研究紹介 - slis.tsukuba.ac.jp音声言語処理...

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25 研究紹介 言語コンテンツの理解・構築・検索:藤井研究室 人間の主要なコミュニケーション手段である「言葉」を中心とした情報学や計算機科学の研究を行ってい ます。「人間が言葉を自在に操る仕組み」を科学的に解明し、当成果に基づいて計算機による言語理解を目的 としています。これが実現すれば、高度情報化社会に氾濫するテキストや音声などの言語コンテンツを自動 的に解析し、利用者が必要としている情報を効率よく提供することが可能になります。また、良質の言語コ ンテンツを自動的に構築することが可能になります。具体的には、以下に示す領域について研究を行ってい ます。 自然言語処理 機械翻訳:日英中韓蒙を対象に、ある言語で書かれたテキストを別の言語に翻訳します 自動要約:要点を落とさずにテキストの内容を簡潔にまとめます マイニング:評判やレビューなどのテキスト集合から世論や動向を分析します 情報検索 検索モデル:大量で多様な文書(Web、特許、論文、新聞、小説)を対象に検索します 多言語検索:外国語情報の検索と閲覧を支援します 質問応答:質問文に対して具体的な回答を提供するヘルプデスク型の検索を行います 音声言語処理 音声認識:人間が発話した内容をテキストに転記します 音声分割:連続した音声データを内容ごとに分割して、内容解析や検索を支援します 音声コマンド:音声発話によってシステムに指示を出します 複合研究・応用研究 百科事典の構築Web上のテキストや画像から事典的なコンテンツを構築します(※) オンデマンド講演システム:講演ビデオから聞きたい内容や見たいシーンを検索します ネーミングの自動化:商品や組織の特徴を表す名前を自動的に生成します ────────────────── っと知りたい方へ http://www.slis.tsukuba.ac.jp/~fujii/ ──────────────────────────────────── 部資金による研究プロジェクトの実績 IPA「未踏ソフトウェア創造事業」 NEDO「産業技術研究助成研究」 ・科研費「IT の深化の基盤を拓く情報学研究」 JST CREST「高度メディア社会の生活情報技術」 ─────────────────────────── ※)事典検索サイト Cyclone 言葉や事柄の説明に関するテキスト や画像を Web から自動収集して、調 べ物を支援する検索サイトです http://cyclone.slis.tsukuba.ac.jp/

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研究紹介言語コンテンツの理解・構築・検索:藤井研究室

 人間の主要なコミュニケーション手段である「言葉」を中心とした情報学や計算機科学の研究を行ってい

ます。「人間が言葉を自在に操る仕組み」を科学的に解明し、当成果に基づいて計算機による言語理解を目的

としています。これが実現すれば、高度情報化社会に氾濫するテキストや音声などの言語コンテンツを自動

的に解析し、利用者が必要としている情報を効率よく提供することが可能になります。また、良質の言語コ

ンテンツを自動的に構築することが可能になります。具体的には、以下に示す領域について研究を行ってい

ます。

自然言語処理

◆ 機械翻訳:日英中韓蒙を対象に、ある言語で書かれたテキストを別の言語に翻訳します

◆ 自動要約:要点を落とさずにテキストの内容を簡潔にまとめます

◆ マイニング:評判やレビューなどのテキスト集合から世論や動向を分析します

情報検索

◆ 検索モデル:大量で多様な文書(Web、特許、論文、新聞、小説)を対象に検索します◆ 多言語検索:外国語情報の検索と閲覧を支援します

◆ 質問応答:質問文に対して具体的な回答を提供するヘルプデスク型の検索を行います

音声言語処理

◆ 音声認識:人間が発話した内容をテキストに転記します

◆ 音声分割:連続した音声データを内容ごとに分割して、内容解析や検索を支援します

◆ 音声コマンド:音声発話によってシステムに指示を出します

複合研究・応用研究

◆ 百科事典の構築:Web上のテキストや画像から事典的なコンテンツを構築します(※)◆ オンデマンド講演システム:講演ビデオから聞きたい内容や見たいシーンを検索します

