V章 物価と金融 - esri.go.jp · 数(wpi)と消費者物価指数(cpi)をプロッ...

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94 V章 物価と金融 前章まで我々は、金融政策が実体経済にどの ような影響を与えるのか考察した。ところで日 銀が「物価の番人」と呼ばれるように、物価が 日銀の政策ターゲットの主要なひとつであるこ とは異論のないところであろう。II章でみたと おりオイル・ショック以降、インフレーション は日銀の政策ターゲットの中でそれ以前に増し て大きな比重を占めてきた。物価の上昇はどの ようなメカニズムによって起こるのだろうか。 また金融政策はインフレーションの抑制に対し て有効に働くのだろうか。本章では物価と金融 政策の関係について分析を行うことにしよう。 1.インフレーション(WPICPIの比較) V-11958年1月を100とした卸売物価指 数(WPI)と消費者物価指数(CPI)をプロッ トしたものである。図を見ると、1970代初頭ま では明らかにCPIの上昇率がWPIの上昇率を上 回っていたことがわかる。例えば1958年~71の平均上昇率を比較すると、 WPI0.5%である のに対しCPI 4.9%である。こうしたWPI CPIの上昇率の間にみられる格差は、製造業を 中心とした貿易財部門とサービス産業のような 非貿易部門の労働生産性上昇率の格差によって 発生した。日本の製造業はこの間に1次・3次 産業をはるかに上回る高い生産性の上昇を達成 したのである。 V1 WPIとCPIの推移 これに対して第1次オイル・ショック時1973 年4月から75年4月、および第2次オイル・シ ョック後1979年4月から80年3月にかけての 2回にわたる激しいインフレーションでは、い ずれもWPIの上昇率がCPIの上昇率をはるかに 上回っている(図V-2)。いうまでもなく原油を 中心に輸入原材料価格の上昇が大きな役割を果 たしたからである。1980年以降はわが国の物価 水準は国際的にみてもきわめて安定的に推移し てきた。以下本章ではこうした物価上昇がどの ような要因によってもたらされ、金融政策がど のような影響を与えたか分析することにする。

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第V章 物価と金融 前章まで我々は、金融政策が実体経済にどの

ような影響を与えるのか考察した。ところで日

銀が「物価の番人」と呼ばれるように、物価が

日銀の政策ターゲットの主要なひとつであるこ

とは異論のないところであろう。II章でみたと

おりオイル・ショック以降、インフレーション

は日銀の政策ターゲットの中でそれ以前に増し

て大きな比重を占めてきた。物価の上昇はどの

ようなメカニズムによって起こるのだろうか。

また金融政策はインフレーションの抑制に対し

て有効に働くのだろうか。本章では物価と金融

政策の関係について分析を行うことにしよう。

1.インフレーション(WPIとCPIの比較)

図V-1は1958年1月を100とした卸売物価指

数(WPI)と消費者物価指数(CPI)をプロッ

トしたものである。図を見ると、1970代初頭ま

では明らかにCPIの上昇率がWPIの上昇率を上

回っていたことがわかる。例えば1958年~71年

の平均上昇率を比較すると、WPIが0.5%である

のに対しCPIは4.9%である。こうしたWPIと

CPIの上昇率の間にみられる格差は、製造業を

中心とした貿易財部門とサービス産業のような

非貿易部門の労働生産性上昇率の格差によって

発生した。日本の製造業はこの間に1次・3次

産業をはるかに上回る高い生産性の上昇を達成

したのである。

図V-1 WPIとCPIの推移

これに対して第1次オイル・ショック時1973

年4月から75年4月、および第2次オイル・シ

ョック後1979年4月から80年3月にかけての

2回にわたる激しいインフレーションでは、い

ずれもWPIの上昇率がCPIの上昇率をはるかに

上回っている(図V-2)。いうまでもなく原油を

中心に輸入原材料価格の上昇が大きな役割を果

たしたからである。1980年以降はわが国の物価

水準は国際的にみてもきわめて安定的に推移し

てきた。以下本章ではこうした物価上昇がどの

ような要因によってもたらされ、金融政策がど

のような影響を与えたか分析することにする。

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図V-2 CPI及びWPI前年同月比変化率(%)

2.インフレの決定要因

詳しい議論を展開する前に、まず簡単なモデ

ル(Yoshikawa[1992])を用いてインフレの決

定要因を整理することにしよう。最初は賃金方

程式である。

cypw 1tt ++= − ω )0c( > (V.1)

ここでw,p,yはそれぞれ名目賃金変化率、名

目物価上昇率、実質生産増加率、またω は労働

者が要求する実質賃金の上昇率である。日本の

賃金決定方式の特徴としてよく言われる事とし

て、「春闘」の存在があげられる。賃金の決定に

際し2~3年契約の形態をとっている米国等と

違い、日本の場合春闘の存在のためインフレが1

年以内に賃金に反映される。またわが国の賃金方

程式では、物価上昇率の係数は1と有意に異なら

ずに計測される(吉川[1992],3章)。(V.1)式

はこうした点を定式化したものになっている。

次に価格方程式を考えよう。

ttt dywp +−= η )0d( > (V.2)

η は労働生産性の上昇率である。(V.2)式では

企業は賃金の上昇を生産物の価格に上乗せさせ

て価格を決定している。反対に労働生産性の上

昇は価格を引き下げる要因である。VI.2式を

VI.1式に代入することによって次の式が得られ

る。

t1tt y)dc()(pp ++−+= − ηω (V.3)

生産量決定に関しては、次の簡単な方程式を

用いる。

tttt YPVM = (V.4)

M, P, Yはそれぞれマネー・サプライ、価格レベ

ル、生産量である。貨幣の流通速度Vが一定で

あると過程すると、(V.4)式は次のように表せ

る。

ttt ypm ++ (V.5)

mはマネー・サプライの増加率である。貨幣の

流通速度が一定であるという仮定は現実的では

ない(Tobin[1982])。またマネー・サプライ

を完全に外生的とすることが非現実的であるこ

とも、既に詳しく説明した。しかしここではあ

くまで議論を簡略化するために、マネー・サプ

ライについての簡単なフィードバック・ルール

を仮定することにしたい。

1tt pm −++ δθ (V.6)

(V.6)式のδ は、マネー・サプライの増加率m

が前期のインフレーション 1tp − をどれだけアコ

モデートするかその程度を表すパラメーターで

ある。例えばδ が1の場合、マネー・サプライ

は前期のインフレを完全にアコモデートする。

一方δ が0の場合、マネーの増加率は前期のイ

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ンフレに関係なくθ によって決められる。またδ

がマイナスの値をとる場合には、日銀が強い反

インフレのスタンスをとっていることになる。

(V.3),(V.5),(V.6)式から、次の式が得られ

る。

1tt p)dc1())dc(1(

p −++++ δ

)dc1())()dc((

++−++

+ηωθ

(V.7)

(V.7)式はインフレが一階の自己回帰過程に

従うことを表している。ちなみに、実際には年

次のCPI・WPI上昇率の自己相関係数は、表V-1

の通りである。

表V-1 消費者物価指数上昇率、卸売物価指数上昇

率の自己相関係数

階差 消費者物価指数 卸売物価指数

1年 0.6538 0.3551 2年 0.3777 0.0063 3年 0.3322 0.0243 4年 0.1942 -0.0147 5年 0.0634 0.0453 6年 0.0601 0.2150 7年 -0.0795 0.0419 8年 -0.1440 -0.0922 9年 -0.1645 -0.1582

