6300-999人

74.2

94.6

87 8100-299人

52.8

87.8

79 130-99人

1999年

26.3

79.1

33 430人未満

1999年

2007年

33.4

図5 企業規模別妊娠・出産期の退職者と    育児休業取得者の割合(1961-75年生)

資料出所:「仕事と生活調査」(JILPT 2005 年)

00% 220% 440% 660% 880% 1100%

442 3 225 4 332 4

00% 220% 440% 660% 880% 1100%

3300人人以上((NN=71) 442..3 25.4 32.4 300人以上(N=71)

32.5 45.0 22.5 100-299人(N=40)

取得せずに退職 取得せずに継続 取得して継続

61.9 33.3

4.8

30-99人(N=21)

51.4 43.2

5.4

30人未満(N=37)

5.4

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Business Labor Trend 2010.9

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支援ができている」という主張をしば

しば耳にする。しかし、今年我々が行

ったヒアリング調査では「中小企業で

も制度を整える必要がある」という指

摘が企業・労働者双方からされていた。

労働者にとっては制度がないと継続就

業の見通しを立てることが難しくなる。

企業にとっても、制度的な枠組みがな

い状態で女性従業員から休業の申し出

があった場合、相手のいいなりになっ

てしまう恐れがあるとの指摘があった。

労務管理の負担を増減する意味でもき

ちんと制度を整える必要があるといえ

る。

両立の実態に沿った支援を

 

一方、ヒアリング調査によると大企

業では、法定を上回る育児休業制度が

あるにもかかわらず、結果的に退職し

たという女性もいた。この女性が働い

ていた企業は子どもが三歳になるまで、

育児休業を取ることができ、育児休業

を取得しにくいという雰囲気もなかっ

た。しかし、職場が交代制勤務で、勤

務する時間帯が保育時間に対応してい

なかった。結果的に彼女の職場には結

婚や出産を機に退職する女性が多く、

彼女自身も育児休業を取得したが、休

業中に別の就職口が見つかったので、

退職した。個別の両立支援制度が整備

されており、それを利用することがで

きても、仕事と育児の両立困難に直面

する女性の実態に沿っていなければ、

女性は辞めざるをえないということを

示唆するエピソードではないだろうか。

 

企業が女性に継続就業を期待するの

は、戦力として女性を活用したいとい

う理由によるものだろう。均等法施行

後、女性の職域が拡大し、活躍の場は

広がりつつある。しかし、企業が一方

的に女性に期待するだけでは、逆効果

になる可能性もある。ある女性は、残

業や出張の多い仕事でも、出産前はや

りがいを感じていた。だが、子どもが

できたら、そのような働き方はできな

い。そのことについて、復職後に職場

の理解を得ることができず、出産前と

同じような働き方を求められたことか

ら、「これ以上は続けられない」と退職

してしまった。また、ある企業では、

女性に活躍してほしいという方針で、

均等施策を推進してきたが、一部の女

性に「これは男性と張り合う人のため

の取り組みだろう」「自分たちには関係

ない」という印象を持たれてしまった

という。企業として、多くの女性に活

躍を期待するのではあれば、当の女性

がどのような働き方を望んでいるのか

を踏まえて、長く働ける環境を整備す

ることが重要だ。

コミュニケーションの重要性

 

現在、両立支援についても、ポジテ

ィブアクションについても、様々な情

報が流れており、政策メニューもたく

さんある。だが、どういう施策が自分

の職場、個々の従業員にあっているか、

コミュニケーションを通じて、共有し

ていくことが大事ではないか。

 

たとえば、ある不動産業の企業は、

法定を上回る両立支援制度をつくって

おり、外見的には「ファミリーフレン

ドリー企業」だった。しかし、次世代

法の施行を機に、労働組合の要求で一

般の女性従業員をメンバーに入れた専

門委員会を開いたら、人事担当者が想

定していなかった意見が女性従業員か

ら出された。制度を利用しにくいとい

う意見が出たのだ。その意見を踏まえ

て、両立支援のあり方を一から見直し

た結果、一般事業主行動計画期間中に

出産を理由に退職した女性がゼロにな

った。

 

また、企業からの働きかけだけでは、

従業員の多様な課題に対応仕切れない

部分もある。そうしたときに先輩や経

験者がお手本となったり、相談相手に

なったりして、従業員同士が協力しあ

う雰囲気をつくることで、互いに継続

就業意欲を高め合うことも重要だ。

両立支援の課題

 

我々の調査結果から見えてきた、出

産・育児期の継続就業を可能とするた

めの課題は大きく分けると二つある。

 

一つ目は妊娠・出産から復職後の働

き方までトータルにサポートする両立

支援の整備である。中小企業では、従

業員ごとに柔軟に対応するだけではな

く、それを制度化し、安定して両立支

援ができる体制を職場につくることが

重要である。そのために、二十一世紀

職業財団や各都道府県の窓口など、両

立支援制度を導入するためのノウハウ

を提供してくれる外部の支援を活用す

ることも一つの方法である。育児休業

制度が整備されている大企業では、個

別制度の拡充と利用に終始せず、各制

度が継続就業できるよう設計されてい

るかを見極め、制度を利用しやすい環

境をつくっていくことが大切だ。

 

二つ目は、女性が働き続けたいと思

えるような職場づくりである。そのた

めに女性の活躍を推進し、均等待遇を

進めることは言うまでもなく重要なこ

とである。だが、企業の都合で一方的

に女性に期待するのではなく、当事者

である女性従業員の意見や要望をしっ

かりと踏まえた雇用管理を行う必要が

ある。また、企業側から把握しづらい

課題に対応するために、両立のロール

モデルやメンターを職場につくり、従

業員同士が継続就業意欲を高めあう関

係をつくっていくことも重要である。