ひとり親の就業実態と支援策 - JIL ·...

20
Business Labor Trend 2016.6 2 特集―ひとり親の就業実態と支援策 就労環境が悪いなどの理由で、経済的に苦しむ母子家庭が増えている。日本のシングルマザーは就労意欲が高く、 実際に8割が働いている。だが、正規雇用で働く人は約4割で、厚生労働省の「全国母子家庭世帯等調査(平 成23年度)」によると、シングルマザーの平均就労年収は約180万円にとどまる。特集では、シングルマザーの 経済的自立について議論した当機構の労働政策フォーラムと、シングルマザーを多く雇用する企業や、就労相 談を行う機関への取材を通して、母子家庭の状況の改善に何が求められているのかを考える。 ひとり親の就業実態と支援策 ―シングルマザーを中心に 特 集 労働政策フォーラム シングルマザーの就業と経済的自立 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい などの多くの壁がある。2003年以降、シングルマザー へ就業支援策が大幅に拡大されたものの、ひとり親世 帯の貧困問題はあまり解消されていない。3月16日 にJILPTが開いたフォーラムでは、研究者や現場の支 援者などの専門家が、シングルマザーへの今後の政策 的支援のあり方について議論した。

Transcript of ひとり親の就業実態と支援策 - JIL ·...

Page 1: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

2

特集―ひとり親の就業実態と支援策

就労環境が悪いなどの理由で、経済的に苦しむ母子家庭が増えている。日本のシングルマザーは就労意欲が高く、

実際に8割が働いている。だが、正規雇用で働く人は約4割で、厚生労働省の「全国母子家庭世帯等調査(平

成23年度)」によると、シングルマザーの平均就労年収は約180万円にとどまる。特集では、シングルマザーの

経済的自立について議論した当機構の労働政策フォーラムと、シングルマザーを多く雇用する企業や、就労相

談を行う機関への取材を通して、母子家庭の状況の改善に何が求められているのかを考える。

ひとり親の就業実態と支援策―シングルマザーを中心に

特 集

労働政策フォーラム シングルマザーの就業と経済的自立

日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され

ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

などの多くの壁がある。2003年以降、シングルマザー

へ就業支援策が大幅に拡大されたものの、ひとり親世

帯の貧困問題はあまり解消されていない。3月16日

にJILPTが開いたフォーラムでは、研究者や現場の支

援者などの専門家が、シングルマザーへの今後の政策

的支援のあり方について議論した。

Page 2: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

3

特集―ひとり親の就業実態と支援策

 昨年4月に「子どもの貧困対策法」が成立して約1年が経ち、全国の中でも先進的な自治体から、子どもの貧困に対する取り組みが始まりつつあります。また、同年4月に生活困窮者自立支援制度がスタートしたという意味でも、この1年は画期的な時期だったと言えるでしょう。 貧困問題には、本日のテーマである母子世帯の問題が一つの重要な柱として入っています。

非正規が多い母子世帯の母親

 まず、母子世帯の現状について整理しておきたいと思います。「平成23年度母子世帯等調査」によると、全国の「母子のみ世帯」は約75万6,000世帯ですが、その数は増加傾向にあり、21世紀中盤になると「母子のみ世帯」は一層珍しくない世帯タイプになっていく可能性があります。「母子のみ世

帯」の母親の80%は就業しており、先進工業国の中では非常に高い就労率ですが、その働き方の実態は、パートやアルバイトといった非正規雇用が52%と、過半数が不安定雇用で働いています。「母子のみ世帯」の平均年間就労収入は181万円で、所得だけ見ると父子世帯(360万円)と比べて著しく低く、さらに、パート・アルバイトで働く母親の年収は僅か125万円(正規職は270万円)です。つまり、現在の日本では、母子世帯の母親が働いて生計を立てることは依然として極めて難しく、不利であること、そして働く母親の多くがパート・アルバイトといった不安定な仕事で自分と子どもの生計を支えているのが現状です。また、働いていない母親の9割は就業を希望しており、求職者が多いという点も特徴として挙げられます。 図1は世代・世帯類型別相対的貧困

率を示したものです。勤労世代(20~64歳)の中では母子世帯の貧困率が著しく高く、子ども世代(20歳未満)も母子世帯で育つ子どもの貧困率が高くなっています。 母子世帯の母親の就業形態は非正規雇用が多いと前述しました。そこで、昭和60(1985)年から平成26(2014)年までの間に、非正規雇用化は男性と女性のどちらで進んだのかを改めて確認したいと思います(図2)。非正規雇用問題と言うと、何となく若い男性の顔を浮かべる傾向があるかと思いますが、非正規雇用化は女性の間で著しく進みました。1990年代頃から働く女性が非常に増え、女性の非正規雇用化の急増と一体化して進んだということが、日本の特徴だと思います。 我が国の「ひとり親家庭就業支援施策」については、平成14(2002)年頃から現在まで、徐々に進化してきました。2014年には「母子及び父子並びに寡婦福祉法」と「児童扶養手当法」が改正され、支援体制の充実、就業支援および子育て・生活支援策の強化等が盛り込ました。2015年に施行された「子どもの貧困対策法」に従い、全国で最も早く取り組みが行われているのが、貧困家庭に育つ子どもたちの学習支援事業です。各地で学習支援活動が展開されていますが、ひとり親、特に母子世帯の経済的な強化がなく、学習支援事業だけをやっていても実効性に乏しいというのが実情です。

女性の経済力強化は母子の貧困化を防止する

放送大学副学長 宮本みち子

基調報告

60

40

20

0

男・体全

女・体全

男・身単

女・身単

男・みの婦夫

女・みの婦夫

男・体全

女・体全

男・身単

女・身単

男・みの婦夫

女・みの婦夫

男・子の婚未と婦夫

女・子の婚未と婦夫

帯世子母

帯世子父

児男・体全

児女・体全

児男・子の婚未と婦夫

児女・子の婚未と婦夫

帯世子母

高齢者世代(65歳以上) 勤労世代(20~64歳)

(%)

(備考) 1. 厚生労働省「国民生活基礎調査」(平成19年,22年)を基に,男女共同参画会議基本問題・影響調査専門調査会女性と経済ワーキング・グループ(阿部彩委員)による特別集計より作成。

2.相対的貧困率は,可処分所得が中央値の50%未満の人の比率。3.平成19年調査の調査対象年は平成18年,平成22年調査の調査対象年は平成21年。

子ども世代(20歳未満)

平成19年平成22年

資料 『男女共同参画白書』平成24年版

図1 世代・世帯類型別相対的貧困率(平成19年、22年)

Page 3: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

4

特集―ひとり親の就業実態と支援策

女性の貧困問題はなぜ起こるのか

 女性の貧困・子どもの貧困対策については、家族政策が大変重要な位置を占めています。つまり、子どもだけが貧困に陥るわけではないので、子どもの貧困と女性の貧困は「セット」であると考えられます。では、女性の貧困は何故起こるのか。この数年、女性の貧困がマスメディアで取り上げられるようになりましたが、実はずっと以前から女性の貧困問題は存在し、今に始まったことではないのです。景気の良かった時代は、そうした問題にフタがされ、貧困な家庭で育った子どもでも、仕事の機会が豊富であれば、やがてどこかに吸収されていくだろうというような認識があったかと思います。余談になりますが、2013年と2014年に、日本学術会議の社会変動と若者問題分科会とJILPTとの共催で、「アンダークラス化する若年女性たち」というテーマで2回のフォーラムを開催しまし た(本 誌2013年10月 号、2014年12月号に開催報告を掲載)。予想以上に反響が大きかったため、特に若い女性の貧困問題に本腰を入れて取り組む

べきだという問題意識を持ち、フォーラムの内容を基に『下層化する女性たち』という本を昨年出版しました。こちらも予想に反して、半年間で4刷となり、これほど社会の関心が高いことを改めて認識しているところです。 そのシンポジウムの中でも確認されたことですが、第2次大戦以降の日本における家族のあり方、雇用制度、社会保障制度が仕組まれた前提条件と、現在の女性の貧困問題は極めて密接に関わっています。一家の大黒柱が安定した仕事と賃金を得ることで家族の生計が成り立つという「雇用レジ-ム型の生活保障」と、それに対応した社会保障制度(年金・医療・失業保障の3本柱)があれば基本的生活は成り立つという前提で今まで来ましたが、1990年代以降、家族の多様化が進み、若い女性たちは結婚できず、非正規雇用のまま働き続けなければならないという事態が進んでいます。子どもの養育・教育費は親の責任とされ、賃金からの支払いのみに委ねられた制度では、貧困な母子世帯は救済できないのです。 次に、家族政策と並んで重要な政策は、労働者に対する職業教育訓練と就

職支援などの積極的労働政策ですが、その比重が小さく、必ずしも女性が現在置かれている状況に対応したものになっていないのではないかという点も、問題提起したいと思います。低学歴の不安定な若年労働者に対する施策は、男女問わず現在も極めて重要です。とりわけ、若い低学歴の女性に対する労働施策がより一層重要だと考えています。 このように、女性の生活保障の枠組みが非常に大きく変わってきました。これは家族と結婚制度の枠組みが、女性の生活保障としての力を失っているからだと言えるでしょう。今は非婚が珍しくありません。現在20歳代半ばの女性が50歳になる頃、約2割の女性は非婚状態のままだと推計されています。さらに、結婚しても子どもを持たない女性を含めると、4割が無子の状態になると推計されています。こうした中で、女性の生涯にわたる生活保障をどうやって組み立てていくのかが問われています。そして、その問題の先端にあるのが、シングルマザー問題であると整理してみたいと思います。

女性の労働参加と不安定雇用

 女性の貧困化・下層化の背景を考えると、日本で女性の労働市場の参入が拡大した時期は、欧米諸国よりも遅かったわけですが、既に安定した雇用が少なくなっていく時代と重なっていました。学卒後に働く女性が非常に増え、既婚女性の再就職もさらに進んだ時期に、労働市場全体では非正規雇用化が進行していました。学卒時に非正規で就職する女性が珍しくないという現在の状況は、特に低学歴層で顕著です。そして2000年代に入ると、非婚化と経済格差が一体となって進み、これまでの均衡が崩れていきます。国と

細詳(査調力働労「省務総は降以年71,りよ)月2年各(」査調別特査調力働労「庁務総,は年7成平と年06和昭.1)考備(集計)」(年平均)より作成。「労働力調査特別調査」と「労働力調査(詳細集計)」とでは,調査方法,調査月等が相違することから,時系列比較には注意を要する。