10年 -0.2363 -0.1263

(V.7)式から、インフレの持続性はδ および

c+dに依存することがわかる。価格もしくは賃

金が生産量の変化に敏感であればあるほど、ま

たマネー・サプライが価格に対して適応的でな

いほどインフレの持続性は弱いことになる。長

期的な均衡におけるインフレは、

)dc)(1()()dc(

*P+−

−++=

δηωθ

(V.8)

である。 ++ 10 PP( ・・・・ )P 1t−+ /t もP*に収

束するので、P*は近似的に平均物価上昇率と解

釈することができよう。 平均物価上昇率P*はθ 、 ηω − 、δ 、c+dに依

存する。次の(1)~(6)時に *P は低くなる。

(1) マネーの増加率θ が小さい。

(2) マネー・サプライが物価上昇をア

コモデートしない(δ が小さい、

もしくは負である)。

(3) 価格および賃金の決定が生産量の

変化に敏感に反応する( dc + が高

い)。

(4) 労働者によって要求される実質

賃金の上昇率ω が労働生産性の

上昇率η を上回らない。

(5) オイル・ショックなどによる生産

性の低下(負のη )が生じない。

(6) 逆に景気循環のプロセスでは稼働

率が高くなり「完全雇用」の水準

に近づけば、生産性の上昇率が低

下してインフレ加速要因となる。

3.マネー・サプライと物価

以上簡単なモデルを用いてインフレーション

の決定要因を整理した。この結果を念頭におき

ながら若干の実証分析を行うことにしよう。ま

ず最初にマネー・サプライと物価の関係を考え

よう。

まず第1に、日銀がマネー・サプライの増加

率を外生的に操作した場合を考えよう。先の

(V.6)式においてθ を一方的に操作した場合で

ある。この場合にはθ の値を大きくしていき、

やがてそれが ty を上回ると流通速度の変化に

は限界があるから tp を上昇させる。例えば、

1973~74年の「狂乱インフレ」の原因は、オイ

ル・ショックに先がけ1971~73年に生みだされ

た「過剰流動性」(マネー・サプライの外生的な

高い供給)が原因であった(小宮[1976])。こ

れはyそのものが上昇する余地がほとんどない

状況(ちなみに1973年の有効求人倍率は市場最

高の1.76であった。)下で、yをはるかに上回るθ

により生み出されたインフレーションの典型で

あろう(1972年におけるM2+CDと実質GNPの

成長率はそれぞれ24.7%と8.4%)。

第2に、日銀が金利水準を平準化し、マネー

・サプライを実体経済に対応する形でアコモデ

ートした場合を考えよう。この場合貨幣は内生

的に供給され、(V.6)式のθ 、δ は(V.5)式で

決定される tm によって受動的に決定される。い

いかえればマネー・サプライの上昇率は tp と ty

と の 和 で あ る 名 目 経 済 成 長 の 伸 び 率 に

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よって内生的に決定される。一方インフレ率は

主としてω 、η およびc、dによって決定されて

いる。

ユニット・マネー・サプライ

以上の考え方に沿って、実際にインフレの分

析を行ってみよう。まず先にあげた第1の場合

つまり日銀が外生的にマネー・サプライを増加

させた場合について検証してみる。我々は、そ

のために「ユニット・マネー・サプライ」とい

う指標を用いてみることにした。「ユニット・マ

ネー・サプライ」とは、マネー・サプライの増

加率のうち実質総生産上昇率を越える部分のこ

とである。貨幣の流通速度Vが一定の場合(V.5)

式を変形することによって、

ttt ymp −= (V.9)

という式が得られる。この「 tt ym − 」を「ユニ

ット・マネー・サプライ」と名付けよう。Vが

一定であるかぎりユニット・マネー・サプライ

は物価上昇率に等しくなる。

図V-3 ユニット・マネーサプライ及びCPI(消費者物価指数)前年同期比変化率(%)

図V-3は、1958年以降のユニット・マネー・

サプライと消費者物価指数の対前年同期比上昇

率をプロットしたものである。72~73年の「過

剰流動性」と呼ばれた時期には、ユニット・マ

ネー・サプライがインフレに先行して大幅に上

昇し、それが74年以降の「狂乱物価」を引き起

こしてた。ただしその他の期間については、必

ずしもユニット・マネー・サプライと物価の上

昇の間にははっきりとした関係はみられない。

ユニット・マネー・サプライとインフレの関係

をもう少し詳しく分析するために、両者の関係

をVARによって分析した。その結果が表V-2及

び図V-4である。結果をみてわかるとおり、グ

レンジャーの因果関係分析において、ユニット

・マネー・サプライはCPI・WPIに対して非常

に強い因果関係があることがわかる。またイン

パルス応答図から判断しても、ユニット・マネ

ー・サプライの増加はWPIには素早く、CPIに

は半年くらいのラグがあるが、それぞれを上昇

させていることがわかる。

マネー・サプライ内生の場合

続いて第2のケース、つまり日銀が金利を平

準化しマネー・サプライを内生的に決定してい

る場合には、インフレとマネー・サプライの関

係はどうなっているであろうか。先に説明した

とおり、この場合マネー・サプライは名目GNP

の動きに応じて受動的に決定されている。イン

フレとの関係は特別に強くない。この点をみる

ために、日銀が金利を平準化している期間

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表V-2 ユニット・マネーサプライと物価の2変量VARモデルの分析結果

被説明変数:CPI(消費者物価指数)

期 間 Fテストでのユニット・マネー・サプライのF値の水準

分散分解(24四半期後)でのユニット・マネー・サプライの比率(%)

62.3~91.4 0.0180 54.342 62.3~76.4 0.3009 37.928 77.1~91.4 0.8795 19.076

被説明変数:WPI(卸売物価指数)

期 間 Fテストでのユニット・マネー・サプライのF値の水準

分散分解(24四半期後)でのユニット・マネー・サプライの比率(%)

62.3~91.4 0.7255 24.366 62.3~76.4 0.1659 23.016 77.1~91.4 0.8691 16.076

被説明変数:名目賃金指数

期 間 Fテストでのユニット・マネー・サプライのF値の水準

分散分解(24四半期後)でのユニット・マネー・サプライの比率(%)

62.3~91.4 0.2678 16.052 62.3~76.4 0.7721 9.557 77.1~91.4 0.1912 20.123

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図V-4 ユニット・マネー・サプライのインパルスに対する物価指数の応答関数

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を探した。

戦後の日本経済は景気の変動が小刻みであっ

たため、半年程度の金利平準化の局面は多くあ

ったが、数年にわたって金利平準化が行われた

ケースは極めて少ない。数少ない中で、我々が

サンプルとして用いたのは、1982年第4四半期

から85年第4四半期までの3年間82年第4四

半期にコール・レートは6%台に下げられ、そ

の後85年第3四半期まで1度5.84%になるがそ

の他は全て6%台で推移する。この間のマネー

・サプライと名目GNPの関係を図にしたのが図

V-5-イ)である。両方とも前年同月比上昇率を

プロットしたものである。この図を見ると明ら

かであるが、マネー・サプライの動きはGNPの

動きに非常によく似ている。

次に図V-5-ロ)・ハ)はそれぞれCPIとマネー

・サプライ、CPIとユニット・マネー・サプライ

をプロットしたものである。これらの関係よりも、

図V-5-イ)で示したGNPとマネー・サプライの

関係の方が相関がありそうである。

インフレはある時には、日銀による過度のマ

ネー・サプライによっても発生するが、実体経

済の動きから稼働率が上昇して発生することも

あるといえる。

4.金融政策と物価

次に金融引締め政策を行った場合、物価上昇

率は低下するのであろうか。この問題を検証す

るために、我々はコール・レートの消費者物価

指数(CPI)・卸売物価指数(WPI)・名目賃金

指数への影響をVARモデルによって分析した。

物価の各項目を被説明変数とし、コール・レー

トを説明変数とした2変数VARモデルである。

Fテストによる因果関係分析によれば、コール

・レートから消費者物価指数へは、非常に強い

関係が見出される(表V-3)。また、インパルス

応答図(図V-6)によって、コール・レート上

昇後の物価の方向・物価鎮静効果の程度を観察

してみた。図によると金利の上昇は消費者物価

の上昇を3四半期後から抑え、卸売物価の上

昇は2四半期後から抑えられているのが観測

できる。この分析から金利の上昇が物価を

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図V-5-イ) マネーサプライと名目GNP

図V-5-ロ) マネーサプライと消費者物価指数

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図V-5-ハ) ユニットマネーサプライと消費者物価指数

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表V-3 コール・レート及び物価項目の2変量VARモデルの分析結果

