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ソフトマターの物理学 瀬戸秀紀 山本潤 京都大学大学院理学研究科物理学第一教室 2007 5

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Page 1: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

ソフトマターの物理学

瀬戸秀紀 山本潤京都大学大学院理学研究科物理学第一教室

2007年5月

iii

目 次

第 1章 はじめに 1

11 ソフトマターとは何か 1

第 2章 粘弾性とレオロジー 5

21 ずり応力 (shear stress)とずり歪み (shear strain) 5

211 フック固体 6

212 ニュートン流体 6

22 非ニュートン流動 7

221 べき法則 10

222 Binghamの式 10

223 Herschel-Bulkleyの式 11

224 Cassonの式 11

23 レオメーター 13

231 回転円筒粘度計 13

232 典型的な例 16

第 3章 液体とガラス 21

31 固体のヤング率 21

32 構造の緩和 23

33 ガラス転移 24

331 ガラス転移の特徴 25

332 ガラスの理論 27

333 ガラスの構造 29

第 4章 秩序変数と相転移 33

41 秩序変数 33

411 気体の凝結 34

412 常磁性強磁性転移 34

413 秩序無秩序転移 36

iv

42 液液相分離 36

421 正則溶液モデル 36

422 混合のエントロピー 37

423 混合のエネルギー 38

424 混合の安定性 40

425 不安定と準安定 41

426 相図 42

43 相分離の運動学 45

431 スピノーダル分解 45

432 Cahn-Hilliard方程式 46

433 核生成成長 49

434 相分離の終期ステージ 50

v

図 目 次

21 5

22 8

23 8

24 9

25 10

26 11

27 12

28 13

29 14

210 17

211 18

212 20

31 21

32 23

33 25

34 26

35 27

36 28

41 34

42 35

43 35

44 36

45 37

46 39

47 41

48 41

49 42

vi

410 43

411 44

412 48

413 49

414 51

1

第1章 はじめに

11 ソフトマターとは何か まずは身の回りを見てみようノートパソコンのディスプレーは液

晶が配列して文字や絵を表示しているし叩いているキーボードのキートップはプラスチックでできているコンピューターの筐体もプラスチックの場合も多いだろう手元にあるのはガラスのジョッキに注がれて泡が盛り上がっているビールだろうかそれともコーヒーやお茶だろうかコーヒーだったらミルクを入れているかもしれないいずれにせよ飲み終わったら台所に持って行って洗剤で良く洗うことであろう手が荒れないようにするためにはゴム手袋をした方が良いだろう 上に書いたのはほんのちょっとした例である上に登場したさまざま

な物質がここで説明しようとしている「ソフトマター」と言われる物質系の一例なのだ世の中家や橋や道路などのしっかりした構造物を作るには金属やセラミックス等の「ハードマター」を利用した方が良いのは当然だがそれだけでは豊かな生活は営めない衣類や食事やその他もろもろ生活を豊かにするために用いられる物質は「ソフトマター」に分類されるものの方が圧倒的に多いのだだいたい人間の身体だって「ハード」なのは骨や歯などほんの一部だけであるその他の器官はほとんど全てがやわらかな物質でできているのである もちろん人間は有史以来これら「ソフトマター」を生活に利用してき

た動物の毛皮を縫って衣服を作ったのは 23万年前と言われていて布の発明はもう少し新しいらしいがいずれにせよ「青銅器時代」は 5000

年前頃からだと考えられているから金属と同程度かそれ以上の付き合いがあるのは間違いない18世紀の産業革命は繊維工業から始まっているし鉄鋼などの重工業が盛んになった第二次産業革命の頃には高分子が初めて合成されているすなわち化学や工業の分野ではソフトマターはハードマターよりも先を進んでいたと言って良いであろう ところが物理学の歴史からみると状況はむしろ逆なのである熱

2 第 1章 はじめに

機関の振舞いを説明しようと言う動機から熱力学が発展したのは 18世紀のこと統計論を利用することにより多体系を扱う物理学である統計力学が起こったのもほぼ同時期の事である更に 19世紀初頭には量子力学の発展が巨大なインパクトを与え電子の振舞いを記述することにより物質の様々な性質が説明可能であることが分かったすなわち気体と液体を主に統計力学が固体を主に量子力学が担当することで身の回りの物質の性質を説明しようとする物性物理学(あるいは凝縮系の物理学)がスタートすることになるとりわけ 1928年のブロッホによる貢献は大きなもので彼の理論を出発点とした固体電子論は 80年後の今でも物性物理学の主流をなしていると言って良いのである 一方ソフトマターについてはどうか前述したように高分子や液晶コロイドなど個別の物質系についての科学には古くから多くの研究者が取り組んでいて膨大なデータが蓄積され工業的応用も幅広く行われているしかしながら物理学的観点から取り組まれるようになったのは比較的最近の事であると言って間違いない例えば「ソフトマター」と言う言葉自体が現れたのは1990年前後のことなのだそうだ(好村他訳ハムレー「ソフトマター入門」参照)またソフトマターの物理の研究者として最も著名なドジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が高分子物理の本質的な理解に至ったのは1970年代前半のことらしい(ドジャン「高分子の物理学」参照)ワトソンとクリックがDNAの二重螺旋構造を明らかにして半世紀が経つがこれを嚆矢として始まった生物物理と比較しても短い歴史しか持たないのだ なぜその様な事情になったのかそれはやはり「ソフトマター」自体の難しさにあるのではないかと思われる物理学的に見て難しいと考えられる側面は色々あるが端的にはその「ソフト」な性質がそうだ物質が固いか柔らかいかを確かめるには押してみればいいわけだがこれを物理の言葉では「物質の力学的応答を見る」と言うある力を加えたときに少ししか変形しない場合を「固い」と言い大きく変形するなら「柔らかい」と言うわけだ少ししか変形しないと言うことは平衡位置からのずれが小さいと言うことすなわち微小変位として扱うことができるわけで線型応答だけを議論すれば話は済むだが大きく変形するとなれば話は別だ最初から非線型応答を扱わなければその性質を理解することはできないことになる またソフトマターがヘテロな(一様でないと言うこと)物質系でありほとんどの場合中間スケールの構造を持っていると言うことも事

11 ソフトマターとは何か 3

情を複雑にしている要因の一つだ例えば固体の場合は原子が数Åのスケールで規則正しく並んでいるのでその並んでいる一つの単位(「単位格子」と言われる)の中の電子状態を理解すればマクロな性質も理解できる(正確には「理解できる場合が多い」と言うべきだが)すなわち量子力学によるミクロな状態の理解がマクロな物性の理解に直結する(一方単純な気体や液体の場合には統計力学や熱力学が活躍するこちらは原子や分子の詳細に関わらず集団としての振舞いを記述できる) それに対してソフトマターは多くの場合原子スケールからナノス

ケールマクロスケールに至る数層の階層構造を持っている例えばソフトクリーム(ベタな例だけど)は氷やタンパク質油脂空気等がミリメートル以下のサイズのクラスターをなしこれらが混合していると言う立派な ()コロイドであるもし分子スケールで混じり合って規則格子を組んでいたりしたら絶対に滑らかな(ソフトな)舌触りは得られない またゼリーやこんにゃくゴムなどは全て高分子からできていてこ

れらが架橋したゲルである高分子ゲルは一定以上の速さで力を加えると架橋点が動かないため弾性的な性質(固体のような性質)を示すがゆっくりした力が加わると架橋点のつなぎ変えが起きて流体のように流れる(こともある)ゲルに限らず高分子は分子振動や回転レプテーションなど様々なスケールで様々な特徴的時間の運動モードを持っているので外力に対する応答も複雑だ ついでに言えばソフトマターの典型の一つでありその上最も複

雑なのは生命体であろう例えばタンパク質は巨大な高分子だが生体内では単純に固まっているわけではなく規則的に折り畳まれた二次構造をなしているそしてこれらが自発的に自分が居るべき場所(例えば生体膜の特定の部位など)を発見してその場にいて環境の変化に応じて変形したり化学変化したりしているわけだ 更に生体機能との関連で重要なのはマイクロメータースケールの構造

だがこのスケールは熱揺らぎの影響を受けやすい大きさでもある従って熱の影響を平均化して取り扱うことのできる通常の熱力学や統計力学の環境とは違ってもっとダイレクトに熱(=エネルギー)を扱う必要があるすなわちこのスケールの世界を正確に理解しようとするならば非平衡統計力学の枠組みが必要になるのである この少々厄介なソフトマターの世界を物理学で理解しようとする

ならばどのような道具立てが必要かそのためのキーワードは「秩序

4 第 1章 はじめに

変数」であり「相転移」であり「自己組織化」であろうつまり主に固体の振舞いを理解するために用いられて来た統計力学の枠組みを利用してナノからミクロそしてマクロに至る階層構造を理解することが必要なのだろうと私は思うそのためにはまずは平衡論から出発し階層構造の形成要因を明らかにすると言う流れと非平衡論からアプローチして物質の性質に具体化していくと言う両方の流れが必要なのではないだろうか

5

第2章 粘弾性とレオロジー

ソフトマターの「やわらかさ」は力に対する物質の応答として定義することができる固体では弾性流体では粘性がこれに相当するが「やわらか」な物質であるソフトマターは一般に固体的な性質(弾性)と流体的な性質(粘性)の両方すなわち粘弾性的な性質を持つ事が多いそこでこの章では「ずり応力」に対する応答を定義した上で「粘弾性」について説明しどのような物質で現れるかそれをどのように考えるのかなどについて議論することにする

21 ずり応力 (shear stress)とずり歪み (shear

strain)

粘弾性について議論する前にずり応力に対する固体の応答の様子を示す弾性と液体の振る舞いである粘性について定義しよう

FP

Q

x

ll

Q

PH

O

Y Z

u

u0

y

図 21

6 第 2章 粘弾性とレオロジー

211 フック固体理想化された完全弾性体はフック固体 (Hookean solid)と言い加えられたずり応力 τ に対してそれに比例してずり歪み γだけ変形するここでずり応力 τ は図 21のような物体の平行な 2つの平面(上面を P下面をQとする)に逆方向にかける力を F平面の面積をAとすると

τ = FA (211)

で与えられるまた 2つの平面間の距離を l力 F による変形の量を∆x

とするとずり歪みは

γ = ∆xl (212)

であるフック固体では力と変形の関係はフックの法則 (Hookersquos law)

τ = Gγ (213)

に従いずり弾性率 (shear modulus) Gは定数となるこのGは張力(tensile stress) T による引っ張り歪み (tensile strain) s との間をつなぐ比例定数 E = Ts(伸び弾性率 (Youngrsquos modulus))に対応すると言えばバネなどにおけるフックの法則との対応がつきやすいであろう

212 ニュートン流体一方図 21の固体の代わりに流体を挟んだ場合を考える下面Qを

固定し上面 Pを一定の速度 u0で平行に動かすとするとPQ間の流体も Pに平行に運動し流体の各点における速度は時間的に変化せず「定常流」となるであろうこのような流体の運動をCouette流と言う今PQに垂直な線分OHを引いてこの線分上での流体の速度を考え

る上面と下面の近くで流体がスリップしないと言う条件を与えればOにおける速度は 0Hにおける速度は u0である線分OH上の任意の1点Yにおける速度 uはOからの距離 yに比例して増えると考えられるので比例定数をDとすると

u = Dy (214)

y = lの時は u = u0を用いれば

22 非ニュートン流動 7

D =u0

l(215)

となるここでDを速度勾配と呼ぶ点Yを通る平行平面YZを考えるとYZの上側の流体は下側の流体に

YZに平行な力を及ぼしているまたYZの下側の流体は反作用として同じ大きさで向きが逆の力を及ぼすこの力は前述したずり応力と同じものである流体にずり応力 τを加えると流れが生じるのでずり歪み∆xは時間と

ともに増大するここでずり速度 (ずり歪みの増大の比率)γ = γ∆tがずり応力に対して一定である流体をニュートン流体 (Newtonian fluid)

と呼ぶ図 21のような状況で流体の上面と下面を平行な板で挟みこれらの板を相対速度 u0で動かした時に板が流体から受ける抗力をF とすると

F = Aηu0

l(216)

と書けるそしてこの式と式 (211) (215)から得られる

D =τ

η(217)

をニュートンの粘性法則と呼ぶここで ηは粘性 (viscosity)でニュートン流体の時は温度によって決まる物質定数であるここで u0 = ∆x∆t

より

u0

l=

∆x

l

1

∆t=

γ

∆t= γ (218)

なので一般的に

τ = ηγ (219)

と書けるすなわちずり応力 τ は yには無関係で流体のいたるところで等しいことが分かる

22 非ニュートン流動ニュートンの粘性法則に従わない流体を一般に非ニュートン流体と言

いその流動を非ニュートン流動と言う高分子溶液やコロイド分散系な

8 第 2章 粘弾性とレオロジー

図 22

tt0

elastic viscous

図 23

ど粘弾性を示すソフトマターは一般に非ニュートン流体に属している非ニュートン流動ではずり速度 γとずり応力 τ との関係は一般に

γ = f(τ) (221)

と書けるここで γを τ に対して書いた曲線を流動曲線と言いニュートン流体の場合は原点を通る直線になるのに対して非ニュートン流体では一般に図 22のような曲線になるまたこの振る舞いは応力に対する応答が時間依存すると見ることもできる例えば後述するBingham流体の場合は図 23のようにある緩和時間 t0を境界にして弾性的振る舞い τ = G0γ から流体的振る舞いτ = ηBγに移行するここで

22 非ニュートン流動 9

eff

(a)

eff

(b)

eff

(c)

図 24

G0 =ηB

t0(222)

を瞬間ずり弾性率 (instantaneous modulus)と言うニュートン流体では粘度 ηが τγにより表されるので同様に非ニュー

トン流体の場合にも

ηeff =τ

γ(223)

によって見かけの粘度 ηeffを定義する一般に ηeffは γに依存し物質定数ではないまたニュートン流体では γ = τηであることから η = dτdγ

とも書けるのでこれを非ニュートン流体に適用して

ηdiff =dτ

dγ(224)

により微分粘度 ηdiff を定義できるこれは流動曲線上の 1点における接線の傾きである一般に流体の見かけの粘度 ηeff とずり速度 γの関係は図 24のように 3つに分類できるここで (a)は ηeff が γによらないニュートン流体の場合で(b)は ηeff が γ の増大とともに減少するずり流動化 (shear

thinning)(c)は ηeff が γ の増大とともに増大するずり粘稠化 (shear

thickening)の場合であるずり流動化はペンキなどで見られずり粘稠化は粒子濃度の高いペースト等で見られる非ニュートン流体の流動曲線は流体の種類によって異なるが典型的なものをいくつかここに示しておく

10 第 2章 粘弾性とレオロジー

(a) (b)

図 25

221 べき法則kと nを正の定数として

γ =τn

k(225)

と書ける場合をべき法則と言うn gt 1の場合には図 25(a)のようになりn lt 1の場合は図 25(b)のようになるn = 1の場合はもちろんニュートン流体である

222 Binghamの式粘土のペーストやペンキ印刷のインクアスファルト撚糸等ずり

応力 τがある臨界値 fBを越えない場合は流動を起こさないがfBを越えると初めて流動しずり速度 γが τ minus fBに比例するものがあるこの時

γ =

τminusfB

ηB(τ gt fB)

0 (τ lt fB)(226)

をBinghamの式と言いこれに従う物質をBingham物体その流動をBingham流動と言う式 (226)は図 26のように閾値を持つ直線で表されるfBをBingham降伏値と言いηBを塑性粘度 (plastic viscosity)

と呼ぶまたBingham物体のようにある値(降伏値)以上の応力に対して示す流動を一般に塑性流動 (plastic flow)と言う

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 2: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

iii

目 次

第 1章 はじめに 1

11 ソフトマターとは何か 1

第 2章 粘弾性とレオロジー 5

21 ずり応力 (shear stress)とずり歪み (shear strain) 5

211 フック固体 6

212 ニュートン流体 6

22 非ニュートン流動 7

221 べき法則 10

222 Binghamの式 10

223 Herschel-Bulkleyの式 11

224 Cassonの式 11

23 レオメーター 13

231 回転円筒粘度計 13

232 典型的な例 16

第 3章 液体とガラス 21

31 固体のヤング率 21

32 構造の緩和 23

33 ガラス転移 24

331 ガラス転移の特徴 25

332 ガラスの理論 27

333 ガラスの構造 29

第 4章 秩序変数と相転移 33

41 秩序変数 33

411 気体の凝結 34

412 常磁性強磁性転移 34

413 秩序無秩序転移 36

iv

42 液液相分離 36

421 正則溶液モデル 36

422 混合のエントロピー 37

423 混合のエネルギー 38

424 混合の安定性 40

425 不安定と準安定 41

426 相図 42

43 相分離の運動学 45

431 スピノーダル分解 45

432 Cahn-Hilliard方程式 46

433 核生成成長 49

434 相分離の終期ステージ 50

v

図 目 次

21 5

22 8

23 8

24 9

25 10

26 11

27 12

28 13

29 14

210 17

211 18

212 20

31 21

32 23

33 25

34 26

35 27

36 28

41 34

42 35

43 35

44 36

45 37

46 39

47 41

48 41

49 42

vi

410 43

411 44

412 48

413 49

414 51

1

第1章 はじめに

11 ソフトマターとは何か まずは身の回りを見てみようノートパソコンのディスプレーは液

晶が配列して文字や絵を表示しているし叩いているキーボードのキートップはプラスチックでできているコンピューターの筐体もプラスチックの場合も多いだろう手元にあるのはガラスのジョッキに注がれて泡が盛り上がっているビールだろうかそれともコーヒーやお茶だろうかコーヒーだったらミルクを入れているかもしれないいずれにせよ飲み終わったら台所に持って行って洗剤で良く洗うことであろう手が荒れないようにするためにはゴム手袋をした方が良いだろう 上に書いたのはほんのちょっとした例である上に登場したさまざま

な物質がここで説明しようとしている「ソフトマター」と言われる物質系の一例なのだ世の中家や橋や道路などのしっかりした構造物を作るには金属やセラミックス等の「ハードマター」を利用した方が良いのは当然だがそれだけでは豊かな生活は営めない衣類や食事やその他もろもろ生活を豊かにするために用いられる物質は「ソフトマター」に分類されるものの方が圧倒的に多いのだだいたい人間の身体だって「ハード」なのは骨や歯などほんの一部だけであるその他の器官はほとんど全てがやわらかな物質でできているのである もちろん人間は有史以来これら「ソフトマター」を生活に利用してき

た動物の毛皮を縫って衣服を作ったのは 23万年前と言われていて布の発明はもう少し新しいらしいがいずれにせよ「青銅器時代」は 5000

年前頃からだと考えられているから金属と同程度かそれ以上の付き合いがあるのは間違いない18世紀の産業革命は繊維工業から始まっているし鉄鋼などの重工業が盛んになった第二次産業革命の頃には高分子が初めて合成されているすなわち化学や工業の分野ではソフトマターはハードマターよりも先を進んでいたと言って良いであろう ところが物理学の歴史からみると状況はむしろ逆なのである熱

2 第 1章 はじめに

機関の振舞いを説明しようと言う動機から熱力学が発展したのは 18世紀のこと統計論を利用することにより多体系を扱う物理学である統計力学が起こったのもほぼ同時期の事である更に 19世紀初頭には量子力学の発展が巨大なインパクトを与え電子の振舞いを記述することにより物質の様々な性質が説明可能であることが分かったすなわち気体と液体を主に統計力学が固体を主に量子力学が担当することで身の回りの物質の性質を説明しようとする物性物理学(あるいは凝縮系の物理学)がスタートすることになるとりわけ 1928年のブロッホによる貢献は大きなもので彼の理論を出発点とした固体電子論は 80年後の今でも物性物理学の主流をなしていると言って良いのである 一方ソフトマターについてはどうか前述したように高分子や液晶コロイドなど個別の物質系についての科学には古くから多くの研究者が取り組んでいて膨大なデータが蓄積され工業的応用も幅広く行われているしかしながら物理学的観点から取り組まれるようになったのは比較的最近の事であると言って間違いない例えば「ソフトマター」と言う言葉自体が現れたのは1990年前後のことなのだそうだ(好村他訳ハムレー「ソフトマター入門」参照)またソフトマターの物理の研究者として最も著名なドジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が高分子物理の本質的な理解に至ったのは1970年代前半のことらしい(ドジャン「高分子の物理学」参照)ワトソンとクリックがDNAの二重螺旋構造を明らかにして半世紀が経つがこれを嚆矢として始まった生物物理と比較しても短い歴史しか持たないのだ なぜその様な事情になったのかそれはやはり「ソフトマター」自体の難しさにあるのではないかと思われる物理学的に見て難しいと考えられる側面は色々あるが端的にはその「ソフト」な性質がそうだ物質が固いか柔らかいかを確かめるには押してみればいいわけだがこれを物理の言葉では「物質の力学的応答を見る」と言うある力を加えたときに少ししか変形しない場合を「固い」と言い大きく変形するなら「柔らかい」と言うわけだ少ししか変形しないと言うことは平衡位置からのずれが小さいと言うことすなわち微小変位として扱うことができるわけで線型応答だけを議論すれば話は済むだが大きく変形するとなれば話は別だ最初から非線型応答を扱わなければその性質を理解することはできないことになる またソフトマターがヘテロな(一様でないと言うこと)物質系でありほとんどの場合中間スケールの構造を持っていると言うことも事

11 ソフトマターとは何か 3

情を複雑にしている要因の一つだ例えば固体の場合は原子が数Åのスケールで規則正しく並んでいるのでその並んでいる一つの単位(「単位格子」と言われる)の中の電子状態を理解すればマクロな性質も理解できる(正確には「理解できる場合が多い」と言うべきだが)すなわち量子力学によるミクロな状態の理解がマクロな物性の理解に直結する(一方単純な気体や液体の場合には統計力学や熱力学が活躍するこちらは原子や分子の詳細に関わらず集団としての振舞いを記述できる) それに対してソフトマターは多くの場合原子スケールからナノス

ケールマクロスケールに至る数層の階層構造を持っている例えばソフトクリーム(ベタな例だけど)は氷やタンパク質油脂空気等がミリメートル以下のサイズのクラスターをなしこれらが混合していると言う立派な ()コロイドであるもし分子スケールで混じり合って規則格子を組んでいたりしたら絶対に滑らかな(ソフトな)舌触りは得られない またゼリーやこんにゃくゴムなどは全て高分子からできていてこ

れらが架橋したゲルである高分子ゲルは一定以上の速さで力を加えると架橋点が動かないため弾性的な性質(固体のような性質)を示すがゆっくりした力が加わると架橋点のつなぎ変えが起きて流体のように流れる(こともある)ゲルに限らず高分子は分子振動や回転レプテーションなど様々なスケールで様々な特徴的時間の運動モードを持っているので外力に対する応答も複雑だ ついでに言えばソフトマターの典型の一つでありその上最も複

雑なのは生命体であろう例えばタンパク質は巨大な高分子だが生体内では単純に固まっているわけではなく規則的に折り畳まれた二次構造をなしているそしてこれらが自発的に自分が居るべき場所(例えば生体膜の特定の部位など)を発見してその場にいて環境の変化に応じて変形したり化学変化したりしているわけだ 更に生体機能との関連で重要なのはマイクロメータースケールの構造

