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は次のように語 る。 「本学の理念の 第一が研究中心で あることに変わり はありません。世 界に冠たる研究を 生み出すためには、新しいものを創り上げる発想力、つま り独創性が要求されます。その力を高めるには、専門分野 を突き詰めることも重要ですが、同時に幅広い教養が不可 欠になります。井上プランの冒頭に掲げることで、教養教 育の強化に力を注ぐというスタンスを明確に打ち出したの です」 名誉教授、意欲の高い教員を選抜し 教養教育院を組織 教養教育を充実させるためには、教養教育への意欲と見 識を有する教員が必要ということで、2008年度に組織され たのが教養教育院である。現在、総長特命教授6名、教養 教育特任教員3名で構成されている。 「新入生の多くは、できるだけ早く研究に関連する専門 科目を学びたいという意識が強く、教養科目を軽視しがち です。そんな学生たちに教養の重要性を理解させ、学びの モチベーションを高める役割を担っているのが特命教授で す。優れた研究業績を有する退職教員(名誉教授など)か 東北大学は、1907 年、東京大学、京都大学に次 ぐ3番目の帝国大学として創立された。現在は文・ 教育・法・経済・理・医・歯・薬・工・農の10学 部と独立研究科を含む16大学院研究科、3専門職大 学院を擁する総合大学に発展している。建学当初 から「研究第一」「門戸開放」「実学尊重」を掲げ、 高い研究力を備えた人材を輩出する大学として定 評がある。2007 年度には、井上明久総長のもとに アクションプラン「井上プラン~世界リーディン グ・ユニバーシティに向けて」を策定。多様な改 革が進行している。その中で、特に注目される教 養教育と大学院教育の充実について話を伺った。 新しいものを作り上げる発想力を 鍛えるために教養教育が重要 「井上プラン」が目指す改革は多岐に渡るが、教育面 【図表1】については「大学教育の根幹となる教養教育の 充実」「知を創造できる専門教育・大学院教育の充実」「新 たな教育システムの開発」「学生支援体制の充実」「意欲的 な学生が受験する入試戦略の展開」の5項目がある。 研究中心大学のイメージが強い東北大学で、冒頭に教養 教育を掲げているのは、やや意外な観もある。その理由を、 木島明博教授(総長補佐、高等教育開発推進センター長) 34 Kawaijuku Guideline 2010.11 高校の先生方へのアンケートで評価の高い大学を紹介するシ リーズ。今回は「最近10年間で変化した大学」「親身に学生を 指導していると感じる大学」と評価の高い東北大学を訪問した。 研究中心大学として 教養教育を大学教育の根幹に位置づけ 研究に裏付けられた教養教育を展開 東北大学 7 木島明博 高等教育開発推進センター長