◆ ネーミングの自動化:商品や組織の特徴を表す名前を自動的に生成します

も──────────────────っと知りたい方へ

http://www.slis.tsukuba.ac.jp/~fujii/

外────────────────────────────────────部資金による研究プロジェクトの実績

・IPA「未踏ソフトウェア創造事業」・NEDO「産業技術研究助成研究」・科研費「ITの深化の基盤を拓く情報学研究」・JST CREST「高度メディア社会の生活情報技術」

(───────────────────────────※)事典検索サイト Cyclone

言葉や事柄の説明に関するテキスト

や画像をWebから自動収集して、調べ物を支援する検索サイトです

 http://cyclone.slis.tsukuba.ac.jp/

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 貴重な古典資料等をディジタルアーカイブ化し保存・公開することにより、従来、利用が制限されていた

資料もより広くそして効率よく活用できるようになる。 このようなディジタルアーカイブは近年多くの図書館、文書館、資料館で公開されているが、われわれは単に資料を電子化するだけでなく、これらの資料を利

用する研究者の立場に立ったアーカイブシステムの構築を目指す。すなわち、電子化された資料をどのよう

に組織化し、どのような形式で提供すればより有用なのかを資料研究者とシステム研究者とのコラボレー

ションによって実現する。

道法會元における護符分析支援システム

 道法會元は道教における呪術

や護符等を解説した書物であり、

道教研究における基本資料であ

る。その中には約 4,000種類の護符があり、それぞれ細かいパー

ツから構成されている。

 道教研究においては、この護

符の分析は重要課題のひとつで

あるが、これを人手で分析する

ことは困難であった。そこで、

本研究では、護符名分析支援機

能とパーツ分析支援機能を有す

る護符分析支援システムを構築

し、道教研究者とともに支援機

能の有効性の検証を行っている。

源氏物語錦絵のディジタル化と分析支援システム

 本学が所有している歌川豊国による源

氏物語錦絵をディジタルアーカイブ化す

る。 この源氏物語錦絵は欠落がなくすべて揃っていることや、源氏物語絵としてはス

タンダードな物であることなどから研究

利用に対する需要や価値は大きいと思わ

れる。

 そこで本研究では、錦絵をすべて画像

データとして取り込み、それぞれの登場人

物に対して研究者ごとにアノテーション

(注釈)を付加できる機能や、顔、文様の

比較などができるような機能を持つシス

テムを構築する。

ディジタルアーカイブ研究 :-資料研究者とシステム研究者のコラボレーション-

松本(浩)、綿抜、宇陀、松村、時井、松本(紳)グループ

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引用データ計量の一事例 表 1は、日本のある著名学会誌(Journal of the Physical Society of Japan)の 1990年 1年分に掲載された 624の論文が、1992年 1年間にいくつの論文に引用されたかを、Science Citation Insex (SCI)を用いて調査した結果である。この表から、被引用頻度が著しく偏った分布であることが判る。すな

わち、① 1年間に1回も引用されなかった論文が 43%もある。②全論文の 2/3は年1回以下しか引用されていない。これらの論文が全被引用数に占める寄与は 15%である。③一方、よく引用される上位 16論文(全論文のわずか 2.5%)だけで全被引用数に対する寄与は 20%であり、被引用下位の 2/3からの寄与を上回る。

 このように、同じ雑誌の同じ年に掲載された論文でも、全くないしはほとんど引用されない論文が大半を

占める一方、非常によく引用されるごく少数の論文が無視し得ない割合の寄与を示す。他の雑誌で調べても

この傾向は変わらない。このような寡占型の分布を skewな分布と呼ぶ。 最近、研究者や研究グループの業績評価に、発表論文数やその被引用数のような客観的指標を用いようと