だがこのスケールは熱揺らぎの影響を受けやすい大きさでもある従って熱の影響を平均化して取り扱うことのできる通常の熱力学や統計力学の環境とは違ってもっとダイレクトに熱(=エネルギー)を扱う必要があるすなわちこのスケールの世界を正確に理解しようとするならば非平衡統計力学の枠組みが必要になるのである この少々厄介なソフトマターの世界を物理学で理解しようとする

ならばどのような道具立てが必要かそのためのキーワードは「秩序

4 第 1章 はじめに

変数」であり「相転移」であり「自己組織化」であろうつまり主に固体の振舞いを理解するために用いられて来た統計力学の枠組みを利用してナノからミクロそしてマクロに至る階層構造を理解することが必要なのだろうと私は思うそのためにはまずは平衡論から出発し階層構造の形成要因を明らかにすると言う流れと非平衡論からアプローチして物質の性質に具体化していくと言う両方の流れが必要なのではないだろうか

5

第2章 粘弾性とレオロジー

ソフトマターの「やわらかさ」は力に対する物質の応答として定義することができる固体では弾性流体では粘性がこれに相当するが「やわらか」な物質であるソフトマターは一般に固体的な性質(弾性)と流体的な性質(粘性)の両方すなわち粘弾性的な性質を持つ事が多いそこでこの章では「ずり応力」に対する応答を定義した上で「粘弾性」について説明しどのような物質で現れるかそれをどのように考えるのかなどについて議論することにする

21 ずり応力 (shear stress)とずり歪み (shear

strain)

粘弾性について議論する前にずり応力に対する固体の応答の様子を示す弾性と液体の振る舞いである粘性について定義しよう

FP

Q

x

ll

Q

PH

O

Y Z

u

u0

y

図 21

6 第 2章 粘弾性とレオロジー

211 フック固体理想化された完全弾性体はフック固体 (Hookean solid)と言い加えられたずり応力 τ に対してそれに比例してずり歪み γだけ変形するここでずり応力 τ は図 21のような物体の平行な 2つの平面(上面を P下面をQとする)に逆方向にかける力を F平面の面積をAとすると

τ = FA (211)

で与えられるまた 2つの平面間の距離を l力 F による変形の量を∆x

とするとずり歪みは

γ = ∆xl (212)

であるフック固体では力と変形の関係はフックの法則 (Hookersquos law)

τ = Gγ (213)

に従いずり弾性率 (shear modulus) Gは定数となるこのGは張力(tensile stress) T による引っ張り歪み (tensile strain) s との間をつなぐ比例定数 E = Ts(伸び弾性率 (Youngrsquos modulus))に対応すると言えばバネなどにおけるフックの法則との対応がつきやすいであろう

212 ニュートン流体一方図 21の固体の代わりに流体を挟んだ場合を考える下面Qを

固定し上面 Pを一定の速度 u0で平行に動かすとするとPQ間の流体も Pに平行に運動し流体の各点における速度は時間的に変化せず「定常流」となるであろうこのような流体の運動をCouette流と言う今PQに垂直な線分OHを引いてこの線分上での流体の速度を考え

る上面と下面の近くで流体がスリップしないと言う条件を与えればOにおける速度は 0Hにおける速度は u0である線分OH上の任意の1点Yにおける速度 uはOからの距離 yに比例して増えると考えられるので比例定数をDとすると

u = Dy (214)

y = lの時は u = u0を用いれば

22 非ニュートン流動 7

D =u0

l(215)

となるここでDを速度勾配と呼ぶ点Yを通る平行平面YZを考えるとYZの上側の流体は下側の流体に

YZに平行な力を及ぼしているまたYZの下側の流体は反作用として同じ大きさで向きが逆の力を及ぼすこの力は前述したずり応力と同じものである流体にずり応力 τを加えると流れが生じるのでずり歪み∆xは時間と

ともに増大するここでずり速度 (ずり歪みの増大の比率)γ = γ∆tがずり応力に対して一定である流体をニュートン流体 (Newtonian fluid)

と呼ぶ図 21のような状況で流体の上面と下面を平行な板で挟みこれらの板を相対速度 u0で動かした時に板が流体から受ける抗力をF とすると

F = Aηu0

l(216)

と書けるそしてこの式と式 (211) (215)から得られる

D =τ

η(217)

をニュートンの粘性法則と呼ぶここで ηは粘性 (viscosity)でニュートン流体の時は温度によって決まる物質定数であるここで u0 = ∆x∆t

より

u0

l=

∆x

l

1

∆t=

γ

∆t= γ (218)

なので一般的に

τ = ηγ (219)

と書けるすなわちずり応力 τ は yには無関係で流体のいたるところで等しいことが分かる

22 非ニュートン流動ニュートンの粘性法則に従わない流体を一般に非ニュートン流体と言

いその流動を非ニュートン流動と言う高分子溶液やコロイド分散系な

8 第 2章 粘弾性とレオロジー

図 22

tt0

elastic viscous

図 23

ど粘弾性を示すソフトマターは一般に非ニュートン流体に属している非ニュートン流動ではずり速度 γとずり応力 τ との関係は一般に

γ = f(τ) (221)

と書けるここで γを τ に対して書いた曲線を流動曲線と言いニュートン流体の場合は原点を通る直線になるのに対して非ニュートン流体では一般に図 22のような曲線になるまたこの振る舞いは応力に対する応答が時間依存すると見ることもできる例えば後述するBingham流体の場合は図 23のようにある緩和時間 t0を境界にして弾性的振る舞い τ = G0γ から流体的振る舞いτ = ηBγに移行するここで

22 非ニュートン流動 9

eff

(a)

eff

(b)

eff

(c)

図 24

G0 =ηB

t0(222)

を瞬間ずり弾性率 (instantaneous modulus)と言うニュートン流体では粘度 ηが τγにより表されるので同様に非ニュー

トン流体の場合にも

ηeff =τ

γ(223)

によって見かけの粘度 ηeffを定義する一般に ηeffは γに依存し物質定数ではないまたニュートン流体では γ = τηであることから η = dτdγ

とも書けるのでこれを非ニュートン流体に適用して

ηdiff =dτ

dγ(224)

により微分粘度 ηdiff を定義できるこれは流動曲線上の 1点における接線の傾きである一般に流体の見かけの粘度 ηeff とずり速度 γの関係は図 24のように 3つに分類できるここで (a)は ηeff が γによらないニュートン流体の場合で(b)は ηeff が γ の増大とともに減少するずり流動化 (shear

thinning)(c)は ηeff が γ の増大とともに増大するずり粘稠化 (shear

thickening)の場合であるずり流動化はペンキなどで見られずり粘稠化は粒子濃度の高いペースト等で見られる非ニュートン流体の流動曲線は流体の種類によって異なるが典型的なものをいくつかここに示しておく

10 第 2章 粘弾性とレオロジー

(a) (b)

図 25

221 べき法則kと nを正の定数として

γ =τn

k(225)

と書ける場合をべき法則と言うn gt 1の場合には図 25(a)のようになりn lt 1の場合は図 25(b)のようになるn = 1の場合はもちろんニュートン流体である

222 Binghamの式粘土のペーストやペンキ印刷のインクアスファルト撚糸等ずり

応力 τがある臨界値 fBを越えない場合は流動を起こさないがfBを越えると初めて流動しずり速度 γが τ minus fBに比例するものがあるこの時

γ =

τminusfB

ηB(τ gt fB)

0 (τ lt fB)(226)

をBinghamの式と言いこれに従う物質をBingham物体その流動をBingham流動と言う式 (226)は図 26のように閾値を持つ直線で表されるfBをBingham降伏値と言いηBを塑性粘度 (plastic viscosity)

と呼ぶまたBingham物体のようにある値(降伏値)以上の応力に対して示す流動を一般に塑性流動 (plastic flow)と言う

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 3: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

iv

42 液液相分離 36

421 正則溶液モデル 36

422 混合のエントロピー 37

423 混合のエネルギー 38

424 混合の安定性 40

425 不安定と準安定 41

426 相図 42

43 相分離の運動学 45

431 スピノーダル分解 45

432 Cahn-Hilliard方程式 46

433 核生成成長 49

434 相分離の終期ステージ 50

v

図 目 次

21 5

22 8

23 8

24 9

25 10

26 11

27 12

28 13

29 14

210 17

211 18

212 20

31 21

32 23

33 25

34 26

35 27

36 28

41 34

42 35

43 35

44 36

45 37

46 39

47 41

48 41

49 42

vi

410 43

411 44

412 48

413 49

414 51

1

第1章 はじめに

11 ソフトマターとは何か まずは身の回りを見てみようノートパソコンのディスプレーは液

晶が配列して文字や絵を表示しているし叩いているキーボードのキートップはプラスチックでできているコンピューターの筐体もプラスチックの場合も多いだろう手元にあるのはガラスのジョッキに注がれて泡が盛り上がっているビールだろうかそれともコーヒーやお茶だろうかコーヒーだったらミルクを入れているかもしれないいずれにせよ飲み終わったら台所に持って行って洗剤で良く洗うことであろう手が荒れないようにするためにはゴム手袋をした方が良いだろう 上に書いたのはほんのちょっとした例である上に登場したさまざま

な物質がここで説明しようとしている「ソフトマター」と言われる物質系の一例なのだ世の中家や橋や道路などのしっかりした構造物を作るには金属やセラミックス等の「ハードマター」を利用した方が良いのは当然だがそれだけでは豊かな生活は営めない衣類や食事やその他もろもろ生活を豊かにするために用いられる物質は「ソフトマター」に分類されるものの方が圧倒的に多いのだだいたい人間の身体だって「ハード」なのは骨や歯などほんの一部だけであるその他の器官はほとんど全てがやわらかな物質でできているのである もちろん人間は有史以来これら「ソフトマター」を生活に利用してき

た動物の毛皮を縫って衣服を作ったのは 23万年前と言われていて布の発明はもう少し新しいらしいがいずれにせよ「青銅器時代」は 5000

年前頃からだと考えられているから金属と同程度かそれ以上の付き合いがあるのは間違いない18世紀の産業革命は繊維工業から始まっているし鉄鋼などの重工業が盛んになった第二次産業革命の頃には高分子が初めて合成されているすなわち化学や工業の分野ではソフトマターはハードマターよりも先を進んでいたと言って良いであろう ところが物理学の歴史からみると状況はむしろ逆なのである熱

2 第 1章 はじめに

機関の振舞いを説明しようと言う動機から熱力学が発展したのは 18世紀のこと統計論を利用することにより多体系を扱う物理学である統計力学が起こったのもほぼ同時期の事である更に 19世紀初頭には量子力学の発展が巨大なインパクトを与え電子の振舞いを記述することにより物質の様々な性質が説明可能であることが分かったすなわち気体と液体を主に統計力学が固体を主に量子力学が担当することで身の回りの物質の性質を説明しようとする物性物理学(あるいは凝縮系の物理学)がスタートすることになるとりわけ 1928年のブロッホによる貢献は大きなもので彼の理論を出発点とした固体電子論は 80年後の今でも物性物理学の主流をなしていると言って良いのである 一方ソフトマターについてはどうか前述したように高分子や液晶コロイドなど個別の物質系についての科学には古くから多くの研究者が取り組んでいて膨大なデータが蓄積され工業的応用も幅広く行われているしかしながら物理学的観点から取り組まれるようになったのは比較的最近の事であると言って間違いない例えば「ソフトマター」と言う言葉自体が現れたのは1990年前後のことなのだそうだ(好村他訳ハムレー「ソフトマター入門」参照)またソフトマターの物理の研究者として最も著名なドジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が高分子物理の本質的な理解に至ったのは1970年代前半のことらしい(ドジャン「高分子の物理学」参照)ワトソンとクリックがDNAの二重螺旋構造を明らかにして半世紀が経つがこれを嚆矢として始まった生物物理と比較しても短い歴史しか持たないのだ なぜその様な事情になったのかそれはやはり「ソフトマター」自体の難しさにあるのではないかと思われる物理学的に見て難しいと考えられる側面は色々あるが端的にはその「ソフト」な性質がそうだ物質が固いか柔らかいかを確かめるには押してみればいいわけだがこれを物理の言葉では「物質の力学的応答を見る」と言うある力を加えたときに少ししか変形しない場合を「固い」と言い大きく変形するなら「柔らかい」と言うわけだ少ししか変形しないと言うことは平衡位置からのずれが小さいと言うことすなわち微小変位として扱うことができるわけで線型応答だけを議論すれば話は済むだが大きく変形するとなれば話は別だ最初から非線型応答を扱わなければその性質を理解することはできないことになる またソフトマターがヘテロな(一様でないと言うこと)物質系でありほとんどの場合中間スケールの構造を持っていると言うことも事

11 ソフトマターとは何か 3

情を複雑にしている要因の一つだ例えば固体の場合は原子が数Åのスケールで規則正しく並んでいるのでその並んでいる一つの単位(「単位格子」と言われる)の中の電子状態を理解すればマクロな性質も理解できる(正確には「理解できる場合が多い」と言うべきだが)すなわち量子力学によるミクロな状態の理解がマクロな物性の理解に直結する(一方単純な気体や液体の場合には統計力学や熱力学が活躍するこちらは原子や分子の詳細に関わらず集団としての振舞いを記述できる) それに対してソフトマターは多くの場合原子スケールからナノス

ケールマクロスケールに至る数層の階層構造を持っている例えばソフトクリーム(ベタな例だけど)は氷やタンパク質油脂空気等がミリメートル以下のサイズのクラスターをなしこれらが混合していると言う立派な ()コロイドであるもし分子スケールで混じり合って規則格子を組んでいたりしたら絶対に滑らかな(ソフトな)舌触りは得られない またゼリーやこんにゃくゴムなどは全て高分子からできていてこ

れらが架橋したゲルである高分子ゲルは一定以上の速さで力を加えると架橋点が動かないため弾性的な性質(固体のような性質)を示すがゆっくりした力が加わると架橋点のつなぎ変えが起きて流体のように流れる(こともある)ゲルに限らず高分子は分子振動や回転レプテーションなど様々なスケールで様々な特徴的時間の運動モードを持っているので外力に対する応答も複雑だ ついでに言えばソフトマターの典型の一つでありその上最も複

雑なのは生命体であろう例えばタンパク質は巨大な高分子だが生体内では単純に固まっているわけではなく規則的に折り畳まれた二次構造をなしているそしてこれらが自発的に自分が居るべき場所(例えば生体膜の特定の部位など)を発見してその場にいて環境の変化に応じて変形したり化学変化したりしているわけだ 更に生体機能との関連で重要なのはマイクロメータースケールの構造

だがこのスケールは熱揺らぎの影響を受けやすい大きさでもある従って熱の影響を平均化して取り扱うことのできる通常の熱力学や統計力学の環境とは違ってもっとダイレクトに熱(=エネルギー)を扱う必要があるすなわちこのスケールの世界を正確に理解しようとするならば非平衡統計力学の枠組みが必要になるのである この少々厄介なソフトマターの世界を物理学で理解しようとする

ならばどのような道具立てが必要かそのためのキーワードは「秩序

4 第 1章 はじめに

変数」であり「相転移」であり「自己組織化」であろうつまり主に固体の振舞いを理解するために用いられて来た統計力学の枠組みを利用してナノからミクロそしてマクロに至る階層構造を理解することが必要なのだろうと私は思うそのためにはまずは平衡論から出発し階層構造の形成要因を明らかにすると言う流れと非平衡論からアプローチして物質の性質に具体化していくと言う両方の流れが必要なのではないだろうか

5

第2章 粘弾性とレオロジー

ソフトマターの「やわらかさ」は力に対する物質の応答として定義することができる固体では弾性流体では粘性がこれに相当するが「やわらか」な物質であるソフトマターは一般に固体的な性質(弾性)と流体的な性質(粘性)の両方すなわち粘弾性的な性質を持つ事が多いそこでこの章では「ずり応力」に対する応答を定義した上で「粘弾性」について説明しどのような物質で現れるかそれをどのように考えるのかなどについて議論することにする

21 ずり応力 (shear stress)とずり歪み (shear

strain)

粘弾性について議論する前にずり応力に対する固体の応答の様子を示す弾性と液体の振る舞いである粘性について定義しよう

FP

Q

x

ll

Q

PH

O

Y Z

u

u0

y

図 21

6 第 2章 粘弾性とレオロジー

211 フック固体理想化された完全弾性体はフック固体 (Hookean solid)と言い加えられたずり応力 τ に対してそれに比例してずり歪み γだけ変形するここでずり応力 τ は図 21のような物体の平行な 2つの平面(上面を P下面をQとする)に逆方向にかける力を F平面の面積をAとすると

τ = FA (211)

で与えられるまた 2つの平面間の距離を l力 F による変形の量を∆x

とするとずり歪みは

γ = ∆xl (212)

であるフック固体では力と変形の関係はフックの法則 (Hookersquos law)

τ = Gγ (213)

に従いずり弾性率 (shear modulus) Gは定数となるこのGは張力(tensile stress) T による引っ張り歪み (tensile strain) s との間をつなぐ比例定数 E = Ts(伸び弾性率 (Youngrsquos modulus))に対応すると言えばバネなどにおけるフックの法則との対応がつきやすいであろう

212 ニュートン流体一方図 21の固体の代わりに流体を挟んだ場合を考える下面Qを

固定し上面 Pを一定の速度 u0で平行に動かすとするとPQ間の流体も Pに平行に運動し流体の各点における速度は時間的に変化せず「定常流」となるであろうこのような流体の運動をCouette流と言う今PQに垂直な線分OHを引いてこの線分上での流体の速度を考え

る上面と下面の近くで流体がスリップしないと言う条件を与えればOにおける速度は 0Hにおける速度は u0である線分OH上の任意の1点Yにおける速度 uはOからの距離 yに比例して増えると考えられるので比例定数をDとすると

u = Dy (214)

y = lの時は u = u0を用いれば

22 非ニュートン流動 7

D =u0

l(215)

となるここでDを速度勾配と呼ぶ点Yを通る平行平面YZを考えるとYZの上側の流体は下側の流体に

YZに平行な力を及ぼしているまたYZの下側の流体は反作用として同じ大きさで向きが逆の力を及ぼすこの力は前述したずり応力と同じものである流体にずり応力 τを加えると流れが生じるのでずり歪み∆xは時間と

ともに増大するここでずり速度 (ずり歪みの増大の比率)γ = γ∆tがずり応力に対して一定である流体をニュートン流体 (Newtonian fluid)

と呼ぶ図 21のような状況で流体の上面と下面を平行な板で挟みこれらの板を相対速度 u0で動かした時に板が流体から受ける抗力をF とすると

F = Aηu0

l(216)

と書けるそしてこの式と式 (211) (215)から得られる

D =τ

η(217)

をニュートンの粘性法則と呼ぶここで ηは粘性 (viscosity)でニュートン流体の時は温度によって決まる物質定数であるここで u0 = ∆x∆t

より

u0

l=

∆x

l

1

∆t=

γ

∆t= γ (218)

なので一般的に

τ = ηγ (219)

と書けるすなわちずり応力 τ は yには無関係で流体のいたるところで等しいことが分かる

22 非ニュートン流動ニュートンの粘性法則に従わない流体を一般に非ニュートン流体と言

いその流動を非ニュートン流動と言う高分子溶液やコロイド分散系な

8 第 2章 粘弾性とレオロジー

図 22

tt0

elastic viscous

図 23

ど粘弾性を示すソフトマターは一般に非ニュートン流体に属している非ニュートン流動ではずり速度 γとずり応力 τ との関係は一般に

γ = f(τ) (221)

と書けるここで γを τ に対して書いた曲線を流動曲線と言いニュートン流体の場合は原点を通る直線になるのに対して非ニュートン流体では一般に図 22のような曲線になるまたこの振る舞いは応力に対する応答が時間依存すると見ることもできる例えば後述するBingham流体の場合は図 23のようにある緩和時間 t0を境界にして弾性的振る舞い τ = G0γ から流体的振る舞いτ = ηBγに移行するここで

22 非ニュートン流動 9

eff

(a)

eff

(b)

eff

(c)

図 24

G0 =ηB

t0(222)

を瞬間ずり弾性率 (instantaneous modulus)と言うニュートン流体では粘度 ηが τγにより表されるので同様に非ニュー

トン流体の場合にも

ηeff =τ

γ(223)

によって見かけの粘度 ηeffを定義する一般に ηeffは γに依存し物質定数ではないまたニュートン流体では γ = τηであることから η = dτdγ

とも書けるのでこれを非ニュートン流体に適用して

ηdiff =dτ

dγ(224)

により微分粘度 ηdiff を定義できるこれは流動曲線上の 1点における接線の傾きである一般に流体の見かけの粘度 ηeff とずり速度 γの関係は図 24のように 3つに分類できるここで (a)は ηeff が γによらないニュートン流体の場合で(b)は ηeff が γ の増大とともに減少するずり流動化 (shear

thinning)(c)は ηeff が γ の増大とともに増大するずり粘稠化 (shear

thickening)の場合であるずり流動化はペンキなどで見られずり粘稠化は粒子濃度の高いペースト等で見られる非ニュートン流体の流動曲線は流体の種類によって異なるが典型的なものをいくつかここに示しておく

10 第 2章 粘弾性とレオロジー

(a) (b)

図 25

221 べき法則kと nを正の定数として

γ =τn

k(225)

と書ける場合をべき法則と言うn gt 1の場合には図 25(a)のようになりn lt 1の場合は図 25(b)のようになるn = 1の場合はもちろんニュートン流体である

222 Binghamの式粘土のペーストやペンキ印刷のインクアスファルト撚糸等ずり

応力 τがある臨界値 fBを越えない場合は流動を起こさないがfBを越えると初めて流動しずり速度 γが τ minus fBに比例するものがあるこの時

γ =

τminusfB

ηB(τ gt fB)

0 (τ lt fB)(226)

をBinghamの式と言いこれに従う物質をBingham物体その流動をBingham流動と言う式 (226)は図 26のように閾値を持つ直線で表されるfBをBingham降伏値と言いηBを塑性粘度 (plastic viscosity)

と呼ぶまたBingham物体のようにある値(降伏値)以上の応力に対して示す流動を一般に塑性流動 (plastic flow)と言う

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 4: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

v

図 目 次

21 5

22 8

23 8

24 9

25 10

26 11

27 12

28 13

29 14

210 17

211 18

212 20

31 21

32 23

33 25

34 26

35 27

36 28

41 34

42 35

43 35

44 36

45 37

46 39

47 41

48 41

49 42

vi

410 43

411 44

412 48

413 49

414 51

1

第1章 はじめに

11 ソフトマターとは何か まずは身の回りを見てみようノートパソコンのディスプレーは液

晶が配列して文字や絵を表示しているし叩いているキーボードのキートップはプラスチックでできているコンピューターの筐体もプラスチックの場合も多いだろう手元にあるのはガラスのジョッキに注がれて泡が盛り上がっているビールだろうかそれともコーヒーやお茶だろうかコーヒーだったらミルクを入れているかもしれないいずれにせよ飲み終わったら台所に持って行って洗剤で良く洗うことであろう手が荒れないようにするためにはゴム手袋をした方が良いだろう 上に書いたのはほんのちょっとした例である上に登場したさまざま