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は次のように語

る。

「本学の理念の

第一が研究中心で

あることに変わり

はありません。世

界に冠たる研究を

生み出すためには、新しいものを創り上げる発想力、つま

り独創性が要求されます。その力を高めるには、専門分野

を突き詰めることも重要ですが、同時に幅広い教養が不可

欠になります。井上プランの冒頭に掲げることで、教養教

育の強化に力を注ぐというスタンスを明確に打ち出したの

です」

名誉教授、意欲の高い教員を選抜し教養教育院を組織

教養教育を充実させるためには、教養教育への意欲と見

識を有する教員が必要ということで、2008年度に組織され

たのが教養教育院である。現在、総長特命教授6名、教養

教育特任教員3名で構成されている。

「新入生の多くは、できるだけ早く研究に関連する専門

科目を学びたいという意識が強く、教養科目を軽視しがち

です。そんな学生たちに教養の重要性を理解させ、学びの

モチベーションを高める役割を担っているのが特命教授で

す。優れた研究業績を有する退職教員(名誉教授など)か

● ● ● ● ●

東北大学は、1907年、東京大学、京都大学に次

ぐ3番目の帝国大学として創立された。現在は文・

教育・法・経済・理・医・歯・薬・工・農の10学

部と独立研究科を含む16大学院研究科、3専門職大

学院を擁する総合大学に発展している。建学当初

から「研究第一」「門戸開放」「実学尊重」を掲げ、

高い研究力を備えた人材を輩出する大学として定

評がある。2007年度には、井上明久総長のもとに

アクションプラン「井上プラン~世界リーディン

グ・ユニバーシティに向けて」を策定。多様な改

革が進行している。その中で、特に注目される教

養教育と大学院教育の充実について話を伺った。

新しいものを作り上げる発想力を鍛えるために教養教育が重要

「井上プラン」が目指す改革は多岐に渡るが、教育面

【図表1】については「大学教育の根幹となる教養教育の

充実」「知を創造できる専門教育・大学院教育の充実」「新

たな教育システムの開発」「学生支援体制の充実」「意欲的

な学生が受験する入試戦略の展開」の5項目がある。

研究中心大学のイメージが強い東北大学で、冒頭に教養

教育を掲げているのは、やや意外な観もある。その理由を、

木島明博教授(総長補佐、高等教育開発推進センター長)

34 Kawaijuku Guideline 2010.11

高校の先生方へのアンケートで評価の高い大学を紹介するシ

リーズ。今回は「最近10年間で変化した大学」「親身に学生を

指導していると感じる大学」と評価の高い東北大学を訪問した。

研究中心大学として教養教育を大学教育の根幹に位置づけ研究に裏付けられた教養教育を展開

東北大学第 7回

木島明博高等教育開発推進センター長

06/高校の先生/2010.11 10.10.26 11:33 AM ページ 1

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大学の学びへの転換を目的とした「全学教育科目」

東北大学の教養教育は「全学

教育科目」【図表2】という名

称で、入学後2年間、すべての

学部・学科の学生が共通に受講

する。2004年度に「高等教育

開発推進センター」を新設し、

全学教育の企画・運営・実施を

全面的に支えている。

「近年、高校までの学びから

大学の学びへの転換がスムーズ

にいかない学生が増加していま

す。大学では、教員から教わる

のを待つのではなく、自発的、

主体的に学ぼうとする姿勢が求められます。そうした学び

の転換に全学をあげて取り組む際、企画・実施を支えてい

るのが高等教育開発推進センターです」(木島センター長)

「全学共通科目」の核となっているのが「転換・少人数

科目(基礎ゼミ)」だ。基礎ゼミは1クラス約10~20名程

度で行われている。担当教員は、特命教授が2コマを担当

するほか、全部局から出動する。その中には、通常は全学

教育の授業を受け持たない研究所の研究員や附属病院の医

師なども含まれており、約160コマが開講されている。

「普段教壇に立っていない研究員や医師に基礎が教えら

れるのかという声も聞かれますが、まったく問題ありませ

ん。というのも、基礎ゼミは基礎を教える場ではなく、教

員が自分の研究成果を学生にぶつけ、どう考えるかを問い

かける場だからです」(木島センター長)

基礎ゼミは、基礎事項を暗記するような授業ではなく、

第一線で今、どのような研究が展開されているのか、生の

声を聴く。時にはかなり高度で難解な話題も出てくるが、

そうした未知の世界に気持ちを高揚させ、学びのモチベー

ションを高める学生が多いという。

また、基礎ゼミの最大の特色といえるのが、学部ごとの

クラス編成ではなく、学部横断型を採用していることだ。

さまざまな学部・学科の学生が一緒に学んでいる。

「例えば、私は、海の環境と生活をテーマとした臨海実

習の基礎ゼミを担当しています。ディスカッションで、海

の資源を守るためには何が必要かと問いかけると、農学部

Kawaijuku Guideline 2010.11 35

ら選抜し、総長が直々に依頼しています。各分野のトップ

の教員から、研究や専門の話を聴くと同時に、教養の大切

さを聴くことによって、真剣に学ぼうという意欲が生まれ

ています」(木島センター長)

