英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡...

34
英国のアーロンソン報告書と GAAR 岡 直樹 要  約 英国は 2013 年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つ GAAR(租 税回避一般否認規定)を導入した。本稿では租税回避事件に対する英国裁判所の判例の変 遷,2010 年に発足した連立政権による政治的なイニシアチブ,そして英国 GAAR 立法の 基礎を提供したアーロンソン報告書(2011)の分析や成立した法律の内容を紹介する。 租税回避は外形的には適法な行為により税負担を軽減させるものであり,この外形上の 「適法性」に租税回避を巡る問題を検討する上での最大の困難がある。否認されるべき租 税回避行為と節税を差別化する必要があるが,そのためには “基本的な考え方” が必要に なる。 アーロンソン報告書は GAAR による否認対象を濫用的な取引と定め,その差別化のた めに「ダブルリーズナブルテスト」という客観的な判断基準を生みだした。また,課税庁 の裁量権の拡大への納税者の懸念に対処するための「GAAR アドバイザリーパネル」や, 課税庁が作成する「GAAR ガイダンス」(法律ではない)を裁判所が尊重する義務を法令 で定めた「特別な証拠規則」など,いくつもの斬新な工夫を租税回避否認の仕組みに持ち 込んでいる。 キーワード: 租税回避,タックスプランニング,日本の税制,英国の税制,GAAR, BEPS,租税裁判 Ⅰ.はじめに 英国は 2013 年に成立した財政法第 5 編にお いて,GAAR(租税回避一般否認規定) 1) を制定 法に導入した。これにより,日本以外の G7 国 の制定法に GAAR が導入された 2) 本稿の目的は,租税回避事件を巡る英国の経 験について,裁判例や政治の対応 3) ,GAAR 立 法の基礎となる分析検討を提供した「アーロン ソン報告書」(2011) 4) 及びそれに基づいて 2013 年に財政法第 5 編として制定法に導入された GAAR について紹介することである。 東京国税局。元国税庁国際課税分析官。本稿における意見は筆者の個人的見解です。 (注 )本稿における条文番号は財政法(2013)の条文番号を指す。また、パラグラフ番号はアーロンソン報 告書のパラグラフ番号を指す。 1)2013 年財政法第 5 編「FinanceAct2013Part5GeneralAnti-AbuseRule」。 -107- 〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Transcript of 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡...

Page 1: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

英国のアーロンソン報告書と GAAR

岡 直樹*

要  約 英国は 2013 年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つ GAAR(租税回避一般否認規定)を導入した。本稿では租税回避事件に対する英国裁判所の判例の変遷,2010 年に発足した連立政権による政治的なイニシアチブ,そして英国 GAAR 立法の基礎を提供したアーロンソン報告書(2011)の分析や成立した法律の内容を紹介する。 租税回避は外形的には適法な行為により税負担を軽減させるものであり,この外形上の「適法性」に租税回避を巡る問題を検討する上での最大の困難がある。否認されるべき租税回避行為と節税を差別化する必要があるが,そのためには “基本的な考え方” が必要になる。 アーロンソン報告書は GAAR による否認対象を濫用的な取引と定め,その差別化のために「ダブルリーズナブルテスト」という客観的な判断基準を生みだした。また,課税庁の裁量権の拡大への納税者の懸念に対処するための「GAAR アドバイザリーパネル」や,課税庁が作成する「GAAR ガイダンス」(法律ではない)を裁判所が尊重する義務を法令で定めた「特別な証拠規則」など,いくつもの斬新な工夫を租税回避否認の仕組みに持ち込んでいる。

 キーワード:�租税回避,タックスプランニング,日本の税制,英国の税制,GAAR,BEPS,租税裁判

Ⅰ.はじめに

 英国は 2013 年に成立した財政法第 5 編において,GAAR(租税回避一般否認規定)1)を制定法に導入した。これにより,日本以外の G7 国の制定法に GAAR が導入された2)。 本稿の目的は,租税回避事件を巡る英国の経

験について,裁判例や政治の対応3),GAAR 立法の基礎となる分析検討を提供した「アーロンソン報告書」(2011)4)及びそれに基づいて 2013年に財政法第 5 編として制定法に導入されたGAAR について紹介することである。

*� 東京国税局。元国税庁国際課税分析官。本稿における意見は筆者の個人的見解です。 � (注�)本稿における条文番号は財政法(2013)の条文番号を指す。また、パラグラフ番号はアーロンソン報

告書のパラグラフ番号を指す。1)2013 年財政法第 5 編「Finance�Act�2013�Part�5�General�Anti-Abuse�Rule」。

-�107�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 2: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

 また,アーロンソン報告書の分析や実際に制定法に GAAR を導入した英国の経験を通じて,租税回避問題への対応のあり方について,わが国の視点も交え,いくばくかの示唆を得ることを試みることとしたい。

BOX1:�GAAR の趣旨 本措置は,濫用的な租税回避取極めがもたらす租税利益を課税上否認するものであり,所得税,法人税等に適用される。付加価値税には EU のルールが適用される。本

措置の影響を受けるのは,濫用的な租税回避スキームの販売者や利用者と考えられる。 本措置は,納税者が,GAAR なかりせば成功した濫用的なスキームを行うことを阻害することにより,税制における公平を推進するという政府の目的を支援するものである。

(出所�)英国歳入関税庁。以下「HMRC」(わが国の国税庁に相当)「General� Anti-Abuse�Rule」5)より要約

Ⅱ.GAAR 立法に至る歴史

Ⅱ-1.主なできごと 2013 年 7 月に女王の勅許により GAAR が施

行されるに至る主な出来事は次のとおり。

表 1 英国における租税回避への対応を巡る歴史(主なもの)

年 できごと 政治(与党)

~1982 頃 租税法規の文言解釈による裁判例の時代

1982~ 租税法規の目的論的解釈による裁判例が現れた時代(ラムゼイ事件以降)

1997有力な民間シンクタンクである IFS がレポート「Tax� Avoidance」を公表�(アーロンソン弁護士が議長を務めていた Tax�Law�Committee が作成)

労働党1998

財務省・内国歳入庁による検討(コンサルテーションペーパーによる民間からの意見聴取等)

1999 当面の税制改正から見送ることを発表6)(3 月)

2�)米 Sec.7701(o),��Internal�Revenue�Code。�英 Part�V,�Finance�Act�2013。独 Art�42,�Fiscal�Code。仏 Ar-ticle�L.�64�,�Livre�des�procédures�fiscales。加�Sec.�245( 1 )-( 8 ),�Income�Tax�Act。伊�Article�37bis�of�Decre-to� Legge600/1973。なお,EU は,VAT については欧州裁判所が濫用否認法理を持つ(英国でもこれは適用になる)。また,租税回避の一般的な否認規定を国内法に欠く国の存在は EU 市場の機能にとっても有害である等の理由から,2012 年 12 月に加盟国に対して一般的な租税回避否認規定の導入を勧告している。EU 委員会(2012)。

3�)近年,各国の経済や市場の統合が進む一方,国際課税の不完全性に焦点があてられ,いわゆる BEPS(税源の浸食や利益移転)にどう対応するかという国際的な議論につながった。OECD が 27 年 10 月 5 日に公表した BEPS 行動計画報告書は,グル―バル企業のタックスプランニングによって各国が失った法人税収について,税収の 4~10%程度,全世界で毎年 12~29 兆円(1ドル =120 円)という途方もない規模の金額を見積もっている。キャメロン英首相が議長を務めた G8 サミット(25 年 6 月)でも,「多国籍企業による租税回避の問題」について議論している。

4�)インターネット上で入手できる(2016 年 1 月現在)。http://webarchive.nationalarchives.gov.uk。また,和訳については岡直樹(2013)参照。

5�)インターネット上で入手できる(2016 年 1 月現在)。https://www.gov.uk/government

-�108�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 3: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

Ⅱ-2.租税回避事件についての英国裁判所の判例の変遷

Ⅱ-2-1.租税法規の文言解釈・私法形式の尊重

 英国の裁判所は,基本的に租税制定法を厳格に文理主義的な態度で解釈する傾向にある9)。 その背景には,「納税者は税を軽減するために巧妙さを発揮することは,その手段がいかに

不自然なものであっても,また,いかに課税上の結果が実際の経済的な状況と乖離したものであっても,それが適法な手段である限りは自由である」という古い

0 0

考え方がある10)。 また,英国の裁判所の文言解釈の背景には,そのことによる予測可能性の担保というより,憲法により立法府に付与された歳入・歳出の決定についての独占的な権限の尊重という側面を

2004 DOTAS (租税回避スキームの開示を義務付ける規定)の導入労働党

2004 頃~“ラムゼイ” を巡り,裁判所が方向性が全く逆の判決を行うなど不確実性の広がり(Ⅱ-2-3.,Ⅱ-3.参照)

2010

第一次キャメロン内閣。保守党・自由民主党連立合意において,「自由民主党の提案を含め,租税回避問題に全力で取り組む」と言及7)(5 月)

保守党(第 1 党)・自由民主党(第 3党)による連立

ガウケ蔵相がアーロンソン弁護士に一般的租税回避否認(anti-avoidance)についての検討を諮問8)(12 月)

2011アーロンソン報告書の公表(11 月)濫用否認規定(anti-abuse)の導入を勧告。「GAAR 草案」として具体的な条文案も提示

2012 民間からの意見聴取(6 月~9 月)

2013 制定法に GAAR を導入(2013 年財政法第 5 編)(7 月)

2015 第二次キャメロン内閣(5 月) 保守党

6�)1999 年当時は GAAR の対象を税収インパクトが大きい法人税に限っていた。GAAR は,個別的否認規定が租税回避に対して十分効果的でない場合のための将来の選択肢ではあるが当面の税制改正には盛り込まないとされた。財務大臣による「予算プレスリリース」(1999 年 3 月 9 日)

7�)Cabinet�Office�「The�Coalition」(2010 年 5 月)は,「We�will�make�every�effort�to�tackle�tax�avoidance,�including�detailed�development�of�Liberal�Democrat�proposals」としている。ガーディアン紙の報道(2010年 4 月 14 日)によると,当時の選挙戦において自由民主党は,租税回避を防止することで所得税で 24 億ポンド(4,200 億円),法人税で 14 億ポンド(2,450 億円)の税収を確保できると主張していた。なお,ガーディアン紙が 2009 年に行ったサーベイによれば,“英国の巧妙な租税回避産業” が銀行,大法人,富裕層個人に販売する巧妙なスキームにより 13 億ポンド(2,275 億円)の税収が失われていると見積もられている。(1 ポンド =175 年で換算)

8�)「Study�of�a�General�Anti-Avoidance�Rule�Terms�of�Reference」(6�December�2010) � 2010 年 12 月 6 日,英国政府は”anti-avoidance”(租税回避への対抗)についてアーロンソン弁護士に諮問

を行った。また,検討を補佐するため「GAAR スタディグループ」が設けられた。諮問内容(Terms�of�Ref-erence)は提言のほか「モデル条文案」についても答申することを求めているほか,答申すべき GAAR は,次のような条件を満たすものであるなど,きわめて具体的な内容の諮問であった。①政府に租税回避の抑制及び対抗(counteracting)のための実効性ある手段を提供するものであること。②ルールが公正に働くことを確保しうるものであること。③事業活動の拠点としての英国の魅力を損なうものでないこと。④過大なコンプライアンスコストの負担なく,予測可能性が確保されること。⑤ HMRC の負担すべきリソースの増加が最低限のものであること。(パラ 2.2)

9�)アーロンソン報告書は,「租税が国による財産権侵害の一形態であり,何が法に合致するかは法の文言により正当化されるべきと考えられていた過去」(パラ 3.2)と述べている。

10�)GAAR ガイダンス(2015)パラ B2.1。こうした考えは,Fisher�(s� Executors 事件(1926),Duke� of�Westminster 事件(1936),Ayshire�Pullman�事件(1929)等の特に古い裁判例に顕著にみられる。

-�109�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 4: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

読み取ることができるように思われる。例えば,次の Vickers� Sons&Maxim� Ltd 対 Evans 事件(1910)における Loreburn 卿(裁判官)の一節がある。  � 「しかしながら,本件の文脈において更

に重要なのは,公的歳入の賦課及び支出について立法府の排他的な支配を用心深く守っている特別な憲法上の慣行である。それは,明確で,明示的で,あいまいでない文言が税を賦課する効力を持つとする確立した法原則以外の何物でもない」11)。

 また,英国の裁判所には,法の文言が二義的に解釈可能な場合には裁判所は納税者に有利な解釈を選好するという原則がある12)。 アーロンソン報告書は,こうした租税法規の厳格な文言解釈と二義的に解釈可能な場合納税者有利に解釈する原則の存在は,租税回避の試みを許すことにつながったことを示唆している(パラ 3.8~3.13)。民間の有力シンクタンクである IFS も同様の指摘をしている。

BOX2:�行き過ぎた文言解釈や法形式の尊重がもたらす弊害

・�租税回避的な取引の横行を許す環境を提供した可能性がある。

・�租税法規の文言の厳密化を招く(起草者は疑問の余地のない立法を目指すため)

・�外国では “みせかけ”(artificial)や税目的とされる取引がそのまま英国では容認されてしまう。

(出所�)IFS(有力シンクタンク)レポート「Tax�Avoidance」(1997)パラ 2.9及び 2.11

Ⅱ-2-2.租税法規の目的論的解釈の登場(ラムゼイ事件)

 1982 年のラムゼイ事件は,文言解釈一辺倒な態度を転換し,目的論的解釈を英国の裁判例に持ち込んだ。 “ラムゼイ” の核心にある考え方は,次のウィルバーフォース裁判官による一節に見出すことができる。  � 「国民は明確な文言にのみ基づいて税を

課されるのであり,法令の “意図” や “公平”により課税されるのではない。課税のためのいかなる立法府の法令もこの原則に従って解釈される。何をもって “明確な文言”(clear� words)というかは,通常の原則(normal�principles)により探求され(as-certained),それらは裁判所を文言解釈に制約するものではない。裁判所は,関係する行為全体(act� as� a� whole)の文脈及びスキームを検討し得るかもしれないし,実はそうすべきである。その目的は考慮し得るかもしれないし,実はそうすべきである」。13)。

 ラムゼイ事件(1980)は,個々の取引段階に着目するのではなくスキームを全体として評価するべきとした最初の裁判例であり,一連の取引を構成する個々の契約が私法上有効であっても,分離することができない過程であらかじめ計画されている結果,次の段階でキャンセルすることが意図されている損失は,制定法が扱っている損失ではない,とするものである14)。