な物質がここで説明しようとしている「ソフトマター」と言われる物質系の一例なのだ世の中家や橋や道路などのしっかりした構造物を作るには金属やセラミックス等の「ハードマター」を利用した方が良いのは当然だがそれだけでは豊かな生活は営めない衣類や食事やその他もろもろ生活を豊かにするために用いられる物質は「ソフトマター」に分類されるものの方が圧倒的に多いのだだいたい人間の身体だって「ハード」なのは骨や歯などほんの一部だけであるその他の器官はほとんど全てがやわらかな物質でできているのである もちろん人間は有史以来これら「ソフトマター」を生活に利用してき

た動物の毛皮を縫って衣服を作ったのは 23万年前と言われていて布の発明はもう少し新しいらしいがいずれにせよ「青銅器時代」は 5000

年前頃からだと考えられているから金属と同程度かそれ以上の付き合いがあるのは間違いない18世紀の産業革命は繊維工業から始まっているし鉄鋼などの重工業が盛んになった第二次産業革命の頃には高分子が初めて合成されているすなわち化学や工業の分野ではソフトマターはハードマターよりも先を進んでいたと言って良いであろう ところが物理学の歴史からみると状況はむしろ逆なのである熱

2 第 1章 はじめに

機関の振舞いを説明しようと言う動機から熱力学が発展したのは 18世紀のこと統計論を利用することにより多体系を扱う物理学である統計力学が起こったのもほぼ同時期の事である更に 19世紀初頭には量子力学の発展が巨大なインパクトを与え電子の振舞いを記述することにより物質の様々な性質が説明可能であることが分かったすなわち気体と液体を主に統計力学が固体を主に量子力学が担当することで身の回りの物質の性質を説明しようとする物性物理学(あるいは凝縮系の物理学)がスタートすることになるとりわけ 1928年のブロッホによる貢献は大きなもので彼の理論を出発点とした固体電子論は 80年後の今でも物性物理学の主流をなしていると言って良いのである 一方ソフトマターについてはどうか前述したように高分子や液晶コロイドなど個別の物質系についての科学には古くから多くの研究者が取り組んでいて膨大なデータが蓄積され工業的応用も幅広く行われているしかしながら物理学的観点から取り組まれるようになったのは比較的最近の事であると言って間違いない例えば「ソフトマター」と言う言葉自体が現れたのは1990年前後のことなのだそうだ(好村他訳ハムレー「ソフトマター入門」参照)またソフトマターの物理の研究者として最も著名なドジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が高分子物理の本質的な理解に至ったのは1970年代前半のことらしい(ドジャン「高分子の物理学」参照)ワトソンとクリックがDNAの二重螺旋構造を明らかにして半世紀が経つがこれを嚆矢として始まった生物物理と比較しても短い歴史しか持たないのだ なぜその様な事情になったのかそれはやはり「ソフトマター」自体の難しさにあるのではないかと思われる物理学的に見て難しいと考えられる側面は色々あるが端的にはその「ソフト」な性質がそうだ物質が固いか柔らかいかを確かめるには押してみればいいわけだがこれを物理の言葉では「物質の力学的応答を見る」と言うある力を加えたときに少ししか変形しない場合を「固い」と言い大きく変形するなら「柔らかい」と言うわけだ少ししか変形しないと言うことは平衡位置からのずれが小さいと言うことすなわち微小変位として扱うことができるわけで線型応答だけを議論すれば話は済むだが大きく変形するとなれば話は別だ最初から非線型応答を扱わなければその性質を理解することはできないことになる またソフトマターがヘテロな(一様でないと言うこと)物質系でありほとんどの場合中間スケールの構造を持っていると言うことも事

11 ソフトマターとは何か 3

情を複雑にしている要因の一つだ例えば固体の場合は原子が数Åのスケールで規則正しく並んでいるのでその並んでいる一つの単位(「単位格子」と言われる)の中の電子状態を理解すればマクロな性質も理解できる(正確には「理解できる場合が多い」と言うべきだが)すなわち量子力学によるミクロな状態の理解がマクロな物性の理解に直結する(一方単純な気体や液体の場合には統計力学や熱力学が活躍するこちらは原子や分子の詳細に関わらず集団としての振舞いを記述できる) それに対してソフトマターは多くの場合原子スケールからナノス

ケールマクロスケールに至る数層の階層構造を持っている例えばソフトクリーム(ベタな例だけど)は氷やタンパク質油脂空気等がミリメートル以下のサイズのクラスターをなしこれらが混合していると言う立派な ()コロイドであるもし分子スケールで混じり合って規則格子を組んでいたりしたら絶対に滑らかな(ソフトな)舌触りは得られない またゼリーやこんにゃくゴムなどは全て高分子からできていてこ

れらが架橋したゲルである高分子ゲルは一定以上の速さで力を加えると架橋点が動かないため弾性的な性質(固体のような性質)を示すがゆっくりした力が加わると架橋点のつなぎ変えが起きて流体のように流れる(こともある)ゲルに限らず高分子は分子振動や回転レプテーションなど様々なスケールで様々な特徴的時間の運動モードを持っているので外力に対する応答も複雑だ ついでに言えばソフトマターの典型の一つでありその上最も複

雑なのは生命体であろう例えばタンパク質は巨大な高分子だが生体内では単純に固まっているわけではなく規則的に折り畳まれた二次構造をなしているそしてこれらが自発的に自分が居るべき場所(例えば生体膜の特定の部位など)を発見してその場にいて環境の変化に応じて変形したり化学変化したりしているわけだ 更に生体機能との関連で重要なのはマイクロメータースケールの構造

だがこのスケールは熱揺らぎの影響を受けやすい大きさでもある従って熱の影響を平均化して取り扱うことのできる通常の熱力学や統計力学の環境とは違ってもっとダイレクトに熱(=エネルギー)を扱う必要があるすなわちこのスケールの世界を正確に理解しようとするならば非平衡統計力学の枠組みが必要になるのである この少々厄介なソフトマターの世界を物理学で理解しようとする

ならばどのような道具立てが必要かそのためのキーワードは「秩序

4 第 1章 はじめに

変数」であり「相転移」であり「自己組織化」であろうつまり主に固体の振舞いを理解するために用いられて来た統計力学の枠組みを利用してナノからミクロそしてマクロに至る階層構造を理解することが必要なのだろうと私は思うそのためにはまずは平衡論から出発し階層構造の形成要因を明らかにすると言う流れと非平衡論からアプローチして物質の性質に具体化していくと言う両方の流れが必要なのではないだろうか

5

第2章 粘弾性とレオロジー

ソフトマターの「やわらかさ」は力に対する物質の応答として定義することができる固体では弾性流体では粘性がこれに相当するが「やわらか」な物質であるソフトマターは一般に固体的な性質(弾性)と流体的な性質(粘性)の両方すなわち粘弾性的な性質を持つ事が多いそこでこの章では「ずり応力」に対する応答を定義した上で「粘弾性」について説明しどのような物質で現れるかそれをどのように考えるのかなどについて議論することにする

21 ずり応力 (shear stress)とずり歪み (shear

strain)

粘弾性について議論する前にずり応力に対する固体の応答の様子を示す弾性と液体の振る舞いである粘性について定義しよう

FP

Q

x

ll

Q

PH

O

Y Z

u

u0

y

図 21

6 第 2章 粘弾性とレオロジー

211 フック固体理想化された完全弾性体はフック固体 (Hookean solid)と言い加えられたずり応力 τ に対してそれに比例してずり歪み γだけ変形するここでずり応力 τ は図 21のような物体の平行な 2つの平面(上面を P下面をQとする)に逆方向にかける力を F平面の面積をAとすると

τ = FA (211)

で与えられるまた 2つの平面間の距離を l力 F による変形の量を∆x

とするとずり歪みは

γ = ∆xl (212)

であるフック固体では力と変形の関係はフックの法則 (Hookersquos law)

τ = Gγ (213)

に従いずり弾性率 (shear modulus) Gは定数となるこのGは張力(tensile stress) T による引っ張り歪み (tensile strain) s との間をつなぐ比例定数 E = Ts(伸び弾性率 (Youngrsquos modulus))に対応すると言えばバネなどにおけるフックの法則との対応がつきやすいであろう

212 ニュートン流体一方図 21の固体の代わりに流体を挟んだ場合を考える下面Qを

固定し上面 Pを一定の速度 u0で平行に動かすとするとPQ間の流体も Pに平行に運動し流体の各点における速度は時間的に変化せず「定常流」となるであろうこのような流体の運動をCouette流と言う今PQに垂直な線分OHを引いてこの線分上での流体の速度を考え

る上面と下面の近くで流体がスリップしないと言う条件を与えればOにおける速度は 0Hにおける速度は u0である線分OH上の任意の1点Yにおける速度 uはOからの距離 yに比例して増えると考えられるので比例定数をDとすると

u = Dy (214)

y = lの時は u = u0を用いれば

22 非ニュートン流動 7

D =u0

l(215)

となるここでDを速度勾配と呼ぶ点Yを通る平行平面YZを考えるとYZの上側の流体は下側の流体に

YZに平行な力を及ぼしているまたYZの下側の流体は反作用として同じ大きさで向きが逆の力を及ぼすこの力は前述したずり応力と同じものである流体にずり応力 τを加えると流れが生じるのでずり歪み∆xは時間と

ともに増大するここでずり速度 (ずり歪みの増大の比率)γ = γ∆tがずり応力に対して一定である流体をニュートン流体 (Newtonian fluid)

と呼ぶ図 21のような状況で流体の上面と下面を平行な板で挟みこれらの板を相対速度 u0で動かした時に板が流体から受ける抗力をF とすると

F = Aηu0

l(216)

と書けるそしてこの式と式 (211) (215)から得られる

D =τ

η(217)

をニュートンの粘性法則と呼ぶここで ηは粘性 (viscosity)でニュートン流体の時は温度によって決まる物質定数であるここで u0 = ∆x∆t

より

u0

l=

∆x

l

1

∆t=

γ

∆t= γ (218)

なので一般的に

τ = ηγ (219)

と書けるすなわちずり応力 τ は yには無関係で流体のいたるところで等しいことが分かる

22 非ニュートン流動ニュートンの粘性法則に従わない流体を一般に非ニュートン流体と言

いその流動を非ニュートン流動と言う高分子溶液やコロイド分散系な

8 第 2章 粘弾性とレオロジー

図 22

tt0

elastic viscous

図 23

ど粘弾性を示すソフトマターは一般に非ニュートン流体に属している非ニュートン流動ではずり速度 γとずり応力 τ との関係は一般に

γ = f(τ) (221)

と書けるここで γを τ に対して書いた曲線を流動曲線と言いニュートン流体の場合は原点を通る直線になるのに対して非ニュートン流体では一般に図 22のような曲線になるまたこの振る舞いは応力に対する応答が時間依存すると見ることもできる例えば後述するBingham流体の場合は図 23のようにある緩和時間 t0を境界にして弾性的振る舞い τ = G0γ から流体的振る舞いτ = ηBγに移行するここで

22 非ニュートン流動 9

eff

(a)

eff

(b)

eff

(c)

図 24

G0 =ηB

t0(222)

を瞬間ずり弾性率 (instantaneous modulus)と言うニュートン流体では粘度 ηが τγにより表されるので同様に非ニュー

トン流体の場合にも

ηeff =τ

γ(223)

によって見かけの粘度 ηeffを定義する一般に ηeffは γに依存し物質定数ではないまたニュートン流体では γ = τηであることから η = dτdγ

とも書けるのでこれを非ニュートン流体に適用して

ηdiff =dτ

dγ(224)

により微分粘度 ηdiff を定義できるこれは流動曲線上の 1点における接線の傾きである一般に流体の見かけの粘度 ηeff とずり速度 γの関係は図 24のように 3つに分類できるここで (a)は ηeff が γによらないニュートン流体の場合で(b)は ηeff が γ の増大とともに減少するずり流動化 (shear

thinning)(c)は ηeff が γ の増大とともに増大するずり粘稠化 (shear

thickening)の場合であるずり流動化はペンキなどで見られずり粘稠化は粒子濃度の高いペースト等で見られる非ニュートン流体の流動曲線は流体の種類によって異なるが典型的なものをいくつかここに示しておく

10 第 2章 粘弾性とレオロジー

(a) (b)

図 25

221 べき法則kと nを正の定数として

γ =τn

k(225)

と書ける場合をべき法則と言うn gt 1の場合には図 25(a)のようになりn lt 1の場合は図 25(b)のようになるn = 1の場合はもちろんニュートン流体である

222 Binghamの式粘土のペーストやペンキ印刷のインクアスファルト撚糸等ずり

応力 τがある臨界値 fBを越えない場合は流動を起こさないがfBを越えると初めて流動しずり速度 γが τ minus fBに比例するものがあるこの時

γ =

τminusfB

ηB(τ gt fB)

0 (τ lt fB)(226)

をBinghamの式と言いこれに従う物質をBingham物体その流動をBingham流動と言う式 (226)は図 26のように閾値を持つ直線で表されるfBをBingham降伏値と言いηBを塑性粘度 (plastic viscosity)

と呼ぶまたBingham物体のようにある値(降伏値)以上の応力に対して示す流動を一般に塑性流動 (plastic flow)と言う

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 5: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

vi

410 43

411 44

412 48

413 49

414 51

1

第1章 はじめに

11 ソフトマターとは何か まずは身の回りを見てみようノートパソコンのディスプレーは液

晶が配列して文字や絵を表示しているし叩いているキーボードのキートップはプラスチックでできているコンピューターの筐体もプラスチックの場合も多いだろう手元にあるのはガラスのジョッキに注がれて泡が盛り上がっているビールだろうかそれともコーヒーやお茶だろうかコーヒーだったらミルクを入れているかもしれないいずれにせよ飲み終わったら台所に持って行って洗剤で良く洗うことであろう手が荒れないようにするためにはゴム手袋をした方が良いだろう 上に書いたのはほんのちょっとした例である上に登場したさまざま

な物質がここで説明しようとしている「ソフトマター」と言われる物質系の一例なのだ世の中家や橋や道路などのしっかりした構造物を作るには金属やセラミックス等の「ハードマター」を利用した方が良いのは当然だがそれだけでは豊かな生活は営めない衣類や食事やその他もろもろ生活を豊かにするために用いられる物質は「ソフトマター」に分類されるものの方が圧倒的に多いのだだいたい人間の身体だって「ハード」なのは骨や歯などほんの一部だけであるその他の器官はほとんど全てがやわらかな物質でできているのである もちろん人間は有史以来これら「ソフトマター」を生活に利用してき

た動物の毛皮を縫って衣服を作ったのは 23万年前と言われていて布の発明はもう少し新しいらしいがいずれにせよ「青銅器時代」は 5000

年前頃からだと考えられているから金属と同程度かそれ以上の付き合いがあるのは間違いない18世紀の産業革命は繊維工業から始まっているし鉄鋼などの重工業が盛んになった第二次産業革命の頃には高分子が初めて合成されているすなわち化学や工業の分野ではソフトマターはハードマターよりも先を進んでいたと言って良いであろう ところが物理学の歴史からみると状況はむしろ逆なのである熱

2 第 1章 はじめに

機関の振舞いを説明しようと言う動機から熱力学が発展したのは 18世紀のこと統計論を利用することにより多体系を扱う物理学である統計力学が起こったのもほぼ同時期の事である更に 19世紀初頭には量子力学の発展が巨大なインパクトを与え電子の振舞いを記述することにより物質の様々な性質が説明可能であることが分かったすなわち気体と液体を主に統計力学が固体を主に量子力学が担当することで身の回りの物質の性質を説明しようとする物性物理学(あるいは凝縮系の物理学)がスタートすることになるとりわけ 1928年のブロッホによる貢献は大きなもので彼の理論を出発点とした固体電子論は 80年後の今でも物性物理学の主流をなしていると言って良いのである 一方ソフトマターについてはどうか前述したように高分子や液晶コロイドなど個別の物質系についての科学には古くから多くの研究者が取り組んでいて膨大なデータが蓄積され工業的応用も幅広く行われているしかしながら物理学的観点から取り組まれるようになったのは比較的最近の事であると言って間違いない例えば「ソフトマター」と言う言葉自体が現れたのは1990年前後のことなのだそうだ(好村他訳ハムレー「ソフトマター入門」参照)またソフトマターの物理の研究者として最も著名なドジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が高分子物理の本質的な理解に至ったのは1970年代前半のことらしい(ドジャン「高分子の物理学」参照)ワトソンとクリックがDNAの二重螺旋構造を明らかにして半世紀が経つがこれを嚆矢として始まった生物物理と比較しても短い歴史しか持たないのだ なぜその様な事情になったのかそれはやはり「ソフトマター」自体の難しさにあるのではないかと思われる物理学的に見て難しいと考えられる側面は色々あるが端的にはその「ソフト」な性質がそうだ物質が固いか柔らかいかを確かめるには押してみればいいわけだがこれを物理の言葉では「物質の力学的応答を見る」と言うある力を加えたときに少ししか変形しない場合を「固い」と言い大きく変形するなら「柔らかい」と言うわけだ少ししか変形しないと言うことは平衡位置からのずれが小さいと言うことすなわち微小変位として扱うことができるわけで線型応答だけを議論すれば話は済むだが大きく変形するとなれば話は別だ最初から非線型応答を扱わなければその性質を理解することはできないことになる またソフトマターがヘテロな(一様でないと言うこと)物質系でありほとんどの場合中間スケールの構造を持っていると言うことも事

11 ソフトマターとは何か 3

情を複雑にしている要因の一つだ例えば固体の場合は原子が数Åのスケールで規則正しく並んでいるのでその並んでいる一つの単位(「単位格子」と言われる)の中の電子状態を理解すればマクロな性質も理解できる(正確には「理解できる場合が多い」と言うべきだが)すなわち量子力学によるミクロな状態の理解がマクロな物性の理解に直結する(一方単純な気体や液体の場合には統計力学や熱力学が活躍するこちらは原子や分子の詳細に関わらず集団としての振舞いを記述できる) それに対してソフトマターは多くの場合原子スケールからナノス

ケールマクロスケールに至る数層の階層構造を持っている例えばソフトクリーム(ベタな例だけど)は氷やタンパク質油脂空気等がミリメートル以下のサイズのクラスターをなしこれらが混合していると言う立派な ()コロイドであるもし分子スケールで混じり合って規則格子を組んでいたりしたら絶対に滑らかな(ソフトな)舌触りは得られない またゼリーやこんにゃくゴムなどは全て高分子からできていてこ

れらが架橋したゲルである高分子ゲルは一定以上の速さで力を加えると架橋点が動かないため弾性的な性質(固体のような性質)を示すがゆっくりした力が加わると架橋点のつなぎ変えが起きて流体のように流れる(こともある)ゲルに限らず高分子は分子振動や回転レプテーションなど様々なスケールで様々な特徴的時間の運動モードを持っているので外力に対する応答も複雑だ ついでに言えばソフトマターの典型の一つでありその上最も複

雑なのは生命体であろう例えばタンパク質は巨大な高分子だが生体内では単純に固まっているわけではなく規則的に折り畳まれた二次構造をなしているそしてこれらが自発的に自分が居るべき場所(例えば生体膜の特定の部位など)を発見してその場にいて環境の変化に応じて変形したり化学変化したりしているわけだ 更に生体機能との関連で重要なのはマイクロメータースケールの構造

だがこのスケールは熱揺らぎの影響を受けやすい大きさでもある従って熱の影響を平均化して取り扱うことのできる通常の熱力学や統計力学の環境とは違ってもっとダイレクトに熱(=エネルギー)を扱う必要があるすなわちこのスケールの世界を正確に理解しようとするならば非平衡統計力学の枠組みが必要になるのである この少々厄介なソフトマターの世界を物理学で理解しようとする

ならばどのような道具立てが必要かそのためのキーワードは「秩序

4 第 1章 はじめに

変数」であり「相転移」であり「自己組織化」であろうつまり主に固体の振舞いを理解するために用いられて来た統計力学の枠組みを利用してナノからミクロそしてマクロに至る階層構造を理解することが必要なのだろうと私は思うそのためにはまずは平衡論から出発し階層構造の形成要因を明らかにすると言う流れと非平衡論からアプローチして物質の性質に具体化していくと言う両方の流れが必要なのではないだろうか

5

第2章 粘弾性とレオロジー

ソフトマターの「やわらかさ」は力に対する物質の応答として定義することができる固体では弾性流体では粘性がこれに相当するが「やわらか」な物質であるソフトマターは一般に固体的な性質(弾性)と流体的な性質(粘性)の両方すなわち粘弾性的な性質を持つ事が多いそこでこの章では「ずり応力」に対する応答を定義した上で「粘弾性」について説明しどのような物質で現れるかそれをどのように考えるのかなどについて議論することにする

21 ずり応力 (shear stress)とずり歪み (shear

strain)

粘弾性について議論する前にずり応力に対する固体の応答の様子を示す弾性と液体の振る舞いである粘性について定義しよう

FP

Q

x

ll

Q

PH

O

Y Z

u

u0

y

図 21

6 第 2章 粘弾性とレオロジー

211 フック固体理想化された完全弾性体はフック固体 (Hookean solid)と言い加えられたずり応力 τ に対してそれに比例してずり歪み γだけ変形するここでずり応力 τ は図 21のような物体の平行な 2つの平面(上面を P下面をQとする)に逆方向にかける力を F平面の面積をAとすると

τ = FA (211)

で与えられるまた 2つの平面間の距離を l力 F による変形の量を∆x

とするとずり歪みは

γ = ∆xl (212)

であるフック固体では力と変形の関係はフックの法則 (Hookersquos law)

τ = Gγ (213)

に従いずり弾性率 (shear modulus) Gは定数となるこのGは張力(tensile stress) T による引っ張り歪み (tensile strain) s との間をつなぐ比例定数 E = Ts(伸び弾性率 (Youngrsquos modulus))に対応すると言えばバネなどにおけるフックの法則との対応がつきやすいであろう

212 ニュートン流体一方図 21の固体の代わりに流体を挟んだ場合を考える下面Qを

固定し上面 Pを一定の速度 u0で平行に動かすとするとPQ間の流体も Pに平行に運動し流体の各点における速度は時間的に変化せず「定常流」となるであろうこのような流体の運動をCouette流と言う今PQに垂直な線分OHを引いてこの線分上での流体の速度を考え

る上面と下面の近くで流体がスリップしないと言う条件を与えればOにおける速度は 0Hにおける速度は u0である線分OH上の任意の1点Yにおける速度 uはOからの距離 yに比例して増えると考えられるので比例定数をDとすると

u = Dy (214)

y = lの時は u = u0を用いれば

22 非ニュートン流動 7

D =u0

l(215)

となるここでDを速度勾配と呼ぶ点Yを通る平行平面YZを考えるとYZの上側の流体は下側の流体に

YZに平行な力を及ぼしているまたYZの下側の流体は反作用として同じ大きさで向きが逆の力を及ぼすこの力は前述したずり応力と同じものである流体にずり応力 τを加えると流れが生じるのでずり歪み∆xは時間と

ともに増大するここでずり速度 (ずり歪みの増大の比率)γ = γ∆tがずり応力に対して一定である流体をニュートン流体 (Newtonian fluid)

と呼ぶ図 21のような状況で流体の上面と下面を平行な板で挟みこれらの板を相対速度 u0で動かした時に板が流体から受ける抗力をF とすると

F = Aηu0

l(216)

