FACT SHEET 生命のゆりかご~干潟の重要性イルカ・クジラ FACT SHEET...

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イル カ・ク ジ ラ FACT SHEET FACT SHEET 海洋学習教材 川が海に出逢う場所 最近では、内湾の海は「港」に、川の下流部も「護岸 整備」がなされている場所が多くなっています。そのた め、干潟の自然を留めている場所はとても少なくなって しまいました。 しかし本来、内湾や入り江にそそぐ川の河口には、上 流から運ばれた土砂がゆるやかに広がって海底に堆積し、 なだらかな傾斜をもつ遠浅の海をつくります。「干潟」 とは、この遠浅の海の「干潮のときに水がひくと、砂や 泥の海底が露出する場所」のこと。水はけは悪く、干潮 時でも水が保たれていることが特徴で、この水の存在が 多くの生物の命を支えています。 そして、「干潟」へは常に川から土砂が運ばれるため、 長い時間をかけて海は自然に埋まり、海流による浸食が なければしだいに陸へと移行をします。つまり、干潟は 静かに環境が変わっている「移行地帯」なのです。その ため、場所によって塩分濃度や水につかる時間、砂泥の 粒の大小、潮の強さなど、多種多様な環境があります。 このように連続して環境が少しずつ変わる場所は、ひと つの生物が大部分の場所を占領することがなく、異なる 環境を利用して多様な生物がすみつきます。 干潟の海は、生物の種も量も豊富な“生命のにぎわう場所” なのです。 川と海から「ごちそう」がやってくる 主役は小さな生きものたち 干潟に立つと、広くなだらかな砂浜が見えるだけで、 一見生きものの姿は見えません。ところがしばらくじっ としていると砂のなかから小さなカニがたくさん現れた り、砂を掘ると二枚貝やゴカイなどの生物がごっそりい たり、浅瀬をのぞけばヤドカリや巻貝がせわしなく動い ていたり、藻場にはエビや小魚がひそんでいたり…。 干潟の主役は、そのような数センチ以下の小さな生物 です。それらの生きものが、塩分や水分量など、それぞ れの生息に適した場所を選び、多種との棲み分けを行っ て暮らしています。 では、なぜそれほど多くの生物が干潟で生息できるの でしょうか。そのいちばんの要因は、餌の豊富さです。 海の生態系の基盤をなす植物プランクトンは、浅く穏 やかな海で太陽の光を充分に浴び、川から運ばれるリン やチッソなどの栄養塩を利用して増殖をします。すると それらを餌とする動物プランクトンが増えます。さらに 潮の干満により、海の表層を漂うプランクトンが満潮と ともに干潟に入ってきます。こうして小さな生物の餌と なる、川と海の栄養が常に補給されるのが干潟なのです。 捕食者の少ない“楽園” 干潮時に干上がり、満潮でも水深の浅い干潟には、ス ズキやクロダイなどの肉食魚やイルカやクジラなどの海 洋哺乳類が入ってくることができません。つまり、小さ な生きものにとって、干潟やそこに続く浅瀬の海は、餌 が多いだけでなく、捕食者の少ない安全な場所なのです。 そのため、貝類やゴカイ類など、干潟を一生の住処とす る生物の他、カレイやボラなどのように干潟で稚魚の時 代を過ごす魚もいます。 また、生物が豊富な干潟には、餌を求めて多くの鳥も 集まります。カワウなどの留鳥(年間を通して同じ地域 に生息する)の他、渡りの中継地として利用する種や繁 殖地として利用する鳥もあり、干潟では鳥の種類で季節 を感じることも少なくありません。 このように、大型魚や鳥にもつながる多くの命を育む ことから、干潟は「生命のゆりかご」と呼ばれ、貴重な 自然に位置づけられています。 生命のゆりかご~干潟の重要性 ゴカイや二枚貝、小さなカニや魚…。餌となる生きものが多い干潟は渡 り鳥にとっては大切な中継地だ。メダイチドリ 撮影:芝原達也(谷津 干潟自然観察センター) 海洋学習教材 FACT SHEET 干潟Ⅰ FACT SHEET 監修:風呂田利夫(東邦大学名誉教授) 写真:多留聖典・風呂田利夫 イラスト:有留ハルカ 少しずつ違う環境で生きる多様な生物 「干潟」といっても、塩分濃度や水につかる時間、砂や泥の粒子の大 きさなど、環境はさまざまです。それぞれに適応した多種多様な生き ものが暮らすのが、干潟の海。 水路があり、塩分の少ない地域。陸と海双方で活動する(半陸性)カ ニや、泥干潟に適応したカニや巻貝などが見られる。 満潮時は砂のなかに潜ったり、海底でじっとしていて、干潮になると 干潟面で餌を食べ、活動をはじめる生物が多い。 海水とともに餌を吸い込んで食べる二枚貝など、水中で活動する生物 が多く見られる。 ヨシ原と泥干潟(塩性湿地) 水はけのよい砂干潟(前浜干潟:陸側) タイドプールがある砂干潟(前浜干潟:海側) アシハラガニ アシハラガニ アサリ ヤマトオサガニ ヤマトオサガニ イボキサゴ 塩性湿地 前浜干潟 浅瀬 満潮 干潟 海水につかる時間が少な く、川の水や雨水で塩分 濃度が低い地域には、ヨ シ原ができる。埋め立て が進み、塩性湿地特有の 生物は絶滅の危機に瀕し ているものが多い。 川から供給される土砂の 成分や波のあたり方など により、同じ干潟でも様 子はさまざま。「砂干潟」 はさらさらとした砂でで きた、水はけのいい干潟だ。 ■塩性湿地 ■砂干潟 ■泥干潟 粘土のような細かい泥の 粒子でできている、水は けがとても悪い干潟。粘 り気があり、歩くとずぶ ずぶと足をとられ、底な し沼のように出られなる こともあるので要注意。 2018.3.20©LAB to CLASS

