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平成 22年度(2010年度)卒業論文行動経済学

-代表的な理論とマーケティングでの活用例-

神田外語大学外国語学部英米語学科

2071177松野淳史研究演習-75

担当教員(主査):仲野 昭  先生副査:小菅 伸彦 先生

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【要約】

平成 22年度(2010年度)卒業論文神田外語大学卒業論文

行動経済学-代表的な理論とマーケティングでの活用例-

2071177・松野淳史

 ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴァースキーが 1979年に発表した「プロスペクト理論:リスクの下での決定」が、行動経済学が1つの学問として発展していく大きなきっかけと

なった。伝統的な経済学では人間は画一的なものとして考えられてきた。こうした我々の価値観

や、道徳観、生活様式などを一切無視した理論で成り立っているわけである。

伝統的な経済学で考えられているコンピュータのような超合理的な人間は「ホモ・エコノミカ

ス」と呼ばれ、必ずしも我々本来の姿とは似ても似つかないものとなっている。それに対して、

行動経済学ではそうした超合理的な人間など存在しえないことを、カーネマンとトヴァースキー

をはじめとした研究者の実験によって次々と明らかになった。

 行動経済学を語る上で欠かせないキーワードにヒューリスティックとバイアスがある。人は試

行錯誤を繰り返すことで、物事を理解していく。また、そうした経験を積むことによってさまざ

まなことに対して瞬時に判断を下すことができるようになる。そうした経験則のことをヒューリ

スティックと呼ぶ。

 同一のものを見た場合に、ほんの少し部分的に異なるものがあるだけで全く別のものに見えて

しまうことがある。また、以前同じようなものを見たことがあったり、複数の選択肢があると人

はどうしても自身にとって認知しやすいものを選んでしまう傾向にある。本来的確な判断を下せ

るはずであるものの、そうした我々の持つ偏見、すなわちバイアスによって誤った判断をしてし

まうことも実験によって明らかになった。

 しかし、そうした実験結果にあることが本当に我々の日常の中で起きているのだろうか。この

疑問を解くために、本稿の後半部分ではさまざまな実例とともに論を展開した。

 また、企業が行動経済学をマーケティングの中で取り上げている例を調べることで、知らず知

らずのうちに消費者がどういったトリックにかかっているのか明らかになった。

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目次

第1章 行動経済学とは1-1. 行動経済学の誕生・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2

1-2. プロスペクト理論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2

1-3. ホモ・エコノミカス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4

1-4. 行動経済学における人間・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5

第2章 ヒューリスティックとバイアス2-1. ヒューリスティック・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7

2-2. 代表性ヒューリスティック・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7

2-3. 利用可能性ヒューリスティック・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 112-4. アンカリング・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 122-5. バイアス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13

第3章 行動経済学の主な理論3-1. 1,000円札の価値・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 163-2. 中間を選ぶ心理・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 163-3. 保有効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 173-4. ピーク・エンドの法則・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 183-5. 1ドルオークション・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 183-6. コンコルドの誤謬・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 193-7. フレーミング効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 193-8. ハロー効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 20

第4章 行動経済学とマーケティング4-1. 行動経済学とマーケティング・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 224-2. コカ・コーラと行動経済学・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 224-3. 小林製薬と行動経済学・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 234-4. デアゴスティーニと行動経済学・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 244-5. アウトレットモールと行動経済学・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25

考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26

参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27

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第1章 行動経済学とは 本章ではダニエル・カーネマン1)によって行動経済学という学問の形成に至った経緯と、彼が