と書けるそしてこの式と式 (211) (215)から得られる

D =τ

η(217)

をニュートンの粘性法則と呼ぶここで ηは粘性 (viscosity)でニュートン流体の時は温度によって決まる物質定数であるここで u0 = ∆x∆t

より

u0

l=

∆x

l

1

∆t=

γ

∆t= γ (218)

なので一般的に

τ = ηγ (219)

と書けるすなわちずり応力 τ は yには無関係で流体のいたるところで等しいことが分かる

22 非ニュートン流動ニュートンの粘性法則に従わない流体を一般に非ニュートン流体と言

いその流動を非ニュートン流動と言う高分子溶液やコロイド分散系な

8 第 2章 粘弾性とレオロジー

図 22

tt0

elastic viscous

図 23

ど粘弾性を示すソフトマターは一般に非ニュートン流体に属している非ニュートン流動ではずり速度 γとずり応力 τ との関係は一般に

γ = f(τ) (221)

と書けるここで γを τ に対して書いた曲線を流動曲線と言いニュートン流体の場合は原点を通る直線になるのに対して非ニュートン流体では一般に図 22のような曲線になるまたこの振る舞いは応力に対する応答が時間依存すると見ることもできる例えば後述するBingham流体の場合は図 23のようにある緩和時間 t0を境界にして弾性的振る舞い τ = G0γ から流体的振る舞いτ = ηBγに移行するここで

22 非ニュートン流動 9

eff

(a)

eff

(b)

eff

(c)

図 24

G0 =ηB

t0(222)

を瞬間ずり弾性率 (instantaneous modulus)と言うニュートン流体では粘度 ηが τγにより表されるので同様に非ニュー

トン流体の場合にも

ηeff =τ

γ(223)

によって見かけの粘度 ηeffを定義する一般に ηeffは γに依存し物質定数ではないまたニュートン流体では γ = τηであることから η = dτdγ

とも書けるのでこれを非ニュートン流体に適用して

ηdiff =dτ

dγ(224)

により微分粘度 ηdiff を定義できるこれは流動曲線上の 1点における接線の傾きである一般に流体の見かけの粘度 ηeff とずり速度 γの関係は図 24のように 3つに分類できるここで (a)は ηeff が γによらないニュートン流体の場合で(b)は ηeff が γ の増大とともに減少するずり流動化 (shear

thinning)(c)は ηeff が γ の増大とともに増大するずり粘稠化 (shear

thickening)の場合であるずり流動化はペンキなどで見られずり粘稠化は粒子濃度の高いペースト等で見られる非ニュートン流体の流動曲線は流体の種類によって異なるが典型的なものをいくつかここに示しておく

10 第 2章 粘弾性とレオロジー

(a) (b)

図 25

221 べき法則kと nを正の定数として

γ =τn

k(225)

と書ける場合をべき法則と言うn gt 1の場合には図 25(a)のようになりn lt 1の場合は図 25(b)のようになるn = 1の場合はもちろんニュートン流体である

222 Binghamの式粘土のペーストやペンキ印刷のインクアスファルト撚糸等ずり

応力 τがある臨界値 fBを越えない場合は流動を起こさないがfBを越えると初めて流動しずり速度 γが τ minus fBに比例するものがあるこの時

γ =

τminusfB

ηB(τ gt fB)

0 (τ lt fB)(226)

をBinghamの式と言いこれに従う物質をBingham物体その流動をBingham流動と言う式 (226)は図 26のように閾値を持つ直線で表されるfBをBingham降伏値と言いηBを塑性粘度 (plastic viscosity)

と呼ぶまたBingham物体のようにある値(降伏値)以上の応力に対して示す流動を一般に塑性流動 (plastic flow)と言う

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 6: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

1

第1章 はじめに

11 ソフトマターとは何か まずは身の回りを見てみようノートパソコンのディスプレーは液

晶が配列して文字や絵を表示しているし叩いているキーボードのキートップはプラスチックでできているコンピューターの筐体もプラスチックの場合も多いだろう手元にあるのはガラスのジョッキに注がれて泡が盛り上がっているビールだろうかそれともコーヒーやお茶だろうかコーヒーだったらミルクを入れているかもしれないいずれにせよ飲み終わったら台所に持って行って洗剤で良く洗うことであろう手が荒れないようにするためにはゴム手袋をした方が良いだろう 上に書いたのはほんのちょっとした例である上に登場したさまざま

な物質がここで説明しようとしている「ソフトマター」と言われる物質系の一例なのだ世の中家や橋や道路などのしっかりした構造物を作るには金属やセラミックス等の「ハードマター」を利用した方が良いのは当然だがそれだけでは豊かな生活は営めない衣類や食事やその他もろもろ生活を豊かにするために用いられる物質は「ソフトマター」に分類されるものの方が圧倒的に多いのだだいたい人間の身体だって「ハード」なのは骨や歯などほんの一部だけであるその他の器官はほとんど全てがやわらかな物質でできているのである もちろん人間は有史以来これら「ソフトマター」を生活に利用してき

た動物の毛皮を縫って衣服を作ったのは 23万年前と言われていて布の発明はもう少し新しいらしいがいずれにせよ「青銅器時代」は 5000

年前頃からだと考えられているから金属と同程度かそれ以上の付き合いがあるのは間違いない18世紀の産業革命は繊維工業から始まっているし鉄鋼などの重工業が盛んになった第二次産業革命の頃には高分子が初めて合成されているすなわち化学や工業の分野ではソフトマターはハードマターよりも先を進んでいたと言って良いであろう ところが物理学の歴史からみると状況はむしろ逆なのである熱

2 第 1章 はじめに

機関の振舞いを説明しようと言う動機から熱力学が発展したのは 18世紀のこと統計論を利用することにより多体系を扱う物理学である統計力学が起こったのもほぼ同時期の事である更に 19世紀初頭には量子力学の発展が巨大なインパクトを与え電子の振舞いを記述することにより物質の様々な性質が説明可能であることが分かったすなわち気体と液体を主に統計力学が固体を主に量子力学が担当することで身の回りの物質の性質を説明しようとする物性物理学(あるいは凝縮系の物理学)がスタートすることになるとりわけ 1928年のブロッホによる貢献は大きなもので彼の理論を出発点とした固体電子論は 80年後の今でも物性物理学の主流をなしていると言って良いのである 一方ソフトマターについてはどうか前述したように高分子や液晶コロイドなど個別の物質系についての科学には古くから多くの研究者が取り組んでいて膨大なデータが蓄積され工業的応用も幅広く行われているしかしながら物理学的観点から取り組まれるようになったのは比較的最近の事であると言って間違いない例えば「ソフトマター」と言う言葉自体が現れたのは1990年前後のことなのだそうだ(好村他訳ハムレー「ソフトマター入門」参照)またソフトマターの物理の研究者として最も著名なドジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が高分子物理の本質的な理解に至ったのは1970年代前半のことらしい(ドジャン「高分子の物理学」参照)ワトソンとクリックがDNAの二重螺旋構造を明らかにして半世紀が経つがこれを嚆矢として始まった生物物理と比較しても短い歴史しか持たないのだ なぜその様な事情になったのかそれはやはり「ソフトマター」自体の難しさにあるのではないかと思われる物理学的に見て難しいと考えられる側面は色々あるが端的にはその「ソフト」な性質がそうだ物質が固いか柔らかいかを確かめるには押してみればいいわけだがこれを物理の言葉では「物質の力学的応答を見る」と言うある力を加えたときに少ししか変形しない場合を「固い」と言い大きく変形するなら「柔らかい」と言うわけだ少ししか変形しないと言うことは平衡位置からのずれが小さいと言うことすなわち微小変位として扱うことができるわけで線型応答だけを議論すれば話は済むだが大きく変形するとなれば話は別だ最初から非線型応答を扱わなければその性質を理解することはできないことになる またソフトマターがヘテロな(一様でないと言うこと)物質系でありほとんどの場合中間スケールの構造を持っていると言うことも事

11 ソフトマターとは何か 3

情を複雑にしている要因の一つだ例えば固体の場合は原子が数Åのスケールで規則正しく並んでいるのでその並んでいる一つの単位(「単位格子」と言われる)の中の電子状態を理解すればマクロな性質も理解できる(正確には「理解できる場合が多い」と言うべきだが)すなわち量子力学によるミクロな状態の理解がマクロな物性の理解に直結する(一方単純な気体や液体の場合には統計力学や熱力学が活躍するこちらは原子や分子の詳細に関わらず集団としての振舞いを記述できる) それに対してソフトマターは多くの場合原子スケールからナノス

ケールマクロスケールに至る数層の階層構造を持っている例えばソフトクリーム(ベタな例だけど)は氷やタンパク質油脂空気等がミリメートル以下のサイズのクラスターをなしこれらが混合していると言う立派な ()コロイドであるもし分子スケールで混じり合って規則格子を組んでいたりしたら絶対に滑らかな(ソフトな)舌触りは得られない またゼリーやこんにゃくゴムなどは全て高分子からできていてこ

れらが架橋したゲルである高分子ゲルは一定以上の速さで力を加えると架橋点が動かないため弾性的な性質(固体のような性質)を示すがゆっくりした力が加わると架橋点のつなぎ変えが起きて流体のように流れる(こともある)ゲルに限らず高分子は分子振動や回転レプテーションなど様々なスケールで様々な特徴的時間の運動モードを持っているので外力に対する応答も複雑だ ついでに言えばソフトマターの典型の一つでありその上最も複

雑なのは生命体であろう例えばタンパク質は巨大な高分子だが生体内では単純に固まっているわけではなく規則的に折り畳まれた二次構造をなしているそしてこれらが自発的に自分が居るべき場所(例えば生体膜の特定の部位など)を発見してその場にいて環境の変化に応じて変形したり化学変化したりしているわけだ 更に生体機能との関連で重要なのはマイクロメータースケールの構造

だがこのスケールは熱揺らぎの影響を受けやすい大きさでもある従って熱の影響を平均化して取り扱うことのできる通常の熱力学や統計力学の環境とは違ってもっとダイレクトに熱(=エネルギー)を扱う必要があるすなわちこのスケールの世界を正確に理解しようとするならば非平衡統計力学の枠組みが必要になるのである この少々厄介なソフトマターの世界を物理学で理解しようとする

ならばどのような道具立てが必要かそのためのキーワードは「秩序

4 第 1章 はじめに

変数」であり「相転移」であり「自己組織化」であろうつまり主に固体の振舞いを理解するために用いられて来た統計力学の枠組みを利用してナノからミクロそしてマクロに至る階層構造を理解することが必要なのだろうと私は思うそのためにはまずは平衡論から出発し階層構造の形成要因を明らかにすると言う流れと非平衡論からアプローチして物質の性質に具体化していくと言う両方の流れが必要なのではないだろうか

5

第2章 粘弾性とレオロジー

ソフトマターの「やわらかさ」は力に対する物質の応答として定義することができる固体では弾性流体では粘性がこれに相当するが「やわらか」な物質であるソフトマターは一般に固体的な性質(弾性)と流体的な性質(粘性)の両方すなわち粘弾性的な性質を持つ事が多いそこでこの章では「ずり応力」に対する応答を定義した上で「粘弾性」について説明しどのような物質で現れるかそれをどのように考えるのかなどについて議論することにする

21 ずり応力 (shear stress)とずり歪み (shear

strain)

粘弾性について議論する前にずり応力に対する固体の応答の様子を示す弾性と液体の振る舞いである粘性について定義しよう

FP

Q

x

ll

Q

PH

O

Y Z

u

u0

y

図 21

6 第 2章 粘弾性とレオロジー

211 フック固体理想化された完全弾性体はフック固体 (Hookean solid)と言い加えられたずり応力 τ に対してそれに比例してずり歪み γだけ変形するここでずり応力 τ は図 21のような物体の平行な 2つの平面(上面を P下面をQとする)に逆方向にかける力を F平面の面積をAとすると

τ = FA (211)

で与えられるまた 2つの平面間の距離を l力 F による変形の量を∆x

とするとずり歪みは

γ = ∆xl (212)

であるフック固体では力と変形の関係はフックの法則 (Hookersquos law)

τ = Gγ (213)

に従いずり弾性率 (shear modulus) Gは定数となるこのGは張力(tensile stress) T による引っ張り歪み (tensile strain) s との間をつなぐ比例定数 E = Ts(伸び弾性率 (Youngrsquos modulus))に対応すると言えばバネなどにおけるフックの法則との対応がつきやすいであろう

212 ニュートン流体一方図 21の固体の代わりに流体を挟んだ場合を考える下面Qを

固定し上面 Pを一定の速度 u0で平行に動かすとするとPQ間の流体も Pに平行に運動し流体の各点における速度は時間的に変化せず「定常流」となるであろうこのような流体の運動をCouette流と言う今PQに垂直な線分OHを引いてこの線分上での流体の速度を考え

る上面と下面の近くで流体がスリップしないと言う条件を与えればOにおける速度は 0Hにおける速度は u0である線分OH上の任意の1点Yにおける速度 uはOからの距離 yに比例して増えると考えられるので比例定数をDとすると

u = Dy (214)

y = lの時は u = u0を用いれば

22 非ニュートン流動 7

D =u0

l(215)

となるここでDを速度勾配と呼ぶ点Yを通る平行平面YZを考えるとYZの上側の流体は下側の流体に

YZに平行な力を及ぼしているまたYZの下側の流体は反作用として同じ大きさで向きが逆の力を及ぼすこの力は前述したずり応力と同じものである流体にずり応力 τを加えると流れが生じるのでずり歪み∆xは時間と

ともに増大するここでずり速度 (ずり歪みの増大の比率)γ = γ∆tがずり応力に対して一定である流体をニュートン流体 (Newtonian fluid)

と呼ぶ図 21のような状況で流体の上面と下面を平行な板で挟みこれらの板を相対速度 u0で動かした時に板が流体から受ける抗力をF とすると

F = Aηu0

l(216)

と書けるそしてこの式と式 (211) (215)から得られる

D =τ

η(217)

をニュートンの粘性法則と呼ぶここで ηは粘性 (viscosity)でニュートン流体の時は温度によって決まる物質定数であるここで u0 = ∆x∆t

より

u0

l=

∆x

l

1

∆t=

γ

∆t= γ (218)

なので一般的に

τ = ηγ (219)

と書けるすなわちずり応力 τ は yには無関係で流体のいたるところで等しいことが分かる

22 非ニュートン流動ニュートンの粘性法則に従わない流体を一般に非ニュートン流体と言

いその流動を非ニュートン流動と言う高分子溶液やコロイド分散系な

8 第 2章 粘弾性とレオロジー

図 22

tt0

elastic viscous

図 23

ど粘弾性を示すソフトマターは一般に非ニュートン流体に属している非ニュートン流動ではずり速度 γとずり応力 τ との関係は一般に

γ = f(τ) (221)

と書けるここで γを τ に対して書いた曲線を流動曲線と言いニュートン流体の場合は原点を通る直線になるのに対して非ニュートン流体では一般に図 22のような曲線になるまたこの振る舞いは応力に対する応答が時間依存すると見ることもできる例えば後述するBingham流体の場合は図 23のようにある緩和時間 t0を境界にして弾性的振る舞い τ = G0γ から流体的振る舞いτ = ηBγに移行するここで

22 非ニュートン流動 9

eff

(a)

eff

(b)

eff

(c)

図 24

G0 =ηB

t0(222)

を瞬間ずり弾性率 (instantaneous modulus)と言うニュートン流体では粘度 ηが τγにより表されるので同様に非ニュー

トン流体の場合にも

ηeff =τ

γ(223)

によって見かけの粘度 ηeffを定義する一般に ηeffは γに依存し物質定数ではないまたニュートン流体では γ = τηであることから η = dτdγ

とも書けるのでこれを非ニュートン流体に適用して

ηdiff =dτ

dγ(224)

により微分粘度 ηdiff を定義できるこれは流動曲線上の 1点における接線の傾きである一般に流体の見かけの粘度 ηeff とずり速度 γの関係は図 24のように 3つに分類できるここで (a)は ηeff が γによらないニュートン流体の場合で(b)は ηeff が γ の増大とともに減少するずり流動化 (shear

thinning)(c)は ηeff が γ の増大とともに増大するずり粘稠化 (shear

thickening)の場合であるずり流動化はペンキなどで見られずり粘稠化は粒子濃度の高いペースト等で見られる非ニュートン流体の流動曲線は流体の種類によって異なるが典型的なものをいくつかここに示しておく

10 第 2章 粘弾性とレオロジー

(a) (b)

図 25

221 べき法則kと nを正の定数として

γ =τn

k(225)

と書ける場合をべき法則と言うn gt 1の場合には図 25(a)のようになりn lt 1の場合は図 25(b)のようになるn = 1の場合はもちろんニュートン流体である

222 Binghamの式粘土のペーストやペンキ印刷のインクアスファルト撚糸等ずり

応力 τがある臨界値 fBを越えない場合は流動を起こさないがfBを越えると初めて流動しずり速度 γが τ minus fBに比例するものがあるこの時

γ =

τminusfB

ηB(τ gt fB)

0 (τ lt fB)(226)

をBinghamの式と言いこれに従う物質をBingham物体その流動をBingham流動と言う式 (226)は図 26のように閾値を持つ直線で表されるfBをBingham降伏値と言いηBを塑性粘度 (plastic viscosity)

と呼ぶまたBingham物体のようにある値(降伏値)以上の応力に対して示す流動を一般に塑性流動 (plastic flow)と言う

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 7: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

2 第 1章 はじめに

機関の振舞いを説明しようと言う動機から熱力学が発展したのは 18世紀のこと統計論を利用することにより多体系を扱う物理学である統計力学が起こったのもほぼ同時期の事である更に 19世紀初頭には量子力学の発展が巨大なインパクトを与え電子の振舞いを記述することにより物質の様々な性質が説明可能であることが分かったすなわち気体と液体を主に統計力学が固体を主に量子力学が担当することで身の回りの物質の性質を説明しようとする物性物理学(あるいは凝縮系の物理学)がスタートすることになるとりわけ 1928年のブロッホによる貢献は大きなもので彼の理論を出発点とした固体電子論は 80年後の今でも物性物理学の主流をなしていると言って良いのである 一方ソフトマターについてはどうか前述したように高分子や液晶コロイドなど個別の物質系についての科学には古くから多くの研究者が取り組んでいて膨大なデータが蓄積され工業的応用も幅広く行われているしかしながら物理学的観点から取り組まれるようになったのは比較的最近の事であると言って間違いない例えば「ソフトマター」と言う言葉自体が現れたのは1990年前後のことなのだそうだ(好村他訳ハムレー「ソフトマター入門」参照)またソフトマターの物理の研究者として最も著名なドジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が高分子物理の本質的な理解に至ったのは1970年代前半のことらしい(ドジャン「高分子の物理学」参照)ワトソンとクリックがDNAの二重螺旋構造を明らかにして半世紀が経つがこれを嚆矢として始まった生物物理と比較しても短い歴史しか持たないのだ なぜその様な事情になったのかそれはやはり「ソフトマター」自体の難しさにあるのではないかと思われる物理学的に見て難しいと考えられる側面は色々あるが端的にはその「ソフト」な性質がそうだ物質が固いか柔らかいかを確かめるには押してみればいいわけだがこれを物理の言葉では「物質の力学的応答を見る」と言うある力を加えたときに少ししか変形しない場合を「固い」と言い大きく変形するなら「柔らかい」と言うわけだ少ししか変形しないと言うことは平衡位置からのずれが小さいと言うことすなわち微小変位として扱うことができるわけで線型応答だけを議論すれば話は済むだが大きく変形するとなれば話は別だ最初から非線型応答を扱わなければその性質を理解することはできないことになる またソフトマターがヘテロな(一様でないと言うこと)物質系でありほとんどの場合中間スケールの構造を持っていると言うことも事

11 ソフトマターとは何か 3

情を複雑にしている要因の一つだ例えば固体の場合は原子が数Åのスケールで規則正しく並んでいるのでその並んでいる一つの単位(「単位格子」と言われる)の中の電子状態を理解すればマクロな性質も理解できる(正確には「理解できる場合が多い」と言うべきだが)すなわち量子力学によるミクロな状態の理解がマクロな物性の理解に直結する(一方単純な気体や液体の場合には統計力学や熱力学が活躍するこちらは原子や分子の詳細に関わらず集団としての振舞いを記述できる) それに対してソフトマターは多くの場合原子スケールからナノス

ケールマクロスケールに至る数層の階層構造を持っている例えばソフトクリーム(ベタな例だけど)は氷やタンパク質油脂空気等がミリメートル以下のサイズのクラスターをなしこれらが混合していると言う立派な ()コロイドであるもし分子スケールで混じり合って規則格子を組んでいたりしたら絶対に滑らかな(ソフトな)舌触りは得られない またゼリーやこんにゃくゴムなどは全て高分子からできていてこ

れらが架橋したゲルである高分子ゲルは一定以上の速さで力を加えると架橋点が動かないため弾性的な性質(固体のような性質)を示すがゆっくりした力が加わると架橋点のつなぎ変えが起きて流体のように流れる(こともある)ゲルに限らず高分子は分子振動や回転レプテーションなど様々なスケールで様々な特徴的時間の運動モードを持っているので外力に対する応答も複雑だ ついでに言えばソフトマターの典型の一つでありその上最も複

雑なのは生命体であろう例えばタンパク質は巨大な高分子だが生体内では単純に固まっているわけではなく規則的に折り畳まれた二次構造をなしているそしてこれらが自発的に自分が居るべき場所(例えば生体膜の特定の部位など)を発見してその場にいて環境の変化に応じて変形したり化学変化したりしているわけだ 更に生体機能との関連で重要なのはマイクロメータースケールの構造

だがこのスケールは熱揺らぎの影響を受けやすい大きさでもある従って熱の影響を平均化して取り扱うことのできる通常の熱力学や統計力学の環境とは違ってもっとダイレクトに熱(=エネルギー)を扱う必要があるすなわちこのスケールの世界を正確に理解しようとするならば非平衡統計力学の枠組みが必要になるのである この少々厄介なソフトマターの世界を物理学で理解しようとする

ならばどのような道具立てが必要かそのためのキーワードは「秩序

4 第 1章 はじめに

変数」であり「相転移」であり「自己組織化」であろうつまり主に固体の振舞いを理解するために用いられて来た統計力学の枠組みを利用してナノからミクロそしてマクロに至る階層構造を理解することが必要なのだろうと私は思うそのためにはまずは平衡論から出発し階層構造の形成要因を明らかにすると言う流れと非平衡論からアプローチして物質の性質に具体化していくと言う両方の流れが必要なのではないだろうか

5

第2章 粘弾性とレオロジー

ソフトマターの「やわらかさ」は力に対する物質の応答として定義することができる固体では弾性流体では粘性がこれに相当するが「やわらか」な物質であるソフトマターは一般に固体的な性質(弾性)と流体的な性質(粘性)の両方すなわち粘弾性的な性質を持つ事が多いそこでこの章では「ずり応力」に対する応答を定義した上で「粘弾性」について説明しどのような物質で現れるかそれをどのように考えるのかなどについて議論することにする

21 ずり応力 (shear stress)とずり歪み (shear

strain)