実際、特命教授には、整数論の森田康夫氏(元日本数学

会理事長)、政治思想史の柳父圀近氏、ニワトリ研究の秋

葉征夫氏、ゆらぎ科学の海老澤丕道氏、環境社会学の海野

道郎氏、農政研究の工藤昭彦氏と、そうそうたるメンバー

が名を連ねる。これらの特命教授が、全学教育科目や全学

教育科目の基礎ゼミなどを担当するとともに、大学時代に

読むべき推薦図書や、自身が学生の頃に考えていたことな

どをまとめた冊子『読書の年輪』も作成しており、学生た

ちが教養を学ぶ動機づけに役立っている。

一方、今年度新設された特任教員は、現役教員の中から

教養教育に意欲を持つ教員を公募している。

「面接によって3名を厳選しました。選考のポイントは、

まずはやる気です。部局(学部など)から指名され、仕方

なく担当するといった消極的な姿勢では、充実した授業に

なるはずがないからです。それから、研究に裏打ちされた

教養教育を期待していますから、研究実績が高いことも条

件になります。さらに、教養教育にふさわしい分野である

ことも必要で、初年度は健康科学、英語学、教育学の先生

にお願いすることにしました。できれば次年度以降も拡充

していきたいと考えています」(木島センター長)

高 校 の 先 生 が 評 価 す る 大 学

【図表1】東北大学の「教育」

「井上プラン 2010年度版」より

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り下げるところまで

は行っていません。

そのため、プレゼン

テーションでは、教

員から『その考察は

方向性が間違ってい

る』といった指摘も

飛びます。厳しいよ

うですが、この経験

が貴重なのです。研

究の深淵さを知ると

ともに、自分の現在

の立ち位置を把握す

ることができるから

です。教員から『今後、このような研究をすることが必要

ではないか』といった示唆が与えられることもあり、自分

なりの研究の入口に立つことができたと語る学生も少なく

ありません」(木島センター長)

文系の学生も理科実験の授業を受講科学的観察力と論理的思考力を養成

もう1つ、全学教育科目の「融合型理科実験」も特色あ

る科目である。文部科学省の「特色ある大学教育支援プロ

グラム」(2005年度)にも採択されている。理系学部には

「自然科学総合実験」、文系学部には「文科系のための自然

科学総合実験」を開講。例えば、ギターの音から物理のド

ップラー効果を説明するなど、身近な素材を取り上げて実

験しているところに特色がある。

「文系であっても、理系的な感覚がまったく備わっていな

ければ、深い研究は困難だということで、あえて文系用の

理科実験も導入しました。学部や専門を問わず、自然科学

の学生は食糧生産の観点から、経済学部の学生は消費経済

活動の側面から考えようとします。自分とは異なる視点、

考え方に触れて、学生の視野が広がる効果は絶大なものが

あります」(木島センター長)

東北大学では入学手続きを行うと、さっそく入学前に基

礎ゼミのシラバスが送られてくる。学生たちはそれを読ん

で、興味を持ったテーマの基礎ゼミを第5希望まで選ぶ。

それをもとに基礎ゼミが決まるが、ほとんどが第2希望ま

でで決まるという。しかも、1つのゼミに特定の学部・学

科の学生が集中することもないそうだ。専門外のテーマを

敬遠する学生が多ければ調整が難しくなるが、その必要が

ないということは、それだけ多様な分野に挑戦しようとす

る意識の高い学生が多いともいえるだろう。

なお、基礎ゼミの評価基準は、学びの転換を図ることが

できたかが重視され、知識の多寡を中心に評価しているの

ではない。

基礎ゼミの学びを発展させて研究の入口に立つ「基礎ゼミ発表会」

学生の中には、基礎ゼミのテーマを発展させて、自分な

りに課題を見つけて、主体的な学びをスタートさせる学生

も出てくる。まさに学びの転換が図られている。そうした

学生を対象として、毎年9月、「基礎ゼミ発表会」が開催

されている。今年はポスターセッションに約80名の学生

が参加。そのうち約10名がプレゼンテーションを行った。

優秀な発表に対しては委員長から表彰されている。

「1年次9月ですから、当然、まだテーマを専門的に掘

36 Kawaijuku Guideline 2010.11

● ● ● ● ●

【図表2】東北大学の学習体系

「2011年度入学者用東北大学入学案内」より

東北大学高等教育開発推進センター編の出版物

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Kawaijuku Guideline 2010.11 37