論文の中で述べたプロスペクト理論の説明を初めにする。また、伝統的な経済学の中で想定され

ていた経済人と、行動経済学の中で想定する人間との違いが何であるか、例を交えながら考えて

いく。

1-1. 行動経済学の誕生ここ最近、書店に行くと行動経済学(Behavioral Economics)と名の付く書籍を頻繁に見る

ようになった。そのきっかけとして、アメリカの心理学者であるダニエル・カーネマンが 2002年にノーベル経済学賞を受賞したことが大きい。彼は 1979年に同じ心理学者であるエイモス・トヴァースキー2)と共に論文「プロスペクト理論:リスクの下での決定」(Prospect Theory : An Analysis of Decision Under Risk)を完成させ、この論文が後の行動経済学の発展へとつ

ながっていった。

カーネマンはもともと認知心理学の研究から出発した。1970年代の初頭から 30年以上に渡

り、トヴァースキーと共同で不確実性の下では合理的ではない意思決定が下される傾向を研究し

てきた。彼らの研究結果は、そうした合理的ではない意思決定が人の投資行動を歪めさせること

を明らかにし、後述する超合理的な経済人を想定した現代ポートフォリオ理論を揺るがし始めた。

こうした一連の研究は行動ファイナンスとして扱われるようになり、1990年代半ば以降にはア

メリカの経済学会では無視できない勢力となった。一方で、すでに確立された経済学に対して新

たな考えを押し付けるという点で学問として認めない経済学者がいたのも事実である。

行動ファイナンスが行動経済学として後に捉えられるようになった経緯は、行動ファイナンス

が通常は投資家の行動を研究対象とすることが多いが、人は時に労働者であり、時に消費者でも

あるため、金融経済学のみならず労働経済学や消費者行動論の研究領域を含んでいたことがその

理由として挙げられる。人の行動をより多面的に捉えるという趣旨から行動経済学という名称に

なった。

最初に述べたように、ビジネス書や新書といった形で行動経済学が取り上げられることが増え

たきっかけとしては、人々が行動経済学に対して関心を持ち始めたことが一番の理由であると考

える。筆者の意見としては、マクロ経済学やミクロ経済学に代表されるような伝統的な経済学に

は人間が話題の中心になる機会が少ないように感じる。国家や企業など比較的大きな集団を対象

にしていたものが、人々の生活を中心に話題を展開することで身近なものとして感じることがそ

の理由ではないかと考える。

1-2. プロスペクト理論 では、カーネマンとトヴァースキーが論文の中で述べたプロスペクト理論とは何か。プロスペ

クト理論を一言で説明すれば、何かしらの利益を得て幸せを感じるときよりも、その利益と同等

1 ダニエル・カーネマン(Daniel Khaneman, 1934年-)はアメリカ合衆国の心理学者および行動経済学者であり、プリンストン大学の教授である。2 エイモス・トヴァースキー(Amos Tversky, 1937年-1996年)はアメリカ合衆国の心理学者であり、スタンフォード大学で教授を務めた。

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の損失が生まれた場合の痛みの方がより大きいものとして認識する理論である。この理論を考え

