ジャスワント シン Jaswant Singh · 氏名 Jaswant ジャスワント Singh シン (...

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-32- 学 位 論 文 内 容 の 要 旨 河川の出水や人工的な土砂投下等により閉鎖性水域(ダム貯水池、湖沼)や沿岸域にもたらされた 濁質は、水質汚濁や底質の悪化を引き起こし、水環境や生態系に悪影響を及ぼす。このような濁水問 題では、水工水理学的には水域での濁質の流動・拡散・堆積プロセスの予測技術や、汚濁拡散の抑制 及び濁質の堆積促進技術の高度化が重要かつ本質的である。 本論文は、このような濁水問題の代表的な例として、濁水問題と関連した流動・拡散・堆積プロセ スと工学的な対策技術の多くが包含されている、人工島や港湾外郭施設の建設などを目的とした底開 バージによる土砂直投工を取り上げ、①底開バージから有限な水深を有する水域に直投された自由境 界条件下での土砂の落下プロセス(falling stage)から、底面衝突(slumping stage)を経て、壁面 境界条件下での底面に沿う流動・拡散・堆積プロセス(spreading stage)に至る一連のプロセスの 予測、ならびに②濁りを効率的かつ効果的に抑制できる汚濁拡散防止幕の設置法の評価・検討手段と しての数値シミュレーションモデル(以下、「数値モデル」と呼ぶ)の開発を試みたものである。 第1章では、土砂直投工の概要を述べ、上記した①と②のいずれもが未だ不十分なレベルに止まっ ていることを指摘した上で、本研究の研究背景、必要性、および研究目的を述べている。 第2章では、本論文と密接に関連する①直投粒子群の落下挙動、②底面に沿って流動拡散する濁水 流、③汚濁拡散防止幕について、理論解析、数値解析、実験結果等に関する内外の既往の研究につい てレビューし、本論文の位置付けを明らかにしている。 第3章では、固-液混相流を取扱う数値解析法及び固-液混相流モデルを構成する乱流モデル(RANS、 DNS、LES)について概説した上で、①対象とする流動現象が高濃度かつ多量の微細土粒子を取扱う 必要性があることから、Euler 的な1流体固-液混相流モデルが現実的であること、②静止状態にある 濁水塊が、falling stage で固-液混相の乱流粒子サーマルへと発展し、spreading stage で粒子群が 流動拡散するとともに、粒子の底面への沈積により流れの減衰が生じ、最終的に流れが消滅する一連 氏名 Jaswant ジャスワント Singh シン 士(工学) 工博甲第238号 学位授与の日付 平成18年3月23日 学位授与の要件 学位規則第4条第1項該当 学位論文題目 Simulations of Suspension Particle Clouds and Turbidity Control (浮遊粒子群と汚濁拡散防止のシミュレーションに関する研究) 論文審査委員 壽一郎

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学 位 論 文 内 容 の 要 旨

河川の出水や人工的な土砂投下等により閉鎖性水域(ダム貯水池、湖沼)や沿岸域にもたらされた

濁質は、水質汚濁や底質の悪化を引き起こし、水環境や生態系に悪影響を及ぼす。このような濁水問

題では、水工水理学的には水域での濁質の流動・拡散・堆積プロセスの予測技術や、汚濁拡散の抑制

及び濁質の堆積促進技術の高度化が重要かつ本質的である。

本論文は、このような濁水問題の代表的な例として、濁水問題と関連した流動・拡散・堆積プロセ

スと工学的な対策技術の多くが包含されている、人工島や港湾外郭施設の建設などを目的とした底開

バージによる土砂直投工を取り上げ、①底開バージから有限な水深を有する水域に直投された自由境

界条件下での土砂の落下プロセス(falling stage)から、底面衝突(slumping stage)を経て、壁面

境界条件下での底面に沿う流動・拡散・堆積プロセス(spreading stage)に至る一連のプロセスの

予測、ならびに②濁りを効率的かつ効果的に抑制できる汚濁拡散防止幕の設置法の評価・検討手段と

しての数値シミュレーションモデル(以下、「数値モデル」と呼ぶ)の開発を試みたものである。

第1章では、土砂直投工の概要を述べ、上記した①と②のいずれもが未だ不十分なレベルに止まっ

ていることを指摘した上で、本研究の研究背景、必要性、および研究目的を述べている。

第2章では、本論文と密接に関連する①直投粒子群の落下挙動、②底面に沿って流動拡散する濁水

流、③汚濁拡散防止幕について、理論解析、数値解析、実験結果等に関する内外の既往の研究につい

てレビューし、本論文の位置付けを明らかにしている。

第3章では、固-液混相流を取扱う数値解析法及び固-液混相流モデルを構成する乱流モデル(RANS、

DNS、LES)について概説した上で、①対象とする流動現象が高濃度かつ多量の微細土粒子を取扱う

必要性があることから、Euler 的な1流体固-液混相流モデルが現実的であること、②静止状態にある

濁水塊が、falling stage で固-液混相の乱流粒子サーマルへと発展し、spreading stage で粒子群が

流動拡散するとともに、粒子の底面への沈積により流れの減衰が生じ、 終的に流れが消滅する一連

氏 名 Jaswantジャスワント

Singhシン

学 位 の 種 類 博 士(工学)