Ⅱ-2-3. “ラムゼイ後” における裁判例のブレ

 “ラムゼイ” は,その後,米国のような経済実質主義(Substance� over� form� doctrine)を

11�)Vickers Sons & Maxim Ltd v Evans [1910] 事件における Loreburn�判事の次の言葉「But� still�more� im-portant,�in�the�present�context,�is�the�special�constitutional�convention�which�jealously�safeguards�the�ex-clusive�control�exercised�by�Parliament�over�both�the�levying�and�expenditure�of�the�public�revenue.�It�is�trite�law�that�nothing�less�that�clear,�express�and�unambiguous�language�is�effective�to�levy�a�tax.」

12�)アーロンソン報告書パラ 3.9。Fleming�v.�Associated�Newspaper 事件(1971)。13�)アーロンソン報告書パラ 3.10。脚注 43 参照。

-�110�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 5: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

認めたとの解釈が可能な Dawson 事件判決(1984)を生む一方,“ラムゼイ”による否認をかいくぐることも始まった。例えば,「事前に定められた」という条件は一切の変更を許さないということを意味するのであるから,わずかな変更を事後的に加えることで,事前に完全には決められていなかったと言い抜けることも比較的容易である。 そして,“ラムゼイ” は,「否認法理」(the�judicial�doctrine)を英国の裁判例に持ち込んだのか,それとも「制定法の解釈原理」(inter-pretation)にすぎないのかということが問題となるように至った。 象徴的な出来事は,2004 年に裁判所が “ラムゼイ” を巡って方向が全く逆の 2 つの判決を言い渡したことだ。 Barclays�Mercanti le�Finance�Ltd 事件

(2004)において,裁判所は,ラムゼイ事件は,新しい特定の法理を租税法に創設したものではなく,税法を「文言解釈の離れ小島」から救い出したものにすぎない。営業上の目的がないからといって,取引ないし取引の要素が常に無視されるべきというのは行き過ぎである,として納税者を勝訴させた。それまで租税回避否認のための原則とされていたラムゼイは,法理でなく,法の解釈にすぎないというのである。 一方,同日に判決を言い渡した IRC� v.� Scot-tish� Provident 事件(2004)において,裁判所は “ラムゼイ” を準用して納税者を敗訴させる決定を行っている。

Ⅱ-3.不確実性 アーロンソン報告書は,目的論的解釈を用い,制定法の規定の字面の先を見てより幅広い文脈から規定の文言の意味を探求することにより,

裁判所はラムゼイ事件以前であれば成功した租税回避の試みを阻止したことについて前向きな展開であると捉える一方,濫用的なスキームを阻止するために裁判所がいくつかの事件では租税法規の拡張解釈をいとわなかったとする批判もあることを指摘している。(パラ 3.12~3.13) その結果,予測可能性が損なわれる弊害が生じていることを批判し,租税回避に一般的に対抗するための制定法上の規定の導入には利益があると指摘している。  � 「(略)濫用否認規定を欠いている現時点

においては,濫用的なスキームを取り扱う租税審判所や裁判所の裁判官の任務は,かかるスキームの成否を,通常の制定法解釈原則を適用される税の条文に適用することによって判断することに限定されている。裁判官は,常識的な(sensible)結果を得るために,解釈を可能な限り拡張させたいという誘惑に直面せざるを得ない。そして,このことはかかる紛争に相当程度の不確実性を生んでいると広く思われている。実務においては,この不確実性は極めて濫用的な事案から紛れもない真っ当なタックスプランニングにまで及んでいる。濫用的なスキームに特に的を絞った GAAR� は,拡張解釈のリスク及びこれが引き起こす不確実性を軽減する」(パラ 1.7(iii))

 GAAR スタディグループに参加したジュディス・フリードマン オックスフォード大教授は,英国の近年の裁判例で不確実性が高まった背景を次のように指摘している15)。 � 英国の近年の裁判例は,Arrowtown 事件

香港終院判決(2003)におけるリベイロ判事によるラムゼイ原則の次の要約をしばしば引用している。

14�)ラムゼイ事件判決が示した基準は次のようなものである。①事前に定められた一連の取引であること(全体としての商業上の合理性の有無は問わない)。②租税回避以外に商業上の理由のない取引が挿入されていること。③事前に定められた以外の取引が行われた可能性はないこと。④そして実際に事前に定められたとおりの取引が行われたこと。その後,ラムゼイ基準事前の計画どおりに取引を行わないことなどによりこの基準は潜脱されるようになった。

15�)フリードマン(2014)

-�111�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 6: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

  � 「究極の論点は,関係する制定法の規定は,目的的に解釈する場合(construed�purposively)」「現実的に言って(viewed�realistically)当該取引に適用されることを意図したもの(intended�to�apply)であるかどうか,である」16)

  � 前段は制定法の目的論的解釈を述べていることに疑問の余地はないが,取引を現実的に捉えることが必要であると述べている後段は,事実(facts)をみるだけでいいことを言っているのか,それとも実質(substance)をみることができるということなのであろうか。

  � 英国のいくつかの下級審の判決は,これを根拠として実質に注目した判断を行うようになった。このため不確実性も高まった。このため,租税回避的な事件において,裁判所が拡張的な解釈をするのか,あるいは限定的な解釈をするのかもはっきりと言えなくなったのである。

  � かくして,アーロンソン報告書が検討さ

れた 2011 年において,裁判例には次のような不確実性が存在することとなった。

   • �Tower�MCashback�LLP 事件17)(最高裁)においては,国が勝訴した。しかし,制定法の文言からはその根拠は明らかではなかった。これはいわば「スメル・テスト」(インフォーマルで直観的な判定方法)に基づけば課税庁が勝訴すべきと感じられたため,裁判官は法令を拡張解釈したものであるとして受け止められている。

   • �他方,Mayes 事件18)(控訴院)においては,納税者が勝訴した。関係する法令は保険に関する非常に技術的な規定と見ざるを得ず,租税法規の趣旨・目的を条文に見出すことができなかった。このため,裁判所には目的的な解釈を行う余地がなく,結論に疑いはあったものの否認はできなかったと考えられている。

  � 裁判官が目的論的解釈を行いたいと考えても,制定法に法の趣旨目的を見出すことができない場合にはお手上げということだ。

Ⅲ.アーロンソン報告書

Ⅲ-1.GAAR スタディグループ アーロンソン弁護士は,GAAR スタディグループを組織して19)検討を行った後,2011 年11 月 11 日に報告書(「アーロンソン報告書」)を提出している。報告書には具体的な条文案

(「GAAR 草案」)が含まれている。報告書はアーロンソン氏がアーロンソン委員会の意見を踏ま

え,一人で起草したとされる(パラ 2.13)。 GAAR スタディグループは,一般的な否認規定が必要かどうか,また,それはどのような原則によるべきか,といった各項目を検討している。 また,経済団体,公認会計士,法曹関係者,税理士,企業経営者等のこの問題に関心を寄せ

16�)アーロンソン報告書パラ 3.11 参照。17�)Tower�MCashback (2011)18�)Mayes�v�HMRC�(2011).�SHIPS2 事件ともいう。19�)GAAR スタディグループに参加したメンバーは次のとおり。座長(Study Leader):グラハム・アーロ

ンソン氏(弁護士)。助言委員会(Advisory�Committee):ジョン・バートレット氏(BP 社),ジュディス・フリードマン教授(オックスフォード大),ランセロット・ヘンダーソン氏(裁判官),ホフマン卿(元裁判官),ホワード・ノーラン氏(裁判官),ジョン・ティレイ教授(ケンブリッジ大)。他に,事務局としてジョナサン・ブレムナー氏(法廷弁護士)及びゾイ・リュウ=ハバッド氏(HMRC より出向)。 

-�112�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 7: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

る各方面の団体と精力的に意見交換を行っている。(寄せられた意見について,後述資料 2 参照)。

Ⅲ-2.租税回避を巡る基本的な考え方 アーロンソン報告書は以下のように述べて,納税者が租税回避のために適法でありさえすれば歯止めなく租税回避行為が可能であるという考え方を否定し,納税者が租税回避をできる能力に一定の歯止めをかけることには合理性があるとしている。

BOX3:�アーロンソン報告書における租税回避についての基本的な考え方

「3.1 (略)あらゆる納税者はより低い税負担を確保するためにその策略や技能を制約なしに用いる権利を有するという見解を持つ人々がいる。かかる見解を有する人にとっての適切な対応は,そのような試みを阻止するための個別の規定を立法府が導入することである。したがって,これは一種の租税を巡るチェスゲームであり,ただし増え続ける指手及び駒の数を伴っている。

3.2 租税が国による財産権侵害の一形態であり,何が法に合致するかは法の文言により正当化されるべきと考えられていた過去においては,このアプローチにより多い支持者が存在した。租税制定法(tax� statute)の非常に厳格な解釈とも連動していた。

3.3 私の,課税,租税回避及び英国にとって GAAR が有益であるかどうかという論点へのアプローチは,租税の賦課は国がその国民に提供するサービスや施設を賄う主たる手段であるという前提に基づいている。ママリー裁判官がごく最近の控訴院判決で述べているように,租税は「市民社会生活のためのコミュニティその他の便益を提供するための費用に向けた拠出(contribution)」である(注 4)。

(注 4�)R�(Huitson)�v�HMRC�[2011]�EWCA�

Civ�893,�paragraph�943.4 このアプローチに立てば,税法の抜

け穴又は弱点を探し,それを悪用するために設計した複雑なスキームを構築することによりその租税負担のシェアから逃れる納税者の能力に何らかの制限を課することに合理性がある。法による支配と平仄あるものとするため,かかる制限は立法により課されるべきである。」

(出所)アーロンソン報告書より抜粋

Ⅲ-3.租税回避への対応の現状と GAAR の必要性

 英国では租税法規の厳格解釈・私法形式の過度とも言える尊重が租税回避の横行を許した側面があることについての反省があることは前に述べたとおりであり(Ⅱ-2-1.及び BOX:2 参照),アーロンソン報告書によれば,目に余る租税回避に対する嫌悪感が広く企業関係者や実務家の間にある(パラ 4.6~4.10)とされるが,GAAR 導入前(2013 年以前)の英国において,租税回避は主に次の 3 つの方法で対応されてきた。(パラ 3.6)・�裁判所による租税制定法の目的論的解釈(1982

年のラムゼイ以降)・個別否認規定・�「DOTAS」。節税商品販売者等によるスキー

ムの義務的開示(2004 年に導入) 租税法規の目的論的解釈により,租税回避の否認も一部で可能になった一方,不確実性が高まったことはすでに述べたとおりである。個別否認規定については租税法規の複雑化を招いている。 租税回避スキームの義務的開示は,2004 年

(労働党政権時代)に導入されたものであるが,早期における HMRC によるスキームの評価を可能にし,必要があると判断されれば個別否認規定を素早く立法することも可能とするため,節税スキームを販売したりアドバイスをしたりするプロモーターや納税者がスキームを報告す

-�113�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 8: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

ることを義務付けたものである。 アーロンソン報告書は,これらの組み合わせが租税回避の範囲を相当現象させていることには疑いがないとしつつも,多くの国民が目に余ると考えるような濫用的な租税回避スキームに対応できていないなど限界もある(目に余るスキームの例として,HMRC が敗訴した SHIPS2スキーム20))ことを指摘している。(パラ 3.20) そして,英国にとって適当な GAAR とは,真っ当なタックスプランニングには適用されず,濫用的な取極めを標的にした穏健な規定とすべきであるとしている。  �「きわめて濫用的で仕組まれた技巧的なス

キームで,許し難いと多くが考えるものを対象にすべきであり,真っ当なタックスプランニングの大きな “中央部分” に影響を与えるべきではない」(パラ 5.1)

Ⅲ- 4.GAAR のもたらす恩恵 アーロンソン報告書は,単に新たな否認規定を制定法に導入することが有益とは言えず,特に広範囲に適用される一般的否認規定は適当でないと結論している。 そのような一般否認規定は,英国の産業競争力や真っ当なタックスプランニングを損なうことになる可能性があり,これを避けようとするのであれば,予測可能性を担保する等のため事前確認制度(クリアランス)を併せて整備する必要がある。これは,納税者にとっても当局にとっても事務負担を強いるものであり,また,HMRC に何が真っ当なタックスプランニングに該当するかについての事実上の裁量権を与えることにもなるからである。(パラ 1.5~1.6) しかし,真っ当なタックスプランニングには適用されず,濫用的な取極めを標的にする穏健な規定を導入することは有益であるとした。

BOX4:�GAAR 導入によるメリット(アー

ロンソン報告書)・�多くの者が問題と考えるような仕組まれ

た技巧的なスキーム,立法府の意図を小馬鹿にするようなスキームを抑制し,仮に抑制に失敗した場合には否認することができる

・�事業活動に対してより公平な競争条件を提供することにつながる。

・�裁判における不確実性を減少させることができる。

・�法の “抜け穴”を作ることを恐れるあまり,租税法規が複雑・膨大になることを防ぐことに資する

・将来的な税法の簡素化につながる・�対象を濫用的な取極めに限定したことに

より,新たな事前確認制度(クリアランス)を設ける必要がなくなる。

・�「GAAR アドバイザリーパネル」のような新たな仕組みを導入することにより,HMRC に必要以上の裁量権を与えることなく,何が問題なスキームかについて検討することができる。少なくともGAAR の導入により現行制度より不確実性が増すことはない。

・�なお,租税回避や何が濫用的かについての幅広い議論を促し,容認されるものとそうでないものの境界を巡り納税者と課税庁との間の信頼関係を醸成すべきである。

(出所�)アーロンソン報告書パラ 1.1~1.8より要約

 GAAR の恩恵について,フリードマン教授は次を指摘している21)。  ① GAAR は租税回避に抑止力をもたらす。  ② �GAAR は現時点では税法典を簡素化す

る効果がないとしても,膨張に歯止めをかける効果はあったと言い得る。後追い的な又は穴ふさぎのための遡及的

20�)Mayes�v�HMRC�(2011)�EWCA�Civ40721�)フリードマン(2014)

-�114�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 9: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

な立法(retrospective)の必要がなくなる。個別否認規定とその抜け道を巡る い た ち ご っ こ(cat� and� mouse�game)に終止符を打つことができる。