な。合割るす対に値計合の」)他のそび及トイバルア・トーパ(員業従・員職の規正非「と」員業従・員職の規正「.2お,小数点第二位を四捨五入しているため,内訳の計が100%とならないことがある。

昭和60年

平成7年

17年

26年

0 0100 100(%)60 60<女性> <男性>

80 8020 2040

3.6 28.5

32.1%

56.7% 21.8%

67.9 92.6 3.3 4.1

78.2 10.511.3

91.1 5.2 3.7

82.3 8.6 9.1

3.7 35.5 60.9

11.8 40.7 47.5

12.3 44.3 43.3

40(%)

正規の職員・従業員パート・アルバイトその他(労働者派遣事業所の派遣社員,契約社員・嘱託,その他)

7.4%

図2 雇用者(役員を除く)の雇用形態別構成割合の推移(男女別)

資料 『男女共同参画白書』平成26年版

Page 4: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

5

特集―ひとり親の就業実態と支援策

しても2003年頃から若年者問題に取り組み始めましたが、女性の貧困は可視化されることなく、ほとんど認識されていなかったように思います。その後、2010年代に入ると、若年女性の問題に対する認識が徐々に進んできたという感じがしています。この間の若い世代の問題を見てみると、仕事と所得が不安定な若年男性が非常に増え、婚姻率は低下しています。 また、結婚しても破綻する例が後を絶ちません。例えば、DV相談の現場の話などを聞くと、そもそも結婚するだけの条件がない人たちが無理に結婚して破綻するケースが見られます。その時、多くの場合に暴力がつきまとっていくというようなことが言われています。そして今、子どもの6人に1人が貧困であるという現状に対して、適切な政策を発動しなければ、深刻な社会問題になるだろうと、ようやく公的に認識され、動き始めたというところです。

労働者としての女性の地位改善を

 今日のシングルマザー問題で一番重要なのは、労働者としての女性の地位を改善することです。母子世帯の貧困

を社会保障だけでカバーすることは非常に難しく、抜本的解決にならないからです。そのためには、第一に、ジェンダーや正規・非正規雇用の不当な格差を解消することが求められます。どのような就労であろうと、家庭を持ち、社会生活が営めることを労働条件の最低基準とすべきです。第二に、安定した雇用機会の創出が必要です。例えば、私の知人がマザーズハローワークに相談に行ったところ、非常に親切に応対してくれたけれど、求人票を探しても、長期にわたって生活が成り立つような良い仕事はなかったと言っていました。これが今の現実だろうと思います。

盛り上がらない女子生徒の就職

 昨年のフォーラム(前述の「アンダークラス化する若年女性たち」)に登壇した白水崇真子さんという方は、定時制高校や普通高校などで問題を抱えている生徒の支援活動を長年やってこられた方です。彼女はその経験から、女子生徒の問題を次のように指摘されています。 「高校の進路指導部と協働して卒業年次生の就労支援をしたが、成功したのは男子生徒ばかりだった。男子生徒

は、支援に当たって保護者の理解と協力も得やすかった。逆に、つまずきがちな女子生徒に対しては、親の意識が違う。『無理させなくてもいい』『家事をやってくれればいい、やってくれないと困る』と言い、進路未決定で卒業するケースもあった。つまり男子に比べ、家族の『就労・自立』への期待が薄いため『押し出し』が弱いのである」 その学校の先生によると、そうした生徒の家庭は、ほとんどが低所得で経済的課題を抱えているにもかかわらず、女子生徒の就職は盛り上がらないまま卒業式を迎えてしまうそうです。また、白水さんは次のことも指摘しています。 「成績などで評価された経験が少ない彼女たちは、概ね自尊感情も低く、就活への不安を抱えている。家族に必要とされることで自身の存在価値を見出し、『家事手伝い』として社会的に見えない存在になる。女子は家庭でも労働市場でも、あらゆる被害者になりやすい(略)」 図3は、ある首都圏の高校から提供されたデータです。「就職」と「未定」を見ると、男子に比べ、女子の方が就職率が低く未定の率が高い。これが偏差値が低いと言われている高校の実態です。この高校では生徒の9割の家庭は経済的に恵まれておらず、高校を卒業して働くことが非常に重要な意味を持つ状況にもかかわらず、女子生徒にはこうした現実があります。 いま、日本で起きているシングルマザー問題や女性の貧困、子どもの貧困に関しては、すでに欧米諸国では多くの経験があり議論もされています。そうしたものを参考としながら、日本の問題を検討していく必要があるのではないかと思います。

図3 女子生徒の問題:ある首都圏高校の生徒の進路の内訳

Page 5: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

6

特集―ひとり親の就業実態と支援策

 本日は、日本の母子世帯政策、特に、母子世帯就業支援政策について焦点を絞ってお話をさせていただきたいと思います。 日本の母子世帯の政策にとって2003年は一つの重要な転換点です。前年の2002年に「母子及び寡婦福祉法」が改正され、母子家庭の就業支援を規定する特別措置法も施行されました。それに伴い、様々な制度改正や新しい事業が導入されていきました。 では、なぜ日本は、そうした母子政策の転換が必要だったのでしょうか。そして、どのような転換が行われたのでしょうか。その前に、まずアメリカとイギリスで起きたことを簡単にご紹介したいと思います。

アメリカの政策―低所得世帯向けの勤労所得税額控除を拡大

 日本に先駆けて、この二つの国は、1990年代後半に母子世帯の政策転換を行いました。アメリカの場合は、1996年に福祉改革が行われ、母子世帯への政策は就業支援に重点が置かれるようになりました。その背景には、アメリカでは1980年代から婚外子の出産が非常に増え、現在では黒人の家庭で生まれる子どもの約7割が婚外子という現状があります。その結果、低所得で貧困層の多い母子世帯が増加し、それに伴い、公的扶助が急増して福祉の支出が非常に深刻な問題になっていきました。1996年の福祉改革の最大

の目標は、こうした福祉への依存を削減することにありました。 具体的な政策として、子どものいる家庭の所得支援=「ADFC」制度(日本の生活保護に相当)を廃止して、貧困家庭への一時的支援としての現金給付=「TANF」制度を導入しました。「ADFC」と「TANF」の一番の違いは、就労要件と、受給期間の上限導入という厳しい条件を取り入れたことです。従来、アメリカの貧困家庭は、ほぼ永続的に現金給付(ADFC制度の給付)を受けることができましたが、TANFの導入により、生涯に5年を超えてはならないという受給期間の上限が設定されました。そして受給期間中も、就労しているか、求職活動中か、または職業訓練を受けているかといった厳しい要件を課すことによって、現金給付を与える制度が導入されたわけです。 そのかわりに、新しい制度では、「EITC」と呼ばれる低所得世帯向けの勤労所得税額控除を拡大し、一定の所得以下であれば、収入の最大34%の税の還付を受けられるようにしました。例えば、月々の収入が9万円の場合、国は所得税を徴収せずに、3万円の給付を与えるというものです。特にひとり親世帯や子どものいる世帯に、控除の拡大幅を広げました。 福祉改革の効果について、改革前と改革の6年後を比較した数字を見てみると、TANFの受給者数はピーク時

の3分の1まで減少し、母子世帯の母の就業率も5%ポイント程度上昇したという調査結果があります。しかしながら、2009年の統計によれば、母子世帯の貧困率は依然として3割程度と高いままですし、子どもの貧困率も2割程度と、日本より高い状態が続いています。この改革によって福祉依存は削減されたかもしれませんが、貧困層のシングルマザーの状況を改善したわけではないと言えます。

イギリスの政策―インセンティブ付与で母親の就労を促進

 次に、イギリスの状況をご説明します。イギリスもアメリカとほぼ同じ時期の1997年、ブレア首相の労働党政権下でニューディール政策が導入されました。背景として、イギリスでも婚外子が非常に増え、母子世帯の数もかなりのスピードで増えていました。 アメリカと違う点は、イギリスのシングルマザーの就業率は非常に低いということです。アメリカでは、改革前でもシングルマザーの就業率は7割程度でしたが、イギリスの場合は45%で、半数以上のシングルマザーは仕事をしていませんでした。それが原因で、母子世帯の貧困率も非常に高くなっていました。1993年のデータを見ると、イギリスの子どもの貧困率は32%で、アメリカは22%、ドイツは13%です。当時のイギリスの子どもの貧困率は、ヨーロッパだけでなく、アメリカに比

シングルマザーへの就業支援JILPT副主任研究員 周 燕飛

研究報告

Page 6: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

7

特集―ひとり親の就業実態と支援策

べても高い状態でしたが、一番大きな原因は、働いていない母親が非常に多かったということです。 このため、1997年のニューディール政策の重点は、アメリカのような福祉依存の削減ではなく、どちらかといえば、貧困の削減でした。当時のブレア 政 権 は、“End Poverty in One Generation”=「貧困は一世代内で消滅させる」、つまり、貧困を再生産させないということを最大のスローガンにしていました。それと同時に、“Make Work Pay”というスローガンを打ち出し、仕事をする方がより豊かな生活ができるような制度設計に変えていきました。イギリスでも福祉制度が充実していたため、働くインセンティブがあまり機能していなかったので、この改革は、インセティブを与えて母親を働かせることを最大の目標にしていました。 具体的には、1999年に最低賃金を導入しました。最賃のスタートポイントはかなり高く、今もイギリスの方がアメリカより高くなっています。導入後は、社会の給与の平均増加率よりもわずかに速いペースで少しずつ引き上げていき、底辺で働く人の収入の改善を図りました。また、アメリカと同じように、低所得者向けの勤労所得税額控除制度を、特に子どものいる家庭に優 先 的 に 拡 大 し ま し た。 さ ら に、「Income Support」(=日本の生活保護に相当)の受給者の就業意欲を高めるために、例えば、仕事をする時に給付を与える、求職活動をすると奨励金を与える、保育園に入れると高い補助率で保育園の費用をカバーするなどといった政策を打ち出しました。 Waldfogelという先生がまとめた著書によると、これらの政策効果については、かなり大きな効果があったよ