する動きが盛んである。そのときよく使われるのが、投稿した雑誌のインパクトファクター(IF)(簡単に言うと雑誌の1論文あたり平均被引用数)である。しかし、以上の事実は、雑誌の IFによって個々の論文や研究者を評価することの誤りをはっきりと示している。

skew な分布の確率モデル 被引用数に限らず、skewな頻度分布は多くの研究対象になっている。文章中の単語の出現頻度、研究者

が一定期間に生産する論文数のような情報現象ばか

りでなく、都市の人口、企業の資産、生物の属に含ま

れる種の数等多くの例が知られている。当研究室の主

要な関心は、skewな分布を生み出す現象を説明する確率モデルの改良と、それによる具体的事例の解釈や

予測の可能性追究である。

 たとえば、あるモデルによると被引用数の分布は負

の二項分布に従うと考えられる。表1のデータ(1年

分の被引用)を負の二項分布に当てはめたのが図1(a)であるが、その当てはめで得られたパラメータをもとに5年分の被引用に相当する負の二項分布の予測曲線と実際のデータを比較すると図1(b)のようになる。両者がよく一致していることから、短期間のデータから長期間の振舞を予測できることが理解されるであろ

う。1年間のデータ(被引用ゼロの論文の割合は 42.8%)に基づき、5年経っても1回も引用されない論文の比率を予測してみると 20.0%になる(実際は 19.4%)。 もっとも、分布の全体の形にはこのようにある法則性があるが、個々の論文の引用可能性については全く

予測がつかない。1年間の被引用数とその後の4年間の被引用数の間の関係を調べたところ、その相関は極

めて弱く、1年間ほとんど引用がないからと言ってその後どうなるかは予想できないことが判った。

おわりに 文献その他の情報集合体を計量的に分析することにより、その傾向や特徴を知ろうとする研究は、

bibliometrics(計量書誌学)あるいは informetrics(計量情報学)と呼ばれる。ここに述べたのはそのごく一端であり、いろいろな分野における研究目的と研究対象、そして理論的、実証的な多くの研究方法があること

を付け加えておく。

情報の計量とそのモデル化:小野寺研究室

表1 JPSJ (1990) 掲載論文の 1992 被引用頻度

図1 被引用数データの負の二項分布当てはめ

被引用数 論文数 累積論文数 累積被引用数

0 267 267 (42.8%) 0(0.0%)

1 149 416 (66.7%) 149(15.6%)

2 86 502 (80.4%) 321(33.6%)

3 43 545 (87.3%) 450(47.1%)

4 27 572 (91.7%) 558(58.4%)

5 15 587 (94.1%) 633(66.3%)

6~7 21 608 (97.4%) 768(80.4%)

8~10 11 619 (99.2%) 866(90.7%)

11~20 3 622 (99.7%) 905(94.8%)

21~30 2 624 (100.0%) 955(100.0%)

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 近年、図書館など公共組織には、それを支えるコミュニティ構成員へのアカウンタビリティ(説明責任)が

強く求められるようになった。しかしこれまで、図書館評価といえば、図書館としての活動の規模などの観点

から実績が測定されるだけで、図書館サービスが人々にとってどの程度有用かといった成果の測定はほとんど

行われてこなかった。そこで、ここ数年、図書館の成果評価に関する研究が世界的にも注目を浴びるようになっ

ている。

 成果評価は、基本的には人々がどのような成果を求めているかに基づき、それをどれほど図書館が達成して

いるかを測定しようとするものである。どのような成果を求めているかという点で、利用の形態と利用目的・

動機に着目して利用者(顧客)を分析し、グループ化を試みたものが、図 A1と図 Bの二つである(前者は大学図書館、後者は公共図書館)。利用者

はそれぞれ自ら意向に沿って、利用の

シナリオを描き、図書館利用をしてい

る。これらは、利用者シナリオを数量

的に分析したものであるが、研究はこ

のような数量化処理以前にフォーカス・

グループインタビューなどによるシナ

リオの採集から始まる。図 A2は、各グループがどのような成果を手にして

いるかを示したものである。利用者一

般が同じ成果を受け取るわけではない。

図書館の成果評価 : 永田研究室

図B 公共図書館の利用者グループ(利用目的・動機別)

←図 A1

(大学図書館の利用者)

図 A2 →

(グループごとの

得られた成果)