コール・レートとCPI(消費者物価指数)

被 説 明 変 数

コール・レート CPI 説明変数

F検定でのF 値 の 水 準

分散分解での比率(%)

F検定でのF 値 の 水 準

分散分解での比率(%)

コール・レート 0.0000 74.98 0.0364 25.02

C P I 0.0669 16.38 0.0000 83.62

コール・レートとWPI(卸売物価指数)

被 説 明 変 数

コール・レート DPI 説明変数 F検定での

F値の水準 分散分解での比率(%)

F検定でのF値の水準

分散分解での比率(%)

コール・レート 0.0000 52.43 0.6584 47.57

W P I 0.0132 12.82 0.0000 87.18

コール・レートと名目賃金指数

被 説 明 変 数

コール・レート 名目賃金 説明変数 F検定での

F値の水準 分散分解での比率(%)

F検定でのF値の水準

分散分解での比率(%)

コール・レート 0.0000 70.66 0.1226 29.34

名目賃金 0.02372 22.01 0.0000 77.98

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図V-6 コールレートのインパルスに対する物価指数の応答関数

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鎮静化させることがわかる。

5.財別の価格と生産の関係

財別価格上昇

次に我々はIV章で行った財別の生産との比較

をするため、財別の価格上昇を観測することに

した。先に述べたように物価上昇の原因はさま

ざまであるが、その原因によって財別にインフ

レの仕方が違うはずである。例えば、生産性の

上昇以上の賃上げがあったために企業が製品価

格を引き上げた場合に起こるインフレの場合、

先のWPIとCPIの所で見たように、消費財の価

格がまず上昇するであろう。またオイル・ショ

ック時のように輸入原材料の価格上昇によるも

のであれば、輸入原材料使用比率の高い生産財

・建設財の価格が他財よりも先に上昇し、これ

が資本財・生産財の価格上昇を誘発するであろ

う。また実体経済以上のマネー・フローのため

にインフレが起こる場合、供給不足な財の価格

がまず上昇するであろう。

図V-7は1960年以降の資本・建設・消費・生

産の各財の価格指数の対前年同月比上昇率をプ

ロットしたものである。1次・2次のオイル・

ショック時に価格の上昇率が大きいのが目に付

くが、詳しくみると財によって価格の上昇度合

に相違があるのがわかる。ちなみにそれぞれの

財における価格変動の平均、標準偏差、自己相

関係数を表V-4にまとめておいた。建設財・生産

財の価格上昇率が大きく、またこの2財は上昇

率の振れが大きいことがわかる。

価格と生産

先に物価の上昇の原因がさまざまであると述

べたが、価格の上昇と生産の間になんらかの関

係は存在するのだろうか。我々は財別に生産と

価格の関係を掘り下げてみることにした。

図V-8は財別の生産指数と価格指数の前年同

月比変化率である。財によって生産指数・価格

指数の動きはさまざまであるが、中でも建設財

だけは価格の動きと生産の動きが非常に類似し

ているのがわかる。次に財別に生産と価格の関

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図V-7 財別物価上昇率(前年同月比,%)

表V-4 財別価格上昇率(%)の平均・標準偏差・自己相関(月次)

資本財 建設財 消費財 生産財

平均上昇率 1.8039 3.9010 2.7028 3.2806

標 準 偏 差 4.9573 7.5436 4.3914 9.4566

自己相関係数 ラグ 1月 0.9879 0.9786 0.9846 0.9885

2月 0.9574 0.9336 0.9575 0.9595 3月 0.9149 0.8801 0.9242 0.9165 4月 0.8646 0.8175 0.8890 0.8624 5月 0.8080 0.7461 0.8506 0.7987 6月 0.7455 0.6668 0.8075 0.7270 7月 0.6785 0.5827 0.7603 0.6496 8月 0.6083 0.4963 0.7109 0.5688 9月 0.5357 0.4072 0.6597 0.4872 10月 0.4616 0.3155 0.6033 0.4065 11月 0.3880 0.2215 0.5428 0.3289 12月 0.3193 0.1369 0.4828 0.2570

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図V-8 財別価格指数変化率(%)と生産指数変化率(%)

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係をもう少し詳しくみるために、財の生産・価

格の上昇率を2変数VARモデルによって分析し

てみた。

表V-5は財別のFテスト及び分散分解の結果

である。Fテストの結果によると資本財では生

産から価格への因果関係が、消費財・生産財で

は価格から生産への因果関係が見出され、さら

に建設財では両方向の因果関係がみられる。分

散分解においても同じような結果が出ており、

建設財においては価格の分散の40%を生産が説

明してしる。図V-9は各財に対して生産ショック

が起こった場合の価格の反応を表している。こ

こでもまた建設財価格は、生産ショックに対し

他財に比べて大きな反応を示す。この結果から

建設財の価格は稼働率が上昇し、需要に生産が

追いつかなくなる場合に上昇するといえる。で

は次にこれら財別の価格変動を区間を区切って

詳しく観察してみよう。

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表V-5 生産と価格の2変量VARモデルの分析結果

(期間 1975.1~92.4 分散分解は72か月後の値)

資本財

被 説 明 変 数

生 産 指 数 価 格 指 数 説明変数 F検定での

F値の水準 分散分解での比率(%)

F検定でのF値の水準

分散分解での比率(%)

生産指数 0.0 96.74 0.0035 3.26

価格賃金 0.8349 35.52 0.0 64.48

建設財

被 説 明 変 数

生 産 指 数 価 格 指 数 説明変数 F検定での

F値の水準 分散分解での比率(%)

F検定でのF値の水準

分散分解での比率(%)

生産指数 0.0 83.07 0.0142 16.93

価格賃金 0.0013 40.26 0.0 59.74

消費財

被 説 明 変 数

生 産 指 数 価 格 指 数 説明変数 F検定での

F値の水準 分散分解での比率(%)

F検定でのF値の水準

分散分解での比率(%)

生産指数 0.0 92.15 0.2701 7.85

価格賃金 0.0039 22.25 0.0 77.75

生産財

被 説 明 変 数

生 産 指 数 価 格 指 数 説明変数 F検定での

F値の水準 分散分解での比率(%)

F検定でのF値の水準

分散分解での比率(%)

生産指数 0.0 84.60 0.7713 15.40

価格賃金 0.0283 0.32 0.0 99.68

(注) ・網かけ部分は有意水準10%で有意なもの

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図V-10 1971~75年における財別物価上昇率(%)