への視点を持ち、科学的観察力と論理的思考力を身につけ

た学生を育てたいと考えています」(木島センター長)

上級生が下級生を学習支援する「SLAサポート室」を設置

このように全学教育科目の充実を図っている東北大学だ

が、個別の支援を必要とする学生もいる。そうした学生を

支援するために、今年4月に設置されたのが「SLAサポー

ト室」だ。SLAとはStudent Learning Adviserの略で、学

生による学習支援スタッフのこと。つまり、上級生が下級

生を教える仕組みになっている。

「SLAサポート室には、大学院生のTA(ティーチング・

アシスタント)も配置していますが、学部生からは大学院

生は年齢が離れているため、質問しにくいという声も聞か

れました。また、大学院生は研究中心のこともあり、学部

生のときに学ぶ数学や化学、物理などの勉強は教えづらい

ということもありました。そこで、基礎的な学習のサポー

トに関しては、学部の上級生が担当することにしたのです」

(木島センター長)

現在、SLAサポート室には、専任の助手のほか、TA約

3名、上級生約5名が常駐しており、学習相談に応じてい

る。今年前期(5~7月)には約80~90名の利用者があ

った。

高度イノベーション博士人財育成センターで大学院生のキャリア支援に力を注ぐ

研究中心大学として、学士課程では教養教育と専門教育

をともに充実させているが、大学院教育にも力を注いでい

る。

特に注目されるのが、大学院生を対象としたキャリア教

育の充実だ。理系を中心に大学院進学率は高まっているが、

昨今では「高学歴ワーキングプア」など、大学院修了者の

就職難に関するニュースも聞かれる。東北大学は、2009年

度、文部科学省の科学技術振興調整費「イノベーション創

出若手研究人材養成プログラム」に採択され、「高度イノ

ベーション博士人財育成センター」が発足。さまざまな活

動を推進している。

日本の大学院の大きな課題は、修士課程修了者の就職は

比較的好調だが、博士課程修了後だと極めて厳しい状況に

なっていることだ。

「なぜ博士課程修了者の就職が厳しいのか。調査・分析の

結果、マッチングに問題があると考えました。自分の研究

テーマに専念しようとする志向が強い学生に対して、企業

側はもっと幅の広い研究が可能な人材を求めています。こ

の点を解消するためには、在学中から学生に、自分の研究

を社会にどう役立てることができるかという視点と、それ

を説明する能力を養うことが必要になると考えています」

(木島センター長)

そこで、同センターでは実社会で活躍できる、「わか

る・できる・うごける」博士人財の育成【図表3】を目指

して、「高度技術経営塾」を開講。長らく企業の研究所で

働いていた卒業生を講師に招いて、大学院の研究を仕事に

どうつなげたかなどの話を聞く機会を設けている。また、

インターンシップ室を設置し、3カ月間就業体験を積むプ

ログラムも用意している。これらによって、博士課程修了

者の就職率は大幅に向上しているそうだ。

また、博士課程修了者の場合は、大学教員を目指す場合

も多い。そこで、高等教育開発推進センターでは、大学教

員希望者に対して、今年度から大学教員として必要な素養

を学ぶプログラムの開発に着手している。

「かつての大学教員は研究に没頭し、学生は自分の背中

を見て、ついてくればいいという態度でよかったかもしれ

ません。けれども、ユニバーサル時代を迎えた現代におい

ては、大学教員にも高い教育技術が要求されるようになっ

ています。オーストラリアなどには、すでに同様のプログ

ラムがありますが、そのまま日本の大学に適用するのは無

理があります。日本の大学教員として、どのような内容が

必要になるのかについて研究し、5年後をめどにプログラ

ムを完成させたいと考えています」(木島センター長)

高 校 の 先 生 が 評 価 す る 大 学

【図表3】実社会で活躍できる高度技術経営人財の育成

「高度技術経営塾第4期生の歩み」より

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