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 情報サービスは、組織の経営、社会制度、人間との関わり、技術など多様な側面からとらえることができ

ます。本研究室では、情報サービスは、人間が情報を獲得する行為と、情報サービスの仕組み、知識を表現

した情報メディアの相互作用の中で成立するという視点から、情報サービスの構成に関する課題に大学院生

と共同で取り組んでいます。情報サービス現場のあり方の実際的問題解決を直接取り上げるというよりは、

情報サービスに関する基礎的な課題に注目しています。

情報モデルと情報獲得の仕組み 情報サービスの最終的な出力である「顧客による情報の獲得」について、人が情報を獲得するということ

はどういうことかという問題意識のもとに、「情報モデルと情報獲得の仕組み」を取り上げています。「情報」概

念の捉え方が情報サービスの構成に原理的に関係するという立場から、これまでの捉え方を一歩進めて、行

為における情報という観点から「情報の目玉焼きモデル」を発想し、その精緻化に取り組んでいます。

情報サービスと情報システムの構成 情報サービスはどのように構成されるかという問題意識のもとに、情報サービスを一つのシステムとして

捉えて、次のような課題を取り上げています。すなわち、図書館サービスやそのほかの情報サービスをビジ

ネスモデルの視点から分析する、また、人間の情報行動に適合した情報システムを構想するために災害時の

情報システム等を事例として分析する、人的サービスを職業的援助という枠組みの中で、利用者との関係に

注目しつつ再構成する、情報サービスをとらえる新しい視点としての情報ロジスティクス概念を開発するな

どの問題です。

情報メディアの知識表現の分析 情報サービスで用いられる情報メディアをいかに構成するかという問題意識のもとに、科学的知識(生物

学)や実際的知識(マニュアルやヘルプ等)を表現したテキストに記述された知識の構造分析などを行って

います。

情報サービスの構成に関する研究:石井研究室

情報の目玉焼きモデル

 情報は行為者の主観と外界(情報メ

ディア)との相互作用において、思考

と感性を通じて意識上に生成される意

味であり、その意味は行為において何

らかの作用を持つ。そして、情報は「行

為に作用する認識としての意味」、「行

為において欲求を充足する意味」、「行

為において外部に働きかける手段とし

ての意味」という三つの局面において

認められる

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ダブルプロファイル方式のシステム設計 ~利用者と設計者の視点の違いの吸収~ 本研究グループは、国文学研

究資料館、国立民族学博物館、

国立歴史民俗博物館などの機関

と、文化科学に関する情報資源

の共有化に関する共同研究を進

めている。ここではこれまでに

異種データベースの横断検索を

実現したが、利用者ごとのシス

テムの使い方は考慮されてこな

かった。

 そこで本研究では、システム

側のデータ設計と利用者側のア

クセスインタフェースを分離し、

それぞれを最適化した 2つのプロファイルを作成した後に両者

を結びつける「ダブルプロファ

イル方式」のシステム設計を行

う。これにより、資源に対する

利用者とシステム設計者の視点

の違いを吸収することを目指し

ている。

利用者行動分析によるユーザプロファイルの導出 ダブルプロファイル方式のシステム設計の第 1段階として、利用者のシステムに対する要求を調査によって明らかにし、ユーザプロファイルとして導出することを試みた。これまで、研究者や図書館員など計 8名を対象に調査を実施した。各調査は以下の 2つの検索実験とインタビューからなる。1.検索課題や検索システムなどの条件を等しくし、発話思考法を用いた定型実験2.日頃使っているシステムを用いて利用者の検索システムへの考えを自由に回答してもらう非定型実験 調査の結果、まず定型実験の分析から利用者の詳しい探索行動を抽出した。特に、検索項目の使い方の違

いから、簡易検索、詳細検索、組み合わせ検索の 3つの探索パターンに利用者を分類できることを明らかにした。そこで、これらのパターンに対応する 3種類の検索項目集合をユーザプロファイルとして導出した。 一方で、コンピュータの使用頻度や検索項目に対する理解度など 6つの個人差要因によって利用者の特徴付けを行い、その多様性を明らかにした。また、非定型実験からは個々の利用者を特徴付ける多数の興味深