うです。改革前(1997年)と改革後(2008年)の変化を比較して見ると、例えば、ひとり親の就業率は45%から57 % ま で 上 昇 し、「Income Support」の受給者数も103万人から74万人に、30万人程減りました。また、改革前はアメリカよりも高かった子どもの貧困率が逆転し、相対的貧困数は15%減少しています。このように数字だけ見ると、貧困の削減という目的はある程度達成できたのではないかと思われます。 ただしその代償として、政府の支出が膨張しました。確かに、「Income Support」に頼る人は減りました。そのかわりに政府はいくつもの補助金を出したり、税額控除を拡大したり、貧困家庭の子どもの教育に投資したりと、様々な制度をつくりました。 Hillsの論文によると、毎年GDPの1%の追加的な支出が必要とされていたそうです。労働党政権で行われた福祉改革は、貧困の改善には役に立ったかもしれませんが、政府の財政に大きな負担を強いるものでした。現在の保守党政権は、財政支出の削減を最大の目標にしていますので、イギリスの福祉政策は、ここ数年は後退に向かっているのではないかと考えられます。

日本の母子政策の背景

 日本における母子政策の転換の背景には、イギリスやアメリカとよく似たものがありました。1990年代以降、日本でも母子世帯の数が非常に早いペースで増加しました。国勢調査や国民生活基礎調査などのデータによると、年率2.3~2.5%ぐらいのペースで増えていきましたが、母子世帯の低収入層の割合はそれほど変わっていないので、母子世帯の全体数が増えれば、母子世帯への福祉給付も自ずと増加しま

す。2002年度の児童扶養手当の給付総額は、1992年当時の1.5倍に膨らみました。生活保護を受けている母子世帯の割合は14%前後で大して変わっていませんが、母数が増えているので福祉支出は高い率で伸びていたわけです。 ただ、日本の母子世帯数の増加の原因は、英米と少し事情が異なります。イギリスとアメリカは婚外子の増加が最大の原因ですが、日本の場合は離婚率の増加が一番大きい要因で、現在、日本の母子世帯の8割は離婚によるものです。また、イギリスでは、シングルマザーの就業率が低いことが問題でしたが、日本のシングルマザーの就業率は昔から高く、最近の調査では80%を超えています。日本の母子世帯の最大の問題は、働いているのに貧困だということです。 日本においても、政策転換の一番の原動力になったのは、母子世帯の増加に伴う福祉支出の増加でした。日本政府の財政赤字が増える中で、これ以上母子世帯への福祉支出を増やすことは限界だという認識の下、母子及び寡婦福祉法が2002年に改正されたのではないかと考えています。実施された政策はアメリカと共通点も多く、福祉から就業へというのが一つのポイントです。例えば、7~8割の母子世帯が受給している児童扶養手当について、5年以上受給してきた世帯は、最大で5割減額するという制度が導入されました。アメリカのTANF制度を参考にしたのではないかと思われますが、実際に実施されたことは一度もなく、実質的に凍結されています。 一方、生活保護の母子加算は、法改正によって、2005年度以降に段階的に減額され、2009年度には完全廃止に決まりました。そのかわりに、生活

Page 7: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

8

特集―ひとり親の就業実態と支援策

保護を受給するひとり親に就労促進費が付与される制度が新設されましたが、こちらも2009年に見直され、再び母子加算が復活しています。

就業支援の強化

 そこで最後に何をしたかと言うと、就業支援の強化です。例えば、母子家庭等就業・自立支援センター、高等技能訓練促進費、自立支援教育訓練給付金などの母子世帯専用の就業支援メニューが新設され、母子世帯の稼ぐ能力を高めるための様々な支援事業が立ち上がりました。代表的なツールとして、①就業機会の増大策、②職業能力開発策、③ジョブサーチの支援策、があります(図1)。 1番目の就業機会の増大策とは、企業への補助金や奨励金を導入して、シングルマザーの優先的な雇用を促すこと、つまり、雇用の機会をもっと増やすという政策です。例えば「特定求職者雇用開発助成金」は、シングルマザーなどの就職困難者を1年以上雇用した企業に対する助成金で、「トライアル雇用奨励金」は、試行的にシングルマザーを雇用する企業に対する奨励金です。そして、母子家庭の関係団体に優先的に事業を発注する「優先的事業発注」など、いずれもシングルマザーにより多くの就業機会を設けるための政策です。 2番目の職業能力開発策には、「高等職業訓練促進給付金」や「自立支援教育訓練給付金」、「高卒認定試験合格支援」といったものがあり、いずれもシングルマザーが資格を取得したり、職業訓練を受けることで、より収入の高い職に就くための支援になります。 3番目のジョブサーチの支援策については、ハローワークの職業紹介や、マザーズハローワークが提供するサー

ビス等もありますが、シングルマザーに特定したものとしては「自立支援プログラム策定事業」が挙げられます。福祉事務所などにプログラム策定員が配置され、シングルマザーの状況に応じて、その人の持っている能力や経験を最大限に活かせるような仕事を一緒に考えたり、ハローワークのサービスにつないだりします。福祉とハローワークを連携させて、シングルマザーに仕事探しのノウハウやきめ細かいサポートを提供するという支援です。それから、各地に設置された母子家庭等就業自立支援センターでは、生活や就業に関する様々な相談に応じており、無料の就業支援講習会を定期的に開くなど、総合的な支援を提供しています。

各支援策の正当性

 それでは、各々の支援ツールの正当性について考えてみたいと思います。まず1番目の就業機会の増大策ですが、これは母親本人に直接お金を支払うのではなく、母親を雇用する事業主に支払うことになります。就職困難な人がより優先的に仕事のチャンスを得られれば、今後の雇用拡大につながり、社会の階層格差が緩和することも期待できます。ただし、この支援策には就業効果の持続性の問題を指摘することができます。例えば、トライアル雇用で

雇われたものの、3カ月後に解雇されたら意味がありません。大体が期限付きの奨励金や給付金ですので、その期限が過ぎた後も引き続き雇用されるか否かが分からないという問題があります。また、こうした支援策には、「自分が弱者である」という劣等感が植え付けられるという問題があるとも言われています。 2番目の職業能力開発策は、基本的には市場原理に任せて、企業は能力の高い人を採用すればいいという考え方です。市場の競争原理を歪めないという利点がありますし、職業訓練を受けることで、将来的に高い労働生産力を持つ人口が増え、日本の潜在的成長率の向上も期待できます。さらに重要な点は、貧困層の人たちは職業訓練や人的資本を投資するだけの初期資金がありませんので、生活費や学費を提供することによって、いわゆる「流動性制約」を克服することができます。日々の生活に追われ、非常に困窮した状態であれば「情報の欠如」にも直面しているでしょう。社会的弱者の職業能力開発を最適水準まで引き上げるためにも、こうした政策は有益だと言われています。 3番目のジョブサーチの支援策には、求職者のサーチコストの軽減や求職期間の短縮、職のマッチング度の向上な

母子世帯向け図 1 就業支援の代表的ツール

① 就業機会の増大策 ②職業能力開発策 ③ジョブサーチ支援策

◆HW、マザーズ HW◆母子世帯等就業・

自立支援センター

◆自立支援プログラム策定

◆母子自立支援員

◆高等職業訓練促進給付金

(高等技能訓練促進費)

◆自立支援教育訓練給付金

◆高卒認定試験合格支援

◆公共職業訓練

◆特定求職者雇用開発助成金

◆トライアル雇用奨励金

◆優先的事業発注

◆行政機関等での優先的雇用

注:(1)下線のある制度は、母子福祉法改正後(2003年度~)にひとり親のために導入された制度である。   (2)常用雇用転換奨励金制度は、2007年度に廃止され、中小企業雇用安定化奨励金制度へと移行した。

Page 8: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

9

特集―ひとり親の就業実態と支援策

ど、就職の「クオリティ(質)」を高めることが期待されます。 このように政策は幾つもありますが、中でも重点が置かれているのが、自立支援教育訓練給付金をはじめとした職業能力開発支援策であり、政策の目玉となっています。

就業支援の効果と課題

 各事業の効果については、残念ながらデータが整わず十分に検証することができませんでした。そこで、アンケート調査を実施し、支援事業を利用した人と利用しなかった人を比較して、利用した後に正社員になれたか、収入が増えたかなどについて検証を行いました。その結果、唯一、積極的な効果が確認されたのは、高等技能訓練促進費だけでした(図2)。この制度を利用した人は、非正社員から正社員への就業移動が確認されましたが、それ以外の制度に関しては、マイクロデータで顕著な効果は確認できませんでした。 一方、マクロ的に、就業支援の効果を見てみると(図3)、改善された項目はそれほど多くありません。若干の改善が見られたのは、平均年収(162万円→181万円)や、貧困率(58.7%→54.6%)ぐらいですが、イギリスに比べると改善の幅は大きいとは言えない状況です。

 日本の就業支援のどこが問題なのでしょうか。今まで母子世帯の問題を研究して感じたことを幾つか述べさせていただきますと、まず1点目は、支援制度の認知度がなかなか上がらないということです。例えば、2003年度に導入された「高等技能訓練促進費」の制度を、約半数は「知らない」と回答しています。原因はいろいろあると思いますが、例えば、事業名が長くて覚えにくい、頻繁に制度が変更される、周知の手段が単純で母親まで行き届かないといった問題が挙げられます。 2点目は、新規支援事業が次々と乱立し、見切り発車による現場の混乱が結構見受けられます。そこはやはり費用対効果をしっかり検証して、それに基づき新事業を導入するか否かを検討すべきだと思っています。 3点目は、母子世帯のニーズが十分に汲み上げられていないという点です。ニーズが十分反映されないまま、導入される事業もあるかと思います。 4点目は、一番大事なことですが、事業の効果検証があまり行われていないという点です。事業の前と後のデータがあまり提供されていないので、研究者が検証しようと思っても、なかなかできない。もっと検証データを充実させるべきです。そして、就業効果の高い、目玉となるような事業が少ない

というのも課題だと思います。 しかし、シングルマザーの経済的困難は、仕事だけが原因ではありません。養育費の問題や、社会保障給付が限定的だという問題もあるわけです。