  ③ �GAAR が有効に機能するためには立法の目的や原理(principle)を見出すことができなければならないので,よい立法を促す。GAAR がずさんな立法(bad� legislation)を促進するという批判はあたらないだろう。

Ⅲ-5.GAAR 設計における技術的な論点Ⅲ-5-1.解釈ルールか,否認根拠規定か まず,GAAR は租税法規の目的論的解釈に制定法上の根拠を提供するもの(解釈ルール)か,それとも私法上は有効な取引に租税法の適用を無効にするための原則(否認規定。over-riding�principle)であるべきか,という点がある。 これについては,英国にはすでに租税法規の目的論的解釈については租税法規の解釈方法として許されていたので,それ以上のものとする必要があると考えられた。私法上の効果は認めつつ,租税法の規定の適用を無効にするための原則(overriding�principle)でなければならないと考えられた。  � 「むしろ,GAAR はある取極めに用いら

れた租税規定は,従来型の目的論的解釈に基づけば,当該取極めが獲得することを目指した有利な課税上の効果の達成に成功したであろう場合に適用される。その場合,GAAR は,他の租税法規の生む効果を無

効にする制定法上の原則を提供することになる。」(パラ 5.4)

Ⅲ-5-2.濫用的な租税回避行為差別化のためのアプローチ

 アーロンソン報告書は,具体的にどのような取引が GAAR の対象となるべきかについて,次のようなステップで詳細に検討している。アーロンソン報告書は,この点について「数多くの長く徹底した議論」が行われたと述べている22)。(パラ 5.12~5.21)  1.�租税回避の判定に「取引の目的が主に

税軽減を得るためのもの」という基準を採用している国も多いが,英国には多くの租税優遇規定があり,その機会を利用するための通常の取引も租税回避に該当し得るのでこの基準は英国には適当でない23)。

  2.�そこで,租税上有利な効果を達成するために特別に仕組まれた通常と異なる特徴を持つ取引を GAAR の対象となる取引の有力な候補とすることが考えられる。

  3.�次にそれが議会(立法府)や法令が意図しない課税上の結果を達成するために仕組まれた取引であるかどうかを検討する。

  4.�但し,英国には,立法府の意図は法律の文言からのみ解明することができるという確立した制定法解釈原理があるので,この点を克服する必要がある。克服するための方法としては,法体系や,全体として観察,より幅広い文脈

22�)GAAR スタディグループに参加したフリードマン教授は,,アーロンソン委員会の検討では次のような点に注意が払われたことを紹介している。フリードマン(2014)

 ①�立法者の意図の見方が複数ありうるが,個別事案において租税法規の適用に重大な問題があることについて明らかにする責任は課税庁側が負うべき。

 ②�関係する要素について様々な記述の方法があることから,商業上の(commerciality),技巧的な(artificial-ity),事業目的(business�purpose),経済実質(economic�reality)等,類似のことを意味している言葉を慎重に検討した。

 ③�政府は租税優遇措置を提供することがあり,これに反応した納税者を責めることはできないのであるから,税制優遇措置の利用は合理的なものとして容認されることが重要である。

23�)アーロンソン報告書(2011)は,例として,機械装置への投資に与えられる減価償却や,特定の研究費用への特別控除のほか,経済実質に大きな違いのない取引への異なった課税上の取扱(レポ,デリバティブ等)をあげている。(パラ 5.14)

-�115�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 10: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

に照らす,等の基準を用いることが検討されたが,従来の目的論的解釈は当該規定が定められた文脈に考慮を払うというものであるから,これを離れてしまう問題がある。

  5.�そこで,「租税法は納税者が実行するかもしれない取引の種類,そしてその選択により達成され得る課税上の結果に対していくつもの正当な選択肢を与えている」との認識に立ち,「租税利益を確保するための取極めで,租税法規が許す選択肢に対する合理的な反応と考えることができるもの」かどうかを差別化の基準とすることが考えられる。

 すなわち,アーロンソン報告書が提案したアプローチは,①�取引が通常と異なるかどうかという基準により第一

次のふるい分けを行い(異常性基準・abnormal)②�次にその取引が法令の意図しない課税上のメ

リットを得るために仕組まれたものかどうか(濫用基準)

について検討する構造となっている。 そして,取引が異常であることを判断するための具体的な指標として次のような項目をあげている。

BOX5:�取引の “異常性”(abnormal)を示す指標の例(アーロンソン報告書)

 アーロンソン報告書(2011)�GAAR 草案第 7 条による例示

( a )�当該取極めが,本編の適用によるところを除き,課税上の収入が真の経済的所得,利益,又は譲渡益に比べて相当程度過少となる結果をもたらすこと。

( b )�当該取極めが,本編の適用によるところを除き,課税上の控除が真の経済的費用又は損失に比べて相当程度過大となる結果をもたらすこと。

( c )�当該取極めに,市場価格と大幅に異なる価値によるものであるか,さもなくば商業上の条件によらない(on�

non-commercial� terms)取引が含まれていること。

( d )�当該取極めあるいはその要素が,当該取極めの当事者の法的義務と平仄を欠いていること。

( e )�当該取極めに濫用的な課税上の効果の達成を計画(designed)していなければ含まれなかったであろう者,取引,書証(document)又は書証中の重要な条件が含まれていること。

( f )�当該取極めが,濫用的な課税上の効果の達成を計画していなければ欠くことのなかったであろう者,取引,書証(document)又は書証中の重要な条件を欠いていること

( g )�当該取極めに,濫用的な課税上の効果の達成を計画していなければ含まれなかった資産又は取引の場所,又は居住地(the� place� of� residence� of�a�person)が含まれていること。

(出所)アーロンソン報告書(2011)    GAAR 草案第 7 条 3 項

 なお,成立した財政法(2013)では,濫用的であることの例示の一つとして,「租税利益の獲得を達成するための手段として,仕組まれた又は通常と異なるものが含まれている」場合,(異常な手段の利用)を規定している(207 条( 2 )( b ))。

Ⅲ-5-3.否認のあり方(ひき直し) GAAR の目的の一つは,威嚇力・抑止力であるが,仮に GAAR の対象となる取引を納税者が行った場合の課税庁による否認(counteraction)(ひき直し)については, ①税以外の合理的な目的がない場合には,単に取引が実施されなかったように取り扱うことが合理的で妥当であろうし(ラムゼイ事件のように,取極めが事実上自動解消取引である場合),(パラ 5.36) ②濫用的な課税上の効果のほかに何らかの商

-�116�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 11: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

業上等の目的も達成することが計画されている場合には,同じ商業上等の目的を生むが濫用的な課税上の効果を伴わない仮想の同等取引に基づいて課税することが適当であると指摘している。(パラ 5.37)。 アーロンソン報告書は,引き直しは「合理的で妥当(reasonable�and�just)」なものでなければならないとのみ述べており,2013 年財政法も「租税利益を取り消すために講ずる必要のある

調整とは,妥当で合理的(just� and� reason-able)なものを言う。」としている(第 209 条( 2 ))。 フリードマン教授は,オーストラリアでは否認された納税者から税メリットがなければ何もしなかったという主張が行われ,このためオーストラリアでは法改正が行われたこと等も踏まえ,否認(ひき直し)のあり方についてはこのような指摘となったことについて指摘している。(フリードマン(2014))

Ⅳ.2013 年財政法第 5 編

Ⅳ-1.成立した英国 GAAR のポイント 2013 年財政法第 5 編24)として成立した英国GAAR のポイントは次のとおり。

BOX6:成立した GAAR のポイント・�実質的な否認根拠規定であり,解釈ルー

ルにとどまらない。(209 条)・�「濫用」(abuse)のみ対応―“回避”

(avoidance)は対象外(207 条)・�何が濫用にあたるかについて,網羅的で

ない例示(207 条(2)( 4 )( 5 ))・�客観基準による否認対象取引の判定―ダ

ブルリーズナブルテスト (207 条( 2 ))   �対象となる取引(一連の取引)は,

税メリット(「租税利益」)の獲得が主たる目的か主たる目的の一つであると合理的に結論できるもの(207 条(1))であり,適用される租税法の規定との関係において合理的な行動と合理的に考えることができない場合,濫用的な取引として否認の対象となる。

・�否認対象となる税メリット(「租税利益」)には,税の軽減のほか,税の控除や還付の増加や,納税の遅延や還付の前倒し等

が含まれる(208 条)・�課税庁が,濫用的であること,また,適

用される措置が妥当で合理的なものであることについて裁判所に明らかにする責任がある。(211 条( 1 ))

・�裁判における新しい特別な証拠規則(211条(2)(3))

・�GAAR による否認にあたっての厳密な手続き要件(209 条( 6 )及び別表 43)

・�GAAR�アドバイザリーパネルの設置(別表 43�第 1 条)

・�「HMRC� GAAR ガイダンス」-HMRC が作成。法令そのものではないが,法令において存在について言及。裁判所は審理にあたり考慮しなければならない。(211条( 2 )( a ))

・�適用範囲―すべての税目。ただし VAT(EU 法が適用されるため)は含まれていない。(206 条( 3 ))

・�租税条約により制限されない(このことについて法令で明示。212 条( 3 )( b ))

・�濫用的租税回避による税軽減メリットがある場合,納税者は自己加算して申告する義務がある((209 条(5))。GAAR ガイダ

24)和訳(仮訳)については,末尾資料 1 参照。

-�117�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 12: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

ンス(2015)B15.1 及び B16.3)(出所�)フリードマン(2014)等に基づき

筆者作成

Ⅳ-2.基本的な考え方についての準法律的な位置づけの付与

 GAAR ガイダンス(BOX7 参照)は,①平易な言葉で GAAR 規則の目的や運用の概要を説明すること,及び② GAAR の解釈及び適用について支援(aid)するためのものであり�(GAAR ガイダンスパラ A2 及び A3),HMRCが作成するが,GAAR アドバイザリーパネルにより定期的にレビューされることとされている。そして,裁判所がこれを考慮する義務を法令上規定することにより(211 条( 2 )),法令そのものではないが,準法令的な位置づけが与えられている。

BOX7:�GAAR についての基本的な考え方(GAAR ガイダンス)

 B2 GAAR についての基本的な考え方。 B2.1 GAAR スタディグループの報告書は,税の賦課は国家が国民に提供するサービスや施設を賄うための主要な仕組みであり,全ての納税者はその公平な拠出をおこなうべきであるとの前提に立っている。GAAR も同じ前提に基づくしたがって,古い裁判例にみられるような,納税者はいかなる適法な手段―それがいかに不自然なものであっても,そしてそのことによる租税上の結果が実際の経済的な状況といかにかい離していたとしても―により税負担を軽減することは自由であるというアプローチを拒絶した。 B2.2 それらの裁判例の中で,以下のものは,最も濫用的な租税回避スキームについても適法性を与えたものとしてしばしば引用されている。 Lord� Summer� in� Fisher’s� Executors� v�CIR�(1926)

 略 Lord�Tomlin�in�Duke�of�Westminster�v�CIR (1036) 略 Lord�Clydein�Ayrshire�Pullman�v�CIR�(1929)�   � この国のいかなる者も,内国歳入

庁が最大量(の石炭)を自分のストーブにくべることができるように自己の事業又は自己の資産との法的関係を構成しなければならないといった,どんなに小さな義務,モラル,その他いかなるものも負っていない。内国歳入庁は決しておろかな存在ではなく,むしろ極めて正確に,租税法規に規定された利用できる全ての優越性を利用し尽くして納税者のポケットを空っぽにしようとする。納税者は,同様に,正直である限り,内国歳入庁による吸い上げを抜け目なく阻止する権利がある。

 B2.3 最後の,Ayrshire� Pullman 事件における Clydein 卿の一節の引用は,議会が GAAR 規則の立法により否定したアプローチの典型例である。税制は納税者が税の回避や軽減のために巧妙なスキームをいかに用いてもよいゲームとして取り扱われるべきではない。 B2.4 従って,GAAR の運用においては,議会がこのアプローチを明示的に否定したということを認識することが極めて重要である。議会は,このアプローチをきっぱりと否定し,租税負担を軽減するために納税者が行いうる範囲をオーバーライドする制定法上の制限を設けた。納税者により租税負担の軽減のために用いられた取極めが合理的な行動であると合理的に考えることを超えたとき,この制限に達したということになる。(出所�)GAAR ガイダンス(2015)より抜粋

-�118�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 13: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

Ⅳ-3.ダブルリーズナブルテスト(濫用的な取極めの差別化)

 アーロンソン報告書が示した濫用の差別化のためのアプローチは,①まず異常な取引であるかどうかを検討し,次に②異常な取引が仕組まれた濫用的なものであるかどうかを検討するというものである。 そして,何が濫用的な取引かについては,濫用について直接定義するのではなく,“紛れもなく節税にすぎないものは何か” という方向からのアプローチしている。 すなわち,「租税利益を確保するための取極めで,租税法規が許す選択肢に対する合理的な反応と考えることのできるもの」を真っ当なタックスプランニングとし,異常な取極めであってこれに該当しないものを「濫用的スキーム」とするアプローチである(パラ 5.21)。これこそが「ダブルリーズナブルテスト25)」であり,英国 GAAR のいわば心臓部である26)。

 ダブルリーズナブルテストは,財政法(2013)では否認対象とされる濫用の範囲について直接規定するアプローチに規定ぶりは変更されたが,これについて,アーロンソン弁護士は2013 年 1 月に行われた英議会公聴会で,これらの規定は同じ趣旨を達成するものと考える旨証言している27)。 また,何が濫用かについて網羅的でない例示がなされている。

BOX8:�財政法(2013)第 5 編における「濫用」の例示

207 条( 4 )�以下のそれぞれは,租税取極めが濫

用的であることを示すかもしれない事項の例である

 ( a )�課税上の収入が真の経済的目的における所得や利益等より大幅に過小な結果をもたらす取極め

表 2 ダブルリーズナブルテスト

アーロンソン報告書(2011)

GAAR 草案第 4 条 ( 1 )�ある取極めは,各法令の規定が提供する行為の選択の合理的な行使(reasonable�exercise�of�

choices�of�conduct�afforded�by�the�provisions�of�Act)と合理的に考えることができる場合には,当該取極めは濫用的な課税上の効果を達するとされない。

( 2 )従って,第 8 条(対抗措置)はかかる取極めに適用されない( 3 )本編において,かかる取極めを「合理的なタックスプランニング」と呼ぶ

成立した GAAR(2013)