学 位 記 番 号 工博甲第238号

学 位 授 与 の 日 付 平成18年3月23日

学 位 授 与 の 要 件 学位規則第4条第1項該当

学 位 論 文 題 目 Simulations of Suspension Particle Clouds and Turbidity Control

(浮遊粒子群と汚濁拡散防止のシミュレーションに関する研究)

論 文 審 査 委 員 主 査 教 授 秋 山 壽一郎

教 授 久 保 喜 延

教 授 永 瀬 英 生

教 授 鶴 田 隆 治

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の複雑なプロセスを効率よく解くためには、乱流モデルとして LES モデルが 適であることを示した

上で、「1流体固-液混相流・LES・Smagorinsky SGS モデル」の枠組みの中で、計算効率を重視し

た Model A(model based on 4th order implicit compact finite difference scheme for space

and 2nd order multi step Crank-Nicholson scheme for time)と計算精度を重視した Model

B(model based on 3rd order ULTIMATE QUICKEST scheme for advection and 2nd order

central scheme for diffusion )の2種類の3次元数値モデルを新たに開発し、両モデルの詳細なモ

デルストラクチャーや数値解法等について説明している。

第4章では、両モデルに含まれる共通の3つのモデル定数、すなわち Smagorinsky constant Cs、

turburent Schmidt number Sct および底面への沈積粒子量を規定する constant for net deposition

rate of sediments αの同定を行っている。Cs と Sct については falling stage での既往の2次元粒子

サーマル理論、αについては spreading stage での2次元濁水流に関する既往の実験結果と比較検討

から、同定している。また、各モデル定数の値が流動特性に及ぼす影響について感度解析を行ってい

る。

第5章では、第4章で同定されたモデル定数を用い、①falling stage から spreading stage に至

るまでの既往の2次元直投粒子群の流動・拡散・堆積プロセスの再現、②falling stage における既往

の3次元軸対称粒子群に関する実験結果に基づく落下プロセスの再現を通じ、Model A と Model B

の予測精度の検証を行っている。その結果、falling stage ではほぼ同程度であるが、spreading stage

では Model B の再現精度の方が優れていることを定量的に明らかにしている。

第6章では、3次元の spreading stage に関する実験データが存在しないことを踏まえ、spreading

stage のみを対象として、①初期粒子群の平面的な縦横比を3通りに変化させた流動・拡散・堆積プ

ロセスに関する実験データ、②汚濁拡散の抑制及び濁質の堆積促進のために設置される汚濁拡散防止

幕が設置された状況で同様な実験データを新たに収集するとともに、本実験結果に基づき、③Model

B が汚濁拡散防止幕が設置されていない状況ならびに設置された状況での粒子群の平面的な拡がりと

粒子の堆積状況、粒子群の先端拡がり速度と 大層厚、などの複雑な 3 次元的な特性を良好に再現で

きることを実証している。

第7章では、第5章と第6章において検証された Model B を用い、土砂直投工による濁りの拡が

りの低減と制御の視点から、①土砂の投下方法を瞬間あるいは連続に変化させた場合、②汚濁拡散防

止幕の設置位置および設置高さを変化させた場合について、プロトタイプスケールでの数値シミュレ

ーションを実施し、投下方法と汚濁拡散防止幕の設置方法が濁りの拡がりに及ぼす影響について検討

を加えるとともに、Model B の実用面での有用性を実証している。

第 8 章では、本研究で得られた成果を総括し,本論文を締めくくっている。

学 位 論 文 審 査 の 結 果 の 要 旨

出水、地滑り、人工的な土砂投下等により閉鎖性水域(ダム貯水池、湖沼)や沿岸域にもたらされ

た微細土粒子は、水質汚濁や底質の悪化を引き起こし、水環境や生態系に悪影響を及ぼす。このよう

な濁水問題では、水域での濁質の流動・拡散・堆積プロセスの予測技術や、汚濁拡散の抑制及び濁質

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の堆積促進技術が水工水理学的に重要であるが、いまだ十分なレベルに至っていないのが実情であり、