就業で経済的自立が可能か

 では、「就業で経済的自立」が可能でしょうか。日本では、現段階で実現するのは難しいと思いますが、スウェーデンなど実現できた国もあります(同国の母子世帯の貧困率はわずか3.8%)。スウェーデンがなぜ実現できたかと言うと、共働きモデルが主流で、女性の就業継続率が高いことが挙げられます。さらに、正社員と非正社員、男性と女性の賃金格差が小さく、育児休業制度や保育所が充実しているといった諸条件がそろっているため、経済的自立が可能となっているのです。 母子世帯に対する貧困対策の枠組みについては、就業支援、雇用システムの抜本改革が必要ですが、それ以外にも、養育費の徴収や司法的解決、人口学的解決など、様々な方策があるわけです。本日は時間がないため細かくご紹介することはできませんが、2014年に刊行した研究双書『母子世帯のワーク・ライフと経済的自立』に詳細が書かれていますので、ご関心のある方はご参照いただければ幸いです。

個別事業の効果検証-アンケート調査より-図 2

(1)「高等技能訓練促進費」(※利用率1.5%、未認知率50.5%)→非正社員から正社員への就業移動に積極的な効果がある。

(2)「自立支援教育訓練給付金」(※利用率4.1%、未認知率46.3%)→就業効果が確認されなかった。

(3)「母子自立支援プログラム策定」(年間7千件程度)→就業効果が確認されなかった。

(4)「母子家庭等就業・自立支援センター」(※利用率8.1%、未認知率38.2%)→パソコンスキルの習得による賃金上昇効果は観察されなかった。

ただし、シングルマザーの転職と再就職活動を活発化させ、中長期的に良い職業キャリアに導く可能性がある。

資料出所:周(2014)※厚生労働省「母子家庭等全国調査2011」より。未認知率は、制度を利用したことのない者に関する数値である。

就業支援の効果-マクロ統計より-図 3

・母子世帯の就業状況 ※2003~2011年までの変化 →就業率 83.0% →80.6% →母親の平均就業年収 162万円 →181万円 →正社員の割合 39.2% →39.4% ・福祉支出 ※2003~2011年までの変化 →児童扶養手当受給の母子世帯数 86.6万→97.8万世帯 →生活保護受給の母子世帯の割合 14.5% →14.9% ※3.1万世帯(37.8%)の純増 ・ひとり親世帯の貧困率 →相対的貧困率 58.7 %(2003年)→54.6%(2012年) データ出所:厚生労働省「母子家庭等全国調査」、「国民生活基礎調査」、「社会福祉行政業務報告」

Page 9: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

10

特集―ひとり親の就業実態と支援策

 現在、野田市役所の児童家庭課に在籍し、ひとり親家庭の支援をしております。日々の業務の中で、ひとり親家庭の皆様の幸せを願っているわけですが、本日の報告は、そんな現場の中で、特に母子家庭の母親のキャリア開発について、日頃から感じていた問題と研究したことを併せて発表させていただきたいと思います。 現在、我が国の母子家庭の支援は、児童扶養手当中心の支援から、就業・自立に向けた総合的な支援にシフトしています。国は、図1の①~④の政策を4本柱として推進しています。中でも就業支援は、経済的に自立する手段としての役割が大きいものです。母子家庭の現状ですが、平成23(2011)年度の母子世帯調査によると、80.6%が就業していますが、経済的に自立することは難しいのが現状です。

野田市のひとり親支援

 野田市では、平成14(2002)年から「ひとり親家庭支援総合対策プラン」を策定し、総合的・計画的にひとり親家庭の自立を支援しています。就業支援に関しては、①就業相談や求人情報の提供、②母子・父子自立支援プログラム策定事業、③自立支援教育訓練給付金事業、④高等職業訓練促進給付金事業に加え、市独自の事業として、就業支援パソコン講習会を開いたり、ひとり親家庭向けの求人開拓等も行っています。求人開拓は、庁舎に設置して

いる無料職業紹介所の相談員と一緒に野田市の事業所を回り、雇用の啓発と求人開拓を行っておりますが、求人票だけでは分からない会社の風土や情報をお伝えすることができ、就業支援をする上でとても役に立っています。

支援の流れ

 ひとり親家庭支援の流れをご説明しますと、離婚前の方、未婚の方、あるいはひとり親になった方などが相談窓口に来られます。相談内容は、離婚前であれば、夫婦間の悩みや今後の生活の事、養育費の請求に関する相談が多く、ひとり親家庭になった方が申請に来られる場合は、子どもの保育所や学校、住居、養育費、就業についての相談が多くみられます。 離婚前の相談で来られる方は、様々な迷いと葛藤の中で、自分と子どもの未来にものすごい不安を抱えていますので、相談者の不安をじっくりと聴くようにしています。すると、初めは現状しか話さなかった人も、徐々に、どのような家庭生活を送っていたのか、なぜ離婚話に至ったかを話すようになり、落ち着きを取り戻すと、離婚に対して前向きな考えができるようになってきます。この時に、養育費の請求方法やひとり親家庭の支援内容はもちろんのこと、保育所や住居についても情報を伝え、一つひとつ不安材料を減らしていきます。そして、どのような仕事をしたいのか、資格取得や職業訓練

に対する給付金制度、貸付などの支援についても話をします。 ひとり親家庭になってから来られる方は、施策の説明をしながら、今後の生活展望を伺っていきます。離婚の場合は、いろいろ手続きをしなければならず大変なパワーを使う時ですが、資格取得に必要な情報等も伝えて、次の段階へと支援していきます。私は、彼女たちにも自分が思い描いていた人生があったはずだと思っていますので、このような予想外な事態に向き合った時、自分の意思で自分の人生の選択ができるように、キャリア自律への支援を促していきたいと思っています。 就業支援を進める段階では、職業訓練を受けてから就職したい人と、すぐに就職したい人に分かれ、希望者にはプログラムを策定して就業支援を進めていきます。しかし、就業支援をした人が、必ずしも経済的自立につながっていくわけではありません。

母の行動(態度)と自立の関係

 経済的に自立できる人はどのような要素を持っているのか――。日々の窓口業務の中で、このような疑問を持ち、両者の相違点を母の行動面に着目してみました。例えば、書類を記載するときに、正確に書く人もいれば誤字が多い人もいる。面接の約束をしていても、時間どおりに来る人もいれば、連絡もしないまま来ない人もいる。対話をしても、落ち着いて話す人もいれば、感

母子・父子自立支援員から見た シングルマザーのキャリア開発

千葉県野田市母子・父子自立支援員 田中恵子

事例報告1

Page 10: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

11

特集―ひとり親の就業実態と支援策

情的になって話をしてしまう人もいます。例を挙げれば切りがありませんが、こうした普段の行動の中に社会人としての基本的な能力の違いが見られます。そこで、母の行動(態度)観察の結果と経済的自立との関係を焦点に当てて分析してみました。 2013年に、千葉県と東京都の母子自立支援員にご協力いただき、支援員から見た母子家庭の経済的自立に関するアンケート調査を個人的に行いました(図2)。調査の結果、経済的に自立している人は30.6%、自立していない人は69.4%でした。主な傾向として、35歳前後から55歳ぐらいまでは自立している人がやや多くなっていますが、子どもの学校(小学校や高校等)の入学時期が自立のきっかけになっていると思われます。学歴につい

ては、専門学校卒と大卒は自立の割合が高く、中学卒はほとんど自立できていませんでした。また、母子家庭になってからの期間との関係では、自立している人は5年以上が多く、3年未満では難しいという結果が出ています。 図3を見ると、自立している人は、正社員で、専門的・技術的職業に就いている人が占めています。また、自立していない人は、パート・アルバイト・嘱託でサービス職と販売職に就いている人が多くなっています。

◇     ◇ ここで一つ事例をご紹介します。二人のお子さんがいる方です。離婚後に准看護学校に2年間通いましたが、この時は主な支援が手当と貸付しかない時期です。その後、高等技能訓練促進費事業により看護学校に進学すること

ができ、2年後、看護師として病院に就職しました。しかしその間、子どもの不登校や進学の悩みを抱えての勤務だったそうです。先日、お子さんが大学に入学できたと報告に来られましたが、「やっと手当が止まったんです」と、とても嬉しそうに話していました。就職して8年、離婚してから13年という月日が経っていましたが、当時、貸付を受けたことや、高等技能訓練促進費があったお陰で進学できたと感謝の言葉を述べていました。このように、経済的自立ができるまでにはかなりの時間を要するため、長期継続的な支援が求められます。

経済的自立の阻害要因

 図4は、経済的に自立している人としていない人の阻害要因を示したものです。これを見ると、全体的に1割~3割が何らかの阻害要因を複数持っていることが分かります。両者の阻害比率が高い順に見ると、1位はどちらも「資格や免許」ですが、解決率に大きな差があります。2位は、自立している人が「子どもの保育所・学童入所」ですが、仕事に就くという自立にはプラスの要素が働いていると考えられます。一方、自立していない人では「人間関係づくり」が挙がっており、解決

母子家庭の母の就業状況 ⇒ 約80.6%が就業

・正規の職員・従業員・・・・ 39.4%・自営業・・・・・・・・・・・・・・・・ 2.6%・パート・アルバイト等・・・・・47.4%・就労収入の平均は・・・・181万円

我図1 が国の母子家庭支援策

児童扶養手当中心の支援

就業・自立に向けた総合的な支援

①子育てと生活支援

②就業支援③養育費の確保

④経済的支援

経済的に自立することは難しい

専門的

建設・

160.00.06.16.10.00.03.36.17.911.270.0員社正

準社員・派遣 0.0 40.0 20.0 10.0 10.0 0.0 0.0 10.0 10.0 0.0 0.0 10

パート・アルバイト・嘱託 0.0 27.8 5.6 22.2 44.4 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 18

980.00.02.22.20.00.01.216.65.613.950.0計合

830.00.00.06.20.00.01.126.24.813.550.0員社正

準社員・派遣 0.0 15.8 47.4 21.1 15.8 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0 19

パート・アルバイト・嘱託 0.0 17.3 16.3 19.2 36.5 0.0 1.0 4.8 1.9 0.0 0.0 101

040.0010.00.00.00.00.00.00.00.00.00.0職無

8914.910.00.19.25.0.08.321.215.619.020.0計合

経済的に自立している

経済的に自立していない

経済的自立別雇用形態別現在の職業(n・%)

経済的自立×雇用形態×現在の職業図3

図2 調査の方法

「母子自立支援員からみた母子家庭の母の経済的自立」に関するアンケート調査の実施 (2013年6月~11月)