財政法(2013)第 5 編 207 条( 2 )�租税取極めは,以下を含む全ての状況を考慮した場合,その締結又は実施が,関連する租税

規定との関係で合理的な行為(reasonable� course� of� action)であると合理的に考えることができない場合,「濫用的」である。

 ( a )��取極めの実質的な結果が その規定が立脚する(明示的か黙示的かを問わない)いかなる原則とも平仄がとれているか。

 ( b )�かかる結果を達成するための手段が,一つまたはそれ以上の不自然又は異常な段階を含んでいるか。

 ( c )�取極めが(それら)規定の不備を利用する意図によるものか。

25�)フリードマン教授は,ダブルリーズナブルテストは,アーロンソン座長とホフマン卿という経験豊富な 2人の法律家が火花を散らすような真剣な共同作業で作り上げたものであり,われわれが探し求めていた,人々が一般に何を合理的と思うかとういうことについて検証したものであるとコメントしている。フリードマン(2014)

26�)ダブルリーズナブルテストは,判断を行う者(裁判官等)が合理的な行為と思わなくとも,合理的な行為と考えることに合理性があれば当てはまるとする点において,客観性を追求した基準となっている。

27�)House�of�Lords「Select�Committee�on�Economic�Affairs�Financial�Bill�Sub-Committee」(2013 年 1 月 21 日)

-�119�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 14: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

 ( b )�課税上の損失が真の経済的目的における控除や損失等より大幅に過大な結果をもたらす取極め

 ( c )�支払われていない,あるいは支払われる見込みのない税の還付又は控除をもたらす取極め

( 5 )�租税取極めが確立した慣行に適合しており,取極めが実施された時点において HMRC がかかる慣行の受容を示唆していたかもしれないという事実は,当該取極めが濫用的でないことを示すかもしれない事項の例である。

( 6 )�4 項及び 5 項における例示は網羅的なものでない。

Ⅳ-4.特別な証拠規則 財政法(2013)は, ① HMRC(課税庁)に対して濫用的な取極めが存在すること及び否認内容(ひき直し)合理的であることについて裁判において証明する責任を負わせる(211 条( 1 ))一方で, ②裁判所に対して HMRC が作成する「GAARガイダンス」及びGAARアドバイザリーパネルの意見を考慮しなければならない義務を課している(211 条( 2 ))。 また,裁判所は否認対象とされる取引が行われた時点で公知であった他の情報を考慮にいれることができるとしている(211 条( 3 )) この特別の証拠規則について,フリードマン(2014)は以下を指摘している。  ・�証明責任は課税庁に負担させることにし

たが,特別な証拠規則を導入した。何が合理的かを判断するためには,通常の場合より多くの証拠が必要とされるからである。(211 条( 1 ))

  ・�裁判所はたとえば何が合理的かということ の 決 定 に つ い て HMRC に よ る「GAAR ガイダンス」を斟酌しなければならないことが規定されている。たとえば法令となっていなくても,GAAR

ガイダンスに盛り込まれているような場合がこれに該当する。(211 条( 2 )(a))

  ・�裁 判 所 は 個 別 事 案 の 判 断 に 関 す るGAAR アドバイザリーパネルの見解を斟酌しなければならないとしている。(第211 条(2)(b))

  ・�このことは,GAAR アドバイザリーパネルの判断が裁判所の決定に優越(オーバーライド)するとか,法的拘束力を持つといったことを意味しない。裁判所はGAAR アドバイザリーパネルがすべての証拠を検討していないとか,パネルの裁定に賛成できない,と結論することはできるが,パネルがどのような立場であるかを考慮しなければならない。であるから,実際の場面において,たとえばGAAR アドバイザリーパネルがある取引について合理的であるとした場合,裁判所がこれを合理的でないと結論することは困難になろう。従って,GAAR アドバイザリーパネルのアイデンティティを行政的なものとするのか,司法的なものとするのかという点が非常に重要なものとなってくる。(後述 V-2.「GAAR アドバイザリーパネル」の項を参照)。

 なお,法令でない GAAR ガイダンスを裁判所が審理にあたり考慮しなければならない(must� take� into� account)としたことは,租税回避スキームへの行政的な対応においてHMRC の迅速な行動を可能にしている。たとえば,DOTAS により報告された新しい租税回避スキームについて,申告書が提出される前にGAAR ガイダンスに盛り込む(GAAR アドバイザリーパネルの承認が必要)ことにより,いわば先回りした対応が可能になると思われる28)。

Ⅳ-5.否認のあり方(ひき直し)及び派生的な調整

 財政法(2013)は,濫用的な取極めにより租税利益(税の軽減等)があった場合,GAAR

-�120�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 15: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

の適用がない場合に他の租税法規により生じたであろう租税利益は,必要な調整を講ずることにより否認されることを規定している(第 209条( 1 ))29)

 否認方法(ひき直し)は,妥当で合理的なものでなければならない。(第 209 条( 2 )) なお,GAAR 規則の適用による否認が確定した後,12 か月以内に,納税者は派生的な調整について請求することができる。請求が妥当で合理的な請求である場合,HMRC は派生的な調整を行わなければならない。(第 210 条)

Ⅳ-6.納税者による租税回避利益の自己加算義務

 申告納税制度の下,納税者は制定法上の

GAAR の規定を考慮して申告することが必要であり,納税者は GAAR の適用があると考えられる場合には申告にあたり適当な調整(申告調整)を講じる義務がある(第 209 条(5)。GAAR ガ イ ダ ン ス(2015) パ ラ B15.1 及 びB16.3)。 したがって,財政法(2013)第 5 編の適用がある濫用的な租税回避スキームについて申告にあたり申告調整しなかった場合には通常のペナルティが課されることになる(GAAR ガイダンス(2015)パラ B.16.3)

Ⅳ-7.罰則(ペナルティ) 財政法(2013)に GAAR に関する特別なペナルティは盛り込まれていない30)。

Ⅴ.予測可能性の確保を巡る問題

Ⅴ-1.HMRC に課される手続要件及び証明責任

 GAAR 規則に基づく否認を行うためには,HMRC は財政法(2013)別表 43 の手続きを完了する必要があることが定められている(209条( 6 ))

BOX9:�財 政 法(2013) 別 表 43「GAAR規則の手続要件」(概要)

HMRC による文書による否認の通知義務

 HMRC 職員で指名された者は,GAAR規則(209 条)の適用による否認がなされるべきであることについて,文書で濫用的な租税取極めによる租税利益が帰属する納税者に通知しなければならない。かかる通知は,租税取極めや租税利益を特定し,否認の理由を説明し,否認方法(対抗措置)を提示しなければならない。また,納税者が 45 日以内(延長の申し立てが可能)に文書で陳述を行うことができることを教示

28�)例えば,HMRC ホームページでは,HMRC が注目している租税回避スキームの一覧といったリストが掲載されており,30 近いスキームの類型が「現在租税回避(Avoid� Tax)のために広く販売されているものとHMRC が信じているスキーム」という題名で掲載されている。こうしたスキームは,義務的情報開示(DOTAS)の対象になり,納税者は申告納税の際申告調整を行うことが必要になる可能性があると思われる(申告調整の必要性については GAAR ガイダンス(2015)パラ B16.3 参照)。

29)引き直しについてのアーロンソン報告書における議論は,Ⅲ- 5 - 3.参照。30�)オーストラリア,米国,等では,GAAR により追徴された税に対して特別なペナルティ又は利率の利子を

適用する制度がある。アーロンソン報告書は,同様の措置を英国の GAAR に含めることは,確実にその抑制効果を高めるであろうし,一般の納税者の支持も集めるであろうが,かかる追加的なペナルティの規定があることで,GAAR の性格が「盾」としてのものから「武器」に変容する可能性等の懸念があることを理由に,特別な利率の利子やペナルティを GAAR によって追徴された税に適用する規定を盛り込むことは適当でないと結論している(パラ 5.47~5.48)。

-�121�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 16: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

しなければならない。(別表 43 第 3 条,4 条)HMRC による GAAR アドバイザリーパネルへの事案の付託義務 HMRC 職員で指名された者は,納税者からの申し立てがなかった場合又は納税者からの申し立てがあった場合には,これを考慮した上で GAAR の規則(209 条)による否認がなされるべきであると考える場合には,当該事案を GAAR アドバイザリーパネルに付託しなければならない。(別表5,6,7 条)また,その旨を納税者に通知しなければならない。(別表 43 第 8 条)GAAR アドバイザリーパネルによる検討 GAAR アドバイザリーパネルは,事案の付託があった場合,3 名からなるサブパネルを構成し,検討を行った上でその判断を HMRC 及び納税者に通知する。(別表43 第 10 条,11 条)HMRC(課税庁)による更正処分 GAAR アドバイザリーパネルからの通知を受領した HMRC 職員は,パネルの見解を検討した後,GAAR 規則による否認がなされるべきかどうかを納税者に通知する。(別表 43 第 12 条)GAAR アドバイザリーパネル GAAR ア ド バ イ ザ リ ー パ ネ ル は,HMRC コミッショナー(複数)(の指名)により組織され,議長は HMRC コミッショナーが指名する。(別表 43 第 1 条)

Ⅴ-2.GAAR アドバイザリーパネル アーロンソン報告書は,課税庁以外の委員と課税庁の委員(ただし半数以上が課税庁以外)で構成され,納税者及び課税庁が書面で意見陳述を行う「GAAR アドバイザリーパネル」を提案した。パネルは,ある個別のスキームにGAAR を発動することについて正当な根拠が

存在するかどうかについて HMRC(課税庁)� に助言を行うためのものである。(パラ 5.25) アーロンソン報告書は GAAR アドバイザリーパネルには次のような利点があるとしている。(パラ 4.20)・�問題となっている取引に関する経験を有する

者が含まれることにより,HMRC 職員が商業 上 の 実 務 を 十 分 理 解 し な い こ と か らGAAR の適用により誤った否認がなされてしまうのではないかという恐れを軽減する。

・�パネルの決定を納税者名を隠して公開することにより,納税者や租税専門家が将来のタックスプランニングを行う上での彼らが個々の事例における対応を検討する際の “間合い”を測る(calibrate)ための情報が蓄積される。アーロンソン報告書は,何が濫用的なものか等についての議論を支援し,情報を提供することを推奨している。そのことにより,納税者と HMRC の信頼構築をすべきであるとしている。(パラ 1.7(viii))

・�パネルを,GAAR 運用のためのガイダンスノートの改訂や拡大のための実効性ある機関とすることも考えられる。また,パネルは,GAAR 運用のための指針が HMRC そのものではなく独立した機関であるパネルによりつくられることにより,HMRC の裁量権が拡大することを防ぐことができる。

 以上のように,アーロンソン報告書がアドバイザリーパネルに期待した役割は,GAAR 導入に対する納税者の懸念・警戒心を軽減するものであり,納税者の「濫用」の定義を現実の事案に即して課税庁と納税者が一緒に探る機能であった。 しかし,実際に設置されたパネルは31),パブリックヒアリングの過程を経て,課税庁の代表を排除するなど,アーロンソンが思い描いたものとやや異なっている。 この点について,フリードマン(2014)は次

31�)GAAR アドバイザリーパネルの議長は元シティの法律事務所を引退したパトリック・メナス弁護士が務めている。全員が弁護士等の実務家である。(2016 年 1 月現在)

-�122�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 17: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

のように指摘している。  � アーロンソンは,GAAR が適用される「濫

用」の定義をさぐるため,課税当局と課税当局以外の者が参加することを提案したが,パブリックヒアリングの結果,全員が税当局以外とすることになった。これは,アーロンソンは,パネルを司法的なものとして提案したのではなく,濫用とは何かについて議論を行うための行政的なものと考えていたのである。パネルの独立性が協調されればされるほど,司法的なものでなければならないというプレッシャーが強まる32)。

Ⅴ-3.事前確認制度(クリアランス) アーロンソン報告書(2011)は,事前確認制度(クリアランス)は非常に大きなリソース負担を納税者及び課税庁(HMRC)�に強いるほか,実務においては課税庁に何が GAAR の対象となる「濫用的なスキーム」であるかを認定する裁量権を与えることになり,課税庁が「真っ当なタックスプランニングの限界」についての実質的な決定者となるとして否定的である。(パ

ラ 1.6)。成立した財政法(2013)も採用していない。33)

 報告書は,GAAR の否認対象を広く設定した場合には,真っ当なタックスプランニングを行う権利を損なわないようにするため,また,英国の競争力を損なわないようにするため,事前確認制度を導入する必要がある。しかし,英国型 GAAR は,仕組まれた技巧的なスキームを標的とした,濫用に的を絞ったものであり,ボーダーライン上のものは別として真っ当なタックスプランニングの中央部分には適用されないのであるから,事前確認制度を導入する必要はないと結論した(パラ 1.7(vi))。ただし,既存の制度に事前確認の規定があれば確認を求めることができるとした(GAAR 草案第 12 条)。 なお,わが国の「文書回答制度」34)では,タックスプランニングに関する照会(「税の軽減を主要な目的とするもの」)は除外されている。他方,関連者間の国際取引における移転価格税制の場合,(タックスプランニングの要素は含まれ得るが)事前確認のための事前相談があった場合にもこれに応じることとされている35)。

Ⅵ.タックスプロモーターによる義務的情報開示(DOTAS)

 租税回避への GAAR 以外のアプローチの一つに,租税回避スキームの開示制度(Disclo-sure�of Tax�Avoidance�Schemes:DOTAS)

がある。この制度は,労働党政権時代において,1998 年に GAAR の導入を見送った後,2004 年に導入された。

32�)たとえば,以前 GAAR アドバイザリーパネルに名を連ねていた実務家が,租税回避のメリットについてBBC テレビの番組で言及したことを批判され,辞任に追い込まれたというエピソードがあるが,これもパネルに独立性を求めるものの一つであろう。Accounting� Age 誌「GAAR� panel� member� steps� down� after�Panorama� sting」(2013 年 9 月 16 日)。むしろ租税回避の裏表に精通したプロがパネルには必要だという立場からは,このエピソードに批判的な声もある。

33�)包括的否認規定導入の際には事前確認制度導入の必要性を訴える声はこれまでにもある。たとえば,日本税理士連合会の「『租税回避について』の諮問に対する答申」(平成 10 年 1 月 19 日)は,アドバンスルーリングの導入について提言している。

34�)納税者サービスの一環という位置づけで,一定の要件を満たす事前照会者の求める見解の回答を文書で行うもの。

35�)国税庁長官「移転価格事務運営要領」(平成 13 年 8 月 31 日査調 7-7・官協 1-61)第 5 章 5-2( 2 )