粘弾性について議論する前にずり応力に対する固体の応答の様子を示す弾性と液体の振る舞いである粘性について定義しよう

FP

Q

x

ll

Q

PH

O

Y Z

u

u0

y

図 21

6 第 2章 粘弾性とレオロジー

211 フック固体理想化された完全弾性体はフック固体 (Hookean solid)と言い加えられたずり応力 τ に対してそれに比例してずり歪み γだけ変形するここでずり応力 τ は図 21のような物体の平行な 2つの平面(上面を P下面をQとする)に逆方向にかける力を F平面の面積をAとすると

τ = FA (211)

で与えられるまた 2つの平面間の距離を l力 F による変形の量を∆x

とするとずり歪みは

γ = ∆xl (212)

であるフック固体では力と変形の関係はフックの法則 (Hookersquos law)

τ = Gγ (213)

に従いずり弾性率 (shear modulus) Gは定数となるこのGは張力(tensile stress) T による引っ張り歪み (tensile strain) s との間をつなぐ比例定数 E = Ts(伸び弾性率 (Youngrsquos modulus))に対応すると言えばバネなどにおけるフックの法則との対応がつきやすいであろう

212 ニュートン流体一方図 21の固体の代わりに流体を挟んだ場合を考える下面Qを

固定し上面 Pを一定の速度 u0で平行に動かすとするとPQ間の流体も Pに平行に運動し流体の各点における速度は時間的に変化せず「定常流」となるであろうこのような流体の運動をCouette流と言う今PQに垂直な線分OHを引いてこの線分上での流体の速度を考え

る上面と下面の近くで流体がスリップしないと言う条件を与えればOにおける速度は 0Hにおける速度は u0である線分OH上の任意の1点Yにおける速度 uはOからの距離 yに比例して増えると考えられるので比例定数をDとすると

u = Dy (214)

y = lの時は u = u0を用いれば

22 非ニュートン流動 7

D =u0

l(215)

となるここでDを速度勾配と呼ぶ点Yを通る平行平面YZを考えるとYZの上側の流体は下側の流体に

YZに平行な力を及ぼしているまたYZの下側の流体は反作用として同じ大きさで向きが逆の力を及ぼすこの力は前述したずり応力と同じものである流体にずり応力 τを加えると流れが生じるのでずり歪み∆xは時間と

ともに増大するここでずり速度 (ずり歪みの増大の比率)γ = γ∆tがずり応力に対して一定である流体をニュートン流体 (Newtonian fluid)

と呼ぶ図 21のような状況で流体の上面と下面を平行な板で挟みこれらの板を相対速度 u0で動かした時に板が流体から受ける抗力をF とすると

F = Aηu0

l(216)

と書けるそしてこの式と式 (211) (215)から得られる

D =τ

η(217)

をニュートンの粘性法則と呼ぶここで ηは粘性 (viscosity)でニュートン流体の時は温度によって決まる物質定数であるここで u0 = ∆x∆t

より

u0

l=

∆x

l

1

∆t=

γ

∆t= γ (218)

なので一般的に

τ = ηγ (219)

と書けるすなわちずり応力 τ は yには無関係で流体のいたるところで等しいことが分かる

22 非ニュートン流動ニュートンの粘性法則に従わない流体を一般に非ニュートン流体と言

いその流動を非ニュートン流動と言う高分子溶液やコロイド分散系な

8 第 2章 粘弾性とレオロジー

図 22

tt0

elastic viscous

図 23

ど粘弾性を示すソフトマターは一般に非ニュートン流体に属している非ニュートン流動ではずり速度 γとずり応力 τ との関係は一般に

γ = f(τ) (221)

と書けるここで γを τ に対して書いた曲線を流動曲線と言いニュートン流体の場合は原点を通る直線になるのに対して非ニュートン流体では一般に図 22のような曲線になるまたこの振る舞いは応力に対する応答が時間依存すると見ることもできる例えば後述するBingham流体の場合は図 23のようにある緩和時間 t0を境界にして弾性的振る舞い τ = G0γ から流体的振る舞いτ = ηBγに移行するここで

22 非ニュートン流動 9

eff

(a)

eff

(b)

eff

(c)

図 24

G0 =ηB

t0(222)

を瞬間ずり弾性率 (instantaneous modulus)と言うニュートン流体では粘度 ηが τγにより表されるので同様に非ニュー

トン流体の場合にも

ηeff =τ

γ(223)

によって見かけの粘度 ηeffを定義する一般に ηeffは γに依存し物質定数ではないまたニュートン流体では γ = τηであることから η = dτdγ

とも書けるのでこれを非ニュートン流体に適用して

ηdiff =dτ

dγ(224)

により微分粘度 ηdiff を定義できるこれは流動曲線上の 1点における接線の傾きである一般に流体の見かけの粘度 ηeff とずり速度 γの関係は図 24のように 3つに分類できるここで (a)は ηeff が γによらないニュートン流体の場合で(b)は ηeff が γ の増大とともに減少するずり流動化 (shear

thinning)(c)は ηeff が γ の増大とともに増大するずり粘稠化 (shear

thickening)の場合であるずり流動化はペンキなどで見られずり粘稠化は粒子濃度の高いペースト等で見られる非ニュートン流体の流動曲線は流体の種類によって異なるが典型的なものをいくつかここに示しておく

10 第 2章 粘弾性とレオロジー

(a) (b)

図 25

221 べき法則kと nを正の定数として

γ =τn

k(225)

と書ける場合をべき法則と言うn gt 1の場合には図 25(a)のようになりn lt 1の場合は図 25(b)のようになるn = 1の場合はもちろんニュートン流体である

222 Binghamの式粘土のペーストやペンキ印刷のインクアスファルト撚糸等ずり

応力 τがある臨界値 fBを越えない場合は流動を起こさないがfBを越えると初めて流動しずり速度 γが τ minus fBに比例するものがあるこの時

γ =

τminusfB

ηB(τ gt fB)

0 (τ lt fB)(226)

をBinghamの式と言いこれに従う物質をBingham物体その流動をBingham流動と言う式 (226)は図 26のように閾値を持つ直線で表されるfBをBingham降伏値と言いηBを塑性粘度 (plastic viscosity)

と呼ぶまたBingham物体のようにある値(降伏値)以上の応力に対して示す流動を一般に塑性流動 (plastic flow)と言う

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 8: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

11 ソフトマターとは何か 3

情を複雑にしている要因の一つだ例えば固体の場合は原子が数Åのスケールで規則正しく並んでいるのでその並んでいる一つの単位(「単位格子」と言われる)の中の電子状態を理解すればマクロな性質も理解できる(正確には「理解できる場合が多い」と言うべきだが)すなわち量子力学によるミクロな状態の理解がマクロな物性の理解に直結する(一方単純な気体や液体の場合には統計力学や熱力学が活躍するこちらは原子や分子の詳細に関わらず集団としての振舞いを記述できる) それに対してソフトマターは多くの場合原子スケールからナノス

ケールマクロスケールに至る数層の階層構造を持っている例えばソフトクリーム(ベタな例だけど)は氷やタンパク質油脂空気等がミリメートル以下のサイズのクラスターをなしこれらが混合していると言う立派な ()コロイドであるもし分子スケールで混じり合って規則格子を組んでいたりしたら絶対に滑らかな(ソフトな)舌触りは得られない またゼリーやこんにゃくゴムなどは全て高分子からできていてこ

れらが架橋したゲルである高分子ゲルは一定以上の速さで力を加えると架橋点が動かないため弾性的な性質(固体のような性質)を示すがゆっくりした力が加わると架橋点のつなぎ変えが起きて流体のように流れる(こともある)ゲルに限らず高分子は分子振動や回転レプテーションなど様々なスケールで様々な特徴的時間の運動モードを持っているので外力に対する応答も複雑だ ついでに言えばソフトマターの典型の一つでありその上最も複

雑なのは生命体であろう例えばタンパク質は巨大な高分子だが生体内では単純に固まっているわけではなく規則的に折り畳まれた二次構造をなしているそしてこれらが自発的に自分が居るべき場所(例えば生体膜の特定の部位など)を発見してその場にいて環境の変化に応じて変形したり化学変化したりしているわけだ 更に生体機能との関連で重要なのはマイクロメータースケールの構造

だがこのスケールは熱揺らぎの影響を受けやすい大きさでもある従って熱の影響を平均化して取り扱うことのできる通常の熱力学や統計力学の環境とは違ってもっとダイレクトに熱(=エネルギー)を扱う必要があるすなわちこのスケールの世界を正確に理解しようとするならば非平衡統計力学の枠組みが必要になるのである この少々厄介なソフトマターの世界を物理学で理解しようとする

ならばどのような道具立てが必要かそのためのキーワードは「秩序

4 第 1章 はじめに

変数」であり「相転移」であり「自己組織化」であろうつまり主に固体の振舞いを理解するために用いられて来た統計力学の枠組みを利用してナノからミクロそしてマクロに至る階層構造を理解することが必要なのだろうと私は思うそのためにはまずは平衡論から出発し階層構造の形成要因を明らかにすると言う流れと非平衡論からアプローチして物質の性質に具体化していくと言う両方の流れが必要なのではないだろうか

5

第2章 粘弾性とレオロジー

ソフトマターの「やわらかさ」は力に対する物質の応答として定義することができる固体では弾性流体では粘性がこれに相当するが「やわらか」な物質であるソフトマターは一般に固体的な性質(弾性)と流体的な性質(粘性)の両方すなわち粘弾性的な性質を持つ事が多いそこでこの章では「ずり応力」に対する応答を定義した上で「粘弾性」について説明しどのような物質で現れるかそれをどのように考えるのかなどについて議論することにする

21 ずり応力 (shear stress)とずり歪み (shear

strain)

粘弾性について議論する前にずり応力に対する固体の応答の様子を示す弾性と液体の振る舞いである粘性について定義しよう

FP

Q

x

ll

Q

PH

O

Y Z

u

u0

y

図 21

6 第 2章 粘弾性とレオロジー

211 フック固体理想化された完全弾性体はフック固体 (Hookean solid)と言い加えられたずり応力 τ に対してそれに比例してずり歪み γだけ変形するここでずり応力 τ は図 21のような物体の平行な 2つの平面(上面を P下面をQとする)に逆方向にかける力を F平面の面積をAとすると

τ = FA (211)

で与えられるまた 2つの平面間の距離を l力 F による変形の量を∆x

とするとずり歪みは

γ = ∆xl (212)

であるフック固体では力と変形の関係はフックの法則 (Hookersquos law)

τ = Gγ (213)

に従いずり弾性率 (shear modulus) Gは定数となるこのGは張力(tensile stress) T による引っ張り歪み (tensile strain) s との間をつなぐ比例定数 E = Ts(伸び弾性率 (Youngrsquos modulus))に対応すると言えばバネなどにおけるフックの法則との対応がつきやすいであろう

212 ニュートン流体一方図 21の固体の代わりに流体を挟んだ場合を考える下面Qを

固定し上面 Pを一定の速度 u0で平行に動かすとするとPQ間の流体も Pに平行に運動し流体の各点における速度は時間的に変化せず「定常流」となるであろうこのような流体の運動をCouette流と言う今PQに垂直な線分OHを引いてこの線分上での流体の速度を考え

る上面と下面の近くで流体がスリップしないと言う条件を与えればOにおける速度は 0Hにおける速度は u0である線分OH上の任意の1点Yにおける速度 uはOからの距離 yに比例して増えると考えられるので比例定数をDとすると

u = Dy (214)

y = lの時は u = u0を用いれば

22 非ニュートン流動 7

D =u0

l(215)

となるここでDを速度勾配と呼ぶ点Yを通る平行平面YZを考えるとYZの上側の流体は下側の流体に

YZに平行な力を及ぼしているまたYZの下側の流体は反作用として同じ大きさで向きが逆の力を及ぼすこの力は前述したずり応力と同じものである流体にずり応力 τを加えると流れが生じるのでずり歪み∆xは時間と

ともに増大するここでずり速度 (ずり歪みの増大の比率)γ = γ∆tがずり応力に対して一定である流体をニュートン流体 (Newtonian fluid)

と呼ぶ図 21のような状況で流体の上面と下面を平行な板で挟みこれらの板を相対速度 u0で動かした時に板が流体から受ける抗力をF とすると

F = Aηu0

l(216)

と書けるそしてこの式と式 (211) (215)から得られる

D =τ

η(217)

をニュートンの粘性法則と呼ぶここで ηは粘性 (viscosity)でニュートン流体の時は温度によって決まる物質定数であるここで u0 = ∆x∆t

より

u0

l=

∆x

l

1

∆t=

γ

∆t= γ (218)

なので一般的に

τ = ηγ (219)

と書けるすなわちずり応力 τ は yには無関係で流体のいたるところで等しいことが分かる

22 非ニュートン流動ニュートンの粘性法則に従わない流体を一般に非ニュートン流体と言

いその流動を非ニュートン流動と言う高分子溶液やコロイド分散系な

8 第 2章 粘弾性とレオロジー

図 22

tt0

elastic viscous

図 23

ど粘弾性を示すソフトマターは一般に非ニュートン流体に属している非ニュートン流動ではずり速度 γとずり応力 τ との関係は一般に

γ = f(τ) (221)

と書けるここで γを τ に対して書いた曲線を流動曲線と言いニュートン流体の場合は原点を通る直線になるのに対して非ニュートン流体では一般に図 22のような曲線になるまたこの振る舞いは応力に対する応答が時間依存すると見ることもできる例えば後述するBingham流体の場合は図 23のようにある緩和時間 t0を境界にして弾性的振る舞い τ = G0γ から流体的振る舞いτ = ηBγに移行するここで

22 非ニュートン流動 9

eff

(a)

eff

(b)

eff

(c)

図 24

G0 =ηB

t0(222)

を瞬間ずり弾性率 (instantaneous modulus)と言うニュートン流体では粘度 ηが τγにより表されるので同様に非ニュー

トン流体の場合にも

ηeff =τ

γ(223)

によって見かけの粘度 ηeffを定義する一般に ηeffは γに依存し物質定数ではないまたニュートン流体では γ = τηであることから η = dτdγ

とも書けるのでこれを非ニュートン流体に適用して

ηdiff =dτ

dγ(224)

により微分粘度 ηdiff を定義できるこれは流動曲線上の 1点における接線の傾きである一般に流体の見かけの粘度 ηeff とずり速度 γの関係は図 24のように 3つに分類できるここで (a)は ηeff が γによらないニュートン流体の場合で(b)は ηeff が γ の増大とともに減少するずり流動化 (shear

thinning)(c)は ηeff が γ の増大とともに増大するずり粘稠化 (shear

thickening)の場合であるずり流動化はペンキなどで見られずり粘稠化は粒子濃度の高いペースト等で見られる非ニュートン流体の流動曲線は流体の種類によって異なるが典型的なものをいくつかここに示しておく

10 第 2章 粘弾性とレオロジー

(a) (b)

図 25

221 べき法則kと nを正の定数として

γ =τn

k(225)

と書ける場合をべき法則と言うn gt 1の場合には図 25(a)のようになりn lt 1の場合は図 25(b)のようになるn = 1の場合はもちろんニュートン流体である

222 Binghamの式粘土のペーストやペンキ印刷のインクアスファルト撚糸等ずり

応力 τがある臨界値 fBを越えない場合は流動を起こさないがfBを越えると初めて流動しずり速度 γが τ minus fBに比例するものがあるこの時

γ =

τminusfB

ηB(τ gt fB)

0 (τ lt fB)(226)

をBinghamの式と言いこれに従う物質をBingham物体その流動をBingham流動と言う式 (226)は図 26のように閾値を持つ直線で表されるfBをBingham降伏値と言いηBを塑性粘度 (plastic viscosity)

と呼ぶまたBingham物体のようにある値(降伏値)以上の応力に対して示す流動を一般に塑性流動 (plastic flow)と言う

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 9: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

4 第 1章 はじめに

変数」であり「相転移」であり「自己組織化」であろうつまり主に固体の振舞いを理解するために用いられて来た統計力学の枠組みを利用してナノからミクロそしてマクロに至る階層構造を理解することが必要なのだろうと私は思うそのためにはまずは平衡論から出発し階層構造の形成要因を明らかにすると言う流れと非平衡論からアプローチして物質の性質に具体化していくと言う両方の流れが必要なのではないだろうか

5

第2章 粘弾性とレオロジー

ソフトマターの「やわらかさ」は力に対する物質の応答として定義することができる固体では弾性流体では粘性がこれに相当するが「やわらか」な物質であるソフトマターは一般に固体的な性質(弾性)と流体的な性質(粘性)の両方すなわち粘弾性的な性質を持つ事が多いそこでこの章では「ずり応力」に対する応答を定義した上で「粘弾性」について説明しどのような物質で現れるかそれをどのように考えるのかなどについて議論することにする

21 ずり応力 (shear stress)とずり歪み (shear

strain)

粘弾性について議論する前にずり応力に対する固体の応答の様子を示す弾性と液体の振る舞いである粘性について定義しよう

FP

Q

x

ll

Q

PH

O

Y Z

u

u0

y

図 21

6 第 2章 粘弾性とレオロジー

211 フック固体理想化された完全弾性体はフック固体 (Hookean solid)と言い加えられたずり応力 τ に対してそれに比例してずり歪み γだけ変形するここでずり応力 τ は図 21のような物体の平行な 2つの平面(上面を P下面をQとする)に逆方向にかける力を F平面の面積をAとすると

τ = FA (211)

で与えられるまた 2つの平面間の距離を l力 F による変形の量を∆x

とするとずり歪みは

γ = ∆xl (212)

であるフック固体では力と変形の関係はフックの法則 (Hookersquos law)

τ = Gγ (213)

に従いずり弾性率 (shear modulus) Gは定数となるこのGは張力(tensile stress) T による引っ張り歪み (tensile strain) s との間をつなぐ比例定数 E = Ts(伸び弾性率 (Youngrsquos modulus))に対応すると言えばバネなどにおけるフックの法則との対応がつきやすいであろう

212 ニュートン流体一方図 21の固体の代わりに流体を挟んだ場合を考える下面Qを

固定し上面 Pを一定の速度 u0で平行に動かすとするとPQ間の流体も Pに平行に運動し流体の各点における速度は時間的に変化せず「定常流」となるであろうこのような流体の運動をCouette流と言う今PQに垂直な線分OHを引いてこの線分上での流体の速度を考え

る上面と下面の近くで流体がスリップしないと言う条件を与えればOにおける速度は 0Hにおける速度は u0である線分OH上の任意の1点Yにおける速度 uはOからの距離 yに比例して増えると考えられるので比例定数をDとすると

u = Dy (214)

y = lの時は u = u0を用いれば

22 非ニュートン流動 7

D =u0

l(215)

となるここでDを速度勾配と呼ぶ点Yを通る平行平面YZを考えるとYZの上側の流体は下側の流体に

YZに平行な力を及ぼしているまたYZの下側の流体は反作用として同じ大きさで向きが逆の力を及ぼすこの力は前述したずり応力と同じものである流体にずり応力 τを加えると流れが生じるのでずり歪み∆xは時間と

ともに増大するここでずり速度 (ずり歪みの増大の比率)γ = γ∆tがずり応力に対して一定である流体をニュートン流体 (Newtonian fluid)

と呼ぶ図 21のような状況で流体の上面と下面を平行な板で挟みこれらの板を相対速度 u0で動かした時に板が流体から受ける抗力をF とすると

F = Aηu0

l(216)

と書けるそしてこの式と式 (211) (215)から得られる

D =τ

η(217)

をニュートンの粘性法則と呼ぶここで ηは粘性 (viscosity)でニュートン流体の時は温度によって決まる物質定数であるここで u0 = ∆x∆t

より

u0

l=

∆x

l

1

∆t=

γ

∆t= γ (218)

なので一般的に

τ = ηγ (219)

と書けるすなわちずり応力 τ は yには無関係で流体のいたるところで等しいことが分かる

22 非ニュートン流動ニュートンの粘性法則に従わない流体を一般に非ニュートン流体と言

いその流動を非ニュートン流動と言う高分子溶液やコロイド分散系な

8 第 2章 粘弾性とレオロジー

図 22

tt0

elastic viscous

図 23

ど粘弾性を示すソフトマターは一般に非ニュートン流体に属している非ニュートン流動ではずり速度 γとずり応力 τ との関係は一般に

γ = f(τ) (221)

と書けるここで γを τ に対して書いた曲線を流動曲線と言いニュートン流体の場合は原点を通る直線になるのに対して非ニュートン流体では一般に図 22のような曲線になるまたこの振る舞いは応力に対する応答が時間依存すると見ることもできる例えば後述するBingham流体の場合は図 23のようにある緩和時間 t0を境界にして弾性的振る舞い τ = G0γ から流体的振る舞いτ = ηBγに移行するここで

22 非ニュートン流動 9

eff

(a)

eff

(b)

eff

(c)

図 24

G0 =ηB

t0(222)

を瞬間ずり弾性率 (instantaneous modulus)と言うニュートン流体では粘度 ηが τγにより表されるので同様に非ニュー

トン流体の場合にも

ηeff =τ

γ(223)

によって見かけの粘度 ηeffを定義する一般に ηeffは γに依存し物質定数ではないまたニュートン流体では γ = τηであることから η = dτdγ

とも書けるのでこれを非ニュートン流体に適用して

ηdiff =dτ

dγ(224)

により微分粘度 ηdiff を定義できるこれは流動曲線上の 1点における接線の傾きである一般に流体の見かけの粘度 ηeff とずり速度 γの関係は図 24のように 3つに分類できるここで (a)は ηeff が γによらないニュートン流体の場合で(b)は ηeff が γ の増大とともに減少するずり流動化 (shear

thinning)(c)は ηeff が γ の増大とともに増大するずり粘稠化 (shear

thickening)の場合であるずり流動化はペンキなどで見られずり粘稠化は粒子濃度の高いペースト等で見られる非ニュートン流体の流動曲線は流体の種類によって異なるが典型的なものをいくつかここに示しておく

10 第 2章 粘弾性とレオロジー

(a) (b)

図 25

221 べき法則kと nを正の定数として

γ =τn

k(225)

と書ける場合をべき法則と言うn gt 1の場合には図 25(a)のようになりn lt 1の場合は図 25(b)のようになるn = 1の場合はもちろんニュートン流体である

222 Binghamの式粘土のペーストやペンキ印刷のインクアスファルト撚糸等ずり

応力 τがある臨界値 fBを越えない場合は流動を起こさないがfBを越えると初めて流動しずり速度 γが τ minus fBに比例するものがあるこの時

γ =

τminusfB

ηB(τ gt fB)

0 (τ lt fB)(226)

をBinghamの式と言いこれに従う物質をBingham物体その流動をBingham流動と言う式 (226)は図 26のように閾値を持つ直線で表されるfBをBingham降伏値と言いηBを塑性粘度 (plastic viscosity)

と呼ぶまたBingham物体のようにある値(降伏値)以上の応力に対して示す流動を一般に塑性流動 (plastic flow)と言う

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 10: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

5

第2章 粘弾性とレオロジー

ソフトマターの「やわらかさ」は力に対する物質の応答として定義することができる固体では弾性流体では粘性がこれに相当するが「やわらか」な物質であるソフトマターは一般に固体的な性質(弾性)と流体的な性質(粘性)の両方すなわち粘弾性的な性質を持つ事が多いそこでこの章では「ずり応力」に対する応答を定義した上で「粘弾性」について説明しどのような物質で現れるかそれをどのように考えるのかなどについて議論することにする