る上で価値関数を欠かすことができない。価値関数とは、意思決定者にもたらされる利益や損失

をその主観的な価値に対応させるものである。

 価値関数は大きく分けて3つの特徴を持っており、第1にリファレンス・ポイントと呼ばれる

価値評価の基準点をまず定め、その基準点からの満足もしくは不満足の変化に注目する点である。

 第2に価値関数はリファレンス・ポイントを中心に非対称に描かれており、損失が発生すると

きの価値関数の勾配が、利益の出る場合に比べて急になっている点である。

第3に感応度逓減を想定しており、意思決定者の状況がリファレンス・ポイントから離れるほ

ど満足もしくは不満足の変化が小さくなることである。

 例として、10,000円で買い付けた株式の株価が 12,000円に上昇した場合、投資家は大きな

満足を得ることが出来る。同様に 2,000円株価が上昇し、14,000円になった場合にも同様に満

足できるものの、2,000円の利益が 4,000円に2倍上昇したように満足度も2倍になるかとい

うとならないのである。利益が上がれば上がるほど、満足度の上昇率は逓減していく。

 逆も同じく、10,000円の株価が 8,000円に下落した場合に、投資家は不満を感じる。さらに

6,000円に下落した場合は、より大きな不満を感じるものの不満足の増分は2倍にはならないも

のと考えられる。第2のポイントで述べたように、利益が出た場合と比べて不満足度の伸びは大

きくなるが、これも同様に損が大きくなればなるほど不満足度の上昇率は逓減していく。

 株価の上昇額を x、満足度をy、原点をリファレンス・ポイントとした場合に、これらの特徴

を上記の例を基にまとめると図表 1-1のようになる。

図表 1-1 プロスペクト理論と価値関数

出所:筆者作成

xリファレンス・ポイント

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 このグラフから上記した例で考えたように、xが増加するとyも増加するが徐々に増加率が逓

減している。同じくxが減少した場合は、yも減少するが徐々に減少率が逓減している。

 次にプロスペクト理論における意思決定の例をもう一つ考えてみる。次の2つの問いを出した

場合に人々がどういった答えを出すかを観察したものである。

問1:あなたの目の前に、以下の2つの選択肢が提示されたものとする。

選択肢A:100 万円が無条件で手に入る。

選択肢B:コインを投げ、表が出たら 200 万円が手に入るが、裏が出たら何も手に入らない。

問2:あなたは 200 万円の負債を抱えているものとする。そのとき、同様に以下の2つの選択肢

が提示されたものとする。

選択肢A:無条件で負債が 100 万円減額され、負債総額が 100 万円となる。

選択肢B:コインを投げ、表が出たら支払いが全額免除されるが裏が出たら負債総額は変わらない。

出所:weblio 辞書 プロスペクト理論

 問1の場合はどちらの選択肢でも期待値は 100 万円のはずである。ところが確実に 100 万円

が手に入る選択肢 Aと答える人が圧倒的に多いのである。一方、問2の方は圧倒的に選択肢 Bと答える人が多い。問2の場合は期待値がどちらもマイナス 100 万円である。問1で堅実的な選択

肢 Aを選んだのであれば問2でも同様の選択をするはずである。ところが、人は利益を目前にすると、利益が手に入らないリスクの回避を優先し、損失を目前にすると、損失そのものを回避しようとする傾向があるということがこの実験からわかる。 TBS 系列で放送している「関口宏の東京フレンドパーク2」という番組がある。この番組では

ゲストが2人組で数々のアトラクションに挑戦し、クリアすると各アトラクションにつき 10 万

円相当の金貨がもらえるという内容である。そして番組の最後ではダーツのコーナーがあり 10万円の金貨とダーツ1本を交換し、ゲストが欲しい 20 万円相当の商品を得られるチャンスがあ

る。また、ダーツボードの商品欄には、自動車がもらえる狭いゾーンと中心の大部分にタワシが

もらえるゾーンがあるのが特徴である。ゲストは 10 万円の金貨を持ち帰れば、10 万円は手に入

れられる。ところが、20 万円相当の商品か運が良ければそれ以上に価値のある自動車がもらえ

るということもあり、ほとんどのゲストがダーツに交換する。ダーツということは当然ハズレ

もあるわけである。しかし、金貨よりも高額の商品が手に入るチャンスがあるがゆえ、ゲストの

ほとんどがダーツに交換してしまうものと思われる。もちろん、ダーツは能力や運にも左右され

るため、当然何も得られないゲストもいるわけである。そのためか、面白いことに数百円程度の

タワシを手に入れたとしてもあまり不満を言っているゲストは多くない。

 こうしたプロスペクト理論に見られる考え方をクイズ番組などで取り入れている例は多々見ら

れる。

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1-3. ホモ・エコノミカス経済学において人間は画一的なものとして考えられている。これは我々の価値観、道徳観、生