-�123�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 18: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

 義務的情報開示制度とは,定められた特徴(Hallmarks)を持つ租税回避スキームを組成したプロモーター(税理士,弁護士など)又はこれを用いた納税者に,スキームの内容やそれを利用した者の名簿等について課税庁に情報報告する義務をペナルティ付き(不履行期間一日につき 600 ポンドなど)で課す制度である。 DOTAS は次のような仕組みである。プロモーターは,DOTAS の対象となるスキーム36)を顧客(納税者)に提供した後 5 日以内に HMRCにスキームを報告することにされており,HMRCは 8 桁のスキーム参照番号(Scheme� Reference�Number)を発行する。そして,プロモーターはこの番号をスキームを実行する顧客に交付する。 その後,プロモーターは当該スキームを実行した顧客について HMRC に定期的に報告する必要がある他,スキームを実行した納税者はスキーム参照番号を申告書に明示しなければならない。 DOTAS は,HMRC による潜在的な租税回避スキームの評価を可能とし,また,適当な場合には対抗のための法令を先回りして立法することを可能とするためのものであるとされる。実際,プロモーターからのスキームの報告後,実際にスキームを利用した申告書が提出される

前に対抗策(個別否認規定の立法)を講じることも可能である。 アーロンソン報告書は,DOTAS の仕組み全体の価値を評価するには時期尚早であるとしつつも,HMRC にとって有益な情報源であることは明らかであると評価している。ただし,DOTAS が納税者に追加的な負担を課している点や,対抗立法により税法がますます複雑になる恐れといったマイナス面もあることを指摘している。(パラ 3.17) なお,英国の DOTAS と同様の制度は,米国,アイルランド,ポルトガル,カナダ,南アフリカ等にも存在している。OECD は,2015 年 10月 5 日に公表された報告書で各国に導入を勧告しており,今後わが国でも具体的な導入に向けた議論が行われることになるかも知れない 37)。 なお,英国では 2015 年税制改正において,HMRC への追加的な権限付与(開示されていない租税回避スキームの使用者を特定するための調査権限や,プロモーター及び租税回避スキームに関する個別情報を開示する権限)や,租税回避スキームの内部告発者を保護する法制度の導入等を内容とする DOTAS 強化策を講じている。

36�)DOTAS による報告対象となるスキーム(所得税・法人税)の基準(ホールマーク)としては,他のプロモーター及び・又は HMRC に対する守秘義務の存在,プロモーターに対する成功報酬支払条件の存在,標準化された租税商品,損失生成スキーム等が例示されている。

37�)「Mandatory,�Disclosure�Rules�BEPS�Action�Plan�12-Final�Report」(2015 年 10 月 5 日)

表 3 DOTAS 報告件数の推移

2004(年) 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014

503(件) 607 346 300 135 183 129 151 89 55 10

(出所)HMRC

-�124�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 19: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

Ⅶ.若干の検討

Ⅶ-1.税軽減の達成方法と手段(とりあえずの整理)

 検討の前提として,税軽減の達成方法と手段

についてのとりあえずの整理を行う。 “租税の軽減” という法現象は,それを「租税回避」(tax� avoidance)と呼ぶか「節税」と

38)金子宏(2015)130 頁及び 131 頁(「*******」で示されている部分)39�)Mayers� v�HMRC�2011。生命保険契約を保険目的でなく生命保険税制を利用した損失控除創出のために利

用したもの。 岡(2013)498 頁。40�)藤谷武史教授は,映画フィルムリース事件について「問題の本質は,『私法上の真の意図』ではなく,むし

ろ,当事者による具体的な法形成(個別の契約条項)が,所有権の移転という『効果』を生じさせるものと裁判所に評価されるか,という点にあると解すべきであろう。」と指摘している。租税法研究 29 号(2001)165 頁

表 4 税軽減の手段と私法上の事実関係及び否認方法

税軽減のための手段 私法上の事実関係 否認方法甲:�法令の予定しているとこ

ろに従って要件の回避や減免要件の充足を行う

納税者の主張する事実が存在する 否認されない イ

乙:隠ぺいや改ざんを行う 納税者の主張と異なる事実が存在する。

二重帳簿等直接的な方法によるもの。

解釈が介在しない事実認定による否認例:脱税

丙:�法形式を整える(外形を繕うための取引を行う)

  �―虚偽・虚構ないしそうでなくても裁判所に認められないもの

  �―法的実質と法形式が異なるもの

虚偽・虚構 契約等についての解釈が介在。契約解釈(標準的なもの)等による否認 例:�Vホールディング事件(東京地判

平 20.2.6)。スウエーデン兄弟会社事件(東京高判平 18.1.24)。映画フィルムリース事件を虚偽とする捉え方38)

虚偽虚構ではないが,(裁判所が)否認しうるもの(契約の法的性質の決定)。

契約等についての解釈が介在。契約の法的性質の決定による否認例:�英 Mayes 事件(消極)39)。映画フィ

ル ム リ ー ス 事 件(大 阪 高 判 平12.1.18)40)。相互売買事件(消極)。日本ガ社事件(消極)。

(参考)BOX5�(d)~(g)

丁:�法形式を整える(外形を繕うための取引を行う)

  �―経済実質と法形式が異なるもの

納税者の主張する事実が存在する。

いわゆる“スキーム”(一連の行為等)。

租税法規範の解釈が介在。租税法規の目的(論)的解釈による否認例:�英ラムゼイ事件。外税事件(積極)。

最高判 H17.12.19。

個別否認規定による否認41)

例:�移転価格税制,過少資本税制,過大支払利子税制など

  行為計算否認規定(法 132 条等)

一般的否認規定(GAAR)による否認英国財政法(2013)第 5 編。日本の制定法にない

(注)�筆者作成。租税回避への対応を巡る英国の経験とわが国の経験の関係を理解する一助となることを目ざして,要約することは難しい項目を実務的観点から大胆に整理したものにすぎない。

-�125�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 20: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

呼ぶかという名称の問題はさておき,一般に,①法令に定められた課税要件の回避か,②法令に定められた課税減免

0 0

要件の充足によって達成することができる。 そして,これらを達成させるための手段としては,一般に表 4 の甲,乙,丙,丁がある。 甲は節税,乙は脱税,丁が租税回避にそれぞれ該当する。丙もいわゆる租税回避だが,厳密には異なる(事実認定の問題)。 そして,「イ」は否認されず,「ロ,ハ,ニは」事実認定による否認であり,「ホ,へ,ト」はいわゆる租税回避の否認である。「ハ」は私法上の法的外観と法的実質が一致しない虚偽表示であり,納税者が行ったとされる取引は実在しないとされるが42),「ニ」は当事者の真意と契約の性質決定がズレる場面であって,私法上は納税者が主張する事実が存在する可能性がある微妙な領域である43)。 「ニ,ホ」は,まさに境界線上の問題であり,ラムゼイ後の判例にみられる英国の経験をみて

も,わが国の経験をみても,この部分に不確実性の問題や個別立法ないし GAAR を欠く場合の租税回避否認の限界といった問題が集中して存在している。 租税回避の場合,納税者の主張する事実も一応存在している(上記丁)44)。 他方,租税回避に用いられる行為(スキーム)は異常なものであることがほとんどであるから,納税者が行ったとされる私法上の行為が実在(real)するのか等について判然としない場合も少なくない(上記丙)45)。 事実認定による否認も租税回避の否認も否認という法的効果の点では同じであることも,租税回避への対応の検討に追加的な困難をもたらしている。

Ⅶ-2.実質主義 英国は,米国流の実質主義に否定的であり,法的形式を重視する国だが46),財政法(2013)は否認対象となりうる濫用的な取引かどうかの

41�)我が国の個別否認規定はすべて要件を充足する場合納税者が自己否認すべき「申告調整型」の規定となっている(行為計算否認規定を除く)。なお,米国の移転価格税制は課税庁による否認型,英国の GAAR は申告調整型の規定である。

42�)丙については,脱税とも言えるし取引は実在しないが隠ぺい・改ざんに基づく申告といった行為まではないので租税法上の脱税(重加算税が課されるかどうか)にはならないという考えとがありうる。

43�)ラムゼイ事件判決でウィルバーフォース卿(裁判官)は,①国民は明確な文言に基づいてのみ税を課されるが,その解釈において裁判所は文言解釈に限定されないこと(Ⅱ―2-2参照),②納税者は節税目的の取引をする権利があり,かかる動機を以て取引を無効とされることはないこと(明文の規定がある場合を除く),③証書や取引(documents�and�transactions)が真実か虚偽か(genuine�or�sham)とは,法的に何を表示しているか(in� law,� it� is�what� it�professes�to�be)ということ以上のものではないこと,といった原則を尊重して判断する必要があるとしている。その上で考慮すべき原則として,④「裁判所は真実とされた書面や取引に拘束(accept)されるが,そのことは裁判所が証書や取引をその属する文脈から離れて盲信的に判断することを強制されることを意味するものではない」と述べている。これは,租税法の適用における契約や取引の性格決定は,契約の外形(“ラベル”)のみで決せられるものではないことを意味しよう。なお,日本について浅妻章如教授は「例外的に【当事者の真意】と【裁判所による性質決定】がズレる場面」が存在することや,民法学では,消費者保護法との関係で介入的に裁判所が別の法的性質を認定することがあるとされていることを紹介している。浅妻章如「なるべくわかりやすく知りたい金子租税法の租税回避の考え方」税務弘報(2016.1)91�頁。

44�)GAAR(租税回避の否認)は GAAR なかりせば(事実認定による否認や目的論的解釈では)納税者の行為により税負担の軽減が達成されたであろうという前提に基づいてはじめて作用するものである。アーロンソン報告書パラ 5.4

45�)財政法(2013)は,仕組まれた又は通常と異なる段階を含む手段を用いることを濫用的として否認される取引の判断基準の一つとしてあげている(207 条( 2 )( b ))。その他,BOX5 参照。水野教授は「租税回避行為と仮装行為とはきわめて近接した取引である」と指摘している。水野忠恒「租税法」(第 5 版)27 頁。

46�)今村隆(2013)91 頁

-�126�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 21: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

基準の一つとして,「取極めの実質的な結果(substantive�results)が,その規定が立脚する原則(明示的か黙示的かを問わない)とも平仄がとれているか。」(207 条( 2 )(a))と規定している。英国は GAAR 立法により実質主義を制定法に取り入れたとみなしてよいと思われる。 EU に お け る GAAR 導 入 勧告47)や,OECDのガイドライン48)も,一定の場合に税制における実質主義を容認している。

Ⅶ-2-1.実質主義を巡る我が国の(かつての)議論(昭和 36 年)

 わが国でも,昭和 36 年(1961)7 月の税制調査会「国税通則法の制定に関する答申」は,いわゆる実質課税の原則についての宣言規定と,実質課税の原則の一環として,租税回避行為は課税上これを否認することができる(経済合理性がある場合は除く49))旨の規定を国税通則法に設けることを勧告している。

BOX10:�昭和 36 年税制調査会答申(抜粋)第二 実質課税の原則等一 実質課税の原則 税法の解釈及び課税要件事実の判断については,各税法の目的に従い,租税負担の公平を図るよう,それらの経済的意義及び実質に即して行うものとする趣旨の原則規定を設けるものとする。二 租税回避行為 税法においては,私法上許された形式を濫用することにより租税負担を不当に回避し又は軽減することは許されるべきではないと考えられている。このような租税回避

行為を防止するためには,各税法において,できるだけ個別的に明確な規定を設けるよう努めるものとするが,諸般の事情の発達変遷を考慮するときは,このような措置だけでは不十分であると認められるので,上記の実質課税の原則の一環として,租税回避行為は課税上これを否認することができる規定を国税通則法に設けるものとする。 なお,立法に際しては,税法上容認されるべき行為まで否認する虞れのないよう配慮するものとし,例えば,その行為をするについて他の経済上の理由が主な理由として合理的に認められる場合等には,税法上あえて否認しない旨を明らかにするものとする。(出所)税制調査会(1091b)4 頁

 この提案について日本租税学会(当時,租税に関して日本学術会議所属の唯一の学会)が1961 年 11 月 11 日に池田勇人首相に反対の立場で意見書を提出している(奇しくも 2011 年11 月 11 日のアーロンソンレポートのちょうど50 年前)。 意見書は,「実質課税の原則」の原則規定を設ける提案については,権力主義的条文である,課税負担の公平の実現は租税立法の問題であり税法解釈によるべきではない,恣意的課税の危険性をはらむものである,とし,規定を設けるべきでない,などとして強く反対している50)。 一方,租税回避の一般的否認規定については,租税回避に関する規定はこれを必要とするが,税務官庁が否認権を濫用しないよう立法上の防止策が必要であるとしており,立法そのものに

47�)EU 委員会(2012)が加盟国に対して国内法に導入することを勧告している GAAR では,「技巧的な取引又は技巧的な一連の取引であって,租税の回避及び租税利益を得ることを主な目的として行われたものは,無視される。各国課税庁は,かかる取引等を課税上はその経済実質(economic�substance)に基づき取り扱う」としている。(EU 委員会(2012)パラ 4.2)

48�)OECD 移転価格ガイドラインは,例外的に納税者の採用した法形式を否認することが適当かつ合法的な場合として,①納税者の行った取引の経済的実質がその取引の形式と異なる場合。②内容と形式は同じだが,独立企業の行ったであろう取引と異なり,かつ,適切な移転価格の決定を妨げられる場合,をあげている。(OECD�「移転価格ガイドライン」パラ 1.64~1.65)。

49)事業目的等経済合理性についての納税者による抗弁が認められると解される。

-�127�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 22: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

は必ずしも反対せず,セーフガードを求めるものとなっている51)。 翌 1962 年(昭和 37 年)税制調査会による実質課税の原則についての規定の導入についての勧告の立法化 52)は,時期尚早として見送られているが,昭和 30 年代当時,税務調査等による処分のうち異議申立や不服審査で取消された件数が毎年 1 万 5 千件以上もあったことや(図1 参照),当時の国会における議論53)をみる限

り,当時の状況に照らして,税務行政が国民から権力的な存在として受け止められていたことの影響が大きかったと思われる。そして,今日,こうした点を巡る事情には当時とは異なる面が多いと思われる。 しかし,英国の議論においても否認規定がじわじわと拡大することへの恐れなど,類似の懸念が表明されている(アーロンソン報告書パラ1.13(ⅰ))。課税当局の権限への一般的な不安