21 ずり応力 (shear stress)とずり歪み (shear

strain)

粘弾性について議論する前にずり応力に対する固体の応答の様子を示す弾性と液体の振る舞いである粘性について定義しよう

FP

Q

x

ll

Q

PH

O

Y Z

u

u0

y

図 21

6 第 2章 粘弾性とレオロジー

211 フック固体理想化された完全弾性体はフック固体 (Hookean solid)と言い加えられたずり応力 τ に対してそれに比例してずり歪み γだけ変形するここでずり応力 τ は図 21のような物体の平行な 2つの平面(上面を P下面をQとする)に逆方向にかける力を F平面の面積をAとすると

τ = FA (211)

で与えられるまた 2つの平面間の距離を l力 F による変形の量を∆x

とするとずり歪みは

γ = ∆xl (212)

であるフック固体では力と変形の関係はフックの法則 (Hookersquos law)

τ = Gγ (213)

に従いずり弾性率 (shear modulus) Gは定数となるこのGは張力(tensile stress) T による引っ張り歪み (tensile strain) s との間をつなぐ比例定数 E = Ts(伸び弾性率 (Youngrsquos modulus))に対応すると言えばバネなどにおけるフックの法則との対応がつきやすいであろう

212 ニュートン流体一方図 21の固体の代わりに流体を挟んだ場合を考える下面Qを

固定し上面 Pを一定の速度 u0で平行に動かすとするとPQ間の流体も Pに平行に運動し流体の各点における速度は時間的に変化せず「定常流」となるであろうこのような流体の運動をCouette流と言う今PQに垂直な線分OHを引いてこの線分上での流体の速度を考え

る上面と下面の近くで流体がスリップしないと言う条件を与えればOにおける速度は 0Hにおける速度は u0である線分OH上の任意の1点Yにおける速度 uはOからの距離 yに比例して増えると考えられるので比例定数をDとすると

u = Dy (214)

y = lの時は u = u0を用いれば

22 非ニュートン流動 7

D =u0

l(215)

となるここでDを速度勾配と呼ぶ点Yを通る平行平面YZを考えるとYZの上側の流体は下側の流体に

YZに平行な力を及ぼしているまたYZの下側の流体は反作用として同じ大きさで向きが逆の力を及ぼすこの力は前述したずり応力と同じものである流体にずり応力 τを加えると流れが生じるのでずり歪み∆xは時間と

ともに増大するここでずり速度 (ずり歪みの増大の比率)γ = γ∆tがずり応力に対して一定である流体をニュートン流体 (Newtonian fluid)

と呼ぶ図 21のような状況で流体の上面と下面を平行な板で挟みこれらの板を相対速度 u0で動かした時に板が流体から受ける抗力をF とすると

F = Aηu0

l(216)

と書けるそしてこの式と式 (211) (215)から得られる

D =τ

η(217)

をニュートンの粘性法則と呼ぶここで ηは粘性 (viscosity)でニュートン流体の時は温度によって決まる物質定数であるここで u0 = ∆x∆t

より

u0

l=

∆x

l

1

∆t=

γ

∆t= γ (218)

なので一般的に

τ = ηγ (219)

と書けるすなわちずり応力 τ は yには無関係で流体のいたるところで等しいことが分かる

22 非ニュートン流動ニュートンの粘性法則に従わない流体を一般に非ニュートン流体と言

いその流動を非ニュートン流動と言う高分子溶液やコロイド分散系な

8 第 2章 粘弾性とレオロジー

図 22

tt0

elastic viscous

図 23

ど粘弾性を示すソフトマターは一般に非ニュートン流体に属している非ニュートン流動ではずり速度 γとずり応力 τ との関係は一般に

γ = f(τ) (221)

と書けるここで γを τ に対して書いた曲線を流動曲線と言いニュートン流体の場合は原点を通る直線になるのに対して非ニュートン流体では一般に図 22のような曲線になるまたこの振る舞いは応力に対する応答が時間依存すると見ることもできる例えば後述するBingham流体の場合は図 23のようにある緩和時間 t0を境界にして弾性的振る舞い τ = G0γ から流体的振る舞いτ = ηBγに移行するここで

22 非ニュートン流動 9

eff

(a)

eff

(b)

eff

(c)

図 24

G0 =ηB

t0(222)

を瞬間ずり弾性率 (instantaneous modulus)と言うニュートン流体では粘度 ηが τγにより表されるので同様に非ニュー

トン流体の場合にも

ηeff =τ

γ(223)

によって見かけの粘度 ηeffを定義する一般に ηeffは γに依存し物質定数ではないまたニュートン流体では γ = τηであることから η = dτdγ

とも書けるのでこれを非ニュートン流体に適用して

ηdiff =dτ

dγ(224)

により微分粘度 ηdiff を定義できるこれは流動曲線上の 1点における接線の傾きである一般に流体の見かけの粘度 ηeff とずり速度 γの関係は図 24のように 3つに分類できるここで (a)は ηeff が γによらないニュートン流体の場合で(b)は ηeff が γ の増大とともに減少するずり流動化 (shear

thinning)(c)は ηeff が γ の増大とともに増大するずり粘稠化 (shear

thickening)の場合であるずり流動化はペンキなどで見られずり粘稠化は粒子濃度の高いペースト等で見られる非ニュートン流体の流動曲線は流体の種類によって異なるが典型的なものをいくつかここに示しておく

10 第 2章 粘弾性とレオロジー

(a) (b)

図 25

221 べき法則kと nを正の定数として

γ =τn

k(225)

と書ける場合をべき法則と言うn gt 1の場合には図 25(a)のようになりn lt 1の場合は図 25(b)のようになるn = 1の場合はもちろんニュートン流体である

222 Binghamの式粘土のペーストやペンキ印刷のインクアスファルト撚糸等ずり

応力 τがある臨界値 fBを越えない場合は流動を起こさないがfBを越えると初めて流動しずり速度 γが τ minus fBに比例するものがあるこの時

γ =

τminusfB

ηB(τ gt fB)

0 (τ lt fB)(226)

をBinghamの式と言いこれに従う物質をBingham物体その流動をBingham流動と言う式 (226)は図 26のように閾値を持つ直線で表されるfBをBingham降伏値と言いηBを塑性粘度 (plastic viscosity)

と呼ぶまたBingham物体のようにある値(降伏値)以上の応力に対して示す流動を一般に塑性流動 (plastic flow)と言う

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 11: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

6 第 2章 粘弾性とレオロジー

211 フック固体理想化された完全弾性体はフック固体 (Hookean solid)と言い加えられたずり応力 τ に対してそれに比例してずり歪み γだけ変形するここでずり応力 τ は図 21のような物体の平行な 2つの平面(上面を P下面をQとする)に逆方向にかける力を F平面の面積をAとすると

τ = FA (211)

で与えられるまた 2つの平面間の距離を l力 F による変形の量を∆x

とするとずり歪みは

γ = ∆xl (212)

であるフック固体では力と変形の関係はフックの法則 (Hookersquos law)

τ = Gγ (213)

に従いずり弾性率 (shear modulus) Gは定数となるこのGは張力(tensile stress) T による引っ張り歪み (tensile strain) s との間をつなぐ比例定数 E = Ts(伸び弾性率 (Youngrsquos modulus))に対応すると言えばバネなどにおけるフックの法則との対応がつきやすいであろう

212 ニュートン流体一方図 21の固体の代わりに流体を挟んだ場合を考える下面Qを

固定し上面 Pを一定の速度 u0で平行に動かすとするとPQ間の流体も Pに平行に運動し流体の各点における速度は時間的に変化せず「定常流」となるであろうこのような流体の運動をCouette流と言う今PQに垂直な線分OHを引いてこの線分上での流体の速度を考え

る上面と下面の近くで流体がスリップしないと言う条件を与えればOにおける速度は 0Hにおける速度は u0である線分OH上の任意の1点Yにおける速度 uはOからの距離 yに比例して増えると考えられるので比例定数をDとすると

u = Dy (214)

y = lの時は u = u0を用いれば

22 非ニュートン流動 7

D =u0

l(215)

となるここでDを速度勾配と呼ぶ点Yを通る平行平面YZを考えるとYZの上側の流体は下側の流体に

YZに平行な力を及ぼしているまたYZの下側の流体は反作用として同じ大きさで向きが逆の力を及ぼすこの力は前述したずり応力と同じものである流体にずり応力 τを加えると流れが生じるのでずり歪み∆xは時間と

ともに増大するここでずり速度 (ずり歪みの増大の比率)γ = γ∆tがずり応力に対して一定である流体をニュートン流体 (Newtonian fluid)

と呼ぶ図 21のような状況で流体の上面と下面を平行な板で挟みこれらの板を相対速度 u0で動かした時に板が流体から受ける抗力をF とすると

F = Aηu0

l(216)

と書けるそしてこの式と式 (211) (215)から得られる

D =τ

η(217)

をニュートンの粘性法則と呼ぶここで ηは粘性 (viscosity)でニュートン流体の時は温度によって決まる物質定数であるここで u0 = ∆x∆t

より

u0

l=

∆x

l

1

∆t=

γ

∆t= γ (218)

なので一般的に

τ = ηγ (219)

と書けるすなわちずり応力 τ は yには無関係で流体のいたるところで等しいことが分かる

22 非ニュートン流動ニュートンの粘性法則に従わない流体を一般に非ニュートン流体と言

いその流動を非ニュートン流動と言う高分子溶液やコロイド分散系な

8 第 2章 粘弾性とレオロジー

図 22

tt0

elastic viscous

図 23

ど粘弾性を示すソフトマターは一般に非ニュートン流体に属している非ニュートン流動ではずり速度 γとずり応力 τ との関係は一般に

γ = f(τ) (221)

と書けるここで γを τ に対して書いた曲線を流動曲線と言いニュートン流体の場合は原点を通る直線になるのに対して非ニュートン流体では一般に図 22のような曲線になるまたこの振る舞いは応力に対する応答が時間依存すると見ることもできる例えば後述するBingham流体の場合は図 23のようにある緩和時間 t0を境界にして弾性的振る舞い τ = G0γ から流体的振る舞いτ = ηBγに移行するここで

22 非ニュートン流動 9

eff

(a)

eff

(b)

eff

(c)

図 24

G0 =ηB

t0(222)

を瞬間ずり弾性率 (instantaneous modulus)と言うニュートン流体では粘度 ηが τγにより表されるので同様に非ニュー

トン流体の場合にも

ηeff =τ

γ(223)

によって見かけの粘度 ηeffを定義する一般に ηeffは γに依存し物質定数ではないまたニュートン流体では γ = τηであることから η = dτdγ

とも書けるのでこれを非ニュートン流体に適用して

ηdiff =dτ

dγ(224)

により微分粘度 ηdiff を定義できるこれは流動曲線上の 1点における接線の傾きである一般に流体の見かけの粘度 ηeff とずり速度 γの関係は図 24のように 3つに分類できるここで (a)は ηeff が γによらないニュートン流体の場合で(b)は ηeff が γ の増大とともに減少するずり流動化 (shear

thinning)(c)は ηeff が γ の増大とともに増大するずり粘稠化 (shear

thickening)の場合であるずり流動化はペンキなどで見られずり粘稠化は粒子濃度の高いペースト等で見られる非ニュートン流体の流動曲線は流体の種類によって異なるが典型的なものをいくつかここに示しておく

10 第 2章 粘弾性とレオロジー

(a) (b)

図 25

221 べき法則kと nを正の定数として

γ =τn

k(225)

と書ける場合をべき法則と言うn gt 1の場合には図 25(a)のようになりn lt 1の場合は図 25(b)のようになるn = 1の場合はもちろんニュートン流体である

222 Binghamの式粘土のペーストやペンキ印刷のインクアスファルト撚糸等ずり

応力 τがある臨界値 fBを越えない場合は流動を起こさないがfBを越えると初めて流動しずり速度 γが τ minus fBに比例するものがあるこの時

γ =

τminusfB

ηB(τ gt fB)

0 (τ lt fB)(226)

をBinghamの式と言いこれに従う物質をBingham物体その流動をBingham流動と言う式 (226)は図 26のように閾値を持つ直線で表されるfBをBingham降伏値と言いηBを塑性粘度 (plastic viscosity)

と呼ぶまたBingham物体のようにある値(降伏値)以上の応力に対して示す流動を一般に塑性流動 (plastic flow)と言う

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 12: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

22 非ニュートン流動 7

D =u0

l(215)

となるここでDを速度勾配と呼ぶ点Yを通る平行平面YZを考えるとYZの上側の流体は下側の流体に

YZに平行な力を及ぼしているまたYZの下側の流体は反作用として同じ大きさで向きが逆の力を及ぼすこの力は前述したずり応力と同じものである流体にずり応力 τを加えると流れが生じるのでずり歪み∆xは時間と

ともに増大するここでずり速度 (ずり歪みの増大の比率)γ = γ∆tがずり応力に対して一定である流体をニュートン流体 (Newtonian fluid)

と呼ぶ図 21のような状況で流体の上面と下面を平行な板で挟みこれらの板を相対速度 u0で動かした時に板が流体から受ける抗力をF とすると

F = Aηu0

l(216)

と書けるそしてこの式と式 (211) (215)から得られる

D =τ

η(217)

をニュートンの粘性法則と呼ぶここで ηは粘性 (viscosity)でニュートン流体の時は温度によって決まる物質定数であるここで u0 = ∆x∆t

より

u0

l=

∆x

l

1

∆t=

γ

∆t= γ (218)

なので一般的に

τ = ηγ (219)

と書けるすなわちずり応力 τ は yには無関係で流体のいたるところで等しいことが分かる

22 非ニュートン流動ニュートンの粘性法則に従わない流体を一般に非ニュートン流体と言

いその流動を非ニュートン流動と言う高分子溶液やコロイド分散系な

8 第 2章 粘弾性とレオロジー

図 22

tt0

elastic viscous

図 23

ど粘弾性を示すソフトマターは一般に非ニュートン流体に属している非ニュートン流動ではずり速度 γとずり応力 τ との関係は一般に

γ = f(τ) (221)

と書けるここで γを τ に対して書いた曲線を流動曲線と言いニュートン流体の場合は原点を通る直線になるのに対して非ニュートン流体では一般に図 22のような曲線になるまたこの振る舞いは応力に対する応答が時間依存すると見ることもできる例えば後述するBingham流体の場合は図 23のようにある緩和時間 t0を境界にして弾性的振る舞い τ = G0γ から流体的振る舞いτ = ηBγに移行するここで

22 非ニュートン流動 9

eff

(a)

eff

(b)

eff

(c)

図 24

G0 =ηB

t0(222)

を瞬間ずり弾性率 (instantaneous modulus)と言うニュートン流体では粘度 ηが τγにより表されるので同様に非ニュー

トン流体の場合にも

ηeff =τ

γ(223)

によって見かけの粘度 ηeffを定義する一般に ηeffは γに依存し物質定数ではないまたニュートン流体では γ = τηであることから η = dτdγ

とも書けるのでこれを非ニュートン流体に適用して

ηdiff =dτ

dγ(224)

により微分粘度 ηdiff を定義できるこれは流動曲線上の 1点における接線の傾きである一般に流体の見かけの粘度 ηeff とずり速度 γの関係は図 24のように 3つに分類できるここで (a)は ηeff が γによらないニュートン流体の場合で(b)は ηeff が γ の増大とともに減少するずり流動化 (shear

thinning)(c)は ηeff が γ の増大とともに増大するずり粘稠化 (shear

thickening)の場合であるずり流動化はペンキなどで見られずり粘稠化は粒子濃度の高いペースト等で見られる非ニュートン流体の流動曲線は流体の種類によって異なるが典型的なものをいくつかここに示しておく

10 第 2章 粘弾性とレオロジー

(a) (b)

図 25

221 べき法則kと nを正の定数として

γ =τn

k(225)

と書ける場合をべき法則と言うn gt 1の場合には図 25(a)のようになりn lt 1の場合は図 25(b)のようになるn = 1の場合はもちろんニュートン流体である

222 Binghamの式粘土のペーストやペンキ印刷のインクアスファルト撚糸等ずり

応力 τがある臨界値 fBを越えない場合は流動を起こさないがfBを越えると初めて流動しずり速度 γが τ minus fBに比例するものがあるこの時

γ =

τminusfB

ηB(τ gt fB)

0 (τ lt fB)(226)

をBinghamの式と言いこれに従う物質をBingham物体その流動をBingham流動と言う式 (226)は図 26のように閾値を持つ直線で表されるfBをBingham降伏値と言いηBを塑性粘度 (plastic viscosity)

と呼ぶまたBingham物体のようにある値(降伏値)以上の応力に対して示す流動を一般に塑性流動 (plastic flow)と言う

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 13: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

8 第 2章 粘弾性とレオロジー

図 22

tt0

elastic viscous

図 23

ど粘弾性を示すソフトマターは一般に非ニュートン流体に属している非ニュートン流動ではずり速度 γとずり応力 τ との関係は一般に

γ = f(τ) (221)

と書けるここで γを τ に対して書いた曲線を流動曲線と言いニュートン流体の場合は原点を通る直線になるのに対して非ニュートン流体では一般に図 22のような曲線になるまたこの振る舞いは応力に対する応答が時間依存すると見ることもできる例えば後述するBingham流体の場合は図 23のようにある緩和時間 t0を境界にして弾性的振る舞い τ = G0γ から流体的振る舞いτ = ηBγに移行するここで

22 非ニュートン流動 9

eff

(a)

eff

(b)

eff

(c)

図 24

G0 =ηB

t0(222)

を瞬間ずり弾性率 (instantaneous modulus)と言うニュートン流体では粘度 ηが τγにより表されるので同様に非ニュー

トン流体の場合にも

ηeff =τ

γ(223)

によって見かけの粘度 ηeffを定義する一般に ηeffは γに依存し物質定数ではないまたニュートン流体では γ = τηであることから η = dτdγ

とも書けるのでこれを非ニュートン流体に適用して

ηdiff =dτ

dγ(224)

により微分粘度 ηdiff を定義できるこれは流動曲線上の 1点における接線の傾きである一般に流体の見かけの粘度 ηeff とずり速度 γの関係は図 24のように 3つに分類できるここで (a)は ηeff が γによらないニュートン流体の場合で(b)は ηeff が γ の増大とともに減少するずり流動化 (shear

thinning)(c)は ηeff が γ の増大とともに増大するずり粘稠化 (shear

thickening)の場合であるずり流動化はペンキなどで見られずり粘稠化は粒子濃度の高いペースト等で見られる非ニュートン流体の流動曲線は流体の種類によって異なるが典型的なものをいくつかここに示しておく

10 第 2章 粘弾性とレオロジー

(a) (b)

図 25

221 べき法則kと nを正の定数として

γ =τn

k(225)

と書ける場合をべき法則と言うn gt 1の場合には図 25(a)のようになりn lt 1の場合は図 25(b)のようになるn = 1の場合はもちろんニュートン流体である

222 Binghamの式粘土のペーストやペンキ印刷のインクアスファルト撚糸等ずり

応力 τがある臨界値 fBを越えない場合は流動を起こさないがfBを越えると初めて流動しずり速度 γが τ minus fBに比例するものがあるこの時

γ =

τminusfB

ηB(τ gt fB)

0 (τ lt fB)(226)

をBinghamの式と言いこれに従う物質をBingham物体その流動をBingham流動と言う式 (226)は図 26のように閾値を持つ直線で表されるfBをBingham降伏値と言いηBを塑性粘度 (plastic viscosity)

と呼ぶまたBingham物体のようにある値(降伏値)以上の応力に対して示す流動を一般に塑性流動 (plastic flow)と言う

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 14: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

22 非ニュートン流動 9

eff

(a)

eff

(b)

eff

(c)

図 24

G0 =ηB

t0(222)

を瞬間ずり弾性率 (instantaneous modulus)と言うニュートン流体では粘度 ηが τγにより表されるので同様に非ニュー

トン流体の場合にも

ηeff =τ

γ(223)

によって見かけの粘度 ηeffを定義する一般に ηeffは γに依存し物質定数ではないまたニュートン流体では γ = τηであることから η = dτdγ

とも書けるのでこれを非ニュートン流体に適用して

ηdiff =dτ

dγ(224)

により微分粘度 ηdiff を定義できるこれは流動曲線上の 1点における接線の傾きである一般に流体の見かけの粘度 ηeff とずり速度 γの関係は図 24のように 3つに分類できるここで (a)は ηeff が γによらないニュートン流体の場合で(b)は ηeff が γ の増大とともに減少するずり流動化 (shear

thinning)(c)は ηeff が γ の増大とともに増大するずり粘稠化 (shear

thickening)の場合であるずり流動化はペンキなどで見られずり粘稠化は粒子濃度の高いペースト等で見られる非ニュートン流体の流動曲線は流体の種類によって異なるが典型的なものをいくつかここに示しておく

10 第 2章 粘弾性とレオロジー

(a) (b)

図 25

221 べき法則kと nを正の定数として

γ =τn

k(225)

と書ける場合をべき法則と言うn gt 1の場合には図 25(a)のようになりn lt 1の場合は図 25(b)のようになるn = 1の場合はもちろんニュートン流体である

222 Binghamの式粘土のペーストやペンキ印刷のインクアスファルト撚糸等ずり

応力 τがある臨界値 fBを越えない場合は流動を起こさないがfBを越えると初めて流動しずり速度 γが τ minus fBに比例するものがあるこの時

γ =

τminusfB

ηB(τ gt fB)

0 (τ lt fB)(226)

をBinghamの式と言いこれに従う物質をBingham物体その流動をBingham流動と言う式 (226)は図 26のように閾値を持つ直線で表されるfBをBingham降伏値と言いηBを塑性粘度 (plastic viscosity)

と呼ぶまたBingham物体のようにある値(降伏値)以上の応力に対して示す流動を一般に塑性流動 (plastic flow)と言う

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 15: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

10 第 2章 粘弾性とレオロジー

(a) (b)

図 25

221 べき法則kと nを正の定数として

γ =τn

k(225)

と書ける場合をべき法則と言うn gt 1の場合には図 25(a)のようになりn lt 1の場合は図 25(b)のようになるn = 1の場合はもちろんニュートン流体である

222 Binghamの式粘土のペーストやペンキ印刷のインクアスファルト撚糸等ずり

応力 τがある臨界値 fBを越えない場合は流動を起こさないがfBを越えると初めて流動しずり速度 γが τ minus fBに比例するものがあるこの時

γ =

τminusfB

ηB(τ gt fB)

0 (τ lt fB)(226)

をBinghamの式と言いこれに従う物質をBingham物体その流動をBingham流動と言う式 (226)は図 26のように閾値を持つ直線で表されるfBをBingham降伏値と言いηBを塑性粘度 (plastic viscosity)

と呼ぶまたBingham物体のようにある値(降伏値)以上の応力に対して示す流動を一般に塑性流動 (plastic flow)と言う

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 16: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

22 非ニュートン流動 11

fB

図 26

223 Herschel-Bulkleyの式合成樹脂やゴム等ずり応力 τ がある値 fHを越えないうちは流動が起

こらずfHを越えると (τ minusfH)nに従ってずり速度 γが増大する場合すなわち

γ =

(τminusfH)n

k(τ gt fH)

0 (τ lt fH)(227)