注)*印は公定歩合の引上げを示す。

1971~75年の「狂乱物価」

図V-10は1971年から75年までの財別価格上

昇率である。この第1次オイル・ショック時が、

我々の観測機関の中で最も大きな上昇率を示し

た。この時期71年8月から12月までの第1次フ

ロートの期間、日銀は円高を防ぐ為に年率20%

を超えるペースでマネーを供給した。この時の

過大なマネー・フローのため、需要側のインフ

レ要因は揃った。そこへ「列島改造ブーム」で

建築熱が盛り上がり、建設財の供給が追いつか

ず、建設財の価格上昇がまず引き金となった。

建設財価格は1972年9月から12月にかけて

20%上昇した。この間消費財・資本財のインフ

レーションは0.3%及び1.6%に留まっている。

次に、建設財に引っ張られる形で生産財価格が

上昇し、消費財・生産財と続く。しかし73年10

月のオイル・ショックまでは、消費財・生産財

の価格上昇の度合は、他財に較べて小幅なもの

に留まっている。

73年10月のオイル・ショック後にまず輸入物

価が大幅に上昇する。高度成長期以降、賃金の

上昇を生産性の上昇で補ってきた製造業も、原

材料価格の上昇に耐え切れず価格を上昇させる

ことになる。まず製品に占める輸入原材料の比

率が高い生産財が価格を上昇させる。続いて、

既にピークを過ぎていた建設財も原材料の値上

げのため再び上昇に転じる。その後資本財・消

費財にも価格上昇が波及し、全ての財価格が一

様に上昇するようになる。オイル・ショック後

の価格の上昇度合を見ると、輸入原材料の使用

比率が高い順に生産財・建設財・資本財・消費

財となっている。特に生産財は74年2月に前年

同月比で約45%の上昇をしている。

以上のように分析してみると、72年から75年

のインフレについて73年10月以前の過剰流動

性による需要要因から起こった部分と、73年10

月以降の輸入原材料の上昇による供給要因から

起こった部分に区別することができる。

では次に、この「狂乱物価」時における金融

政策の経緯と物価の動きを追ってゆく。日銀は

72年12月までは金融緩和基調で政策を運営し

ていたが、引締めに転じたのは73年1月と3月

における準備率の引き上げであった。それにも

かかわらず2月には前年同月比で27%、3月に

は33%増と非常に効率でハイパワード・マネー

を供給していた。これは71年後半から72年前半

に起こったM2+CDの高い伸び(貸出の急増)を

アコモデートしたものといえる。しかし73年4

月になるとついに公定歩合を引上げている。こ

こで上昇基調にあった物価が一旦止まったかに

見える。建設財は最初のピークを越え、生産財

・消費財の価格上昇率も横這いに転じる。しか

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表V-6 1971年~75年の金利及び物価上昇率(%)

年 月

公定歩合

約定金利

CPI上昇率

実質金利

71 1 5.75 7.69 3.82 3.86 2 5.75 7.68 4.15 3.53 3 5.75 7.66 4.98 2.69 4 5.75 7.66 4.58 3.08 5 5.5 7.64 4.90 2.74 6 5.5 7.62 4.39 3.23 7 5.25 7.60 4.56 3.04 8 5.25 7.57 5.55 2.03 9 5.25 7.54 3.33 4.21 10 5.25 7.52 3.80 3.72 11 5.25 7.49 4.48 3.01 12 4.75 7.46 5.28 2.18

72 1 4.75 7.41 6.24 1.17 2 4.75 7.34 6.69 0.65 3 4.75 7.27 8.53 -1.26 4 4.75 7.24 9.38 -2.14 5 4.75 7.19 10.90 -3.71 6 4.25 7.13 11.06 -3.93 7 4.25 7.01 11.84 -4.83 8 4.25 6.90 12.06 -5.16 9 4.25 6.81 14.59 -7.78 10 4.25 6.78 14.35 -7.58 11 4.25 6.75 15.77 -9.02 12 4.25 6.72 19 -12.27

73 1 4.25 6.71 23.19 -16.48 2 4.25 6.71 26.27 -19.56 3 4.25 6.71 23.87 -17.16 4 5 6.76 25 -18.24 5 5.5 6.89 23.17 -16.29 6 5.5 7.02 23.56 -16.54 7 6 7.16 25.35 -18.19 8 7 7.30 25.38 -18.08 9 7 7.50 23.73 -16.23 10 7 7.71 26.17 -18.46 11 7 7.84 25.79 -17.95 12 9 7.93 21.97 -14.04

74 1 9 8.31 17.21 -8.9 2 9 8.72 13.89 -5.16 3 9 9.03 14.15 -5.12 4 9 9.15 13.36 -4.21 5 9 9.19 14.01 -4.81 6 9 9.22 13.49 -4.27 7 9 9.24 11.44 -2.21 8 9 9.25 10.17 -0.92 9 9 9.26 10.38 -1.11 10 9 9.29 9.48 -0.19 11 9 9.33 8.29 1.04 12 9 9.37 7.67 1.70

75 1 9 9.39 9.39 -0.00 2 9 9.39 9.67 -0.28 3 9 9.40 9.11 0.30 4 8.5 9.37 9.39 -0.02 5 8.5 9.30 9 0.30 6 8 9.20 9.16 0.04 7 8 9.11 9.45 -0.34 8 7.5 9.03 8.99 0.04 9 7.5 8.92 9.77 -0.85 10 6.5 8.83 8.70 0.13 11 6.5 8.72 9.20 -0.48 12 6.5 8.51 10.75 -2.24

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しハイパワード・マネーの前年同月比35%にも

のぼる供給が続いたため、5月以降再び全ての

財の価格が再上昇し始める。その後5・7・8

月にさらに公定歩合を引き上げ4.25%であった

公定歩合を7%まで引き上げたが、それにもか

かわらずハイパワード・マネーは依然前年同月

比30%台の高い水準で供給し続けている。その

ため物価は上昇を続けた。

表V-6は当時の公定歩合、貸出約定金利、消費

者物価指数上昇率、実質ローン金利である。消

費者物価上昇率は記載時点からみた12か月後の

上昇率を事後的に作成した。また実質ローン金

利は貸出約定金利から物価上昇率を差し引いて

作成したものである。表をみると72年から公定

歩合、約定金利は上昇しているが、それ以上の

物価上昇のため実質金利はマイナスでありしか

も下落している。日銀は金利を上昇させること

により金融引き締めを狙ったのであるが、それ

以上の物価上昇のため引き締め効果が表れてい

ないのである。

さて73年10月にオイル・ショックが発生し、

コストプッシュ・インフレが起こる。12月に入

り日銀は公定歩合をさらに2%引き上げるが、

生産財・建設財は前年同月比30%以上のインフ

レを続ける。最初にインフレの峠を越えたのが

建設財・資本財であった。これらの財は74年3

月に山を迎えその後沈静化に向かう。続いて生

産財が6月以降沈静化に向かい、消費財が沈静

化に向かうのは10月のことである。金融政策の

インフレ沈静効果についてみると、公定歩合の

最初の引き上げから、建設財の物価沈静までの

期間が11か月、消費財の沈静化までの期間が18

か月かかったことになる。

第2次オイル・ショック時の物価上昇

図V-11は、第2次オイル・ショック前後の価

格上昇率の動きである。ユニット・マネー・サ

プライの動きを第1時オイル・ショック時と比

較すると、78年にやや上昇は見られたものの、

その大きさは前回と較べはるかに小さい。この

時期の物価上昇の主因はもっぱら輸入物価の上

昇による供給側からの要因であったと考えられ

る。財別の上昇を見ても、前回の73年10月以降

と似ており、生産財・建設財が当初上昇しやや

ラグをもって消費財・資本財が上昇している。

また今回の場合、消費財・資本財に関しては他

の財と較べ上昇率は小さく生産財が最高37%上

昇したのに対し、年率10%以下の上昇にとどま

っている。

図V-11 1977~82年における財別物価上昇率(%)