50�)実質主義についての当時における見解の例として,塩崎潤元大蔵省主税局長は昭和 43 年の雑誌の対談において,「税法の目的やその仕組みからみてどう解釈するのかが合理的かという観点からの目的的解釈が必要だと思う」という立場を述べている。塩崎潤,植松守男ほか「所得税法の論理」税務経理協会(昭和 44 年)168 頁。

51�)日本税法学会(1961)「国税通則法制定に関する意見書」昭和 36 年 11 月 11 日。52�)昭和 37 年 3 月 20 日 衆議院大蔵委員会において,村山達雄主税局長は細田義安議員(自)への答弁の中で,

実質課税の宣言規定案として「国税に関する法律の解釈及びその適用に係る要件たる事実の判断については,その法律の規定の趣旨に従い,その事実の経済的利益及び適用に即して国民の税負担の公平をはかるように行なわなければならない。」と答弁している。

53�)昭和 37 年 3 月 26 日衆議院大蔵委員会において,広瀬秀吉議員(社)は質問の中で「国税通則法の制定に対して大きな反対の世論が巻き起こったわけであります。これはやはり,現在でも徴税行政をめぐって数多くの権力的な要素が非常に強く出て,国民の権利がこれによって侵害されるというような面が至るところにある段階において,この徴税行政をさらに権力的に強化するのじゃないかということがおそれられたわけであります。」と述べている。

図 1 不服審査・訴訟による処分の取消等の状況

(出所)国税庁「税務統計」(各年)に掲載された「不服審査」及び「訴訟事件」(国側被告事件)についての統計表により作成。国敗訴件数には一部取消を含む。平成 10 年以前については「国税庁 50 年史」888~892 頁によった。

-�128�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 23: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

(それが根拠が不十分なものがあったとしても)への対応は,GAAR 導入にあたり避けて通れない(もしかしたら最大の)ポイントであろう。 アーロンソン報告書及び導入された GAAR規則は,予測可能性の確保のための様々な新たな仕組み(HMRC の証明責任,GAAR アドバイザリーパネルの承認等の手続規定など)のセーフガード54)を税制に取り入れることでこの問題を乗り越えている。

Ⅶ-3.否認対象取引差別化のための基準について

 今村教授によると,各国の一般的租税回避否認規定には①異常性基準によるもの,②濫用基準によるもの,③事業目的基準によるもの,という類型があるとされる55)。これに基づき,アーロンソン報告書における議論を分析してみたい。

Ⅶ-3-1.異常性基準 アーロンソン報告書は,租税上有利な効果を達成するために特別に仕組まれた通常と異なる特徴を持つものを GAAR の対象となる取引の有力な候補とすることが考えられるとしており,異常性基準を入口にしている(パラ 5.15)。また,報告書の一部である「GAAR 草案」において異常性を判断するための具体的な指標について言及している(BOX5 参照)。 財政法(2013)は,アーロンソン報告書草案にあったような指標の列挙はしていないが,異常な段階が含まれていることを GAAR の対象となる濫用的な取極めと評価される要素としている(207 条( 2 )( b ))。

Ⅶ-3-2.濫用基準 アーロンソン報告書は,「租税法は納税者が実行するかもしれない取引の種類,そしてその

選択により達成され得る課税上の結果に対していくつもの正当な選択肢を与えている」ことから,異常性基準は入口としてのものであり,これだけでは十分と考えていない。

(1)立法趣旨(法の趣旨目的)からのアプローチとその限界

 アーロンソン報告書は,何が濫用かの判断は,納税者の行為が「立法府や法規が意図しない課税上の結果を達成するために仕組まれたものであるかどうか」を検討することにより行うことができると一見思うかもしれないが,英国には立法府の意図は法律の文言からのみ解明できるとする制定法の解釈原理が確立しており,GAAR による否認は通常の解釈では税の軽減が達成されることを前提として初めて適用されるものであるため,このアプローチでは否認すべき濫用を判断することはできないとしている(パラ 5.17)。

(2)「紛れもない節税」といえないこと0 0 0 0 0 0 0

から出発するアプローチ

 アーロンソン報告書は,紛れもない節税(法令の予定しているところに従った租税負担の軽減)と言えるものが何かを明らかにすることで差別化を図ることを提案している。これは,租税法規は納税者が実行するかもしれない取引やそれにより達成される課税上の結果について多くの正当な選択肢を与えているという認識に立っている(パラ 5.20)。アーロンソンによる見分け方は,「ある取極めは,各法令の規定が提供する行為の選択の合理的な行使と合理的に考えられることばできる場合には,当該取極めは濫用的な課税上の効果を達成するとされない」(GAAR 草案第 4 条( 1 ))である56)。

54�)アーロンソン報告書は 4 つのセーフガードを提案している。①合理的なタックスプランニングの除外,②税軽減を意図しない取引の除外,③ HMRC(課税庁)の証明責任,④ GAAR アドバイザリーパネル。(パラ1.11) これらのうち,②の租税回避意図のない取引の除外の規定は,2013 年財政法に盛り込まれていない。

55�)今村隆「租税回避の意義と G8 各国の対応」財務省総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」(2016)通巻 126 号

-�129�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 24: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

(3) 「法の欠缺」の扱い 財政法(2013)は「規定の不備の利用を意図するかどうか」(第 207 条( 2 )( c ))を濫用の例示として規定しており,英国 GAAR は法の欠缺の利用は濫用であるという立場を明確にしている。この考え方は,1997 年の IFS レポートにすでにみられた考え方であり57),アーロンソン報告書が示した基本的な考え方(パラ 3.1~3.4。前述「Ⅲ-2.参照」)に立つのであればその当然の帰結でもある58)。

Ⅶ-3-3.事業目的基準 事業目的は,租税回避意図同様,主観的な基準である。また,両者には表裏の側面がある。 アーロンソン報告書(2011)が示した GAAR草案(第 6 条( 1 )( a )( b ))では,「濫用的な税効果の達成以外に重要な目的がない場合」又は「濫用的な税効果の達成が唯一の目的又は主な目的の一つでない場合には含まれない特徴を持つ場合」は通常と異なる取極めにあたるとしており,事業目的の不存在を異常性の判断要素として明示していた。 成立した財政法(2013)には,この記述は明

示的には盛り込まれていない。ただし,税効果と経済効果の比較という客観基準により濫用の例示をしている(207 条(4)(a)及び(b))。 「租税回避目的を主な目的としており,それ以外に合理的な事業上の目的がない」という基準は,EU による租税回避一般否認規定の勧告59)や,わが国の行為計算否認規定の解釈等においてもみられるものだが,これは課税庁にとって証明が困難な基準でもある。 東京高等裁判所平成 27 年 3 月 25 日判決(いわゆる IBM 事件高裁判決)には次の一節があり,この基準は,経済の実体を踏まえるとき,課税庁に租税回避以外に事業目的がないことについて証明を求めることには,不可能な証明を強いる可能性があることを示唆している60)。  �「イ 被控訴人(引用注:納税者)は,同

族会社の行為又は計算が経済的合理性を欠く場合とは,当該行為又は計算が,異常ないし変則的であり,かつ,租税回避も意外に正当な理由ないし事業目的が存在しない場合であることを要する旨主張する。(略)法人の諸活動は,様々な目的や理由によって行われ得るのであって,必ずしも単一の

56�)これは,GAAR 適用の基準として考慮される立法者の意図というものは単に歴史や主観的意図ではなく,法律の文言や趣旨の合理的な分析から解明されるべきとしたものと言えよう。

57�)IFS レポート「Tax� Avoidance」(1997)は次のように述べている「租税回避とは(適法な節税又はタックスプランニングとの対比において)租税債務を軽減ないし遅延させるためにとられた行為であって立法府が明らかに意図しなかった,あるいは提示されていたら意図したであろうわけがない行為と考える」。なお,アーロンソン弁護士は,この IFS レポートを作成した委員会の議長を務めていた。

58�)たとえば,いわゆる IB M事件(東京高判平 27.3.25。国敗訴。平 28.2.18� 最高裁決(不受理))ではグループとしてみた場合経済的には実在しない損失の控除が行為計算否認規定により否認できるかどうかが争われたが,このような損失の控除は,立法府が意識すれば容認しなかったであろうと合理的に考えることが可能であるかもしれない。(実際,IBM 事件で利用されたような自己株取得スキームを封じるため,100% グループ内法人の株式を発行法人に譲渡する場合譲渡損益を税務上認識しない改正が行われている(平成 22 年改正。法人税法第 61 の2条 16 項))。もしそうであれば,規定の不完全さを利用した租税回避は英国 GAAR の下では否認対象となりうる可能性がある。否認の根拠は,財政法(2013)という制定法上の規定であり,そのような制定法の立法の背景にある考え方は,アーロンソン報告書及び準法令的位置づけの GAAR ガイダンス(BOX7参照)によれば,「租税はコミュニティの費用の分担なのであるから,税法の抜け穴や弱点を探し,それを利用する納税者の能力に何等かの制限を課することには合理性がある」(パラ 3.3 及び 3.4 より要約。)ということになるのではないだろうか。

59�)「技巧的な取引又は技巧的な一連の取引であって,租税の回避及び租税利益を得ることを主な目的として行われたものは,無視される。(略)」�EU 委員会(2012)

60�)アーロンソン報告書は,租税回避でないことをセーフガードとして提案していたが,その場合の証明責任は納税者に負わせている(パラ 5.33)。また,我が国の昭和 36 年税制調査会答申でも,明示的ではないが,事業目的等を納税者による抗弁として位置づけていたと思われる(BOX:10)。

-�130�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 25: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

目的や理由によって行われるとは限らないから,同族会社の行為又は計算が,租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められるという要件の存在の存否の判断は,きわめて複雑で決めてに乏しいものとなり,被控訴人主張のような解釈を採用すれば,税務署長が法人税法 132 条1 項所定の権限を行使することは事実上困難になると考えられる。そのような解釈は,同族会社が少数の株主又は社員によって支配されているため,当該会社の法人税の税負担を不当に減少させる行為や計算が行われやすいことに鑑み,同族会社と被同族会社の税負担の公平を図るために設けられた同項の趣旨を損ないかねないものというべきである。」

Ⅶ-4.否認対象となる “スキーム”(一連の取引)の捉え方

 租税負担の軽減の達成は,一個の独立した取引によるのではなく,いわゆる�“スキーム”(一連の取引)により行われる)により行われることが多い。そこで,取引(一連の取引)をどのようにとらえ,否認対象となるかどうかについて判断するかは実務において重要な論点の一つである(Ⅲ- 5 - 2 参照),61)。“ラムゼイ” においても一連の取引の捉え方は重要な論点であった(Ⅱ-2-2.及び脚注 14 参照)。 たとえば,いわゆる IBM 事件高裁判決62)では,法人税法 132 条 1 項にいう「不当」の判断においては,納税者の主張を退ける一方どちらかといえば課税庁の主張に沿った規範を採用する一方,否認対象となる取引の捉え方(あてはめ)においては,「本件各譲渡が,本件税額圧

縮の実現のため,被控訴人の中間持株会社化(米国 B による被控訴人の持分取得,本件増資および本件株式購入)と一体的に行われたことを認めるに足りる証拠はない」として,課税庁が主張する税圧縮スキームを一体としてとらえることが認められなかった結果,納税者勝訴の判決で終わっている(28 年 1 月現在国が最高裁に上告受理申立て中)。 スキーム(一連の取引)をどのようにとらえるかという問題は,個々の事例における事情により大きく影響を受けるため,一般化することには困難もあるが,GAAR を立法するメリットとして,ある程度この問題に対応することが可能になることが考えられる。たとえば,2013年財政法は,「『取極め』(arrangements)にはあらゆる合意(agreement),了解,スキーム,取引(transaction)または一連の取引(series�of� transactions)が含まれ,法的に執行可能かどうかを問わない」(第 214 条),濫用的であるかどうかの判断において,取極めが他の取極めの一部をなす場合には当該他の取極めについても考慮されるべきこと(第 207 条( 3 )),等について規定している。 なお,アーロンソン報告書は,GAAR を否認規定,すなわち GAAR なかりせば適用される租税法規が生み出す効果を無効にするものとして位置づけることには,従来型の解釈を適用した場合に生じさせることができない概念を用いることができるという利点があると指摘し,具体的には,「多数派の裁判官は,実行されない可能性がある段階は,それが計画され実行されたとしても,『複合的取引』」に含めることはできないという見解であり,少数派の裁判官は,計画され実行された段階はすべて含めることが

61�)たとえば,経済合理性がない行為 A があり,その後においてこれがなければ実施し得ない取引 B があり,税の圧縮が生じているが,取引 B を単独でみた場合には経済合理性を欠くとは言えないとする。このような場合,B による税の圧縮を否認するためには A・B が一体的に行われたスキームであると捉えることが必要になる。経済合理性を欠くとはいえない取引 B が先行し,その後に経済合理性のない取引 A が行われるケースもありうるが,同様である。なお,租税回避行為の効果が後続年度に生じる場合についても同様だろう。金子宏(2015)474 頁。最高判昭 52.7.12。

62�)東京高判平 27.3.25�(判例データベース L07020130)

-�131�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 26: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

できるという見解であるところ,GAAR 草案(15 条( 3 ))では少数派のアプローチを提案した」と述べている(パラ 5.6)。

Ⅶ-5.「租税回避意図」の扱い 税の軽減(Ⅶ-1.)があった場合,それが租税回避の意図を持って行われたかどうかが,租税回避の否認に影響するのか,すべきかという問題がある。 この点については,事実認定による否認(表4 ロ,ハ,ニ)の場合,租税回避意図は原則的には影響しないとされる63)。租税回避意図の存在はそれを達成するための私法上の取引の存在を支えるものであるという考えすらある64)。「特段の事情」などとして租税回避意図が考慮される場合もありうるとの指摘もある65)66)。 個別否認規定の場合要件が制定法上明定されており,まさにその要件を満たすことが租税回避であることを法的にみなしているのであるか