活様式などの違いを一切考慮していない。こうした画一的な人間像を経済学では人類を「ホモ・

サピエンス」と呼ぶことになぞらえて、「ホモ・エコノミカス」と呼んでいる。

ホモ・エコノミカスの特徴は、人間をスーパーコンピューターのような能力を備えた超人とし

て扱っている点にある。この超人的な能力を3つに分けて考えることができ、1つ目は「超合理

的」であること、2つ目に「超自制的」であること、そして3つ目は「超利己的」であるといっ

たものである。

1つ目の「超合理的」が意味することは、人々は自己の利益を左右するあらゆる情報を瞬時に

収集・処理して、自己の利益を最大化するように投資ないしはその他の意思決定を行うというも

のである。また、不確実性がある状況においても、事象が起こりうる確率をもとに、人々は利益

の期待値を最大化するように行動すると考える。つまり、どのような状況においても自身の利益

が最大になるよう行動をするということである。

2つ目の「超自制的」とは流行や人気といった市場の熱気や自己の衝動・不安などに影響を受

けることなく、効用の最大化といった目標から一切逸脱することがないよう行動するというもの

である。世間から孤立した状態ともいえる考えだが、目的達成のためなら周りからの影響を一切

受けないようにすることが必要であり、自信いっぱいに行動するよう訴えた考えである。

3つ目の「超利己的」とは自身の意思決定において、他人の利益や犠牲には一切関心を払わな

いことを意味する。

こうした人間の前提条件を仮定することにより、人々の意思決定や行動原理を数学的な定式に

なじませることが可能になるわけである。株式市場を含めた金融市場を考えてみると、取引ルー

ルが画一されていることや、情報と資金が瞬時に移動するという条件を兼ね備えているため、ホ

モ・エコノミカスのような超合理的経済人を仮定した理論を当てはめやすくなる。

 

1-4. 行動経済学における人間 伝統的な経済学においては 1-3で述べたホモ・エコノミカス、つまりは超画一的な人間をもと

に理論を説くことができた。しかし、行動経済学ではこうした合理的な人間を仮定することはな

い。それよりも人の日常における行動を観察し、その観察から人々の行動を現実に決定づけるさ

まざまなファクターを解明した上で理論を再構築していく。つまり人々が取り得る行動を考えた

上で理論を展開していく伝統的な経済学と違い、人々の取る行動の観察結果をもとに理論を作っ

ていくのが行動経済学ということである。

 ホモ・エコノミカスが狂いのないスーパーコンピューターであるならば、人間は低スペックな

コンピュータであるということもできる。我々の脳はコンピュータのように瞬時に計算結果を求

められず、ハードディスクのように数年に渡って同じ記憶を留めておくことはできない。そして、

人間ははっきりとした喜怒哀楽をあらわにする点でコンピュータと異なる。

また、人はそれぞれ違った好みを持ち、同じ事象に対してもそれぞれ違った判断を下す。もし

我々が本当に合理的であるならば、なぜ株式投資で損失を出してしまうのであろうか。もし我々

が自制的ならば、メディアで最新のファッションが取り上げられることは無く、ブランド店の新

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規オープンに行列を作る必要はないのではないだろうか。そして、もし我々が利己的であるなら

ば、どうして他社の売上を気にしながらビジネスをしなければならないのか。このような考え

から、人々はまったくと言っていいほど合理的な行動をしないことが考えられる。むしろあらゆ

るものの判断を、周囲の環境や感情などを頼りに下しているともいえる。これこそが、行動経済

学を考える上での基本となってくるわけである。下の図表 1-2に伝統的な経済学と行動経済学において特に人々が持つ消費に対する考え方の例を示す。

図表 1-2 伝統的経済学と行動経済学における人々の考えの違い

伝統的な経済学 行動経済学

良質なもの・サービスなら満足する 良質でも面白くないもの、納得できないサー

ビスには満足しない

人はあらゆる選択肢から合理的に選択する 同じ選択肢でも、提示のされ方によって選択は

変わる

人の好みは一定である 人の好みは状況によって異なる

出所:日経情報ストラテジー 2009年6月号 32ページ

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第2章 ヒューリスティックとバイアス 人が判断を下すときは、より多くの情報を入手してそれを吟味した上で行った方か確実である。