注)*印は公定歩合の引上げを示す。

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ではこのインフレに対して、金融政策はどの

ように運営されてきたのであろうか。1978年12

月に第2次オイル・ショックが発生すると、ま

ず建設財の価格が79年1月に上昇する。2月・

3月と建設財は上昇の速度を速めるが、他の財

に目立った上昇は見られない。4月に入り生産

財の物価がやや上昇に転ずると、第1次オイル

・ショック時の教訓のあった日銀は0.75%の公

定歩合引き上げに入る。その後消費財・資本財

に物価の上昇は見られないが、建設財・生産財

の物価上昇率が更に上昇すると7月に第2次引

締めにかかる。10月に入り建設財・生産財の物

価上昇傾向が止まらず、消費財も上昇を始める

と11月2日に3次の引締めにかかる。80年にな

り資本財にも価格の上昇がみられ、全ての財価

格が上昇し始めると2月・3月に続けて公定歩

合を引き上げ、3月19日に最高の9%に達する。

この間の引き上げ幅は5.5%であった。80年3月

に生産財が上昇率のピークを迎えたが、前年同

月比37%と、第1次オイル・ショック時には及

ばなかったものの、非常に高い上昇率であった。

その後、5月には建設財が下降に転じ、続けて

消費財・資本財の上昇に歯止めがかかる。

第2次オイル・ショック時のインフレに対す

る金融政策の波及効果をみると、最初に公定歩

合を引締めてから生産財の価格上昇が収まるま

での期間が12か月、資本財の17か月を要してお

り、期間的には第1次オイル・ショック時と変

わっていないのが判る。

以上、2回のインフレ局面を分析してきたが、

ここから言えることをまとめると次のようにな

る。

イ)物価上昇のタイミングは、建設財が最

も早く、続いて生産財が早い。

ロ)物価上昇の度合は建設財。生産財が大

きく、資本財。消費財は小さい。

ハ)イ)、ロ)のタイミング・幅の動きは4

章で分析した、金利に対する生産の動き

と同じである。

ニ)金融引締めから、物価上昇が抑制され

る迄の期間は、約12か月を要する。

またこれらの結果は先にVARモデルで分析し

た生産指数と物価の関係とコンシステントであ

る。財の価格の中でも特に建設財においては、

「金利→物価」というよりもむしろ「金利→生

産→物価」という関係が存在するといえる。

6.低インフレの原因

いままでの章においてはインフレ率の上昇に

ついて主に取り上げてきた。ところが1982年以

図V-12 ユニットマネーサプライ及びM2+CD前年同月比変化率(%)

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降、日本のインフレ率は非常に低いレベルで推

移している。WPIに関して言えば低下すらして

いる。ではこの低インフレの原因は何であった

のか、金融政策との関係はいかになっていたの

か。以後の節においては、日本の1980年代の低

いインフレ率についてその原因を分析する。

金融政策

先に述べたように、1972~73年のインフレの

原因は日銀による過剰なマネー供給によるもの

であった。この教訓をもとに、その後の日銀の

金融政策の主眼はインフレに移った。図V-12に

1958年以降のマネー・サプライの上昇率、ユニ

ット・マネー・サプライの上昇率を載せておい

たが、77年以降はユニット・マネー・サプライ

の上昇率が非常に低いものになっていること

がわかるであろう。

また、日銀は第1次オイル・ショック以降反

インフレ的なスタンスをとってきたということ

もその一因である。図V-13にCPIに1標準偏差

分のショックがあった場合のコール・レートの

反応を表したインパルス応答図がある。推計期

間は1958年1月~72年12月と73年1月~91年

12月までの2つである。オイル・ショック以前

は、インフレに対しコール・レートはほとんど

反応していない。これは価格の上昇をマネー・

サプライがアコモデートしていたことを示して

いる。前のモデルにおけるδ が1に近いという

ことである。対照的にオイル・ショック以降は、

明らかに物価の上昇に対し金利が上昇する。δ

が負に転じたのである。

図V-13 CPIのインパルスに対するコールレートの応答関数 1957.1~1972.12

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生産性の上昇

さて1980年代における低インフレの直接の

原因は急激な円高である。1982年に250円であ

った円が1988年には128円に上昇した。この円

高は主として日本の輸出産業(主に製造業)に

おける生産性の上昇によるものであるが

(Yoshikawa[1990])、これは輸入原材料の価

格低下を通じてCPIをも低下させた。ただしサ

ービス産業のような非貿易財においては、財に

占める原材料の割合が小さいから、円高がCPI

に与える影響は部分的で小さいものである。こ

のようなメカニズムから、1980年代には再び

WPIとCPIの上昇率(ないし低下率)の格差が

生じた。

またこの期間、労働者によって要求される実

質賃金の増加率ω が労働生産性の上昇率η を上

回らなかったことも低インフレに寄与した。

1970~75年についてみると、全産業の労働生産

性の上昇率(η )が5.4%であったのに対し、実

質賃金の上昇率(ω )は7.2%であった。70年代

初頭には、ω がη を1.8%も上回っていたので

ある。対照的に1975~80年ではη とω はそれぞ

れ8.3%と2.0%、また1984~89年は6.3%と

1.9%である。オイル・ショック以降はη が大幅

にω を上回っていたのである。概してオイル・

ショック以後は労働需給が弱含みで推移した。

有効求人倍率は1974年の1.20から75年に0.61

に転じて以来、88年に1.01となるまで0.6のあた

りに低迷し続けた。こうした状況下で労働者は

一貫して弱い立場にあったといえる。このこと

がオイル・ショック以降日本の低インフレの一

つの原因になっているものと考えられる。

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第VI章 資産価格と金融 -3回の土地高騰のエピソード-

前章において我々は物価と金融政策との関係

を分析した。本章においては、資産価格と金融

政策との関係について分析する。1986年末から

始まった好景気とそれに続く不況のプロセスで

は資産価格の急激な上昇と下落が大きくクロー

ズアップされた。ここでは資産価格と景気循環

の関係をトータルに考慮することはできないが

資産価格に与える金融政策にの影響を考える素

材として特に地価を取り上げてみることにしよ

う。

1.戦後の地価変動の概観

戦後日本における土地価格変動を時系列的に

眺めると、3回の地価高騰エピソードを伴うほ

ぼ階段状の上昇プロセスが観察される。これは

ほぼ直線的に上昇している。一般物価とかなり

異なるパターンである。3回の地価高騰の1回

目は1960~61年の岩戸景気時、2回目は1972

~73年のオイル・ショック前、そして3回目は

1986~87年のプラザ合意以降の超金融緩和期

である。以下これら3回のエピソードがマクロ

的に見て、いかなる要因(実体、金融、「バブル」

等)によってもたらされたのか検討することに

したい。まずそれぞれのエピソードを簡単に振

り返ってみることにしよう。(図VI-1.2参

照)