ら,租税回避意図が影響する余地は基本的にないと考えられる67)。 他方,評価が介在するいわゆる規範的要件を定める行為計算否認規定については,租税回避意図も考慮される要素の一つになるという指摘68)や,租税回避意図は要件ではないし考慮することを排除する必要はないものの常に考慮される必要まではないとする指摘69)がある。財政法(2013)は,税軽減目的の取引が,検討対象となることを規定している(207 条(1))。 アーロンソン報告書は,租税回避意図がない取引への GAAR の適用がないことを提案し,これを「セーフガード」の一つとして位置づけていた(パラ 5.31~5.32)。ただし,この点についての証明責任は,GAAR 一般については課税庁にあるのと異なり,納税者側に負担させることを提案していた(パラ 5.33)。なお,成立した財政法(2013)にはこの規定は盛り込まれていない。

63�)浅妻教授は,「租税法負担軽減目的は(略)私法上の認定と無関係であるというのが学会の共通理解である」と述べている。浅妻章如(前掲注 44)87 頁

64�)浅妻章如(前掲脚注 44)91 頁及び同論考(注 13)参照。ただし,契約の外形・名称(ラベル)と契約の法的実質が常に一致するとは言えないと思われる。

65�)大阪高判平 12.1.18(映画フィルム事件)は,「租税回避を目的して行われた行為に対しては,当事者が真に意図した私法上の法律構成による合意内容に基づいて課税が行われるべきである。」としており,事実認定において租税回避意図を考慮(積極)した例と言えよう。

66�)いわゆるガイタント事件(東京高判平 19.6.28)は,一般論として租税回避目的が認定された場合,その手段,態様によっては,適法という認定がされる場合も違法という認定がされる場合ありうるとしている。同事件について,裁判所は,後者に該当するとした(国敗訴)。

67�)租税回避個別否認規定は,私法上の取引を税務上例外的に否認するものであるから,租税回避の存在が前提である。制定法に要件が規定されている以上,実務上は租税回避意図の存在を検討する実益には乏しいのが現実である。

68�)金子宏(2015)。471~472 頁69�)IBM 事件高裁判決(東京高判平 27.3.25)は,「法人税法 132 条 1 項の『不当』か否かを判断するうえで,

同族会社の行為または計算の目的ないし意図も考慮される場合があることを否定する理由はないものの」としつつ「専ら租税回避目的と認められることを常に要求し,当該目的がなければ動向の適用対象にならないと解することは,同項の文理だけでなく上記の改正の経緯にも合致しない」としている。

-�132�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 27: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

Ⅷ.おわりに

 GAAR 導入に至る英国の経験からは,裁判所による租税法の文言解釈・私法の外形重視の歴史があり,租税回避スキームの横行を招いた一因となったということに対する反省があったことが分かる。アグレッシブな租税回避スキームの横行は,企業にとっては「公平でない競争条件を生みだしている」ほか,国際的にみても「外国では否認される取引が英国では容認されてしまう」問題がある。 個別否認規定の立法による租税回避への対応は,抜け穴塞ぎの“いたちごっこ”を生み,アーロンソン報告書が「一種の租税を巡るチェスゲームであり,指手数と駒数が増えている」と指摘するように,租税法規の複雑化・長大化を招いた。 また,ラムゼイ事件の判決を契機として登場した租税法規の目的論的解釈は,厳格な文言解釈の束縛の結果租税回避の横行を許していた英国を「文言解釈の離れ小島」から救うなど70),租税回避の否認において一定の成果を納めた一方,時間がたつにつれて裁判官による判断の違いが目立つようになり,「相当程度の不確実性が生まれている」問題が強く認識されるに至った。また,制定法に立法趣旨を見出すことが困難な技術的な規定を利用した租税回避については,目的論的解釈ではお手上げであることも顕在化した。 こうした中,政治の面で変化が生じた。 英自由民主党は,2010 年の選挙における第三党であったが保守党と連立与党となることにより,自分たちの政策である租税回避への対抗

の問題を連立内閣で取り上げるよう求め,成功した。政治の関心の背景には,金融危機を背景に財政均衡要請が強まる中,タックスプロモーター産業が栄え,その結果大企業や富裕層から課税ベースの多額の脱漏が生じていることを国民・有権者に説明できないといった事情がある。 かくして,実務的な問題意識と政治的なリーダーシップの歯車がかみ合い,2011 年のアーロンソン報告書そして制定法への GAAR 導入に結びついたとみて良いと思われる。  英国は 2004 年に租税回避スキームの開示制度 の 導 入 を 先 行 さ せ て い る が,2013 年 にGAAR を制定法に導入したことにより,租税回避への総合的な対応が図られることとなった71)。 英国の GAAR は,斬新な工夫を租税回避への対応枠組みの中に持ち込んでいる。  ・�まず,否認すべき取引を租税法規の濫用

と定め,濫用的な取引をまっとうな節税と区別するための判断基準として「ダブルリーズナブルテスト」を開発した点がある。そして,何が濫用であるかの判断には租税法規の立法趣旨(規定が立脚する原則。2013 年財政法 207 条(2)( a ))について判断することが必要だが,これを立法時の歴史的な資料からのみ判断するのではなく,規定の不備を利用するような取引,すなわち,立法時に意識されていれば適用を否定したであろう取引が濫用的な取引であることを明示した特徴がある(207 条( c ))。

70)Barclays�Mercantile�Finance�Ltd 事件(2004)。同事件は納税者が勝訴している。71�)増井良啓教授は,租税回避への対応には総合的なアプローチが重要であると指摘している。「文言を離れた

法令解釈は,安定性を欠くし,おのずから限度がある。迂遠なようであっても,課税要件の立法的整備こそが,王道である。さらに,節税商品の登録制度や,企業会計上の情報開示,租税専門家の倫理と規律など,市場参加者のインセンティブに着目した総合的アプローチが重要と言うべきであろう。」と述べている。増井良啓(2014)320 頁。

-�133�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 28: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

  ・�GAAR の導入を巡っては,課税庁の裁量権の拡大への納税者の懸念や,予測可能性の問題について対処することが大きなカギとなるが,事前確認制度については,官民の事務コストの問題のほか,課税庁に何が否認されるべき取引かを事実上決定する権限を渡す危険があるとして採用しなかった一方,「GAAR アドバイザリーパネル」を導入している。

  ・�GAAR 適用の証明責任という高いハードルを課税庁(HMRC)に負わせる一方,裁判所の審理にあたって HMRC が作成する「ガイダンス」の尊重義務を課すことにより,GAAR ガイダンスに準法令的な性格をもたせた。租税回避的行為への対応の総合的なメニューの中では,否認よりも阻止を巡る行政的な側面が重要であると思われるが,行政庁の作成するガイダンスに準法律的な地位が与えられることは,租 税回避 抑 制制度としてのGAAR の行政的な側面を大いに支援する

ことになると思われる。 OECD が加盟国に制度の導入・整備を促すために 27 年 10 月 5 日に公表した BEPS 最終報告書には,租税回避スキームの義務的な開示が 含 ま れ て お り, 報 告 書 で は こ の 制 度 がGAAR とも密接な関係があることについて言及されている(アクションプラン 12 報告書パラ 35)。こうした面からも,今後わが国でGAAR が注目される余地はあるだろう。 租税回避の否認にあたっては,なるべく個別的否認規定によることが好ましいとの意見がある。実務を踏まえると,筆者も同感である。しかし,英国の経験や BEPS の議論を踏まえると,威嚇力としての GAAR は 99% の納税者と課税庁にとって有益であるとも感じる。そして,GAAR の設計や運用における論点は租税回避否認における最先端の論点であることから,GAAR の検討は個別的否認規定の設計や運用(行為計算否認規定を含む)に生かすことができるはずだ 72)。

参考文献

今村隆(2013)「英国における General�Anti-Abuse�Rule 立法の背景と意義」『税大ジャーナル』22 号 89 頁

金子宏(2015)『租税法」(20 版)弘文堂増井良啓(2014)『租税法入門」有斐閣税制調査会(1961a)「国税通則法の制定に関す

る答申(税制調査会第二次答申)及びその説明」昭和 36 年 7 月

税制調査会(1961b)「国税通則法の制定に関する答申の説明」(答申別冊)

岡直樹(2013)「GAAR� STUDY:包括型租税回避対抗規定が英国税制に導入されるべきか否かについての検討 アーロンソン報告書」『租税研究』第 766 号 466 頁

アーロンソン報告書�(2011)Graham� Aaronson� QC,�“GAAR� STUDY� –� A�

study� to� consider� whether� a� general� anti-avoidance� rule� should� be� introduced� into�the�UK�tax�system”

 http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/20130321041222/http:/www.hm-treasury.gov.uk/d/gaar_final_report_111111.pdf

フリードマン(2014)Judith�Freedman�(2014),”General�Anti-Avoidance�

Rules�(GAARs)�Experience� of� the� UK� in�introducing� a� statutory� anti-abuse� rule”:ジュディス・フリードマンオックスフォード大教授による一般社団法人ジャパンタックスインスティチュートにおける講演(2014 年 9月)及び資料

GAAR ガイダンス(2015)HMRC,� HM� Revenue� and� Customs�(2015),�

-�134�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 29: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

表 5 税負担の回避・軽減を巡る事例

相互売買事件。東京高判平 11.6.21 最高決平 15.6.13(上告不受理)国敗訴

 甲(個人)はその所有する土地を 7 億円で乙に譲渡し,乙(いわゆる地上屋)は調達した土地を 4 億円で甲に譲渡し,差額 3 億円を甲に支払った。国は,これを,納税者が主張するような個別の売買契約と代金相殺契約ではなく,3 億円の補足金付きの 7 億円の土地交換契約であるとして,甲が得た所得は 10 億円であるとした。 最高裁は,「法律の根拠なしに,当事者の選択した法形式を通常用いられる法形式に引き直し,それに対応する課税要件が充足されたものとして取り扱う権限が課税庁に認められているのではない」とした。映画フィルムリース事件。大阪高判平 12.1.18。最高判平 18.1.24 国勝訴

 日本の投資家(組合員)を集めて結成した民法上の組合(透明体)が,組合員からの出資 26 億円,銀行からの借入 63 億円で映画製作会社から映画フィルムを買い取り,これを直ちに配給会社に売却。組合員はフィルムの減価償却費(耐用年数 2 年)の損金算入によりメリットを受けた。 最高裁は,借入金について組合が実質的に危険負担をしていないこと,組合員は投資に見合う収益の分配に関心を持っていたとはいえないこと,等から,映画は本件組合の事業において収益を生む源泉とはいえず,映画フィルムを事業の用に供していないので減価償却資産に当たらないとした。外税事件。最高判平 17.12.19。国勝訴

 日本の銀行甲のシンガポール支店が,NZ 法人乙から資金を受け入れ(手数料収入)これをクック諸島の乙の100%子会社に貸し付けることにより,手数料収入を上回る源泉所得税をクック諸島政府に納めることになった。甲銀行は,取引自体では損失を生じるが,外国税額控除余裕枠を利用して最終的に利益を受けることができた。最高裁は,取引を全体としてみた上で,「外国税額控除制度を濫用するものであり,更には税負担の公平を著しく害するものとして許されないというべきである」とした。スウエーデン兄弟会社事件 東京高判平 18.1.24.国勝訴。重加算税。

 外資系内国法人が,寄付金課税を免れるため,多額の損失を抱える海外兄弟会社を買収し,特別損失を計上した行為について,裁判所は,「過小申告を意図して一連の行為を行い,本来納付すべき勘定科目を故意に他の勘定科目に虚偽記載することも,帳簿上の虚偽記載として仮装したことにあたると考えられる」とした。裁判で納税者は「スキームについての私法上の効力が否定されることはない」と主張したが,裁判所は,スキームが正当な取引というより損金算入できる形式をとるためのものであれば,かかるスキームは仮装であるとして納税者の主張を退けている。なお,海外の損失を日本に持ち込んで課税所得を減少させる社内の意思を明らかにする書簡,及び取締役がかかる取引を損金算入できないであろうことの認識があったことについての書簡が証拠として提出されている。日本ガ社事件。東京高判決 H19.6.28。 国敗訴

 判示事項「被控訴人が,本件契約締結前において,日本の法人税の課税対象にならないように検討を重ねたことが認められるから,租税回避の目的があったことは認められる。一般論として,租税回避という目的が認定された場合には,その選択された手段,態様によっては,違法という認定がされることはありうるが,そのような目的自体,自由主義経済体� 制の下,企業又は個人の合理的な要求・欲求として是認される場合もある。そして,税負担を回避するという目的それ自�体は是認し得ないときもあろうが,税負担を回避するという�目的から,本件資金を日本ガ社に提供する方法として GBV� と日本ガ社との間において匿名組合を組成するという方法� を採用することが許されないとする法的根拠はないといわざるを得ないことは,原判決が判示するとおりである。」V ホールディングス社事件 東京地判平 20.2.6。国勝訴。

 商議は原告と T 社(原告と T 社は非関連者)の間で行い,株式譲渡の価格等について合意ができた後になって,原告から税務対策上合意の相手先を原告のグループ法人である V ホールディングス(スイス法人)とするよう要請が行われたもの。裁判所は,「原告主張譲渡は,原告の課税逃れのために,名義上Vホールディングス者を取引に介在させる形式を整えたにすぎないものであり,実態を伴わない契約,すなわち,実質上の意思を欠く通謀虚偽表示による契約というべきであって,その効力を認めることはできず,T 社に V シネマ社株式を譲渡したのは真の所有者である原告であり,契約書ニの売主の起債は事実に反するものであって」と判示している。

-�135�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 30: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

“General� Anti� Abuse� Rule�(GAAR)�Guidance”�(Approved�by�the�Advisory�Panel�with�effect�from�20�January�2015)

IFS,� Institute� of� Fiscal� Study,� Tax� Law�

Review�Committee(1997),”Tax�Avoidance”EU 委員会�(2012),�“Commission�Recommendation�

of� 6.12.201� on� aggressive� tax� planning”� C�(2012)8806�final

資料 1 2013 年財政法第 5 編 Finance�Act�2013 Part�5

第 5 編 包括型濫用対抗規定(General An-ti-Abuse Rule)

第 206 条 包括型濫用対抗規則( 1 �)本編は,濫用的な租税取極から生じる租

税利益の効力に対抗(counteracting)する目的で効力を有する。(訳注)一般的には「否認」の意味だが,英国の GAAR は申告調整型である点に留意。209 条(5),210 条(a)(b)。

( 2 �)本編の規定を全体として「包括型濫用対抗規定」(the�general�anti�–�abuse�rule)と呼ぶ。

( 3 �)包括型濫用対抗規定は,次の税に適用される

( a )所得税( b )法人税(同様に取扱われるものを含む)( c )譲渡所得税( d )石油収益税( e )相続税

72�)平 28.2.29 にわが国の組織再編税制についての租税回避否認規定である法人税法 132 条の2に関して最高裁から重要な判断が示された。平 28.2.29 最高判(一小)(二小)。いわゆるヤフー事件。