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Page 1: FACT SHEET 生命のゆりかご~干潟の重要性イルカ・クジラ FACT SHEET 海洋学習教材 川が海に出逢う場所 最近では、内湾の海は「港」に、川の下流部も「護岸

イルカ・クジラ

F A C T S H E E TF A C T S H E E T海洋学習教材

川が海に出逢う場所

 最近では、内湾の海は「港」に、川の下流部も「護岸整備」がなされている場所が多くなっています。そのため、干潟の自然を留めている場所はとても少なくなってしまいました。 しかし本来、内湾や入り江にそそぐ川の河口には、上流から運ばれた土砂がゆるやかに広がって海底に堆積し、なだらかな傾斜をもつ遠浅の海をつくります。「干潟」とは、この遠浅の海の「干潮のときに水がひくと、砂や泥の海底が露出する場所」のこと。水はけは悪く、干潮時でも水が保たれていることが特徴で、この水の存在が多くの生物の命を支えています。 そして、「干潟」へは常に川から土砂が運ばれるため、長い時間をかけて海は自然に埋まり、海流による浸食がなければしだいに陸へと移行をします。つまり、干潟は静かに環境が変わっている「移行地帯」なのです。そのため、場所によって塩分濃度や水につかる時間、砂泥の粒の大小、潮の強さなど、多種多様な環境があります。このように連続して環境が少しずつ変わる場所は、ひとつの生物が大部分の場所を占領することがなく、異なる環境を利用して多様な生物がすみつきます。 干潟の海は、生物の種も量も豊富な“生命のにぎわう場所”なのです。

