Post on 26-Jan-2021
スポーツ競技者におけるセルフ・ハンディキャッピング
についての一考察 過敏型自己愛傾向,競技不安との関連から
○江藤喜代子1・河野千佳2
(1聖徳大学大学院臨床心理学研究科・2聖徳大学)
キーワード:セルフ・ハンディキャッピング,過敏型自己愛傾向,競技不安
A Study of Self-Handicapping by Sports Athletes:
In Relations to Hypervigilant-type in Narcissism and Competitive Anxiety
Kiyoko ETO1 and Chika KOHNO2
(1Graduate School of Clinical Psychology,Seitoku University,2Seitoku University)
Key Words: Self-handicapping,Hypervigilant-type in narcissism,Competitive anxiety
目 的
競技スポーツは,記録やスポーツ技術の向上,および勝利
を目指して,人間の能力の極限を追及するスポーツである。
競技スポーツの中での競技者はより良い成績と高い技術を求
められるため,大きなプレッシャーによる精神的ストレスを
もつ傾向が強い(中込・伊藤・山本,2012)。この精神的スト
レスを緩和し,結果的にスポーツ競技者のパフォーマンスを
阻害すると考えられる要因の一つには,セルフ・ハンディキ
ャッピング(Berglas & Jones,1978)(self-handicapping:以下
SH と略す)を使用すると指摘されている(新谷・クロッカー,
2007)。セルフ・ハンディキャップとは,特定の状況下におい
て成功の妨げとなるような事柄をあらかじめ果たしておくこ
とである。SHにおいては他者評価への過敏性が関り,さら
にその背景には過敏型自己愛傾向が想定されると指摘されて
いる(Gabbard,1989)。例えば,競技スポーツにおいては,
競技者が試合で結果が出せなくても言い訳ができるように体
調不良を訴える行動や主張は SH である。SH をすることで,
失敗した時にはその事実を緩和させ,自尊心を高揚させてい
ると考えられる。さらにこのような性格特性のみならず,競
技への精神的ストレスから生じる「競技不安」も SH を促し
ていることが明らかになっている(橋本・徳永・多々納・金
崎・梅田,1986)。しかし,これらと SHとの関連については
まだ十分な検討はなさせていない。そこで本研究では,過敏
型自己愛傾向,競技不安が SH にどのよう関連しているかを
明らかにすることを目的に質問紙調査を行った。
方 法
1.調査協力者 2013年 2月から 10月にかけて,世界・全国
大会出場経験者 126名,地方・県大会出場経験者 157名,大
会出場経験がない者 128名, 合計 411名。
2.質問紙 1)セルフ・ハンディキャッピング尺度(沼崎・小口,1990)の日本版 SHS23項目を使用した。2)過敏型自
己愛傾向(上地・宮下,2002)の自己愛的脆弱性尺度の下位
尺度のうち過敏型自己愛傾向を示す「承認・賞賛への過敏さ」
11項目と「自己顕示抑性」8項目の計 19項目を使用した。3)
スポーツ競技不安特性(橋本・徳永・多々納・金崎,1993)
の 25 項目から成るスポーツ競技不安特性尺度(TAIS)を使
用した。
結 果
SH の因子分析の結果,「失敗緩和」「完全主義」の 2因子が
抽出された。男女別に過敏型自己愛傾向を独立変数,SHを従
属変数とした重回帰分析の結果,男性(R2=.51),女性(R2
=.38)ともに SH の「失敗緩和」に関して過敏型自己愛傾向
の「承認・賞賛への過敏さ」「自己顕示抑制」との関連がある
ことが示された。また,男女別に競技不安を独立変数,SHを
従属変数とした重回帰分析の結果,男性は,SHの「失敗緩和」
に関して競技不安の「精神的動揺」「自信喪失」との関連があ
ること(R2=.34)が示され,女性は,「自信喪失」「競技回避
傾向」との関連があること(R2=.28)が示された。さらに,
過敏型自己愛傾向と競技不安が SH に影響を与える過程につ
いてパス解析を行ったところ,男性(GFI=.977, AGFI=.930,
RMSEA=.046),女性(GFI=.993, AGFI=.970, RMSEA=.027)と
もに競技不安を独立変数,過敏型自己愛傾向を媒介変数とし
た SH の「失敗緩和」を従属変数とするパス図が作成された
(Figure 1・Figure 2)。
Figure 1 男性における SH に及ぼす影響 Figure 2 女性における SH に及ぼす影響
考 察
SH の「失敗緩和」は,過敏型自己愛傾向,競技不安とに有
意な関連を示したが,「完全主義」は,この2要因と有意な関
係を示さなかった。これは,「失敗緩和」が失敗を想定して
SH を行う因子であることから自尊心の低い場合に用いられ
る SH 因子であると考えられ,ゆえに自分に対する自信の無
さから過敏型自己愛傾向と競技不安とに関連があった可能性
がある。一方,「完全主義」は完全に達成することを想定して
SH を行う因子であることから自尊心の高い場合に用いられ
る SH 因子であると推測される。このため,これらの 2 つの
要因と関連が見られなかったのではないかと考えられる。
さらに,男女差を比較の結果から,女性に関して,他者評
価に過敏でありそれを抑制するために SH 行動を採用するこ
とがあることが考えられ,それに対して男性は,自己顕示を
抑制しているが,自分を価値ある存在として認めてほしい,
賞賛してほしいという思いが強く,自尊心を維持・高揚させ
るために SH行動を採用することがあることが考えられる。
SH は,自尊心が低い場合は失敗への言い訳として,自尊心
が高い場合は成功した時の評価をあげる方策として用いられ
るが,本結果から,過敏型自己愛傾向と競技不安は前者にの
み関連していることが明らかになった。失敗が外的要因に帰
属される場合,積極的な課題への取り組みが妨害されるため,
スポーツのパフォーマンスにも悪影響が予想される。スポー
ツ選手における SH に対する方策について,性格特性として
の自尊心の高低から異なるアプローチが必要である可能性が
示唆された。
引用文献 Berglas, S., & Jones, E.E.(1978).Drug choice as a self-handicapping strategy in response to noncontingent success. Journal of Personlity and Social Psychlogy, 36, 405-417.