図VI-1 市街地地価指数全国平均

1960~61年の地価高騰

1958年6月を谷として日本経済は岩戸景気

に入る。この時期の日本経済を主導したのは合

繊、家電、石油化学、電子工学、自動車など新

製品・新産業部門であった。こうした部門の設

備投資が産業機械、鉄鋼、電力、石油等川上産

業部門の設備投資を誘発する中で、「投資が投資

を呼ぶ」といわれ投資主導の高度成長が達成さ

れた。高度成長に伴う大量生産によって、工業

用地の不足が顕著になる。石油化学・電力・鉄

鋼といった分野は、海沿いに工業用地を求めた

のに対し、それ以外の産業は都市近郊の内陸部

に工業用地を求めた。

このような経緯から、1960年にまず都市近郊

の工業用地が高騰した。続いて大量生産による

人手不足から地方の人材が都市に集められ、都

市の住宅地・商業地が高騰してゆく。

以上のような過程を経て、6大都市工業地地

価は1961年9月には前年同月比で88.7%上昇と

いう数値を示す。住宅地においては60.1%上昇、

商業地も61.9%上昇という非常に速いテンポの

地価上昇であった。

この当時の金融情勢は如何なるものであった

か。公定歩合は60年8月、61年9月に引き下げ

られている。コール・レートは8.4及び8.03%、

M2+CDは概ね前年同月比18%~24%増で推

移している。58年から63年までの平均がそれぞ

れ10.82%と20.21%であるので、コール・レー

トは2.5%程度低く、M2+CDは平年並の増加

率であったといえる。

1972~73年の地価高騰

この時期日本経済はいざなぎ景気後の不況下

にあった。70年に入ると、それまで景気の牽引

車であった「3C」の消費が鈍化し製品在庫が

増大し始めた。71年8月に入ると追い討ちをか

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図VI-2 地域別・用途別地価変動率

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けるようにニクソン・ショックが発生し、71年

末まで不況が続く。このような国内景気の停滞

にアメリカのインフレが加わって、輸出が急速

な勢いで伸び経常収支の黒字が拡大する。生じ

るべくして生じた円切り上げ圧力に対して、政

府・日銀は財政支出の増大、公定歩合の引き下

げによって強力な金融緩和政策をとった。こう

した金融政策によって市場には過剰なマネーが

溢れ、この資金がまず株式に向かった。72年1

月には東証株価が市場最高値を記録し、73年始

めにかけて急上昇した。

一方地価の動きはどのようなものであったの

であろうか。72年に入り個人消費や住宅投資が

回復の兆しをみせたこと、またコール・レート

の低下によって地価はやや上昇の兆しを見せて

いた。しかし72年初頭の土地市場は、株式市場

ほどは加熱していなかった。

ところが6月11日に「日本列島改造論」が発

表され、7月7日に田中内閣が誕生すると事態

が急変する。ここへきて、過剰に流れていた資

金が一気に土地市場になだれ込む。72年9月に

は住宅地が前年同月比20.2%の上昇、工業地が

15.5%、商業地が13.5%の上昇を記録する。地

価の上昇はその後も続き、78年9月には住宅地

において42.5%、工業地において33.6%、住宅

地において28.6%の上昇を見せる。

1972~73年は前章でも述べたように、日銀に

よって円高を防ぐために非常な緩和政策が採ら

れていた。景気はいざなぎ景気後の谷を71年12

月に越え成長過程にあった。この時の地価の上

昇は、前回のように用地による差異はほとんど

見られず全国的・全用途的に上昇している。

1985~88年の地価高騰

80年代に入り、金融の自由化・国際化が叫ば

れるようになった。東京オフショア市場の創設

が決定すると、東京には外資系の銀行・証券会

社が次々に上陸し東京のオフィス需要が増す。

この外資系企業の上陸により東京のオフィス稼

働率は100%に近づき、84年9月には6大都市

の商業地地価は前年比12.4%の上昇を見せる。

85年に入り円高不況に突入するが、オフィス需

要だけは旺盛であった。そのため、60年3月

13.2%上昇、60年9月15.7%上昇と、商業地の

みが上昇してゆく。同じ時期の住宅地が4.0%、

5.5%、6.6%、工業地が3.8%、3.7%、3.2%の

上昇に留まっていることを考えると、商業地地

価の上昇がいかに突出したものであったかが窺

える。

85年9月になりプラザ合意によって円高が急

激に進むと、日銀は円高を緩和するためにドル

を買い、市中金利の低下を促し超金融緩和時代

へと突入する。ここへ折から金融の自由化のた

めに、大企業融資が伸び悩んでいた都市銀行が

土地収得の資金を融資し、商業地のみならず全

ての地価が上昇した。

2.土地価格変動のマクロ・モデルによる分析

以上地価が高騰した3つのエピソードについ

て概観したが、続いて地価変動がマネー・サプ

ライ、金利水準などとどのように関係している

のか、ごく簡単なマクロ・モデルを用いて検討

してみることにしよう。分析に用いるのは標準

的なIS-LMモデルである。

まず、財市場(フロー)の均衡を次のIS方

程式で表す。 )Y(SG)r,i(I =+ (VI.1)

iは利子率、rは企業が実体的な投資から得ら

れると考える期待利潤率である。ここでは簡単

化のために資産保有者にとって土地と資本が完

全に代替的であると考えよう。利子率iは「土

地・資本」の収益率に他ならない。投資Iはi

の減少関数、rの増加関数である。Gは財政支

出、輸出などの外生的な需要項目を一括して表

し、また貯蓄Sは簡単のためにGNP、Yのみ

に依存するものと仮定しておく。

次に資産市場(ストック)の均衡を考えなけ

ればならない。そのためにここでは、全ての資

産を2つに集計し、便宜上1つを「貨幣」、もう

1つを「土地」(実は土地プラス資本)と呼んで

おく。

さて、土地の価格P10(現時点0における)

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はよく知られているように次式で決まる。

LLL+++

++

=)i1)(i1(

r)i1(

rP

21

e2

1

e11

0 (VI.2)

ここで、 e1r は土地保有者によって期待される

将来の利潤の流れである。先に「利子率」と呼

んだiはより正確には土地の収益率(VI.3)に

他ならない。

1t

et

1t

1t

11t

tPr

PPP

i =−

= + (VI.3)

簡単のために ti 、も etr も一定であるとすると、

LP は次のようになる。

ir

Pe

L = (Vl.4)

同様にして資本から得られる利潤率はrだか

ら資本(ないしそれを体現する株式の価格 KP は、

ir

PK = (VI.5)

となる。

「貨幣」の総額をMとし、土地と資本ストッ

クの賦与量をそれぞれ1、また価格もあらかじ

め1にノーマライズすれば、この経済の実質総

資産Wは次式で与えられる。

ir

ir

MWe

++= (VI.6)

次に両資産に対する需給均衡を考えよう。い

わゆる「期初均衡」の立場を採用すれば、資産

の需給のみに対してフローから独立にワルラス

方程式が成立するから、次の(VI.7,8)式のう

ち1本のみが独立となる。

M = l(i,Y)W (VI.7)

W)Y,i(kir

ir e

=+ (VI.8)

すなわち、

l +k = 1 (VI.9)