川と海から「ごちそう」がやってくる主役は小さな生きものたち

 干潟に立つと、広くなだらかな砂浜が見えるだけで、一見生きものの姿は見えません。ところがしばらくじっ

としていると砂のなかから小さなカニがたくさん現れたり、砂を掘ると二枚貝やゴカイなどの生物がごっそりいたり、浅瀬をのぞけばヤドカリや巻貝がせわしなく動いていたり、藻場にはエビや小魚がひそんでいたり…。 干潟の主役は、そのような数センチ以下の小さな生物です。それらの生きものが、塩分や水分量など、それぞれの生息に適した場所を選び、多種との棲み分けを行って暮らしています。 では、なぜそれほど多くの生物が干潟で生息できるのでしょうか。そのいちばんの要因は、餌の豊富さです。 海の生態系の基盤をなす植物プランクトンは、浅く穏やかな海で太陽の光を充分に浴び、川から運ばれるリンやチッソなどの栄養塩を利用して増殖をします。するとそれらを餌とする動物プランクトンが増えます。さらに潮の干満により、海の表層を漂うプランクトンが満潮とともに干潟に入ってきます。こうして小さな生物の餌となる、川と海の栄養が常に補給されるのが干潟なのです。

捕食者の少ない“楽園”

 干潮時に干上がり、満潮でも水深の浅い干潟には、スズキやクロダイなどの肉食魚やイルカやクジラなどの海洋哺乳類が入ってくることができません。つまり、小さな生きものにとって、干潟やそこに続く浅瀬の海は、餌

が多いだけでなく、捕食者の少ない安全な場所なのです。そのため、貝類やゴカイ類など、干潟を一生の住処とする生物の他、カレイやボラなどのように干潟で稚魚の時代を過ごす魚もいます。 また、生物が豊富な干潟には、餌を求めて多くの鳥も集まります。カワウなどの留鳥(年間を通して同じ地域に生息する)の他、渡りの中継地として利用する種や繁殖地として利用する鳥もあり、干潟では鳥の種類で季節を感じることも少なくありません。 このように、大型魚や鳥にもつながる多くの命を育むことから、干潟は「生命のゆりかご」と呼ばれ、貴重な自然に位置づけられています。

生命のゆりかご~干潟の重要性

ゴカイや二枚貝、小さなカニや魚…。餌となる生きものが多い干潟は渡り鳥にとっては大切な中継地だ。メダイチドリ 撮影:芝原達也(谷津干潟自然観察センター)

海洋学習教材F A C T S H E E T

干潟Ⅰ

F A C T S H E E T

監修:風呂田利夫(東邦大学名誉教授) 写真:多留聖典・風呂田利夫 イラスト:有留ハルカ

少しずつ違う環境で生きる多様な生物 「干潟」といっても、塩分濃度や水につかる時間、砂や泥の粒子の大きさなど、環境はさまざまです。それぞれに適応した多種多様な生きものが暮らすのが、干潟の海。

水路があり、塩分の少ない地域。陸と海双方で活動する(半陸性)カニや、泥干潟に適応したカニや巻貝などが見られる。 満潮時は砂のなかに潜ったり、海底でじっとしていて、干潮になると

干潟面で餌を食べ、活動をはじめる生物が多い。

海水とともに餌を吸い込んで食べる二枚貝など、水中で活動する生物が多く見られる。

ヨシ原と泥干潟(塩性湿地)水はけのよい砂干潟(前浜干潟:陸側)

タイドプールがある砂干潟(前浜干潟:海側)

アシハラガニアシハラガニ

アサリ

ヤマトオサガニヤマトオサガニ

イボキサゴ

塩性湿地 前浜干潟 浅瀬

満潮干潟

海水につかる時間が少なく、川の水や雨水で塩分濃度が低い地域には、ヨシ原ができる。埋め立てが進み、塩性湿地特有の生物は絶滅の危機に瀕しているものが多い。

川から供給される土砂の成分や波のあたり方などにより、同じ干潟でも様子はさまざま。「砂干潟」はさらさらとした砂でできた、水はけのいい干潟だ。

■塩性湿地

■砂干潟

■泥干潟

粘土のような細かい泥の粒子でできている、水はけがとても悪い干潟。粘り気があり、歩くとずぶずぶと足をとられ、底なし沼のように出られなることもあるので要注意。

2018.3.20©LAB to CLASS