千葉県(49人)・東京都(16人)の母子自立支援員

・「経済的に自立している人」と「自立していない人」を各々3名個人別に調査票に記入してもらい、郵送で回収

① 母の属性② 相談時期・相談内容・自立に至るまでの期間③ 具体的な就業支援策・取得資格の状況④ 自立への阻害要因⑤ 母子家庭の母との面談をして感じる行動面での特徴である

「本人所得で児童扶養手当が全部停止になった人」(扶養義務者の所得によって全部停止になった人は除く)生活保護受給者は除く

・対象者

・調査方法

・質問項目

・経済的に自立している人とは

2

Page 11: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

12

特集―ひとり親の就業実態と支援策

率も低くなっています。全体的に、自立している人は、阻害比率に対する解決率が高い一方、自立していない人は、阻害要因が多いことが分かります。

自立している人/していない人の行動面の特徴

 図5は、母子自立支援員が母との面談で感じたこと、行動面での特徴について整理した結果です。自立している人としていない人との得点差が大きいものは、①職業資格を持っている、②具体的な計画を立てている、③一つの仕事を長く経験している、④独立心が強い、⑤車の免許を持っている、⑥身だしなみが整っている、⑦書類を書く

ときに誤字が少ない、⑧物事を論理的に話せる、⑨漢字の間違いが少ない、⑩家族以外のネットワークがある、の順になっています。マイナス側の特徴で開きがあるものは、①面接に普段着で行ってしまう、②情緒不安定にみえる、③決断が鈍い、④仕事内容よりも目先の賃金を優先している、⑤細かいことを気にしすぎる、が挙げられます。 さらに相関関係を分析した結果、経済的自立に必要な要素を以下の五つに導きました。すなわち、①一定の社交能力と社会的な信頼関係の構築力がある、②信頼できる友人がいる、③知人などの情報入手経路がある、④自分なりの考えをもち、自分の気持ちを明確

に意思表示できる、⑤職務経験を通して協調性や自律性を身に付けている、ことです。

就業支援に望むこと

 このようなことから、就業支援での課題として、①社会的な常識や基礎的な能力が欠如していると採用に至らない(例えば、パソコンの資格を取ったとしても、社会的な常識や基礎的な能力がないと採用に至らない)、②挨拶や電話対応、接客、事務の遂行には、現行の職業訓練では習得できない能力が求められている、③学歴が影響しない短期間の職業訓練では、資格を活かして経済的自立につながる職業に就くことは難しい、が挙げられます。 今後の就業支援に望むことですが、現在は職業訓練により、専門性を高めて就業に結びつける支援が主となっており、経済的に自立が困難と思われる中卒等の低学歴層まで支援が届きにくいという点があります。学び直しの支援も出来、給付金制度も有難いのですが、具体的な学習につながるツールや、誰もが無料で学べる教育プログラムの提供があれば良いと思います。また、基礎的能力と社会性が学べる教育システムや、生涯発達キャリアを意識した支援が必要だと思います。このような基礎的能力と社会性は、家庭教育や学校教育の領域でもあり、もっと早い段階から身に付ける必要がありますが、弱みを把握して、母のレベルに合わせた具体的な支援プログラムの開発が望まれます。 最後に、母子・父子自立支援員の育成課題として、多様な相談ニーズに応えられる人材育成、資質向上のための研修機会の増大と支援員の雇用契約期間を含めた、継続支援のための環境整備が重要な課題だと考えています。

図4 阻害比率と解決率

自立している 自立していない

0

33.3

100

80

100

83.3

28.6

42.9

50

62.5

40

80

16.7

78.9

85

2.2

3.3

4.4

5.5

5.5

6.6

7.7

7.8

8.8

8.8

11

11

13.2

20.9

44

0 20 40 60 80 100 0 20 40 60 80 100

本人に障がいがある

その他

持病がある

就業経験がない

家族の介護

人間関係づくり

子どもに障がいがある

精神的な病気

学歴

DV問題

いじめ、病気等、子どもの問題

住居

借金

子どもの保育所・学童入所

免許・資格

阻害比率 解決率

33.3

0

4.5

13

851.9

15.6

34.4

3

27.5

59.6

12.7

48.4

18.5

44

4.4

9.2

10.7

11.2

12.2

13.1

15.5

15.6

16

24.9

25.2

27

30.1

31.6

36.4

家族の介護

その他

子どもに障がいがある

本人に障がいがある

学歴

DV問題

精神的な病気

就業経験がない

持病がある

いじめ、病気等、子どもの問題

子どもの保育所・学童入所

借金

住居

人間関係づくり

免許・資格

阻害比率 解決率

*5段階評価の平均点(良くあてはまる:5点、ややあてはまる:4点、どちらともいえない:3点、ややあてはまらない:2点、全くあてはまらない:1点と得点化)

・(+)は自立している側に平均値の有意差(0.05)があるもの ・(-)は自立していない側に平均値の有意差(0.05)があるもの

図5 行動面での特徴

■経済的に「自立している人」と「自立していない人」とで比較してみると、全体的に「自立している人」の平均点の方が「自立していない人」よりも高い傾向にある。

母との面談で感じたことや行動面での特徴

1

2

3

4

5

経済的に自立している

経済的に自立していない

注)阻害比率= ( 解決できた + 解決できていない )/ ( 解決できた + 解決できていない + 阻害要因ではない )×100  解決率=解決できた /(解決できた + 解決できてない)×100

Page 12: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

13

特集―ひとり親の就業実態と支援策

 本日は、東京ボランティア・市民活動センターについて簡単にご紹介した後に、本センターが企業やNPOと一緒に取り組んだ二つのひとり親就労支援プロジェクトをご報告し、最後に、中間支援組の役割についてお伝えしたいと思います。 東京ボランティア・市民活動センターは、様々な社会課題を解決するために、支援が必要な人や団体と、支援をしたい人や団体をつなぎ、その活動を支援することを使命(ミッション)としています。 そのために、相談や研修、ネットワーキング・イベントの開催など、様々な事業を行っていますが、その時々の社会課題を解決するために、関係団体を集めて協働プロジェクトを立ち上げたり、災害時には、災害ボランティア・センターとしても機能しています。

◇   ◇   ◇ 本センターは1981年に設立され、社会福祉法人 東京都社会福祉協議会が運営しています。社会福祉協議会は全国の区市町村に設置されており、福祉施設や福祉団体が会員組織になっていますので、本センターは、こうした社会福祉協議会の持つ福祉関係者の全国的なネットワークとともに、企業やNPOなどの民間のネットワークも持ちながら、様々な事業を展開しています。 また、本センターは中間支援組織ということになるのですが、ひとり親支

援の関係では、母子生活支援施設のような福祉施設や、女性シェルター、または当事者団体など、直接ひとり親家庭を「支援している団体」があります。一方で、民間企業やそこで働く社員の人たち、または一般市民や学校など、「支援をしたい人たち」がいます。両者をつなぎ、その活動が順調に進んでいくのを支援するのがボランティア・センターやNPOセンターといった中間支援組織ということになります。 本センターに民間企業から多くの相談が寄せられたのは1990年頃でした。当時は、日本の大企業が海外に進出し、「企業もコミュニティの一員であり、積極的に貢献しなければならない」ということを学び、「日本国内では何ができるだろうか」という相談が寄せられました。多くの企業が、環境保護やメセナ(文化・芸術の支援)などに力を入れていたのですが、「ボランティアは個人の自由意思に基づくものなので、企業として強制することはできない」という考え方から、企業は社員たちにボランティア情報を提供したり、ボランティア休暇制度を作るなどの側面的支援を行いました。しかし、その後、ボランティアをする社員の数はそれほど増えませんでした。

ITボランティア・プログラム

 ところが、21世紀になると、外資系企業が次々と本センターを訪れるようになります。日本マイクロソフト株

式会社(以下、「マイクロソフト社」)は、「本業のITを活かした社会貢献をしたい」ということでしたので、当時、大きな社会課題となっていたDV被害者や母子家庭への支援を提案させていただきました。 2001年にDV防止法が施行され、多くの母親たちが子どもを連れて家を飛び出すのですが、公的な施設だけでは足りず、民間のシェルターが増えていました。そして、行政はDV被害者の相談や保護に取り組むのに精一杯で、母親たちの自立支援や就労支援までは手が回らない状況でした。一方、母親たちが安定した事務職に就くためには、ワードやエクセル、メールなどが必須の時代になっていました。そこで、母親たちの就労に役立ててもらうために、基本的なITスキルを企業ボランティアが教えるという企画が生まれたのです。 マイクロソフト社からは、運営資金とソフトウェアが提供されたのですが、都内15カ所の施設やシェルターの中でパソコン教室を開催するためには、たくさんのPCやプリンターも必要となり、マイクロソフト社が日本ヒューレット・パッカード株式会社(以下、「日本ヒューレット・パッカード」)に働きかけてくれました。そして、マイクロソフト社や日本ヒューレット・パッカードと本センターの三者協働による「ITボランティア・プログラム」がスタートしたのです。

中間支援組織の取り組み東京ボランティア・市民活動センター主任 河村暁子

事例報告2

Page 13: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

14

特集―ひとり親の就業実態と支援策

多くの企業人ボランティアの参加

 本プログラムに参加した女性たちは一般のパソコン教室に行くお金がなかったり、加害者に見つかることを恐れて外に出たくなかったため、彼女たちが生活している施設やシェルターの中でパソコン教室を開催しました。そして、ITを教えるのは企業で働いている女性がよいだろうということで、第1期20人のボランティアを募集したところ、5大紙が取り上げ、マイクロソフト社や日本ヒューレット・パッカードの社員も含め300人を超える応募がありました。また、パソコンやインターネットの安全な環境を整えるボランティアも募集したところ、男性のIT技術者が50人以上集まってきてくれたのです。 こうした多くのボランティアの参加によって、年4回の「ITカフェ」という就労支援イベントも実施することができました。人材ビジネスの会社で働くボランティアによる就労講座、化粧品メーカーのボランティアによるハンドマッサージやメイクアップ講座、外資系企業からの就活スーツのプレゼントなど、ボランティアの人たちが働いている企業も応援してくださり、支援の輪がどんどん大きくなっていきました。 本プログラムには、年間約300人のひとり親(女性)が参加しましたが、ITスキルを身に付けたということだけでなく、そのことが自信になったり、ボランティアたちとの温かい交流を通して、社会に出ていく勇気を持つことができたようです。 このプログラムはその後、全国女性会館協議会と全国シェルターネットに受け継がれ、各地に広がっていきました。そして、東京では、ボランティア