をHerschel-Bulkleyの式と言いこれに従う物体の流動を擬塑性流動と呼ぶ(因みにBingham物体の場合は純粋塑性流動と言う)式 (227)は図 27のように閾値を持つ曲線になるこの式はn = 1の場合にBingham

の式に一致しfH = 0の場合にべき法則にn = 1 fH = 0の場合にニュートンの粘性法則に一致する

224 Cassonの式k0k1を正の整数として次の形で得られているのがCassonの式で

ある

radicτ = k0 + k1

radicγ (228)

k0k1の代わりに

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 17: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

12 第 2章 粘弾性とレオロジー

fH

図 27

fC = k20 ηC = k2

1 (229)

を用いると式 (228)は

radicγ =

radicτ minusradicfCradic

ηC

(2210)

と書ける図28のようにradic

γをradic

τに対してプロットすると式 (2210)

に従う系はradic

τ軸とradic

fCで交わる直線となるここで fCは応力の次元をηC は粘度の次元を持っているのでそれぞれCasson降伏値Casson

粘度と呼ぶCassonの式 (228)はいろいろな顔料を分散させたワニスや溶けたチョコレート人の血液などがこの式に良く従うことが分かっているまた Cassonは次のようなモデルに基づけば式 (228)に従うことを理論的に示した1) 粒子はニュートン液体中に懸濁していて互いに引力を及ぼしている2) これらの粒子はずり応力が小さいときは堅い棒状の凝集体を形成しかつその棒の長さはずり応力の平方根に比例して減少する

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 18: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

23 レオメーター 13

図 28

23 レオメーター弾性体の変形を扱う学問を「弾性力学」流体の流動を扱う学問を「流

体力学」と言うが弾性体でも流体でも無い物質(粘弾性体)の外力による変形と流動を対象とした学問をレオロジーと呼ぶレオロジーにおいては歪みと応力との関係(物質方程式)を理論的実験的に求めることが重要でありこれらは物質の多様性や個性そして静的動的な内部構造を反映する粘弾性体のレオロジーを調べ物質方程式を決めるための実験装置を

レオメーターと呼ぶここでは代表的なレオメーターである回転円筒粘度計を取り上げその原理といくつかの流体に適用した場合の例を示す

231 回転円筒粘度計回転円筒粘度計は図 29のように共通した中心を持つ二重円筒の間に

試料となる流体を入れて測定する片方の円筒を回転させたときの角速度Ωと加えたトルクMとの関係を実験的に求め流体の流動曲線を求めるこの場合次の条件を満たしているものとする

1 流体は非圧縮性である

2 流体は層流として流れているまた定常流になっている

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 19: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

14 第 2章 粘弾性とレオロジー

h

a

b

図 29

3 流体の運動は回転軸に垂直な面内で等しいまた流体はその面内で回転運動をする

4 流体と円筒の壁面との間にスリップはない

条件 2は乱流にはなっていないと言うことを意味し条件 3は遠心力を無視するということであるどちらも角速度Ωが小さければ満たされるここで 2つの円筒の間に挟まれた流体の内部に半径 rと r + ∆rの 2

つの円筒面の間の「円筒殻」を考える円筒の間の流体が入っている部分の高さを hとし半径 rの円筒面に働く接線応力を τ とするとこの円筒殻が内面から受けるトルクは 2πhr2τまた外面が逆向きに受けるトルクは

2πr2τ +d

dr(2πhr2τ)dr (231)

なので円筒殻に加わるトルクは

d

dr(2πhr2τ)dr (232)

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 20: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

23 レオメーター 15

となるゆえに半径 rの部分の液体に働くトルクM は

M = 2πhr2τ (233)

であるまた内円筒の半径を a外円筒の半径を bとしそれぞれの面における接線応力をそれぞれ τaτbで表せば

M = 2πha2τa = 2πhb2τb (234)

と書けるここで内円筒が角速度Ωで回転し外円筒が静止しているとする回

転軸から距離 r にある流体の微小部分の角速度を ω(r)とすると速度はu = rωなので速度勾配は

du

dr= r

dr+ ω (235)

流体が剛体のように回転している場合は ωは rに無関係で

du

dr= ω (236)

なので流体の各部分がずり流動することにより生じるずり速度は

du

drminus ω = r

dr(237)

である内円筒が回転し外円筒が静止していることからωは rの増大により減少し dωdr lt 0であるゆえにずり速度 γと角速度の関係は

γ = minusrdω

dr(238)

で与えられるこの式に流体の流動曲線の式 (221)を代入すると

minusrdω

dr= f(τ) (239)

式 (233)を用いて変数を rから τ に変えると

minusrdω

dr=

M

πhr2

dτ= 2τ

dτ(2310)

よって次の式が得られる

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 21: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

16 第 2章 粘弾性とレオロジー

2τdω

dτ= f(τ) (2311)

積分すると

ω =1

2

int τ f(τ)

τdτ + const (2312)

円筒面上でスリップしないと言う条件より

Ω =1

2

int τa f(τ)

τdτ + const (2313)

0 =1

2

int τb f(τ)

τdτ + const (2314)

以上より内円筒の角速度Ωと流動曲線 f(τ)との関係は次の式で与えられる

Ω =1

2

int τa

τb

f(τ)

τdτ (2315)

この式は内円筒を固定して外円筒を回転させたときにも成り立つことを示すことができるまた式 (233)より一般にずり速度は

γ = f(M

2πhr2) (2316)

で rの関数だが内円筒外円筒の間隔が十分小さく

bminus a

aiquest 1 (2317)

が成り立つならばγは rによらず一定であると見なしてよい

232 典型的な例ニュートン流体の場合

ニュートン流体の場合は f(τ) = τηなので

Ω =1

2

int τa

τb

1

ηdτ =

1

2η(τa minus τb) =

1

(M

2πha2minus M

2πhb2

)(2318)

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 22: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

23 レオメーター 17

M

図 210

となるあるいは

Ω =M

4πhη

(1

a2minus 1

b2

)(2319)

これはMargulesの式として知られるものであるこれによるとΩはM

に比例しΩとMの関係は図 210のような原点を通る直線になるそしてその直線の傾きから粘性係数 ηを得ることができる

べき法則に従う流体の場合

べき法則に従う流体の場合は式 (225)を用いると

Ω =1

2

int τa

τb

1

kτnminus1dτ =

1

2kn(τn

a minus τnb ) =

1

2kn

[(M

2πha2

)n

minus(

M

2πhb2

)n]

(2320)

よって両辺の対数を取ると

log Ω = n log M + log

[1

2n(2πh)n

(1

a2nminus 1

b2n

)1

k

](2321)

すなわちlog Ωと log M のグラフは図 211のような直線になる

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 23: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

18 第 2章 粘弾性とレオロジー

logM

log

図 211

Bingham流体の場合

Bingham流体の流動曲線は式 (226)に従うΩとM の関係を求める場合はBingham降伏値 fBの値により 3つに分類して考える

1 τa lt fB

この場合は流体の至るところでずり応力が fB以下なので流体は流れることができないすなわちΩ = 0である

2 τb lt fB lt τa

この場合には fB lt τ lt τa の範囲で流動が起こるfB lt τ は式(233)より

fB ltM

2πhr2(2322)

と同等であるここで臨界半径 rcを

rc =

(M

2πhfB

)12

(2323)

で定義すると流体は r lt rcの範囲でのみ流動しr gt rcの範囲では τ lt fBとなり流れないここで (2315)を流動している部分について書くと

Ω =1

2

int τa

fB

f(τ)

τdτ (2324)

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 24: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

23 レオメーター 19

ここに f(τ) = (τ minus fB)ηBを代入するとτb lt fB lt τaに関して次の式が得られる

Ω =1

2ηB

int τa

fB

τ minus fB

τdτ =

1

2ηB

[τa minus fB minus fB log

τa

fB

](2325)

Bingham降伏値 fBにおけるトルクをMcとするすなわち

fB =Mc

2πha2(2326)

また τa = M2πha2 なのでこれらを代入することにより次の ΩとM

の関係式が得られる

Ω =1

4πha2ηB

[M minusMc minusMc log

M

Mc

](2327)

3 fB lt τb

この場合は流体は至る所で流れている式 (2315)より

Ω =1

2ηB

int τa

τb

τ minus fB

τdτ (2328)

ここで (234)を用いると a2τa = b2τbなので

Ω =1

2ηB

[(1minus a2

b2

)τa minus 2fB log

b

a

](2329)

τafBをそれぞれMMcで表せばΩとM の関係が次のように求まる

Ω =1

4πha2ηB

[(1minus a2

b2

)M minus 2Mc log

b

a

](2330)

以上をまとめるとBingham流体の場合の ΩとM の曲線は図 212

のようにM = Mcで横軸に接しM gt (ba)2Mcで直線になるまた直線部の傾きから ηBが求まる

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 25: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

20 第 2章 粘弾性とレオロジー

MMC

図 212

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 26: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

21

第3章 液体とガラス

長距離秩序を持たず短距離秩序のみにより特徴づけられる液体は固体でも気体でもない相であると言う意味でもあるいは分子論的にも連続体的にも扱えると言う意味でも「ソフトマター」と共通の特徴を持つこの章ではこの点に着目して液体の理論的な取扱いと実験的に特徴づける方法について説明するまた液体とガラスの類似点と相違点について解説しガラスを取り扱う基本的なモデルを紹介する

31 固体のヤング率液体について考える前に固体の物理的応答について考察しよう簡

単のために図 31のような正方格子を考え格子定数を a原子間に働く力のバネ定数を kとする力F により原子間距離が rになったとすると

F = k(r minus a) (311)

ここでバネ 1本あたりの面積は a2なので張力 (tensile stress)T は

a

図 31

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 27: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

22 第 3章 液体とガラス

T =k(r minus a)

a2(312)

一方引っ張り歪み (tensile strain)sは

s =r minus a

a(313)

なのでヤング率 (Youngrsquos modulus)は

E =T

s=

k

a(314)

であるここでバネ定数を定義するため原子間ポテンシャルをU(r)として安定点 r = aの周りで展開する

U(r) = U(a) +1

2(r minus a)2 d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

+ middot middot middot (315)

=1

2k (r minus a)2 + const (316)

(317)

よってバネ定数は

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

(318)

となる一般化を考えて原子間ポテンシャルを次の形に仮定する

U(r) = εf(r

a

)(319)

極小点は r = aにありεをボンドエネルギーとして U(a) = minusεとするここで f(x)は無次元で f(1) = minus1よって

k =d2U

dr2

∣∣∣∣r=a

a2f primeprime(1) (3110)

f primeprime(1)はポテンシャルの形で決まる定数なのでこれをCと置くとヤング率は

E = Cε

a3(3111)

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 28: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

32 構造の緩和 23

となるすなわち固体の弾性係数は隣接する原子間のボンドのエネルギーとそのボンドの密度の積に比例するつまりボンドが強いか密度が高い場合に堅くなりボンドが弱いか密度が低い場合に柔らかくなる

32 構造の緩和力を加えられて変形した物体がエネルギーの高い状態(準安定状態)に

あったとすると各原子は安定状態に緩和しようとするであろう固体の場合弾性変形の範囲内では各原子は元から居た場所から逃げることができないそして弾性変形の範囲を超える力を加えれば元の形には戻れない変形(塑性変形)を起こしてしまう言い換えれば固体は全原子の並べ替えなしには緩和することができないそれに対して液体は外力に合わせて変形することができ全原子の並

べ替えをする必要はないこの状況をミクロに見ると外力下にあって各原子はある準安定状態にいてそこから安定な状態に抜け出ようとしていると考える例えば図 32(b)においてグレーの原子は周囲の原子に囲まれた「籠」の中にいるがすき間の広い場所に抜け出せば系全体のエネルギーを下げることができるこの時「籠」の中と外との間にあるエネルギー障壁の高さを ε原子の「籠」の中の振動の周波数を νとし原子がボルツマン統計に従うと考えると原子が熱揺らぎによりこの「籠」を抜け出す特徴的な時間(緩和時間 (relaxation time))t0は次のように書ける

tminus10 sim ν exp

(minus ε

kBT

)(321)

ここで最隣接原子間に働く力は固体と同程度(例えばブリルアンゾーン境

(a) (b)

図 32

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 29: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

24 第 3章 液体とガラス

界近くのフォノン程度)だと仮定すると ν sim 1012Hzとなるであろうまた εの上限は蒸発時の 1分子あたりの潜熱 εprimeで実験的には ε sim 04εprimeが知られているのでこれらを用いると単純液体の場合は室温付近で t0 =

10minus12 sim 10minus10秒となるすなわち t0は測定時間よりも十分に短いため外力に対して緩和する応答すなわち粘性挙動が見られることになるところで緩和時間 t0において物質が固体的な性質から液体的性質に変

化すると見なせるので粘弾性体が弾性的挙動から粘性的挙動に移り変わるときの特徴的時間と同様のものと考えることができるそこで式(222)で与えられた瞬間ずり弾性率G0を用いると式 (321)は

η =G0

νexp

kBT

)(322)

と書けるこの関係をアレニウス則 (Arrhenius behavior)と呼び多くの液体で成り立つことが知られている

33 ガラス転移アレニウス則によれば緩和時間は低温になるに従って急激に増大して最後には実験室の時間スケールよりも長くなる液体を結晶化させることなく冷却して粘度が固体と同じ程度の大きさに達した非晶質状態あるいは無定型状態をガラス状態 (glassy state)と呼ぶがしかし「ガラス」とは無限大の弾性と有限の粘性を持つ状態であり単なる過冷却液体と区別する必要がある過冷却液体とガラス状態との間には比体積や膨張係数比熱等の温度変化が急激に変化するガラス転移が見られるこのガラス転移を示す物質には窓ガラス等に使われる酸化物ガラス以外にもイオン伝導性を持つカルコゲナイドガラスや高分子ガラス金属ガラス等様々なものが知られていて実際の生活の中でも広く用いられているまたガラス転移に伴う様々な現象も知られているが応用の幅広さに比べてその物理学的な理解の及んでいる範囲は非常に狭いと言わざるを得ないここではまずガラス転移の特徴について説明した後標準的なガラス理論を紹介しガラスの構造を特徴づける実験法について説明する

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 30: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

33 ガラス転移 25

331 ガラス転移の特徴原子が安定点のまわりで熱振動しているときの特徴的な時間 tvibと原

子が再配置するまでの特徴的な時間 tconfig(前節での緩和時間 t0)の温度依存性は同じだとは限らず特に低温においては大きく違うと考えられるこれを模式的に書いたのが図 33であるここで実験から tconfigすなわち粘性係数 ηがある温度 T0で発散する

ことが知られていてこれをVogel-Fulcher則と呼ぶ

η = η0 expB

T minus T0

(331)

T0は Vogel-Fulcher温度であるここに (222)より η sim G0tconfigを代入すれば

tconfig =η0

G0

expB

T minus T0

(332)

典型的な実験時間を texpとするとtconfig gt texpであれば実験中には構造緩和が起こらないそこでこの時の温度 Tg をガラス転移温度 (glass

transition temperature)と呼ぶ前述したようにガラス状態は単に粘性の大きな(=緩和時間が長い)液体ではなく弾性的な性質(ゼロでないずり弾性率)を持つ質的に違った状態である実験的には例えば体積の温度変化を測定した場合結晶化により凝固点Tmで体積V のジャンプがあるこれは結晶化が一次転移であることに対応している一方液体が結晶化しないように冷却すると図34のようにガラス転移温度Tgで体積の温度依存性が変化するすなわち

log t

1T

1tvib

1tconfig

1Tg

1texp

図 33

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 31: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

26 第 3章 液体とガラス

体積の温度による 1次微分である熱膨張係数に飛びが見られることからこの「転移」は二次転移的であるしかし注意しなければいけないのはこの Tgは実験条件により異なることである前述したようにガラス転移は tconfigが実験の特徴的時間 texpよりも長くなったときに起きるが冷却速度を変化させれば texpも変化しTgも変化する相転移とは系全体が熱力学的により最も安定な状態に落ち着くことであってある状態変数の組み合わせを決めれば必ず一つの状態が定まるがガラス転移は原子が並進運動の自由度を失うだけであって系全体が最安定状態に落ち着いているとは言えないすなわちガラス転移は普通の意味での相転移ではないこのことからガラス転移を動力学転移 (kinetic transition)と呼ぶこともあるガラス転移温度における物理量の不連続は例えば定圧比熱でも見られる(図 35(a))熱力学の公式

Cp = T

(partS

partT

)

p

よりエントロピーを求めて温度変化をプロットすると図 35(b)のようになるつまりガラスは T = 0でも有限なエントロピー(残留エントロピー (residual entropy))を持ちその値は履歴に依存するすなわちガラス状態のエントロピーは熱力学的な状態量ではないこれはガラスの状態においては実験の時間スケール内で全ての原子配置を取ることはできないことに対応しているすなわちガラスにおいてはエルゴート性が破れている (broken ergodicity)と言えるここでガラスのエントロピーと結晶のエントロピーの差を過剰配置エントロピー (excess

V

TTg

(1)Tg(2) Tm

glass(1)

glass(2)

liquid

crystal

図 34

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 32: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

33 ガラス転移 27

configurational entropy)と言い図 35(b)の SC にあたる仮に実験時間が十分にあるとすればガラス転移温度 Tgを下げ続ける

ことができるであろうしかしながらエントロピーが結晶状態よりも小さくなることができるとは考えられないそこでガラスのエントロピーの温度変化のラインを外挿して結晶のエントロピー変化と一致する温度をKauzmann温度 Tkと呼ぶ実験的にはTkはVogel-Fulcher温度 T0

に近い値を取ることが知られている

332 ガラスの理論ここではガラスについて説明する理論として最も標準的な自由体積理

論 (free volume theory)と協調的再構成領域理論 (cooperatively re-

arranging region theory)を紹介する

自由体積理論

この理論では分子が熱振動できる体積を自由体積 vf として定義し試料体積を vとしたときに

vf

v= fg + αf (T minus Tg) (333)

なる温度依存性を仮定するここで fgはガラスの部分自由体積αf は自由体積の熱膨張係数であるもし自由体積と粘性の間に

Cp

TTg

S

TTk

S2(2)

Tg(1)Tg

(2) Tm

S2(1)

SC

(a) (b)

図 35

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 33: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

28 第 3章 液体とガラス

η = a exp

(bv

vf

)(334)

と言う関係が成り立つなら

η = a exp

b

fg + αf (T minus Tg)

= a exp

bαf

T minus (Tg minus fgαf )

(335)

となるすなわち T0 = Tg minus fgαf と置けばVogel-Fulcher則 (331)が得られる自由体積の概念は広く受け入れられていてこれに基づいて液体の状態方程式を近似的に導くことができるまた直鎖パラフィンの融液の粘性係数の測定から式 (334)を実験的に求めた例もあるしかしながら高分子で温度と圧力を同時に変化させて自由体積を一定に保っていてもガラス転移を起こす等のこの理論に反する実験例もあるまた式(333)の物理的意味も明確でないなどの弱点もある

協調的再構成領域理論

ガラスの物性を理解する上でより物理的な意味が明確なのは協調性の概念である例えば図 33の (a)のように高温で原子の密度が小さい場合は1つの原子が位置を変えることによる影響は少なくたかだか最隣接原子に及ぶ程度であろうしかし (b)のように低温で密度が大きい場合には1つの原子の移動により多くの原子が動かなければならないであろうそこでAdam and Gibbsは 1965年にこの同時に原子が動く領域を

(a) (b)

図 36

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 34: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

33 ガラス転移 29

協調的再構成領域 (cooperatively rearranging region=CRR)と名付けこの領域のサイズが温度を下げるとともに増大しVogel-Fulcher温度T0で発散すると仮定した理論を構築した原子 1個が動くときのエネルギー障壁を∆microCRRにおける原子数を

zlowastとすると

tminus1config sim ν exp

(minuszlowast∆micro

kBT

)(336)

これをArrhenius則 (322)と比較するとエネルギー障壁 εが温度 T に依存する部分が単純液体とは違っていると解釈できるそこで zlowastが過剰配置エントロピー SC に反比例すると仮定すると定数Cを用いて

tminus1config sim ν exp

(minus C

TSC

)(337)

と書けるそして SCが T minus Tkに比例することからVogel-Fulcher則が得られる

333 ガラスの構造ガラスの構造をX線回折や中性子回折で調べると一般に 1本かそれ

以上の幅の広いぼやけたリングからなっていることが分かる幅が広いと言うことは長距離秩序が無く短距離秩序のみであることを示しリング状のパターンになると言うことから方向の秩序がない事が分かるよってガラス(に限らず液体やアモルファス固体無秩序固体等も含む)の構造を議論する場合にはその物質を構成する原子(分子)の周りに他の原子(分子)がどのように配置しているかその距離依存性を明らかにすることが必要であるすなわち実験的に得られる散乱パターンから動径分布関数を決定することが目的となるここではX線回折の結果から動径分布関数を求める方法について議論する

ガラスのX線回折

入射X線の波長を λ格子間隔を d散乱角を θとするとBraggの法則 2d sin θ = λが成り立つがガラスの場合は結晶格子は組まないので d

を原子間距離 rとするX線の散乱振幅 F は結晶の場合と同様に定義できて

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 35: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

30 第 3章 液体とガラス

F =

intdV n(r) exp [i(kminus kprime) middot r] (338)

=

intdV n(r) exp [iq middot r] (339)

ここで n(r)は原子 1個の電子密度分布kkprimeはそれぞれ入射X線散乱X線の波数ベクトルでq = kminus kprimeは散乱ベクトルであるm番目の原子の形状因子を

fm =

intdV nm(rminus rm) exp [minusiq middot (rminus rm)] (3310)

で定義する(rmは原点からm番目の原子の中心までのベクトル)と散乱振幅は

F (q) =summ

fm exp(minusiq middot rm) (3311)

と書ける測定される散乱強度 Iは |F |2で与えられるので

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiq middot (rm minus rn)) (3312)

qと rminus rmのなす角度を αとすると

I(q) =summ

sumn

fmfn exp(minusiqrmn cos α) (3313)

となるここで q = |q|rmn = |rm minus rn|と置いたガラスには方向の特異性は無いので位相因子を球面上で平均すると

〈exp(iqr cos α)〉 =2π

int 1

minus1

d(cos α) exp(iqrmn cos α) (3314)

=sin qrmn

qrmn

(3315)

よって

I(q) =summ

sumn

(fmfn sin qrmn)qrmn (3316)

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 36: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

33 ガラス転移 31

単原子の場合は f = fm = fnと置けるので原子数がN であれば

I(q) = Nf 2

[1 +

sumprime(sin qrmn)qrmn

](3317)

(和はm 6= mについて取る)ある原子から距離 rだけ離れた点における原子の密度を ρ(r)とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2ρ(r)sin qr

qr

](3318)

ここでRは試料全体のサイズである平均の原子密度を ρ0とすると

I(q) = Nf 2

[1 +

int R

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr+

ρ0

q

int R

0

dr4πr sin qr

]

(3319)

となる

動径分布関数

式 (3319)でR rarrinfinとすると右辺の第 3項はデルタ関数になるのでこれを落として

I(q) = Nf 2

[1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr

](3320)

となるここで液体構造因子 S(q)を

S(q) equiv I(q)

Nf 2= 1 +

int infin

0

dr4πr2 [ρ(r)minus ρ0]sin qr

qr(3321)

と定義する動径分布関数を

ρ(r) equiv g(r)ρ0 (3322)