い意見が得られた。

今後の展開 今後は調査結果の分析を進め、個人差要因と探索パターンの関係を明らかにするとともに、非定型実験で

得られた個々の利用者の考えをユーザプロファイルに反映させる方策を検討する。さらに、システム側の最

適なデータ設計をシステムプロファイルとして作成しユーザプロファイルと結びつけることによって、シス

テム設計者と個々の利用者の視点の違いを吸収可能な資源共有化システムの構築を目指す。

利用者と設計者の視点の違いを吸収可能な資源共有化システム :宇陀、松村グループ

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◆概要 人間は複雑な環境下でも、五感を巧みに使いながら様々な行動を実行します。とりわけ、聴覚と視覚に依

るところが大きいと言われています。本研究室では、実環境下で柔軟に振る舞える知的システムの構築を目

指し、音声言語・音響メディア処理に関する研究と、視覚情報処理とそれに基づくロボット制御に関する研

究を行っています。

◆ディジタル信号処理技術を用いた音声強調、雑音低減、環境音分析の研究 人間は雑音が多い場所でも音声を「聞き

分ける」ことができますが、音声認識シス

テムにとって雑音は大敵です。コンピュー

タによる音声処理には、雑音を低減する技

術が大変重要です。また、周囲の環境音を

雑音として扱わず、音の発生源が何かを識

別することも有用な利用法があります。こ

こでは、複数のマイクロホンを用いて雑音

を低減する手法の開発、モノラルで収録さ

れた音響信号波形から雑音を分離したり、

環境音を認識したりする手法の開発を進めています。

◆筋電位信号を利用したヒューマン - マシンインタフェイスの研究 脳からの運動指令が筋肉に伝えられ筋肉が収

縮する際、筋肉上に電気的な信号(筋電位信号)

が発生します。本研究では、皮膚表面から計測

した筋電位信号を利用して、ロボットハンドや

義手などの複数の関節を自在に操作できるイン

タフェイスを研究開発しています。

◆人間の睡眠覚醒機能に基づく並列知覚情報処理システムの研究 柔軟な知覚情報処理系を有するロボットを構築するた

めに、人間の意識状態、特に睡眠 /覚醒状態を数理モデルとして表現する研究を進めています。本数理モデルを利

用することにより、覚醒時には外部(視覚や聴覚)情報

を主に処理し、睡眠時には内部(蓄積)情報を主に処理

したり、処理を休止したりすることができる動的な情報

処理系の構築が可能となります。その結果、限られた計

算機資源を有効に利用することができるようになります。

◆その他の研究テーマ 上記の他に、次のような研究テーマも実施しています。詳しくはホームページをご覧下さい。

   ・音声生成過程のモデル化に基づく音声分析と合成の研究

   ・ユニバーサル音声符号系を用いた音声の認識・検索の研究

田中研究室 : http://www.slis.tsukuba.ac.jp/~ktanaka/三河研究室 : http://www.slis.tsukuba.ac.jp/~mikawa/

音声・音響、視覚、ロボティクスに基づく知的システムの研究 :田中、三河グループ

マイクロホンアレイなどの収録実験装置

オペレータ

筋電位信号計測装置ロボットハンド

(CG)

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 高度情報基盤の上に豊かな人間生活を実現するためには、人間の基本的な活動である協調活動の支援が不可