以下では、慣例により「貨幣」の需給均衡式

(VI.7)のみを考えてゆくことにする。l は通

常通り貨幣保有の機会費用iと取引需要を表す

proxyとしてのGNP、Yに依存する。貨幣需要

はこのι に総資産Wをかけたものに等しい。

言い換えればl は資産保有者が総資産のうち貨

幣という資産に投下したいと思う割合を表して

いるのである。言うまでもなく、この定式化は

貨幣需要に資産効果が存在することを意味して

いる。

以上(VI.1)式と(VI.7)式が我々のマクロ・モ

デルであるが、この中で土地価格の動きと実体

経済(実質GNP、Yで代表される)の関連を

整理してゆくことにしよう。形式的なことを確

認すれば、このモデルではGNP、Yと「利子

率」(土地・資本の収益率VI-3)iが内生変数、

貨幣供給量M、資本の予想利潤率r、土地の期

待利潤率reが外生変数である。各々の外生変数

が経済に与える影響を順次検討してゆくことに

したい。

reの上昇

まず、土地の期待利潤率reが上昇した場合を

考えてみよう。reは企業の投資行動を左右する

資本に関する期待利潤率rと異なるものとして

いる。reの上昇はVI-4式よりまず地価を上昇

させる。このことは総資産の上昇をもたらすか

ら、VI.7式の右辺である貨幣需要を増大させる。

他方IS式(VI.1)はreから独立であるから、

reの上昇の結果図VI-3にあるように、LMカ

ーブのみが上方にシフトしLM’へ移り、均衡

点はA点からB点へ移動する。その結果Yは下

落し、利子率は上昇する。土地市場の好況が実

体経済の不況をもたらすという以上の結果は

少々奇異なものに思われるかもしれない。しか

しre上昇の部分的(partial)な効果に関する

限り、それは正しいものである。

reの上昇の結果LMカーブが上方にシフト

し利子率は上昇するのであったが、もし通貨当

局がそうした利子率の上昇、それに伴うYの下

落を望まないなら、貨幣供給Mを増大させなけ

ればならない。いまreの上昇の効果をちょうど

打ち消すようにMが増大した場合を考えれば、

図VI-3においてLMカーブは元の位置Aに留

まることになる。従って、GNP、Yおよび利

子率iは不変である。このようにreの外生的な

上昇とそれに伴う貨幣需要の増大に対して通

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図VI-3 re上昇のケース

貨当局がpassiveに貨幣供給を増大させた場合

には、結局Y、iは不変、地価の上昇と貨幣数

量の増大が観察されることになる。貨幣数量は

増大しているにもかかわらず図VI-3でLMカ

ーブは不変、実体経済に与える影響も中立的(Y、

i不変)であることに注意したい。1986年以降

わが国ではM2+CDなど貨幣数量の伸び率が

12%近くになり、それがインフレ的であるか否

かが議論されてきた。以上の分析は、資産市場

の自主的な活況をaccomodateする形での貨幣

数量の増大は必ずしも「インフレ的でない」(L

Mカーブを右方にシフトさせない)ということ

を示している。

rの上昇

前節では土地市場で持たれる期待利潤reが

上昇(土地市場の自主的な活況)した場合につ

いて分析した。次に資本に対する期待利潤rが

上昇した場合について検討しよう。rの上昇は

投資Iを増大させるから、考えているケースは

投資ブームに他ならない。この場合にはISカ

ーブのみが右方にシフトするから均衡点はAか

らBへ移る。その結果利子率i,GNP、Yは

共に上昇する。reが不変であれば、地価は下落

することになる。

re、rが共に上昇した場合

re、rのみが上昇した場合について考察し

たが、現実にはたとえre=rではないにして

もreとrが同方向に変化することも多いであ

図VI-4 r上昇のケース

ろう。そこで次にreとrが共に同じだけ上昇

したケースを考えてみよう、この場合ISカー

ブ、LMカーブが共に上方にシフトする訳であ

るから、利子率iは上昇する。図VI-5からわ

かるように、Yが上昇するか下落するかは確定

しない。貨幣需要関数における資産効果があま

り大きくない場合にはYが上昇することになる。

なお金利が上昇するため、地価が上昇するか下

落するかは確定しない。ISカーブの上方シフ

トが大きければ大きいほど地価は下落する可能

性が強い。図VI-5でいえば、Aから出発して、

Cでは地価はかならず上昇している(reのみ上

昇のケース)が、Bでははっきりしないのであ

る。

図VI-5 r,reが共に上昇した場合

Mの増大

次にマネー・サプライが増大した場合を考え

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てみる。よく知られている通り、LMカーブが

右方にシフトするから、金利は下がりYは増大

する。図VI-6でいえば、均衡点がA点からB点

へと移動する。地価についてはre不変の下でも

金利が下落するから上昇する。いわゆる、金利

安による土地高である。この場合にはYの上昇

と土地高が同時に観察される。以上我々が行っ

た比較静学の中では、partialな効果としてYの

上昇と土地高が平行して起きるのは、マネー・

サプライ増大のケースのみである。

図VI-6 Mが増大のケース

3.金融政策と地価上昇

以上のモデルに照らし合わせて、3回の地価

上昇がどのような要因によって起こったのか改

めて分析してみることにしよう。

1960~61年の地価上昇

1960~61年の地価上昇は、投資ブームによる

岩戸景気の真最中に生じた。特に製造業を中心

に、大量生産に絶えうる工業用地に対する需要

が急増した。一方で投資からえられる期待収益

率rが上昇するとともに、製造業の土地不足を

背景にして土地の期待収益率reも工業用地に

ついて上昇した。図VI-7によるr、reが共に

上昇したケースである。さらに日銀はこうした

投資ブームに対して、投資が持続するようにマ

ネー・サプライを増加させた。図で説明すると、

A点からB点に移ったIS-LMの交点をマ

ネーの増加により、LM曲線を右にシフトさ

せ、C点で均衡するようにした。C点において

は金利は上昇せず、GNPは増加し、地価はre

の上昇により上昇する。表VI-1にあるようにこ

の期間コール・レートが8.40~8.03%に平準化さ

れ、GNPが年率10%以上の高い水準で推移し

ている。これは図中のCに対応するものといえよ

う。

図VI-7 1960~61年の地価上昇のケース

再三いわれてきたように、この期間の地価上

昇の特徴として、工業用地の地価上昇のみが他

用地のそれに比較してとりわけ高かったことを

あげられる。これは、各用地における企業の実

需の違いによって説明できる。図VI-8によって

も、このことを確認できよう。図VI-8は1960

~1972年までの製造業と非製造業1企業当り

の土地保有額(簿価の)上昇率を示している。

製造業の土地所持の大部分が工業用地であると

仮定すると、この時期にいかに工業用地用の土

地取得が進んだかがわかる。これは用途別地価

上昇率にみられるばらつきとコンシステントで

ある。要するにこの時期の地価上昇は、工業用

地の不足という実体的な要因を背景にした地価

上昇であったということができる。

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表VI-3 1985~89年の金融変数

六大都市市街地価格指数 年 月 コール・

レート(%)

マネー・サプライ 前年同月比

成長率(%)