たちがその後も脈々と活動を続けており、今年で15年目になります。現在までに、3,000人以上の方々にITスキルを教えました。以上が、本センターが初めて取り組んだひとり親就労支援プロジェクトです。

ゴールドマン・サックス・ギブズ・コミュニティ支援プログラム

 次に、現在取り組んでいる「ゴールドマン・サックス・ギブズ・コミュニティ支援プログラム」をご紹介します。世界的な金融機関であるゴールドマン・サックスも2001年に本センターにいらして、「社員がボランティア活動できるところを紹介してほしい」というご相談がありました。そこで、都内の母子生活支援施設や児童養護施設、ひとり親支援のNPOなど、様々な団体をご紹介したのですが、こうした施設・団体に行った社員の方々が、子どもたちの貧困問題の深刻さに気づき、その解決のために何か支援をしたいと再びご相談があったのです。 そこで、本センターと協働して、子どもへの貧困連鎖の防止のための三つのプロジェクトを立ち上げることになりました。 一つ目は「進学支援プロジェクト」です。これは母子生活支援施設や児童養護施設などで暮らしている子どもたちの大学進学を支援するもので、4年間の授業料全額と生活費も援助するという大型の奨学金です。そして、ただ、お金を出すだけではなく、施設のアフターケアと本センターのケースワーカー、そしてゴールドマン・サックスの役員・社員による伴走的な支援を行っています。東京都社会福祉協議会が運営している西脇基金では、児童養護施設から大学や短大、専門学校などに進学する全ての子どもに対して、毎

月2万円の学費を援助していますが、本プロジェクトが始まった2010年と今を比較すると、西脇基金の新規応募者数が2倍に増えています。こうした高等教育への進学率の急増に対して、西脇基金の原資を切り崩して運用しなければならない状況になっており、奨学金を確保することが大きな課題となっています。 2番目の「ひとり親就労支援プロジェクト」も2010年にスタートし、今年で6年目になります。2年前から一般財団法人東京都ひとり親家庭福祉協議会と共催して取り組んでいます。本プロジェクトは、ひとり親のキャリアアップを支援することで、子育てや子どもの進学を間接的に支援しようというものです。 3番目は、「プロボノ・プロジェクト」と言って、プロフェッショナルな人たちによるボランティア活動です。ゴールドマン・サックスは、経営、法律、広報、人事などの専門家集団です。こうした方々がチームになって、子どもやひとり親を支援する団体の組織強化に取り組みました。プロボノ・チームは各団体の課題を分析し、解決策を提案します。そして、それを実現するための助成金も提供するというプロジェクトです。 そして、「進学支援プロジェクト」と「ひとり親就労支援プロジェクト」には、それぞれアドバイザリー委員会が設けられ、東京都のひとり親支援や児童養護の担当者や、施設長、NPO、研究者、民間企業の役員の方々で構成されています。半年ごとに開かれる委員会では、第三者評価機関のNPO法人ETIC.(エティック)が、各プロジェクトの成果や課題を報告し、アドバイザリー委員からの助言を受けながら、改善を図っています。

Page 14: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

15

特集―ひとり親の就業実態と支援策

ひとり親就労支援プロジェクトの企画と成果

 当初、ひとり親就労支援プロジェクトの対象は誰なのかを議論しました。生活保護を受けているひとり親の方たちは、施設サービスや就労相談などの行政の支援が受けられます。しかし、不安定な就労をしながら子育てをしている方たちには十分な支援がありません。また、本プロジェクトの限られた時間や資金の中でできる支援を考えると、全く働いた経験がないという方ではなく、ある程度仕事の経験がある方を対象とし、その方々のキャリアアップに取り組むことにしました。具体的には、都内在住また在勤で、18歳未満の子どもがいて、年収が(ひとり親の男性もいることを考慮して)400万円以下の方としています。しかし、参加者の多くが年収100万~250万です。また、過去1年以内に週20時間以上、そして、6カ月以上同じ職場で働いたことも条件に入れました。第6期は30人定員のところに、100人を超える方々が応募しています。 具体的な支援内容は、まず、就労アドバイザーによる個別面談を月に1回、計8回行い、「3カ年のキャリアアップ計画」をつくります。そして、参加者が約1年間のプロジェクト終了後も、自分の力でキャリアアップを続けられるように、毎回、アドバイザーが課題を与え、参加者が調べたり、考えたりすることによって、「キャリアアップ基礎力」を身に付けていきます。そして、この計画に基づき、資格取得が必要であれば、上限20万円まで助成しますし、そのための託児・保育料は上限18万円まで助成します。さらに、子どもの塾代を1年間限定で15万円出しています。

 成果については、第三者評価機関であるNPO法人ETIC.の資料(注)

をご参照いただきたいのですが、本プロジェクトに参加した6カ月後に「キャリアップの基礎力」が身に付いたと回答している方がほとんどでした。特に、将来を見通す力や計画性を習得したという結果が出ています。一方、周りの人に支援を求める力が比較的弱いという課題も挙がっています。さらに、プロジェクト開始1年後に追跡調査をしたところ、まだ、資格取得のために通学中の方が半数近くいますが、参加した当初と比べて収入がアップした人や、正社員になったり、非常勤から嘱託職員になるなど、雇用形態が向上した人が半数以上いることが判りました。 ちょうど1年前の2015年3月に、ゴールドマン・サックスにおいて行政・企業・施設・NPO・学識経験者・メディアを集めて、本プログラムの中間報告をしました。その後、参加していた企業や財団、大学から、「子どもたちの奨学金を作りたい」とか、「ひとり親を支援したい」という相談が本センターにあり、いろいろな支援事業が始まっています。また、行政も、児童養護施設の子どもたちや生活困窮世帯の学習支援や進学支援に本格的に取り組むようになってきました。

中間支援という役割

 中間支援組織の役割は、支援が必要な人たちと支援できる人たちをつなぐことです。しかし、両者の間には様々なミス・コミュニケーションや文化の違いもありますので、その調整を行うことも必要となります。また、大きな企業が支援したいという時に、小さな一つの団体だけだとインパクトが小さすぎます。そこで、複数の団体のネッ

トワークを作って企業とつなぎます。また、ひとり親支援団体が様々な支援を必要としていれば、複数の企業やNPOとつなぐことによって、多彩な支援ができるようになります。あるいは、民間セクターと行政セクターの橋渡しをする、広く社会に支援を呼びかける、ということも中間支援組織の担うべき役割だと考えています。 今後は、ひとり親支援に取り組むNPOや施設のネットワークができて、その中に、外部の支援とつながるようなコーディネート機能を持つことができれば、より多くの支援を継続的に集めていけるのではないでしょうか。私たち中間支援組織はこうした社会課題ごとのネットワークづくりやコーディネーターの育成に力を入れていきたいと考えています。

[注]当日の配付資料http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20160316/resume/index.html

東京ボランティア・市民活動センター

Page 15: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

16

特集―ひとり親の就業実態と支援策

 日本では、男性の貧困は比較的マスコミにも取り上げられやすいのですが、女性の貧困、しかも母子世帯の貧困となると、新規性がなく昔から貧困だということで、ニュースでも取り上げられることが少ないテーマでした。ですので、いま一度、この問題について考えてみるのは非常に良い機会だと思います。 まず、貧困率が全般的に悪化している中で、母子世帯の問題に取り組まなければいけないということを再認識するため、幾つかのデータを見てみたいと思います。図1は、女性の年齢層別の貧困率について、1985年から2012年の約30年間の動きを示したもので、母子世帯だけではなく全ての女性を含めています。その中でも、若い層が一番大きく伸びており、また、子育てをしている年齢層でも貧困率が上昇しています。図2は、ひとり親世帯の再分配前(額面所得:生活保護や児童扶養手当等を含む)と再分配後の貧困率を表 し た も の で、2006年、2009年、2012年の数値を挙げています。このグラフを見ても分かるように、再分配

前の貧困率が依然として悪化している、つまり、ひとり親世帯の母親が稼ぐことができる状況がどんどん悪化しているという基本的な問題があります。また、再分配後の数値を見ても、それほど大きく貧困率が下がっているわけではありません。下がる度合いが他の国に比べても少ないことが、日本の母子世帯の貧困率が非常に高いことの要因で、それはずっと変わっていません。むしろ長い目で見たら、悪化している面もあります。 では、こうした状況で何を考えていかなければならないのかと言うと、一つが就労の問題です。二つ目が養育費の問題、そして三つ目が社会保障制度の問題です。この三つをセットで考えない限り、現在のひとり親世帯の状況を改善させることは難しいのではないかと考えています。

各報告へのコメント

 離婚した直後は、人生が大きく狂ってしまったという局面にありますし、子どもにとっても通常より多くのケアが必要な時だと思いますので、そうし

た時期に、すぐに職業訓練を受けて就職の準備をするのはなかなか難しいと思われます。やはり、経済的自立に至るまでには、その前に、キャリア自律や心の癒しの時間が必要だと思いますが、その支援についてはどのようなメニューが用意されているのでしょうか。つまり、心に傷を負って精神的に問題を抱えていたり、子どもが不登校であったりする中でも、働かなければいけないという一番辛い時期を乗り越えるために、どういった支援があればよいのか伺いたいと思います。 次に、「支援のバリア」についてお聞きしたいと思います。一方に支援したい人がいて、もう一方に支援を受けたい人がいるけれど、必ずしも二つのニーズがマッチするわけではないと思います。そのような時、どういったところにミスマッチがあるのか、具体的にお話を伺えればと思いました。

首都大学東京都市教養学部人文・社会系教授子ども・若者貧困研究センター長 阿部 彩

コメント

女性の年齢層別 貧困率の変化

• 高齢期はむしろ、「貧困化」の時期が遅れるようになった(山の左シフト)。

0%

5%

10%

15%

20%

25%

30%

女性 年齢階層別

19852012

ひとり親世帯*の再分配前/再分配後の貧困率

(注*:ひとり親世帯の定義は、「国民生活基礎調査」による世帯構造。すべての片親と20歳未満の未婚子からなる世帯。貧困率は、それらの世帯における20歳未満の子ども)• 2009年から、2012年の貧困率の悪化は、再分配前の貧困率の悪化によるとこ