欠です。このために、人間と人間あるいは人間と機械のインタラクションについて研究しています。よりよい

コラボレーション、コミュニケーションを実現するために、先進的な情報メディアや情報システムの設計と開

発を行い、また、それらを教育・学習など実際の場面へ応用するという形で研究を進めています。

臨場感のある分散会議システムの研究 複数の人間による協調活動の一つに会議があります。

人さえ集まればよく、簡単そうに思えますが、人間は

実に複雑なコミュニケーションをしているので、会議

メンバーが遠く離れていると、自然に会議を行うこと

は簡単ではありません。そこで、われわれの研究室で

はこれまでに、マルチメディア情報をどのように会議

メンバーに提示すべきかという問題に取り組み、新し

いビデオ会議システムの設計や、映像の演出手法につ

いて研究、提案をしてきました。さらに、拡張現実感、

複合現実感といった最新のメディア技術も利用して、

相手を活き活きと感じられる、臨場感のある分散会議

システムを開発しています。

体感を重視したテーブル型協調学習システムの研究 最近では学習教材がディジタルコンテンツということもよくありますが、学習教材はインターネットだけに

あるわけではありません。むしろ、学習者自身の身の回りに目を向けることが重要で、野外学習や体験学習が

盛んです。野外学習や体験学習を効果的なものにするには、その前後にも学習活動がなされます。たとえば、

野外で何かを採集したり観察スケッチを描いたりした後に、それらコンテンツを使って話し合いをしたりする

ことが重要です。

 本研究ではこのような状況を想定しています。複数の学習者が、実物体とインターネット上の情報を含む電

子的情報の両方を利用することができ、テーブルの上でそれらを容易に操作できる協調学習システムを、慶應

義塾大学との共同研究により開発しています。

協調活動のための情報メディアシステム:井上研究室

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 近年、ネットワークは急速に技術革新が進み、携帯電話とインターネットは今や社会生活におけるインフ

ラとなっています。今後は、ユビキタスに向けた更なる進化が期待されます。「いつでも、どこでも」は現

在の携帯電話でも一定のレベルで実現されていますが、私たちの研究室では、次世代の情報通信技術として、

コンピュータが状況を認識し、それにサービスを適合させる技術を研究しています。

 ユーザの置かれた状況、利用する端末やネットワークの状態、ユーザ特性(視聴覚障害等)をコンピュー

タが自動的に認識する「コンテキスト理解(状況理解)技術」と、認識したコンテキストに基づいて情報を

変換して提供する「コンテンツアダプテーション(状況適応)技術」により、単に「いつでも、どこでも」

という次元を超えた快適な情報サービスを提供できる可能性があります。これを実現するために、コンテキ

ストを形式的に記述し、機械が検索・推論できる技術やメタデータをネットワーク機能に連携させる技術を

開発しています。

 一方、コンテキストを理解するために必要とな

る位置情報やユーザの視聴覚能力といった情報

は極めてプライベートな情報なので、これらを

ネットワーク上に流通させるためにはプライバ

シー保護のメカニズムが必要です。私たちの研究

室では、位置情報等のプライバシー情報の提供可

否をユーザ自身がコントロールできる「プライバ

シー制御プラットフォーム(共通基盤)」も研究

しています。そのための基盤技術として、暗号技

術や認証技術、アクセス制御技術などの情報セ

キュリティ技術をWebサービスに適用する研究を進めています。

ユビキタス情報通信プラットフォーム:川原崎研究室

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磁性体、スピントロニクス物性 ハードディスクや光磁気ディスクなどの磁性体の基礎物性を理論的に研究しています。また次世代メモリと

して有用なスピントロニクス関係の物性研究も行います。

バンド計算システム 物性理論研究の有用な方法の一つにバンド計算と呼ばれる物があります。数万ステップにおよぶ計算プログ

ラムの改良や、新たなアルゴリズムの創出などの研究も行っています。

フェルミ面の理論的研究 金属の物性を特徴づける量にフェルミ面があります。

物質ごとに大きく違っていることや実験的に観測される

ことなどから、理論研究との比較に有用です。(磁気)コ

ンプトン散乱実験や陽電子消滅角相関実験などと理論結

果の比較を通してフェルミ面の形状を研究しています。

サイエンティフィックビジュアライゼーション 理論計算で得られた結果を可視化

し、実験結果と比較したり、数値

データをグラフ化することで、その

解釈を容易にします。そのためのグ

ラフィックス処理システムなども研

究の対象としています。

計算物理システム:松本(紳)、時井グループ

Energy band for TiNi Fermi surfaces for bcc Fe of spin-up state calculatedby LSDA and LSDA+U