 � 判決の要点は次のとおり(第一小法廷判決 9~10 頁によった。第二小法廷判決では 9 頁。下線及び傍点は筆者が加筆)。

   � 法法 132 条の 2 は「税負担の公平を維持するため,(略)組織編税制に係る租税回避を包括的に防止する規定として設けられたもの」であり,「このような同条の趣旨及び目的からすれば」否認対象は「法人の行為又は計算が組織再編成に関する税制(略)に係る各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものであることをいうと解すべき」である。そして,具体的な「濫用の有無の判断に当たっては,①当該行為の行為又は計算が,通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり(引用注:いわば通常と異なる・異常性。abnormal 基準),実態と乖離した形式を作出したりするなど(引用注:いわば実質基準),不自然なものであるかどうか,②税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由

0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

が存在するかどうか等の事情(引用注:いわば合理的な事業目的基準)を考慮した上で,当該行為又は計算が,組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって,組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるか否か(引用注:いわば税法の趣旨目的・立法趣旨基準)という観点から判断するのが相当である」。

 � すなわち,判決は,法法 132 条の 2 による否認対象を組織再編税制(租税法規)の濫用による租税回避であるとした。そして,濫用の具体的判断にあたっては「異常性基準」「実質基準」「合理的な事業目的基準」を踏まえた上で,租税法規の趣旨目的からの逸脱により濫用の有無を判断する枠組みを提示していると考えてよいと思われる。詳細な検討は後日に譲る必要があるが,この最高裁判決が示す内容は,英国 GAAR の骨子,すなわち,①濫用を対象としている(財政法 209 条(1)及び 207 条(1)及び(2)。関係する租税規定との関係での合理的な態様と言えるか)こと,②そして濫用の有無の具体的な判断にあたっては,立法趣旨(207条(2)(a)),経済実質(207 条(4)),取引の異常性(207 条(2)(b))等を考慮していること,と類似している。今後行為計算否認規定の運用や租税回避否認規定の設計等の検討において重要な参考の一つとなるものと思われる。

-�136�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 31: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

( f )土地印紙税,及び( g )居住用不動産税

第 207 条 「租税取極め」及び「濫用的」の意義 ( 1 �)取極め(arrangements)は,全ての状況

について考慮を払った場合,租税利益の獲得が取極めの主たる目的又は主たる目的の一つであると合理的に結論することができる場合,「租税取極」である。

( 2 �)租税取極めは,下記を含む全ての状況を考慮した場合に,その締結又は実施が,適用される租税規定との関係において合理的な行動のあり方(合理的な態様。a� reason-able�course�of�action)であると合理的に考えることができない場合(cannot� reason-ably�be�regarded)濫用的である。( a �)当該取極めの実質的な結果が,当該

規定が立脚する原則(明示的か黙示的かを問わない)及び当該規定の政策目標と矛盾しないかどうか。

( b �)かかる結果を達成するための手段(means)が,一つまたはそれ以上の仕組まれた(contrived)又は通常と異なる(abnormal)段階を含んでいるかどうか。

( c �)当該取極めが,当該規定の不備を利用することを意図しているかどうか。�

( 3 �)� 租税取極めが他の取極めの一部をなす場合,当該他の取引についても考慮する。�

( 4 �)以下のそれぞれは,租税取極めが濫用的であることを示すかもしれない事項の例である。( a �)取極めのもたらす課税上の所得,利

益又は譲渡益の金額が,経済目的のそれより相当程度少ないこと。

( b �)取極めのもたらす租税上の控除又は損失の金額が,経済目的のそれより相当程度大きいこと。

( c �)取極めのが,支払われていない又は支払われる蓋然性に乏しい税の還付又は控除(外国税を含む)権をもたらす

こと ただし,いずれの場合についても,かかる結果は関連する規定が立法された時点において予想されていなかった結果であると合理的にみなすことができる場合に限る。

( 5 �)租税取極めが確立した慣行に適合しており,取極めが実施された時点において歳入関税庁(「HMRC」)� がかかる慣行の受容を示唆(indicated)していたという事実は,当該取極めが濫用的でないことを示すかもしれない事実の例である。

( 6 �)4 項及び 5 項における例示は網羅的なものではない。

第 208 条「租税利益」の意義「租税利益」には次のものが含まれる―

( a �)税の所得控除(relief)又はその増加( b �)税の還付(repayment)又はその増

加( c �)税の源泉徴収(charge)若しくは賦

課(assessment)の回避又は減少( d )潜在的な税賦課の回避( e �)税の支払いの延期又は還付の前倒し,

及び( f �)税の控除 deduct 若しくは予納(account�

for�tax)義務の回避

第 209 条 租税利益への対抗(Counteracting)( 1 �)濫用的な取極めがあった場合,(本編の適

用なかりせば)当該取極めから生じたであろう租税利益は,調整を講ずる(making�of�adjustments)ことにより対抗される。

( 2 �)租税利益を取り消すために講ずる必要のある調整とは,妥当で合理的(just� and�reasonable)なものを言う。�

( 3 �)調整は,当該税又はいかなる他の包括型濫用対抗規定が適用される税について講ずることができる。

( 4 �)講じ得る調整には,(本編の適用なかりせば)租税負担がないあるいは小さい場合における租税債務の賦課又は増加が含まれる。

-�137�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 32: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

( 5 �)本条に基づき講じる必要のあるいかなる調整も(歳入関税庁の職員による場合も租税利益が生じるであろう者(訳注:納税者)に よ る 場 合 で あ ろ う と), 賦 課(assess-ment),再賦課(the�modification�of�an�as-sessment),請求の修正又は不承認,又はその他の方法により行うことができる。

( 6 �)ただし,(a)別表 43 の手続き要件を完了しない限り,歳入関税庁の職員は本条の規定に基づくいかなる手続きもとってはならない。また,(b)本条の規定に基づき調整を講じる権限には,本編以外の法令に基づき課される期間制限が適用される。

( 7 �)本条に基づき講じられるいかなる調整も,全ての目的において効力を有する(have�effect�for�all�purposes)。

第 210 条 派生的な調整( 1 )�本条は次の場合適用される――

( a �)209 条による租税利益への対抗措置が最終(final)であり,及び

( b �)別表 43 代 12 項に基づく対抗通知が交付されたものでない事案の場合,HMRC が対抗措置について納税者から通知を受けた場合。

( 2 �)(該当する)者(person)は,包括型濫用対抗規定が適用されるいかなる税について,一つ又は複数の派生的調整をの請求を行うため,対抗措置が最終となった日から 12 カ月を有する。

( 3 �)歳入関税庁の職員は,本条に基づいた請求について,妥当で合理的な請求(該当する場合)について派性的調整を講じなければならない。

( 4 �)派性的な調整は――( a �)いかなる期間についても講じること

ができ,及び( b �)いかなる者に影響するもの(租税取

極めに関係する者であるかどうかを問わない)でも良い。

( 5 �)ただし,本条のいかなる規定も,当該職

員にいかなる税についてもその者の税負担を増加する効果を有する派生的調整を行うことを求めないし許容しない。

( 6 )本条において――( a �)当該請求が所得税又は譲渡所得税に

関係するものである場合,1970 年租税管理法(TMA�1970)別表 1A が適用される

( b �)� 当該請求が法人税に関係するものである場合,1970 年租税管理法(TMA�1970)別表 1Aが(1998 年財政法別表 18に代えて)適用される

    =(c)(d)(e)は省略=( 7 �)内国歳入庁の職員が本条に基づき派生的

調整を講じる場合,請求人に対して講じた調整を文書により通知しなければならない。

( 8 �)本条の適用にあたり,租税利益への対抗は,対抗措置の効果を生じさせるための調整が行われた時に最終のものとされ,それらの調整により生じたいかなる金額も,異議その他において無効とされる。

( 9 �)本条に基づき講じることを要請される調整は,( a �)賦課,再賦課,請求の修正又は不承認,

又はその他の方法により,及び( b �)本編以外のいかなる立法により課さ

れた期間制限にかかわらず講じることができる。

(10�)本条において,209 条の租税利益への対抗に関し,「納税者」とは租税利益が生じたであろう者(person)を言う。

第 211 条 裁判所又は租税審判所(訳注:租税事件専門の裁判所)における手続き

( 1 �)包括的濫用対抗規則に関する裁判所又は審判所の審理において,HMRC は次を示さなければならない。 �( a )濫用的な租税取極めが存在すること,及び

( b �)租税利益に対抗するために講じられた調整が妥当で合理的なものであるこ

-�138�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR

Page 33: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

と。( 2 �)包括的濫用対抗規則に関するいかなる事

項について決定する場合にも,裁判所又は租税審判所(tribunal)は次を考慮しなければならない(must)。( a �)HMRC による包括的濫用対抗規則に

関するガイダンスで,GAAR アドバイザリーパネルにより承認されたものであって,租税取極めが締結された時点におけるもの

( b �)GAAR アドバイザリーパネルによる意見(別表 43 11 節参照)

( 3 �)包括的濫用対抗規則に関するいかなる事項について決定する場合にも,裁判所又は租税審判所は次を考慮に入れることができる(may)。( a �)ガイダンス,ステートメント又は他

の資料(HMRC,大臣,その他いかなる者によるもの)であって,租税取極が締結された時点において公知のもの。

( b �)その時点の確立した慣習による証拠

第 212 条 包括型濫用対抗規則と優先規則の関係

( 1 �)いかなる優先規則も,優先規定の要件にかかわらず,包括型濫用対抗規則を留保して効果を有するものとする。

( 2 �)「優先規則」(priority�rule)とは,特定の規定が他の規定に(他の規定を除き又は優先して)効果を持つものをいう。

( 3 )優先規則の例( a �)2009 年法人税法(CTA)464,699 又

は 906 条(法人税についての借り入れ関係の優先に関する規則,デリバティブ契約規則及び無形固定資産規則)及び

( b �)2010 年税法(国際及びその他の条項)(TIOPA2010)第 6 条 1 項の規則(他のいかなる立法にかかわらず,二重課税取極めに与えられる効果)

第 213 条 派生的な改正  (略)

第 214 条 第 5 編の解釈本編において ・�租税取極めが「濫用的」とは,207 条 2 項

ないし�6 項に定義された意義を有する。 ・�「取極め」には,いかなる合意(agreement),

了解(understanding),スキーム(scheme),取引又は一連の取引(transaction or� se-ries� of� transactions)も含まれる(法的に執行可能かどうかを問わない)。

 ・�「コミッショナー」とは,HMRC�のコミッショナーらのことをいう。

 ・�「GAAR アドバイザリーパネル」とは,別表43 第 1 項に定義された意義を有する。

 ・�「包括的濫用対抗規定」とは,206 条に定義された意義を有する。

 ・HMRC�とは内国歳入関税庁のことを言う。 ・�「租税利益」とは 208 条に定義された意義

を有する。 ・�「租税取極」とは,207 条 1 項に定義され

た意義を有する

第 215 条 施行及び経過規定( 1 �)包括的濫用対抗規定は,本法が発効した

日以降に締結された租税取極めについて効力を有する。

( 2 �)当該租税取極めが,かかる日以前に締結されたそれ以外の取極めの一部を構成する場合,当該それ以外の取極めは,第 3 項が適用される場合を除き,第 207 条 3 の適用にあたり考慮されない。

( 3 �)当該租税取極めが結果として濫用的でない場合には,当該他の取極めは第 207 条 3項の適用にあたり考慮される。

-�139�-

〈財務省財務総合政策研究所「フィナンシャル・レビュー」平成 28 年第1号(通巻第 126 号)2016 年3月〉

Page 34: 英国のアーロンソン報告書とGAAR...英国のアーロンソン報告書とGAAR 岡 直樹* 要 約 英国は2013年に制定法に「濫用的な取極めを標的にした穏健な」内容を持つGAAR(租

資料 2 アーロンソン報告書作成の過程で寄せられた GAAR を巡る意見

 GAAR スタディグループは,レポート作成の過程で多数の民間団体との意見交換を行っている(パラ 2.9)。その際寄せられた意見には次のようなものがあった。

租税回避についての見解 目に余る租税回避スキームに対して幅広い嫌悪が存在。(パラ 4.6) 目的論的解釈と DOTAS の組合せでも細心の注意を払って仕組まれたスキームに対応することはできないであろうという点について意見の一致があった。(パラ 4.6) 非常にアグレッシブな租税回避スキームは公平でない競争条件を生み出している。税に関係する者は,個人的には嫌悪するようなスキームであったとしても,そのスキームが現行法の下では節税効果をほぼ確実に生むとすれば,また,ライバル企業がそれをためらうことなく採用し商業上有利な立場に立つかもしれないと考えれば,かかる嫌悪するスキームの採用を検討せざるを得ないかもしれない。(パラ 4.7) アグレッシブなスキームが存在することにより,HMRC� が古典的なタックスプランニングに対しても厳しい姿勢をとらせる誘因になっているのではないかという懸念がある。(パラ 4.8) アグレッシブなタックスプランニングに対する懸念が租税法を複雑にしているのではないか(パラ 4.9)

 アグレッシブな租税回避は裁判所による制定法の拡張解釈を促している(パラ 4.10) 拡張解釈をいとわない気持ちの程度は裁判官によって異なるし,ある取引に対して裁判官が抱く不賛成の程度も反映されるため,不確実性が生まれている。(パラ 4.10)

GAAR に向けた意見 課税庁の調査官は GAAR� を本来適用すべきでない事案にも適用するのではないか。あるいは,GAAR が濫用的とは言えない租税回避に圧力をかける手段になるおそれがあるのではないか。(パラ 4.11) 課税庁に大幅な裁量権を付与することになるのではないか(どの類型の取引を問題とするかなど)(パラ 4.12) 英国の税制には特別な租税利益(special�tax�advantages)を与えることにより納税者がある取引を行うことを積極的に誘引している側面もあり,その利用が GAAR の対象となり得るのであれば,GAAR にはパラドクスがある。(パラ 4.13) 当初は限定されていても,GAAR 導入後に対象範囲がじわじわと拡大されるのでないか(パラ 1.13) GAAR があっても個別否認規定の量及び複雑さの減少の見込みが達成されないのではないか(パラ 1.13)

-�140�-

英国のアーロンソン報告書とGAAR