ろが大きい。しかし、政府からの移転による再分配効果も2009年より弱まっている

61.0% 61.3%64.7%

52.7%49.7%

53.2%

0%

10%

20%

30%

40%

50%

60%

70%

2006 2009 2012

母子世帯(世帯構造)の貧困率: 再分配前後 (2006,2009, 2012)

再分配前

再分配後

2006 2009 2012

再分配後 52.7% 49.7% 53.2%

再分配前 61.0% 61.3% 64.7%

差 13.6% 19.0% 17.9%

改善率 22.3% 31.0% 27.6%

図1 女性の年齢層別 貧困率の変化 図2 ひとり親世帯*の再分配前/再分配後の貧困率母子世帯(世帯構造)の貧困率:再分配前後(2006,2009, 2012)

(注 *:ひとり親世帯の定義は、「国民生活基礎調査」による世帯構造。すべての片親と 20 歳未満の未婚子からなる世帯。貧困率は、それらの世帯における 20 歳未満の子ども)・ 2009 年から、2012 年の貧困率の悪化は、再分配前の貧困率の悪化によ

るところが大きい。しかし、政府からの移転による再分配効果も 2009 年より弱まっている

Page 16: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

17

特集―ひとり親の就業実態と支援策

 最後に、一番大きな問題になりますが、周さんは、就業で経済的自立が可能な国の例としてスウェーデンを挙げ

ておられますが、やはり日本では難しいと考えるべきなのか。また、その他の二つの支援の柱である、養育費と社

会保障制度の問題については、日本でまだできることはあるのではないか、ということも伺いたいと思います。

就労で経済的自立は可能か

【宮本】阿部さんから各報告の特徴を捉えたご質問がありましたが、最初に、就労による女性の経済的自立が可能かどうかを周さんからお答えいただきたいと思います。【周】先ほども申し上げたように、スウェーデンでは共働きモデルが主流になっています。女性も学校を卒業した後、就業を継続して男性と同じような賃金を得て社会で活躍するという社会システムの中では、仮に離婚して母子家庭になっても、すぐに経済的弱者になりません。そのためには、失業手当、保育園、育児休業制度など女性が社会で活躍するための様々な社会インフラの整備も充実していかなければなりません。日本では、1985年の男女雇用機会均等法が施行されて以降、かなり整備が進み、OECDの平均水準まで達成できています。こうしたインフラ

整備は今後も改善に向かっていくと思われますが、一方で、男女役割分業の慣行や意識変革がなかなか追いついていないのが現状です。こうした問題は長い年月をかけて少しずつ変革していくものだと思いますが、しかしながら、母子家庭の貧困問題をこのまま放置することはできません。 現在、ひとり親世帯の貧困率は50%を超えており、貧困が子どもを通じて次の世代に再生産されるのが一番危険です。北欧でも貧困の母子家庭はありますが、その多くは1~2年で貧困から脱出しています。しかし日本では、われわれの追跡調査によると、2年後に貧困から脱出できた割合は二人親世帯が60%なのに対して、母子世帯は30%程度となっています。貧困状態に長期間置かれているのは母親にとっても子どもにとっても非常に深刻な問題ですので、社会が変化するのを悠長に待っている暇はなく、何らかの対策

をすぐに打たなければなりません。 それと同時に、母子世帯の収入源(就労による収入、養育費、社会保障給付)の中で、就労による収入がすぐには大きく伸びないと見込まれる現状で、養育費と社会保障給付のところで何か手を打てないか、考えていかなければなりません。特に養育費については、政策的にできる余地が大きいと思っています。厚生労働省の調査によると、養育費を受け取っている母子世帯は2割程度で、養育費が母子世帯の収入に占める割合はわずか3%しかありません。アメリカやオーストラリアなどでは養育費の強制徴収制度があり、そうした国では養育費は収入の10%を超えるような状況になっています。日本は離婚による母子世帯が非常に多いので、父親が特定しやすく、そのため養育費の徴収による貧困削減効果は大きいという研究結果も出ています。 今、母子世帯が一番多く受けている

パネルディスカッション

Page 17: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

18

特集―ひとり親の就業実態と支援策

社会保障給付は生活保護と児童扶養手当です。働く能力のない母子世帯も多い中で、セーフティネットとしての生活保護は必要だと思いますが、他の社会保障給付に比べると依存性が高く、就労への阻害が大きいとも言われています。ですので、社会保障給付を増やすのであれば、児童扶養手当や児童手当など、比較的就労インセンティブへの阻害の少ない給付を増やした方がいいと思います。また、アメリカやイギリスの勤労所得税額控除制度のような、就労を前提として、収入が低い人に対して負の所得税(=給付)を与えるといった制度を導入すれば、低所得層の母子家庭を救えるのではないかと考えています。

養育費問題の実態

【宮本】実際にシングルマザーの就労

支援をやっておられる中で、養育費の問題の実態はどうなっているのでしょうか。【田中】養育費が取れればいいのですが、無職や借金を抱えているというような、支払い能力がない夫からは取れませんので、その場合は、状況が良くなった場合に、後からでも(子どもが20歳になるまでは)請求できると伝えています。しかしながら実際は、別れた夫と関わりたくないという母親も多くいます。養育費の支払いは要らないから、とりあえず離婚してほしいと

いう方もおられます。一方、夫にちゃんと収入がある場合は、必ず養育費を請求するように話していますし、もし難しい場合は、調停で申し立てをして請求することも勧めています。現在、野田市では月に1回、無料で養育費のための法律相談をしています。【宮本】別れる夫婦の関係性は単純・単一でないことに加え、この10年にわたる経済停滞状態で、別れた夫からお金を全く引き出せないという人もいて、そういう意味では方法は単線でないと思われますが、養育費の問題については、日本ではまさしく弱いところなので、是非とも強化していく必要があると思います。

最初の支援

【宮本】母子世帯が経済的に自立するまでには5~10年ぐらいかかると言われていましたが、離婚当初はいろいろな意味で混乱の極みにあると思います。そうした状況で最初の支援はどのようにされているのでしょうか。【田中】離婚当初は精神的にも本当に辛い時期だと思いますので、まずは母

親たちの話を十分に聴くようにしています。そうは言っても、窓口へ来られる方は大変忙しくて時間がありません。ですので、施策の説明と同時に話を伺い、その後に児童扶養手当と児童手当の変更申請をしていただきます。特に児童扶養手当は、母親にとって命綱で

もありますので必ず申請をするように伝えています。また、仕事や子どものことで相談があれば、いろいろな機関につなげていきます。例えば、子どもの悩みであれば、家庭児童相談室に専門の相談員がおりますし、就業に向けての準備が必要であれば、職業訓練促進費事業の枠組みを利用する、または住宅の問題であれば、家賃助成制度の利用を勧めたりしています。このように、一つの問題だけでなく複数の問題を抱えている母親が多いので、庁内で連携して支援する体制をとっています。

支援のミスマッチ

【宮本】支援する側と受ける側のニーズのミスマッチについて、先ほど阿部さんも「支援のバリア」と言われていましたが、具体的にお話しいただけますか。【河村】支援のバリアは沢山あると思います。特にDV被害者を支援するような場合は、セキュリティの問題がありますので、支援したい人を誰でも受け入れるというわけにはいきません。しっかりしたスクリーニングと情報漏えい防止が必要となります。このため、ひとり親を支援している団体の多くは、ボランティアではなく、お金や物品の寄付だけ欲しいと思っているところも多いのではないでしょうか。しかし、本センターには、社員ができるボランティア活動についての相談が多い。ここにミスマッチがあります。 しかし、企業も社員の方も、相手のことをよく知り、信頼できないと寄付はできません。企業のボランティアは身元がはっきりしているので、ボランティアを公募するより安全とも言えます。まずは、企業の人たちに来てもらい、どういう支援が必要なのかを理解してもらうことが重要だと思います。

Page 18: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

19

特集―ひとり親の就業実態と支援策

 例えば、先日、ひとり親支援団体から、就労講座を開催するために企業から寄付がほしいという相談がありました。企業の方々が集まるセミナーで呼びかけましたが、寄付の申し出はありませんでした。そのかわりに、都市銀行の人事部にボランティアとして協力していただき、就労講座を平日の夜に開催しました。人事部の方々が面接の寸劇を創って実演してくださったり、模擬集団面接をしてアドバイスをいただきました。このように、企業は社員という人的なリソース(資源)を持っているので、社員ボランティアに協力してもらうことにより、継続的で有益な支援になるのではないでしょうか。今後も企業側のリソースや強みと、NPO側のニーズを組み合わせて多彩な支援をつくっていきたいと思っています。【宮本】今、国の税収だけではとても間に合わないほど多様な課題が出てきている中で、いかに民間の資源を有効に投下するかということが問われています。そういう意味で、それらをコーディネートする中間支援組織の役割は非常に重要です。この中間支援組織という社会的なインフラの現状がどうなっているのか、また今後の課題として何が挙げられますか。【河村】全国各地にある社会福祉協議会がボランティア(市民活動)センターを運営していますが、企業や社員と社会課題に取り組む非営利組織とをつな

げることについては都市部では始まっていますが、まだまだ十分にできていないように思います。また、その他の民間のNPOセンターや中間支援組織も増えており、企業との連携に取り組んでいますが、都市部とそれ以外の地域との差はあるようです。 そこで、私が提案したいのは、ひとり親支援団体のネットワークをつくり、企業や市民といった民間の資源を集め、配分するようなコーディネート力を独自に持つことです。そうした中間支援的な機能をもつことができたら、もっといろいろな支援活動が展開できるのではないでしょうか。

男女役割分業の慣行と男女間格差

【宮本】ここで改めて、就業による経済的自立は理想論なのかという点について、もう少し掘り下げて伺いたいと思います。性役割分業が簡単には解決できない歴史を背負いながら、今、女性は夫によって支えられる保証がなくなってきています。女性が稼げる状況をつくるためには、性役割分業を変えなければ根本的な解決はできません。スウェーデンの共働きモデルは、男女ともに適正な――日本で言うならば残業の少ない――労働時間で働きながら、家庭を持ち子どもを育てているというものだと思いますが、この部分に日本が大なたを振るえない限り、女性の職域は拡大していかず、単純な労務ばかりが残っていくと思われます。【周】男女役割分業の慣行を変えるには時間が必要だと述べましたが、問題は、どのぐらいの時間がかかるのかということです。また、その時間をどの程度に短縮できるかは政策次第ですが、私は、学校教育から始めるべきだと考えています。学校で女子に対しても職業と就業継続の重要性を教え、自分で