によって定義するとsin qrqrが exp(iq middot r)の展開の対称項であることから

S(q) = 1 + 4πρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] r2 sin qr

qr(3323)

= 1 + ρ0

int infin

0

dr [g(r)minus 1] exp(iq middot r) (3324)

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 37: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

32 第 3章 液体とガラス

Fourier逆変換を施すことにより

g(r)minus 1 =1

8π3ρ0

intdq [S(q)minus 1] exp(minusiq middot r) (3325)

=1

2π2ρ0r

intdq [S(q)minus 1] q sin qr (3326)

となるすなわちこの式を用いることにより実験的に得られた S(q)から動径分布関数を計算することができる

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 38: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

33

第4章 秩序変数と相転移

「相転移」とは凝縮系の性質を考える上で非常に重要な概念である固体の物性を議論する場合基礎になるのは結晶の構造と対称性である一般に高温で対称性の高い構造を取り温度を下げるに従って対称性を失い低対称相に転移する例えば代表的な強誘電体として知られるチタン酸バリウムは T = 1618で結晶化し温度を下げるに従い立方晶正方晶斜方晶菱面体晶と低対称相へ逐次相転移する固体の相転移を理解しようとする場合は対称性を議論すれば済むことも多く古い教科書では結晶点群の説明を延々と記述しているものも多い一方結晶構造を基礎としないソフトマターの場合でも「対称性の破れ」は相転移を理解する上で重要なキーワードだがしかしその「対称性」の概念は結晶点群よりも遥かに広範囲である例えば気体を凝固点まで冷やすと液体の相が出現して気体と共存するがこの相転移は一様だった濃度分布が非一様になるすなわち濃度分布の対称性が破れる現象として理解できるまた後の章で詳述するようにサーモトロピック液晶には方向の秩序や積層の秩序等様々なものがあり温度を下げるに従って新たな秩序が出現して(つまり新たに対称性が破れて)相転移が起きる相転移を理解する上で最も重要なのはこの「対称性の破れ」を数式で表現するための変数(秩序変数 (order parameter))をどう定義するかにかかっていると言えるこの章ではまず様々な相転移における秩序変数を例として挙げ相転移の一般論を説明する続いて相転移の例として液液相分離を取り上げて平均場近似に基づいた議論を展開する更に相分離が進行する過程を例にとり相転移の運動学を議論する

41 秩序変数一般に秩序変数は無秩序相(高対称相)で 0秩序相(低対称相)で有限の値を持つように取るそして温度圧力など外的な変数を変化させたときの秩序変数の変化から相転移現象を理解する図 41(a)のよ

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 39: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

34 第 4章 秩序変数と相転移

TTC

TTC

(a) (b)

図 41

うに秩序変数が転移点で不連続であれば 1次相転移であり図 41(b)のように連続的に変化するなら 2次相転移である

411 気体の凝結気体の温度 T を下げることにより液体となる場合の秩序変数は気体と液体の密度をそれぞれ ρgasρliqとした場合に∆ρ = ρliq minus ρgasと取れば良い温度を沸点 Tcまで下げた時に液体となって凝結し液体と気体の共存状態となる

412 常磁性強磁性転移低温では同一方向に整列していた原子の磁気モーメントは温度を上げると熱エネルギーの影響で方向が揺らぎ始め系全体の磁気モーメント(自発磁化)が少しずつ減少するさらに温度を上げるとある温度以上では完全にバラバラになり自発磁化は 0となるこの現象はピエールキュリーが発見したことから磁性が消える温度をキュリー温度 TC

と呼ぶ鉄のキュリー温度は 770ニッケルは 354である秩序変数として取るのは系全体の磁化M であり各スピンの磁気モーメントをσi = plusmn1スピンの個数をN とすると

M =1

N

Nsumi

σi (411)

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 40: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

41 秩序変数 35

TTC

図 42

T

TC

M

図 43

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 41: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

36 第 4章 秩序変数と相転移

T

TC

図 44

と書ける

413 秩序無秩序転移塩化アンモニウムの場合NH4Cl+イオンの正四面体の配置に 2つの可

能性がありこれが系全体で揃っている時に秩序相バラバラな時に無秩序相となるこの時はNH4Cl+イオンの向きをスピンのように取り扱いある方向を+もう一方をminusとして+方向を向いた正四面体の数をN+とすると秩序変数は

φ =2N+

Nminus 1 (412)

と取れば良い以上に見られるように一見全く違う相転移でも適当な秩序変数を取

れば同じ枠組みにより理解できる

42 液液相分離421 正則溶液モデル統計力学の教科書によれば常磁性強磁性相転移における「Curie-

Weissモデル」と秩序無秩序転移における「Bragg-Williamsモデル」はいずれも平均場近似 (mean-field approximation)を用いている従っ

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 42: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

42 液液相分離 37

A B A+B

Temperature

図 45

てこれらのモデルでは系が保存系か非保存系かすなわち秩序変数の総和が転移前後で保存されるか否かに応じて同様の結果を与える事が知られているここで取り上げる正則溶液モデル (regular solution model)は2成分混合溶液系の相分離を記述するための平均場近似モデルである

AB二種類の分子からなる液体があり図 45のように高温で任意の比率で混合し低温で相分離するものとするここで考察しなければならないのは混合状態の自由エネルギー FA+B と相分離状態の自由エネルギー FA + FBの差でこれが温度とともにどのように変化するかと言うことである混合の自由エネルギー (mixing free energy)Fmixを混合状態の自由エネルギーと相分離状態の自由エネルギーの差FA+B minus (FA + FB)により定義するここでFA+Bは混合のエントロピー (mixing entropy)Smix

と混合のエネルギー (mixing energy)Umixを用いて

Fmix = Umix minus TSmix (421)

と書けるここでSmixと Umixの振る舞いを考察しよう

422 混合のエントロピー液体を構成する 2種類の分子が格子点上に分布しているものとし(この仮定により排除体積効果が考慮されていることになる)ある格子点の最隣接格子点が zあるものとする分子 ABの体積分率をそれぞれφAφBだとすると

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 43: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

38 第 4章 秩序変数と相転移

φA + φB = 1 (422)

φA =VA

V φB =

VB

V(423)

が成り立つある格子点にA分子B分子のどちらがいるか不定な場合統計力学的エントロピーは

S = minuskB

sumi

pi ln pi (424)

と書けるここで piは状態確率である状態はABの 2つでそれぞれの専有確率は φAφBなので混合のエントロピーは

Smix = minuskB(φA ln φA + φB ln φB) (425)

となるここで隣り合う格子点は独立であるとするならそれは平均場近似を仮定したことになるまたもし 1成分しかない場合(すなわちφA = 1

または φB = 1)は当然 Smix = 0となる

423 混合のエネルギー系全体でのエネルギーを最隣接格子のみで相互作用が働くものとし

て考えようこのときA分子同士B分子同士の相互作用エネルギーをそれぞれ εAA εBBA分子とB分子の相互作用エネルギーを εABと書くある格子点の最隣接格子点の zφA個をA分子zφB個をB分子が占めるものとするすると格子点 1つあたりの相互作用エネルギーは次のように書ける

z

2

(φ2

AεAA + φ2BεBB + 2φAφBεAB

)(426)

ここで二重にカウントすることを防ぐため全体を 12にしている混合していない状態(相分離状態)のエネルギーは z

2(φAεAA + φBεBB)であ

るから混合のエネルギーは (426)との差を取って

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 44: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

42 液液相分離 39

0

-1

0 05 1

lt20

=20

gt20

F

kBT

図 46

Umix =z

2

[(φ2

A minus φA)εAA + (φ2B minus φB)εBB + 2φAφBεAB

](427)

=z

2[minusφAφBεAA minus φAφBεBB + 2φAφBεAB] (428)

=z

2φAφB (2εAB minus εAA minus εBB) (429)

ここで無次元パラメータ χを次のように定義する

χ =z

2kBT(2εAB minus εAA minus εBB) (4210)

このパラメータはA分子をBの中に持ってきて置いた時のエネルギー変化すなわち成分間の相互作用を表し一般に χパラメータと呼ぶこれを用いると混合エネルギーは次のように書ける

Umix = χφAφBkBT (4211)

ゆえに混合の自由エネルギーは次のようになる

Fmix

kBT= φA ln φA + φB ln φB + χφAφB (4212)

φ = φA(= 1minus φB)を秩序変数と考えると混合溶液の自由エネルギーを次のように書くことができる

F

kBT= φ ln φ + (1minus φ) ln (1minus φ) + χφ(1minus φ) (4213)

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 45: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

40 第 4章 秩序変数と相転移

図 46はこの時の自由エネルギーの模式図であるχが 20より大きい時に自由エネルギーは極小を 2つ持つつまり系はこの極小値の組成に相分離する一方 χが 20よりも小さい時には極小は φ = 05だけになるすなわち系は一様に混合した状態(1相状態)になる

424 混合の安定性分子Aの体積分率が φ0で体積が V0のAとBの混合物を考えるこれ

が V1と V2に相分離しそれぞれの中にA分子が φ1φ2ずつ入っていたとするこのときA分子の量が保存されることから

φ0V0 = φ1V1 + φ2V2 (4214)

φ0 =V1

V0

φ1 +V2

V0

φ2 (4215)

ここで α1 = V1

V0α2 = V2

V0によって定義すると α1 + α2 = 1なので

φ0 = α1φ1 + (1minus α1)φ2 = φ2 + (φ1 minus φ2)α1

there4 α1 =φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

φ0 = (1minus α2)φ1 + α2φ2 = φ1 + (φ2 minus φ1)α2

there4 α2 =φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

となる2相分離した系の全自由エネルギーは

Fsep = α1Fmix(φ1) + α2Fmix(φ2) (4216)

=φ0 minus φ2

φ1 minus φ2

Fmix(φ1) +φ0 minus φ1

φ2 minus φ1

Fmix(φ2) (4217)

と書ける従って例えば自由エネルギー曲線が図 47(a)のようになっている時混合比φ0の溶液がφ1とφ2に分離したとするとFsep gt F0となるこれは φ1と φ2がどのような値を取った時でも同じなのでこの場合は一相状態が安定であるこれに対して図 47(b)のような場合はFsep lt F0

となるので相分離した状態が安定になる一般に自由エネルギーの下に凸の部分に共通接線を引いた時の接点の組成に分離することが知られている

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 46: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

42 液液相分離 41

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1)

Fmix( 2)

0

Fsep

F

F0

1 2

Fmix( 1) Fmix( 2

)

(a) (b)

図 47

a

F

Fb

b

Fb

Fa

Fa

図 48

425 不安定と準安定例えば図 48のような自由エネルギー曲線があったとき近くの組成に

相分離したとしよう例えば φaの組成の場合は相分離後の自由エネルギー F prime

aは相分離前の自由エネルギー Faより大きくなるよって熱揺らぎによって濃度変化が起きたとしても自発的に元の組成に戻るすなわち系は局所的に安定(準安定 (metastable))であると言える一方φb

の組成では小さな組成変化によって自由エネルギーは Fbから F primeb に下が

る従ってこの場合は系は不安定 (unstable)である以上をまとめると

1 d2Fdφ2 gt 0 準安定

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 47: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

42 第 4章 秩序変数と相転移

F

gt20

=20

lt20

図 49

2 d2Fdφ2 lt 0 不安定

となるd2Fdφ2 = 0では局所的な安定性が変化することからこの点をスピ

ノーダル点 (spinodal point)と言うまた系が安定な d2Fdφ2 gt 0からあ

る範囲で相分離する d2Fdφ2 lt 0に切り替わる時この点を臨界点 (critical

point)と言う臨界点では自由エネルギーの 3次微分 d3Fdφ3 がゼロであり

スピノーダル線とバイノーダル線が一致する

426 相図式 (4213)は χパラメータの変化により安定点の位置が変化する図

49で丸で示した位置が安定な組成でχ gt 2の場合は極小点が 2ヶ所になりその組成に相分離するまたこの図で変曲点の位置すなわちスピノーダル点を縦の短い棒で表しているχ = 2の場合に 2つの極小点と 2つの変曲点が 1ヶ所に重なるすなわち dF

dφ= 0及び d2F

dφ2 = 0となり φ = 05が臨界点となる更に χ lt 2では φ = 05のみが安定点で系は一様に混合しスピノーダル点は存在しない図 410はχの変化に応じて安定点とスピノーダル点がどのように変

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 48: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

43 相分離の運動学 43

c

unstable

metastable

spinodal line

binodal line

図 410

化するかをプロットしたものである安定点を繋いだ線をバイノーダル線 (binodal line)と呼びスピノーダル点を繋いだ線をスピノーダル線(spinodal line)と呼ぶバイノーダル線は相分離曲線とも言う

χに温度依存性を与える場合εAAεBBεABが温度 T に依存しないと考えるのが最も簡単である従って式 (4210)より χ prop 1

Tとなること

から図 411のような相図が得られるこの相図は例えば秩序変数を密度と取れば気体の凝結と同等である

43 相分離の運動学相分離の進行の過程は系が不安定領域にあるかあるいは準安定領

域にあるかによって違ってくる不安定領域にある場合の相分離の進行をスピノーダル分解 (spinodal decomposition)と言い濃度揺らぎが熱により enhanceされて相分離は連続的な濃度変化として進行する一方準安定領域にある場合は濃度は場所によって不連続になるこの場合一様な時の濃度から離れた濃度の領域が出現しその大きさが増大する過程(核生成成長過程 (nucleation and growth))として相分離が進行する

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 49: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

44 第 4章 秩序変数と相転移

T

liquidgas

図 411

431 スピノーダル分解スピノーダル分解ではあらゆる濃度揺らぎが enhanceされて低濃度から高濃度からの流れが生じるがこれは普通の拡散すなわち高濃度から低濃度に向けて生じる流れとは逆である「拡散」と言う現象は通常は勾配を下るように進行するのに対してスピノーダル分解の場合は逆なのでスピノーダル分解による拡散を逆拡散 (uphill diffusion)と呼ぶこの現象は化学ポテンシャル

micro =

(partF

partφ

)

TV

を考えることにより理解できるスピノーダル分解が起きる不安定領域では

d2F

dφ2=

dmicro

dφlt 0

であり濃度勾配と化学ポテンシャルの勾配は逆符号になっている系が安定状態になるためには自由エネルギー F が最小になる必要があるので化学ポテンシャルが小さくなる方向に移行するすなわち濃度勾配を登るように変化が進行するのが当然である相分離が進行している途中では場所によって濃度が違っているす

なわち濃度 φは位置 xの関数であるまた濃度の高いところ低いところがそれぞれ一様で界面がはっきりしているとは限らないので自由エ

43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

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43 相分離の運動学 45

ネルギーを議論する場合は φの勾配 dφdxも考慮する必要があるここで勾

配を 1次の形で含むのは物理的におかしいので最も簡単なのは(

dφ(x)dx

)2

の形で含む場合であるよって系全体の自由エネルギーはκを定数として次の形で書ける

F = A

int [f0(φ(x)) + κ

(dφ(x)

dx

)2]dx (431)

Fickの第一法則を用いると濃度勾配 dφdxと物質の流れ Jは拡散係数D

を用いて次のように関係づけられる

J = minusDdφ(x)

dx(432)

局所的な保存則により次の連続方程式が成り立つ

dt= minusdJ

dx(433)

この式と (432)により次の拡散方程式が得られる

partφ

partt= D

part2φ

partx2(434)

この式は拡散が濃度勾配によって生じると言う意味なので相分離が化学ポテンシャル勾配に沿って進行すると言うことから J が分子A分子Bの化学ポテンシャル勾配に比例すると考えるすなわち

JA = minusMd

dx(microA minus microB) (435)

ここでMをOnsager係数microAminusmicroBを交換化学ポテンシャルと呼ぶ交換化学ポテンシャルはA分子が動いて B分子と入れ替わったとした時の自由エネルギー変化を表す

432 Cahn-Hilliard方程式前述したようにスピノーダル分解は濃度揺らぎが enhanceされることにより進行する揺らぎの空間スケールが大きい(すなわち波長揺らぎが長波長である)場合には分子が長い距離を動く必要があるため緩和時間が長くなる逆に揺らぎの空間スケールが小さい(すなわち短波

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 51: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

46 第 4章 秩序変数と相転移

長揺らぎ)の場合には界面がたくさん出来るため界面張力によるエネルギーロスが大きいすなわち濃度揺らぎには成長しやすい「最適サイズ」があるはずであるここではスピノーダル分解においてどのようなサイズの揺らぎが成長するのかと言う点について考察してみる自由エネルギー密度を fとすると化学ポテンシャルmicroは partf

partφと書ける

また微小な濃度変動がある時の自由エネルギーは式 (431)と書けるのでそれぞれの位置における濃度φに微小変化 δφを持たせたときのF の変分δF は

δF = A

int [(df0

)δφ + 2κ

dx

d

dxδφ

]dx (436)

= A

int [df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2

]δφdx (437)

となるよって化学ポテンシャルは

micro =df0

dφminus 2κ

d2φ

dx2(438)

これを式 (435)に代入すると

minusJA = Mf primeprime0partφ

partxminus 2Mκ

part3φ

partx3(439)

(f primeprime0 =

d2f0

dφ2

)

と書ける更にこの式を (433)に代入すると

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2+ f primeprimeprime0

(partφ

partx

)2

minus 2κpart4φ

partx4

](4310)

分解の初期においてはφに関して非線形の部分が無視できると仮定すれば

partφ

partt= M

[f primeprime0

part2φ

partx2minus 2κ

part4φ

partx4

](4311)

この方程式をCahn-Hilliard方程式と呼ぶここでもし第 2項が無ければ拡散方程式と同じなので有効拡散係数

Deff = Mf0rdquo

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 52: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

43 相分離の運動学 47

qm

R

R(qm)

0qc

q

図 412

が定義できるM は常に正だが f0rdquoはどちらの値も取りうる不安定領域では f0rdquo lt 0なのでDeff lt 0すなわち物質は低濃度から高濃度へ拡散する

Cahn-Hilliard方程式 (4311)を解くには秩序変数φをFourier変換すれば良い

φ =sum

q

φq cos qx

を (4311)に代入すると

partφq

partt=

(minusq2Deff minus 2q4Mκ)φq (4312)

φq = exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4313)

ゆえに

φ(x t) = φ0 + Asum

q

cos qx exp

[minusDeffq

2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)t

](4314)

ここで

R(q) = minusDeffq2

(1 +

2κq2

f primeprime0

)(4315)

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 53: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

48 第 4章 秩序変数と相転移

を振幅拡大係数 (amplification factor)と呼び図 412のような依存性を持つ最大のR(q)を与える波数すなわち相分離が進行するときに最も速く成長する揺らぎの波数はpartR(q)

partq= 0より

qm =1

2

(minusf0rdquo

κ

)12

(4316)

このときのRの値は

R(qm) =Mf0rdquo

2

8κ(4317)

振幅が増大するか減少するかを決める境界の値 qcは

qc =

(minusf0rdquo

)12

(4318)

すなわち qm = qcradic

2の関係がある

433 核生成成長系が準安定領域にある場合は熱揺らぎによる小さな濃度変化では自由エネルギーを下げることができず相分離が進行しないしかしながら大きな熱揺らぎによりある部分がより自由エネルギーの小さな濃度になればそこを「核」として相分離が成長するこのような相分離の進行過程を「核生成成長過程」と呼ぶあるきっかけで微小な体積 vの部分だけが相分離したとするする

と一様であったときの濃度における自由エネルギーと相分離した領域の自由エネルギーの差に相当するエネルギー∆Fvの低下がある一方濃度の違う領域が出現すれば元の濃度の領域との界面が生じその表面積に比例するエネルギー損失がある従って例えば半径 rの球形の相分離領域が生成したとすると全体のエネルギーの増は次のように書ける

∆F (r) =4

3πr3∆Fv + 4πr2γ (4319)

ここで γは界面張力である∆F (r)の r依存性を書くと図 413のようになるここで rlowast = minus 2γ

∆Fvは臨界核半径でこの半径より小さな相分離領

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

Page 54: ソフトマターの物理学 - 京都大学OCW · 訳、ハムレー「ソフトマター入門」参照。)また、ソフトマターの物理の 研究者として最も著名なド・ジャン(ノーベル賞の受賞者でもある)が

43 相分離の運動学 49

r

∆F(r)

0r

図 413

域は消滅し大きな相分離領域は成長するここで rlowastを生成するために必要なエネルギーは

∆F lowast = ∆F (rlowast) =16πγ3

3∆F 2v

(4320)

であるよって核生成確率 (nucleation rate)は

exp

(minus∆F lowast

kBT

)(4321)

により見積もることができるただしこれは一様核形成 (homogeneous

nucleation)の場合であり不純物などによる非一様核形成 (heterogeneous

nucleation)の場合には成り立たない

434 相分離の終期ステージスピノーダル分解の場合でも核生成生長過程の場合でも一度相分離

が始まってしまえばその相分離領域は時間とともに大きくなって行く相分離領域を大きくしようとする driving forceは主に界面エネルギーを下げようとするところから生じるこの相分離の中期から後期に至る過程はオストワルド熟成 (Ostwald ripening)などいくつかの場合に限って理解が進んでいるオストワルド熟成とは過飽和の溶液から析出した微粒子の大きさに差があるとき時間の経過とともに小粒子が消滅して

50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

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50 第 4章 秩序変数と相転移

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

φ

φ0

φ1

φ2

x

x

x

R(t)

R(t)

R(t)

w(t)

w(t)

(a)

(b)

(c)

図 414

大粒子が成長する過程であり粒子サイズの大きさが時間の 13乗に比例する法則 (Lifshitz-Slyozov則)に従うことが知られているここではより一般的なアプローチとして相分離領域のサイズR(t)と境

界の厚みw(t)の時間変化がどのようになるかと言う視点で考えてみる節で述べたようにスピノーダル分解の初期 (early stage)(図 414(a))ではある周波数の濃度揺らぎが発達するそしてR(t)w(t)のいずれも時間とともに増大するそして early stageの終わり頃には相分離領域の濃度は平衡状態における濃度に落ち着いていく続くスピノーダル分解中期 (intermediate stage)においては相分離領

域の濃度に変化はなくその大きさR(t)が増大するまた厚みw(t)は減少しぼんやりしていた相分離領域ははっきりした形を持つようになる最後にスピノーダル分解終期 (late sage)においては相分離領域の境界

は最終的な厚みとなり相分離領域の大きさ R(t)だけが増大し続けるこのスピノーダル分解の late stageにおける振る舞いを説明する仮説として動的スケーリング (dynamical scaling)が知られているこれはどのような構造においても平均の領域サイズであるR(t)で特徴づけることができると言うものであるこれによれば例えば時間に依存する空

43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている

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43 相分離の運動学 51

間相関関数G(r t)がある変数 xにより次のように書ける

G(r t) = G(x) x =r

R(t)(4322)

この仮説の物理的意味は時間が経過したあとの空間的な分布のパターンは前の時間におけるパターンの拡大になっていると言うことである従ってこの相分離過程を理解するためには空間相関G(x)と平均サイズR(t)を説明することができれば良いことになる空間相関関数を一般理論から導くことは困難だが領域サイズのR(t)

を導こうとする試みはいくつかなされている例えば拡散過程に支配される系の場合にはオストワルド熟成以外のケースでも Lifshitz-Slyozov

則が成り立つことが知られている