より一層の高度化が強く望まれている。

著者は、以上のような背景を踏まえ、濁水問題の代表的な例として、その流動・拡散・堆積プロセ

スと汚濁拡散抑制対策の多くが包含されている、人工島や港湾外郭施設の建設等を目的とした底開バ

ージによる土砂直投工を取り上げ、①底開バージから有限な水深を有する水域に直投された自由境界

条件下での土砂の落下プロセス(falling stage)から、底面衝突(slumping stage)を経て、壁面境

界条件下での底面に沿う流動・拡散・堆積プロセス(spreading stage)に至る一連のプロセスの予

測技術、②濁りの拡がり防止を目的とした汚濁拡散防止幕の設置法の評価・検討手段が確立されてい

ないことに鑑み、汚濁拡散防止幕が設置された状況での予測技術の高度化を図る目的で、3次元高濃

度固-液混相流数値シミュレーションモデルの開発を試みている。

著者は、固-液混相流を取扱う数値解析法及びそれを構成する乱流モデルについて論じた上で、①対

象とする現象が高濃度かつ多量の微細土粒子を取扱う必要性があることから、Euler 型の1流体固-

液混相流モデルが現実的であり、また②静止状態にある濁水塊が、falling stage で固-液混相の粒子

サーマルへと発展し、spreading stage で粒子群が流動拡散し、粒子の沈積により流れの減衰が生じ、

終的に流れが消滅するという一連の複雑なプロセスを効率よく高い精度で解くためには、乱流モデ

ルとして LES モデルが 適であるとの理由から、「1流体固-液混相流・LES・浮力効果を考慮した

Smagorinsky SGS モデル」の枠組みの中で、4th order implicit compact finite difference scheme

に基づく Model A と 3rd order ULTIMATE QUICKEST scheme に基づく Model B の2種類の3

次元数値モデルを新たに開発・提案し、両モデルのモデルストラクチャーや、オペレータ分離アルゴ

リズムに基づく数値解法等について論じている。

次に、両モデルに共通して含まれる3つのモデル定数(Smagorinsky constant Cs、turbulent

Schmidt number Sct、底面への沈積粒子量を規定する constant for net deposition rate of

sediments α)について、Cs と Sct を falling stage での既往の2次元粒子サーマル理論、αを

spreading stage での2次元濁水流に関する既往の実験結果との比較検討から同定している。同時に、

各モデル定数の値に関する感度解析を実施し、各モデル定数が流動特性に及ぼす影響について検討を

加えている。

次に、同定されたモデル定数を用い、①falling stage から spreading stage に至るまでの既往の

2次元直投粒子群の流動・拡散・堆積プロセスに関する実験結果、falling stage における既往の3次

元軸対称粒子群の落下プロセスに関する実験結果に対して、計算効率と再現精度の視点から、Model

A と Model B の性能比較を行っている。その結果、①Model A の方が計算効率は高いが、再現精度

としては両モデルの性能は falling stage ではほぼ同程度であること、②spreading stage では Model

B の方がより優れていること、などを定量的に明らかにしている。

更に、3次元の spreading stage に関するデータが存在しないことを踏まえ、①初期粒子群の平面

的な縦横比を変化させた、spreading stage での流動・拡散・堆積プロセスの実験データ、②汚濁拡

散防止幕が設置された状況で同様な実験データを新たに収集している。さらに、③同実験結果に基づ

き、Model B が汚濁拡散防止幕が設置されていない状況あるいは設置された状況のいずれについても、

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粒子群の平面的な拡がり、粒子群の先端拡がり速度と 大層厚、粒子の堆積状況、幕を乗越えて汚濁

が拡がる状況、などの 3 次元的な特性を高い精度で再現可能であることを実証している。

後に、以上で検証された Model B を用い、土砂直投工による濁りの拡がりの低減と制御の視点

から、①土砂の投下方法を瞬間的あるいは段階的とした場合、②汚濁拡散防止幕の設置位置および設

置高さを変化させた場合について実スケールでの数値シミュレーションを実施し、投下方法と汚濁拡

散防止幕の設置方法が濁りの拡がりに及ぼす影響について検討を加え、Model B の実用面での有用性

を実証している。

以上、本論文は土砂直投工を対象として、微細土粒子の汚濁拡散現象の予測と合理的な汚濁拡散防

止幕の設置法の評価・検討手段に資する3次元高濃度固-液混相流数値シミュレーションモデルの開発

と実内実験結果に基づく検証、および実スケール問題への適用を試みたものである。高濃度濁水の流

動・拡散・堆積プロセスについて、本論文で実証された再現精度を有する数値モデルは現在のところ

存在しておらず、また他の濁水問題への適用も可能な汎用性の高いモデルであり、水工水理学の発展

に寄与するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位論文に値すると認められる。

なお、本論文に対し、審査委員から質問および修正依頼がなされたが、筆者により適切な回答が得

られた。また、論文公聴会において、(1)開発したモデルの実問題への適用方法、(2)段階的な投下

方法での時間間隔の濁りの拡がりに及ぼす影響、(3)モデル定数(Cs、Sct)の同定法とサーマル理論

との関係、などの種々の質問がなされたが、いずれについても筆者から的確な回答がなされた。

以上の結果から、当該審査委員会は筆者が 終試験に合格したものと認める。