Energy-dependent Compton profiles for Al

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 情報機器の内部を開けて見ると、たくさんの「黒い石」が並べられているのが見えると思います。それら

が「半導体デバイス」と呼ばれる情報機器の機能を一手に担う重要な部品たちです。私達は、半導体の内部

を詳しく調べることで、半導体デバイスの性能をさらに引き出したり、劣化や故障の原因を解明したりして

います。また、新しい半導体材料の開発を行ったり、半導体テクノロジーを支えるためのコミュニティ活動

も展開しています。

【電子スピン共鳴分光(EPR)技術】私達が世界的な競争力をもつ実験技術で、半導体の内部を原子レベルで調べることができる特長をもっています。当研究室には最新の測定器があり、それらをベースにさらに

最先端の測定技術の開発も行っています。

【シリコンの研究】 半導体デバイスの 90%以上はシリコンでできています。当研究室では日本電気株式会社などと共同で、シリコン大規模集積回路(LSI)の内部の様子などを調べています。また、「量子コンピュータ」と呼ばれる全く新しいコンピュータ技術の基礎研究も行っています。

【ダイヤモンドの研究】つくば市は世界の半導体ダイヤモンド研究の中心地で、市内にある物質・材料研究機構や産業技術総合研究所と連携して、半導体ダイヤモンドの実用化に向けた研究を行っています。半導

体ダイヤモンドは強力な紫外発光が可能で、光ディスクの超大容量化などが期待されています。

【シリコンカーバイドの研究】シリコンカーバイド(SiC)は高出力に適した半導体で、エネルギー分野で特に注目を集めています。日本原子力開発機構や国内外の大学と協力して、実用化への評価研究を展開して

います。

【コミュニティ活動】当研究科で展開されている情報学の研究成果を参考にして、半導体テクノロジーの専門家コミュニティに向けて、インターネットとデータベースを駆使したコミュニティ活動を展開しています。

半導体テクノロジーを支える評価研究とコミュニティ活動:磯谷、梅田、水落グループ

シリコンの研究 【左】LSI 中に発生した空孔 - 酸素複合欠陥の

EPR 信号 : J. Appl. Phys. 94, 7205 (2003)より.【右】シリコン

中の燐「量子ビット」の時間分解 EPR 測定 : Phys. Rev. B 70,

033204 (2004)など .

ダイヤモンドの研究 【左】ダイヤモンドの n型ドーピングに成

功した試料のEPR(NIMS1信号): Appl. Phys. Lett. 85, 6365 (2004)

など . 【右】化学気相合成ダイヤモンドの高品質化に成功 : Appl.

Phys. Lett. (2006 印刷中).

コミュニティ活動 半導体結晶欠陥のWeb データベースシステム :

  http://www.kc.tsukuba.ac.jp/div-media/epr/ で公開中

シリコンカーバイドの研究 単結晶ウェハ中の複空孔の

EPR(P6/P7信号): Phys. Rev. Lett. 96, 055501 (2006)より.

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 生涯学習社会の進展に伴い、日本に限らず世界各国で、成人教育の重要性が叫ばれています。こうした成

人教育には、職業教育を中心として実務的内容を主とする流れ、読み書き計算能力などの基礎的リテラシー

を内容とする流れ、そして趣味や教養を主とする流れという3つに分類することができます。

 本研究では、これらの流れを政策的に分析検討を行います。さらに、ナショナル・アイデンティティを付

与する「場」としての生涯学習施設に着目した研究も行っています。

 具体的には、まず職業教育に関しては、高等教育の分野を中心に、日本や欧米の高等教育機関における成

人学生の動向や遠隔教育関連政策について研究を行っています。「e-ラーニング」という言葉で代表されるように、遠隔教育は今非常に注目を集めていますが、授業の配信のみならず、学生に対する学習支援という