キャリアプランを立てて学校選択や職業選択ができるように教えていくべきだと思います。確かにすぐには変えられないと思います。母親が専業主婦の家庭だと、その娘も大きくなったら母親のように専業主婦になりたいと思うことがありますので、母親がずっと職業キャリアを持っていれば、学習効果として子どもに伝わってきます。したがって、少なくとも1世代、場合によっては2~3世代の時間がかかるかもしれません。 今、日本の企業でも女性は重要な戦力だと認識するようになっています。人口の半分を占める女性の活用は欠かせないという流れに社会全体が変化する中で、企業側も女性がもっと働きやすいように慣行を変えていく。そうしなければ、市場で生き残れない時代が来ると思います。スウェーデンのように“ほどほど”の長さで働き、ある程度フレキシブルに労働時間をアレンジできる裁量権を持てるような働き方が、今後、女性が活躍していく上で欠かせないものになっていくでしょう。そのためには、短時間勤務制度や転勤のないジョブ型正社員といった様々な制度を用意して、実際に利用されるための努力を企業はしていくべきですし、政府にはそれを後押しして普及させる政策が求められます。【宮本】男性労働者人口が非常に多かった日本の工業化の時代は、女性の労働力に依拠する必要はなかったため性役

Page 19: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

Business Labor Trend 2016.6

20

特集―ひとり親の就業実態と支援策

割分業をとってきましたが、その時代は既に終わったという見解を政府自身が出しています。安倍首相は一億総活躍国民会議で、とにかく女性の参画が必要であると述べています。そのためには、男女ともに適正な労働時間で働けるような制度や環境整備が欠かせません。 シングルマザーの問題で言えば、制度的な障壁は何があるでしょうか。【阿部】130万円の壁とか103万円の壁というような問題もあるかと思いますが、それだけで、今の労働市場の男女格差は説明できないと思います。では、慣行と性役割分業だけで説明できるのかというと、それも違うと思います。要するに、男女格差が縮まらない根本的な理由は何かということです。例えば、保育所問題などもあるかもしれません。ただし母子世帯全体で見ても、保育年齢の子どもを持つ母親は少数派で、ほとんどの母親はその年齢以上の子どもを持っているわけですから、保育所問題だけが大きなネックになっているわけではないと思います。それなのに、女性全体、母子世帯全体として非常に低い位置に押し込められている理由は何でしょうか。【周】私は、日本の男女間格差が解消されない一番の根本的原因は、女性の就業継続率がなかなか改善されないことにあると考えています。女性も、男性と同じように就業を継続するとなれ

ば、企業も安心して女性に投資したり、仕事を任せたりできます。個人で何ができるかと言えば、会社に「私は辞めません」とアピールすることです。他の女性が辞めていっても、自分にはやる気があるというシグナルを送り続けることです。 私は育児休業と管理職登用に関する研究も手がけていますが、12カ月を超えて長く休業する女性の場合は、管理職に登用される確率が有意に低くなっています。ですので、なるべく1年以内に育児休業から職場に復帰して、長く会社に勤めていくことが大切ですし、社会全体で女性の就業継続率の向上を図っていくことが必要だと考えています。

最終コメント

【阿部】今の労働市場というのは、働

くのが非常に大変な労働市場であることに変わりないと思っています。野田市の報告にもあったように、結局、そうした状況で自立することができているのは、学歴が高く、心身に問題を抱えておらず、家族もみんなうまくいっているといった一部の限られた人たちです。若者にも同じことが当てはまると思うのですが、少し発達障害があったり、人と話すことが苦手な若者には非正規労働しか残されていない。そうした人たちも全て「企業戦士」みたいな労働者像まで引き上げて訓練すると

いうのが日本全体の方向性であるならば、それはやや厳しい気がします。また、いくら病児保育施設をつくっても、母親であれば、子どもが病気の時には休みたいと思うでしょうし、たまには子どもが学校から帰ってくる時に迎えてあげたいという気持ちもあるでしょう。そうした気持ちをないがしろにせず、仕事を続けていけるためには、企業のほうが変わって様々な働き方を認めていく必要があるのではないかと思います。つまり、労働者ではなく、企業の方を変える必要があるのではないでしょうか。【周】母子家庭の研究は、2007年に厚生労働省から要請があって始めたテーマですが、気づくと、かれこれ8年ぐらいこの問題に取り組んでいることになります。それでもまだ整理できないことが多かったのですが、本日のフォーラムを通じて、自分の中である程度、問題整理ができたと思っています。【田中】私も、企業に対して現状のままではなく、できる範囲で母子家庭の母親たちのことを理解していただければ、非常にありがたいと思っています。例えば、野田市の場合は中小企業が多く、母子家庭の母親に沿った支援をしてくれるところもあります。企業の大きさや特性に応じた支援のあり方を考えていただけたらと思っています。【河村】ひとり親家庭の貧困という問題は、課題が大きくて途方に暮れてしまいそうになりますが、いろいろな立

Page 20: ひとり親の就業実態と支援策 - JIL · 日本のシングルマザーには、働いても貧困が解消され ない、非正規就業者を中心に慢性的貧困に陥りやすい

21

特集―ひとり親の就業実態と支援策

Business Labor Trend 2016.6

場の人にできることを少しずつ協力してもらうことによって、参加した人々の意識が変わり、制度や教育も変えていくことができるのではないかとポジティブに考えています。【宮本】ステファニー・クーンツというアメリカの研究者が、『家族に何が起きているのか』という著書の中で、アメリカの家族の大きな変化と、その中で女性が貧困化していく実態を描いているくだりがあるのですが、そこでこのようなことを言っています。「貧しいひとり親世帯の増加や、家庭崩壊という現象は、貧困の原因になっているのではなく、貧困の結果として起きていることの方が多い」。つまり、世間の一般的な関心、つまり、貧困を減らすためには離婚はするな、家族崩壊

に至るような行動を慎めという話ではない、ということを言っています。それにつなげて、女性が貧困から抜け出す第一の道は、世間で一般的に言われているように、結婚せよ、結婚の中にきちんととどまれということではなくて、安定した仕事に就くことがいかに重要かということを――もう20年近く前になりますが――、アメリカの社会の問題として言っているのです。 本日、ここでテーマにした日本のシングルマザー問題と、その結果としての子どもの貧困問題についても、女性たちが安定した過去の家庭の中に戻れるはずだということを前提にした施策はあり得ませんし、そういう議論も間違っているだろうと思います。変わりゆく現実を見据え、女性が安定した仕

事に就きながら、たとえ結婚していなくても、あるいは、離婚をしたとしても、自分と子どもの生計を支えられるだけの仕事と、そして、それを補う社会保障制度等が必要ではないかということを申し上げて、フォーラムのまとめにさせていただきたいと思います。

講師プロフィール(報告順)

宮本 みち子(みやもと・みちこ)放送大学副学長千葉大学教育学部教授を経て現職。労働政策審議会委員、社会保障審議会委員、一億総活躍国民会議議員、中央教育審議会臨時委員、等を歴任。主な著書・論文に、『若者が無縁化する』(筑摩書房、2012年)、『下層化する女性たちー仕事と家庭からの排除と貧困』(編著、勁草書房、2015年)、『すべての若者が生きられる未来を』(編著、岩波書店、2015年)『リスク社会のライフデザイン』(編著、放送大学教育振興会、2014年)、『二極化する若者と自立支援』(編著、明石書店、2012年)『若者が社会的弱者に転落する』(洋泉社、2002年)などがある。

周 燕飛(しゅう・えんび)JILPT副主任研究員大阪大学国際公共政策研究科博士課程修了(国際公共政策博士)。2004年JILPTに入職、2010年より現職。専門分野は、労働経済学と社会保障論。最近の主な研究成果に、「子持ち既婚女性にとっての個人請負就業」(『日本労働研究雑誌』2013年)、「母子世帯の母親における正社員就業の条件」(『季刊社会保障研究』2012年)がある。2007年度からシングルマザーの貧困と就業問題に関する研究に取り組む。図書『母子世帯のワーク・ライフと経済的自立』(JILPT、2014年)にて労働関係図書優秀賞受賞。

田中 恵子(たなか・けいこ)千葉県野田市母子・父子自立支援員2004年より野田市母子・父子自立支援員と婦人相談員を兼務。2008年に千葉県母子自立支援員・婦人相談員連絡協議会理事、2010~14年3月まで同副会長として支援員の資質向上を目指した研修の企画・運営に携わる。在職中に法政大学大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻修士課程を修了。著作「N市における就業支援とキャリア開発の課題」(『生涯学習とキャリアデザイン』法政大学キャリアデザイン学会紀要、Vol.11、2013年9月)

河村 暁子(かわむら・あきこ)東京ボランティア・市民活動センター主任1989年から東京ボランティア・市民活動センターに勤務し、青少年のボランティア活動や市民学習、コーディネーター研修、海外事業などを担当した後、2001年から企業各社と社会課題に取り組むプロジェクトを次々と実施し、現在に至る。1991年から1年間、米国ミネソタ州ミネアポリス市のホームレスシェルターで子どもたちの教育とレクリエーションプログラムに参加。高校時代にも1年間、米国ペンシルバニア州に交換留学し、早稲田大学第一文学部社会学科に進学。大学時代に障害のある人のボランティアをし、地域福祉やコミュニティ・ケアに関心を持つ。

阿部 彩(あべ・あや) 首都大学東京都市教養学部人文・社会系教授「子ども・若者貧困研究センター」センター長マサチューセッツ工科大学卒。タフツ大学フレッチャー外交法律大学院修士・博士号取得。国際連合、海外経済協力基金を経て、1999年より国立社会保障・人口問題研究所に勤務。2010年より社会保障応用分析部長。2015年4月より現職。専門は、貧困、社会的排除、社会保障、生活保護。社会保障審議会生活保護基準部会委員(2011年~)、男女共同参画会議環境・影響評価委員会(2009~2011年)など。著書に、『子どもの貧困ー日本の不公平を考える』(岩波書店、2008年)、『弱者の居場所がない社会』(講談社、2011年)、『子どもの貧困Ⅱ-解決策を考える』(岩波書店、2014年)、『生活保護の経済分析』(共著、東京大学出版会、2008年)にて日経経済図書文化賞受賞。