GNP 前年同期比

成長率(%) 商 業 地 住 宅 地 工 業 地

85 1 6.17 7.77 2 6.16 7.72 3 6.42 9.15 4.74 13.2 5.5 3.7 4 6.07 7.41 5 6.01 8.00 6 6.13 9.10 5.12 7 6.19 8.25 8 6.17 8.20 9 6.41 7.01 5.16 15.7 6.6 3.2 10 6.54 8.36 11 7.29 8.84 12 8.02 8.71 5.62 86 1 6.84 8.80 2 5.78 8.76 3 5.53 7.64 3.24 28.8 9.6 4.9 4 4.70 8.02 5 4.21 8.18 6 4.39 7.78 2.19 7 4.50 8.68 8 4.55 10.08 9 4.63 8.08 2.62 37.2 19.7 7.8 10 4.41 8.90 11 3.77 10.03 12 4.18 9.19 2.54 87 1 4.09 8.91 2 4.05 9.08 3 3.85 8.91 4.26 33.8 27.0 17.1 4 3.52 10.22 5 3.16 11.78 6 3.16 9.99 2.85 7 3.17 11.12 8 3.19 9.65 9 3.39 10.87 4.65 46.8 30.7 28.0 10 3.37 11.81 11 3.39 9.80 12 3.81 10.75 5.39 88 1 3.54 13.05 2 3.40 11.89 3 3.52 11.45 6.75 41.8 23.2 19.3 4 3.34 11.10 5 3.24 9.49 6 3.42 11.00 6.17 7 3.66 11.67 8 3.79 10.59 9 3.88 11.17 6.79 24.8 11.1 21.5 10 3.92 10.60 11 3.70 10.43 12 4.04 10.20 5.40 89 1 3.83 9.03 2 3.89 10.23 3 4.01 10.14 5.60 25.1 15.3 33.0 4 4.05 11.18 5 4.19 9.33 6 4.84 9.93 4.30 7 5.05 8.68 8 5.22 9.73 9 5.26 10.07 4.70 25.9 25.3 31.1 10 5.84 9.52 11 5.98 10.22 12 6.29 11.98 4.70

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図VI-8 製造業及び非製造業の土地保有額増加率(前年度比)(%)

1972~73年の地価上昇

1972~73年の地価の上昇の原因は、第V章で

述べた物価の場合と同じく、マネー・サプライ

の過剰な供給によるものである。図VI-9によ

って説明すると、A点にあった均衡点をマネー

の増加によりLM曲線を右にシフトさせ、B点

に移動した場合である。この場合、先の理論分

析によれば利子率は低下し、GNPは増加する。

表VI-2にあるように1971年には7~5%台で

あったコール・レートが72年5月に4%台に低

下し、73年秋のオイル・ショックまで、GNP

が高率で伸びているのを観測することにより、

72~73年の地価の上昇がこのモデルで説明で

きることがわかる(図VI-9)。またこの時期の

地価上昇の特徴として、用途別の地価上昇率に

ほとんど差がないことである。これは岩戸景気

の場合と違い、この期間の地価上昇がreの上昇

によるものではなかったからである。

1985~88年の地価上昇

1985年以降の地価上昇は、東京への機能集中

による商業地地価のre上昇によって始まった。

図VI-10で説明すると、reの上昇によってL

M曲線の左シフト(B点)が起こったのである。

しかし「プラザ合意」以降の急激な円高を防ぐ

ため、日銀は金利を低下させなければならなく

なった。そこで日銀は市場にマネーを供給し、

B点にあったLM線をC点にシフトさせた。A

点からB点へのシフトは商業地の地価上昇によ

るものであったが、B点からC点へのシフトに

よりその他の用途の地価も上昇させることとな

った。表VI-3は当時の金融変数であるが、「プ

ラザ合意」以降金利の低下にともなって商業地

以外の地価の上昇していることが確認できる。

図VI-9 1972~73年の地価上昇のケース

図VI-10 1985~88年の地価上昇のケース

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表VI-2 1971~75年の金融変数

六大都市市街地価格指数 年 月 コール・

レート(%)

マネー・サプライ 前年同月比

成長率(%)

GNP 前年同期比

成長率(%) 商 業 地 住 宅 地 工 業 地

71 1 7.5 18.10 2 7.25 18.89 3 7.25 18.0 4.38 10.0 18.8 16.8 4 6.75 18.72 5 6.5 18.71 6 6.5 20.56 4.44 7 6.5 21.26 8 6.25 22.86 9 6.0 23.11 3.92 8.7 16.2 14.3 10 5.5 23.62 11 5.5 23.66 12 5.5 24.27 4.62 72 1 5.0 23.45 2 5.0 22.95 3 5.25 24.04 7.76 9.2 15.1 12.2 4 5.0 23.94 5 4.81 23.0 6 4.64 22.79 7.68 7 4.39 22.50 8 4.5 21.42 9 4.5 22.01 8.56 13.5 20.2 15.5 10 4.43 22.91 11 4.32 23.86 12 4.71 24.69 9.28 73 1 4.96 24.39 2 5.17 25.17 3 5.43 25.10 10.36 24.8 38.1 29.0 4 5.88 26.13 5 5.96 25.64 6 6.55 24.73 9.08 7 7.32 24.16 8 7.61 23.23 9 8.72 22.90 7.22 28.6 42.5 33.6 10 8.82 20.58 11 9.04 19.17 12 10.47 16.84 4.70 74 1 11.65 17.24 2 12.10 15.73 3 12.48 15.10 -1.57 15.2 19.9 17.9 4 12.04 13.01 5 12.0 12.96 6 12.48 13.34 -0.47 7 12.63 12.04 8 13.48 11.61 9 13.0 10.86 0.11 3.8 4.4 4.0 10 12.5 10.93 11 12.65 11.09 12 13.46 11.51 -1.31 75 1 12.67 11.17 2 13.0 11.60 3 12.92 11.34 1.02 -7.4 -7.5 -9.0 4 12.02 11.68 5 11.06 11.75 6 10.72 11.42 3.25 7 11.0 12.72 8 10.69 14.09 9 9.67 13.17 2.86 -7.8 -7.5 -9.1 10 8.73 13.70 11 7.61 15.21 12 7.96 14.46 4.35

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表VI-1 1958~62年の金融変数

六大都市市街地価格指数 年 月 コール・

レート(%)

マネー・サプライ 前年同月比

成長率(%)

GNP 前年同期比

成長率(%) 商 業 地 住 宅 地 工 業 地

58 1 10.95 14.30 2 10.95 14.34 3 10.95 12.91 7.18 17.5 27.3 33.1 4 10.22 14.22 5 10.22 13.73 6 10.22 13.70 7.30 7 9.49 15.79 8 9.49 17.22 9 9.13 17.79 6.02 7.2 22.7 27.7 10 8.4 17.88 11 7.85 19.91 12 8.4 18.84 5.85 59 1 8.76 17.97 2 9.13 19.76 3 8.76 20.88 8.18 7.5 23.6 26.8 4 8.76 20.05 5 8.76 22.09 6 8.76 20.79 8.05 7 8.76 20.35 8 8.4 17.65 9 8.4 20.21 12.07 20.9 27.5 29.6 10 8.4 20.37 11 8.4 18.68 12 8.4 20.02 8.64 60 1 8.4 22.42 2 8.4 20.13 3 8.4 19.99 16.03 33.5 28.4 33.7 4 8.4 20.13 5 8.4 18.73 6 8.4 20.13 11.59 7 8.4 21.04 8 8.4 21.94 9 8.4 20.80 10.38 47.7 29.4 56.3 10 8.4 20.45 11 8.4 21.05 12 8.4 21.13 14.18 61 1 8.03 20.11 2 8.03 22.45 3 8.03 22.91 11.19 60.2 43.9 87.0 4 8.03 24.34 5 8.03 23.12 6 8.03 23.69 12.89 7 8.4 22.06 8 8.4 22.48 9 8.4 22.02 11.41 61.9 60.1 88.7 10 8.76 20.92 11 8.76 20.45 12 8.76 20.18 10.99 62 1 8.76 19.43 2 8.76 18.15 3 8.76 17.11 10.93 35.1 40.8 50.7 4 8.76 16.00 5 8.76 17.36 6 8.76 16.76 9.62 7 8.76 17.17 8 8.76 17.73 9 8.76 19.19 9.52 11.3 24.4 21.0 10 8.76 19.20 11 8.4 19.92 12 12.41 20.25 5.87