視点から図書館サービスをはじめとする、各種サービスの提供内容と方法について先進諸国の実態を比較研

究しています。

生涯学習施設の成人教育機能に関する研究:溝上研究室

 また、ナショナル・アイデンティティの付与機能に関しては、主としてアメリカ合衆国やカナダの博物館、

美術館や図書館において、施設の形成や展示物、あるいは展示方法と多文化主義との関連性について、研究を

行っています。国民国家の再検討が唱えられているなか、これら文化施設はどのような文化を国民に提示して

きたのか、あるいは提示しようとつとめてきたのを、実際の展示物「モノ」から分析を行っています。

イギリス:レスター大学図書館 レスター大学 遠隔学習プログラム教材 イギリス:リーズ大学図書館

カナダ国立美術館 カナダ国立文明博物館

文化政策の類型論

文化政策 伝統的文化あり 伝統的文化なし

集権的直接的文化政策 フランス フランス系カナダ

間接的文化政策 イギリス アメリカ

分権的文化政策 イタリア、ドイツ イギリス系カナダ、カナダ連邦政府

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 明治維新(1868年)から 140年近く経ち、現代と地続きでありながら「近代=明治」も遠くになりつつある。この間、日本はいくつかの戦争をくぐり抜けつつめざましい発展を遂げ、世界に冠たる「経済大国」「技術立国」

になった。その意味では、その方面におけるさまざまな研究も、驚くべきほどに進展したと言っていいだろう。

 しかるに、そのような「経済」や「技術」を全体で支える「文化」について、どれほど研究が進んでいる

かと言えば、例えば個々の作家や著作者(文化人)に対する研究は、「重箱の隅をつつくような形」では行わ

れていても、あるいは明治以来の「舶来=西洋信仰」の伝統を引きずって欧米の最新流行の哲学や言説を使っ

た論や研究は続出していても、肝心要の「著作」がこの国の「近代」にどのように関係していたのか、さら

には人々の暮らしと「著作」(出版文化)とはどのような関係にあったのか、といった「基本的」な研究は未

だ不十分な状態にあると言っていい。言葉を換えれば、「近代の文化」を社会総体から考察する研究は未だし

の感がある、ということである。例えば、130年の歴史を持つ近代教育と著作物(小説や経済論、政治論、等)や新聞・雑誌の発行、あるいは明治初期に於けるキリスト教(プロテスタント)との連関は、どのような関

係にあったのか、等ということについて、充分に明らかにされているとは言えない。もちろん、これまでに

も「総論」的な研究はないわけではなかった。しかし、具体的な著作物とそれらとの関係について、全体的

な歴史観に基づいて研究されてきたとは言い難い。我が研究室で現在試みているのは、それら具体的な著作

物を通して、「近代文化」全体を考察することである。

 また、近代書誌学にいたっては、従来の「図書学」や「文献学」の範疇でしか考えられておらず、近代印

刷術の導入による大量印刷(大量読者)・著作者(出版社)の増大、といった事態に対応する「近代書誌学」

論の形成さえままならぬ状態にある。関西大学の谷沢永一(名誉教授)や浦西和彦を先駆者として、最近よ

うやく「学」として成り立ってきたような状況にある。調べて判ったのであるが、例えば私の専門である近

代文学研究の分野において、総合的・具体的に「書誌学」的な研究を指導している大学は、本当に少数で、

そのような研究を全く無視している大学がほとんどである。例えば、近代文学研究において、現在でも恣意

的な言説(研究)や欧米の哲学を援用した研究が罷り通っている状況に対して、「近代書誌学」は「事実=具

体的な著作活動」を調査・資料収集・一覧の記述を通して、その著作者の言説の歴史とその内容を明らかにし、

もってその言説が文化(社会)の総体とどのような関係があったのかを明らかにする「基礎的」な学問である。

当然、このような研究(学問)は、図書館や最近各地で作られつつある文学館などにおける「資料・蔵書構成」

の在り方などとも関係する。

 書籍(単行本・全集・文庫本、等)はもちろん、新聞、雑誌、パンフレットの類まで調査し、「完全・完璧」

な書誌を作ること(当然それはデータベース化される可能性を持つ)がいかに困難か、やってみれば判るこ

とであるが、現在大学院生と共に、そのより良い「方法」を求めて、研究中である。

学の基礎としての著作文化・近代書誌学:黒古研究室