ところが人は似たような経験を前もってしていた場合に、そうしたプロセスを無視して判断をし

てしまう。記憶や経験、さらに偏見に基づいて判断を下すのはなぜだろうか。本章ではそうした

人の判断についてヒューリスティックとバイアスというキーワードを用いて展開していく。

2-1. ヒューリスティック ヒューリスティック(heuristic)とは人々が試行錯誤を繰り返し、事象を理解していく過程

を意味する。人は試行錯誤を繰り返すことで経験則を得る。この経験則の蓄積をすることで、

我々はさまざまな事象に対して瞬時に判断を下すことができる。

前章で述べたホモ・エコノミカスの象徴する能力に対して、ハーバート・サイモンは人々は限

られた認知的能力と、限られた時間の範囲内で有効な意思決定や判断をしているという限定合理

性の考えを主張した。この理論では、人々はホモ・エコノミカスのように全てのものにおいて最

適化を追求するのではなく、限られた能力と時間の中で満足の基準を満たす満足化が得られる選

択をしているというものである。

ヒューリスティックの対義語はアルゴリズムである。アルゴリズムはコンピュータの用語とし

て用いられることがほとんどだが、その意味は計算の手続きが明確であり、かつあらゆる場合に

何をするかが漏れなく具体的に指定されていなければならない。一方、ヒューリスティックは能

力を限定的に用い、その結果として近似的な解を得られるが、場合によっては本来の解から大き

く逸脱する可能性もある。

 経験則はさまざまな事象に付随する複雑性を軽減するとともに、迅速な判断を下す助けとなる。

医師や大工に代表されるプロフェッショナルは、こうした点で一般人よりも経験則に基づいた迅

速な判断をすることができる。しかし、こうした経験則に頼りすぎた結果、大きな誤断を下して

しまうことがある。特に経済予測などでは過去の事例と現時点での展開が大きく異なる場合があ

る。そうしたときにプロフェッショナルの意見にだけ頼っていては大きな損失を生み出す可能性

があるため注意が必要である。

 

2-2. 代表性ヒューリスティック ヒューリスティックの例としてまず初めに代表性ヒューリスティックを挙げる。人は誰しも物

事に対してステレオタイプを持っている。例えば、ここに一人の男性がいるとして、彼はスーツ

を着こなし、ネクタイを締め、高そうな靴を履いている。さて彼は「銀行員」か「マンガ家」か、

と問われれば多くの人が銀行員であると答えるだろう。このように服装、年齢、性別、出身地、

学歴などあらゆるファクターをもとに我々は典型例を頭の中に持っている。もう1つ代表的な例

を挙げてみよう。

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例:リンダは 31歳、独身で、意見を率直に言い、また非常に聡明です。彼女は哲学を専攻して

いました。学生時代、彼女は差別や社会主義の問題に深く関心を持ち、反核デモにも参加してい

ました。彼女についてもっともありそうな選択肢を選んでください。

1.リンダは銀行の出納帳である。

2.リンダは銀行の出納帳であり、かつフェミニスト運動の活動家である。

出所:トヴァースキーとカーネマンの実験、1982年

 この問に対して約 90%の人が2番目の選択肢を選択する。ところが、よく考えてみると出納

帳という単一の条件満たすよりも、出納帳かつフェミニスト運動家という2つの条件を満たす方

が難しいはずである。なぜ人々はこうした選択をしてしまうのだろうか。この実験の結果として

カーネマンとトヴァースキーは次のように述べている。「シナリオの詳細部分が増えていけば、

その確率は減少していくだけなのだが、その代表性とありえそうな見込みは増大するのかもしれ

ない。」と。

 プラウスが行った実験でも同様の結果が得られている。

例:次のシナリオのうち、よりありうるのはどれか。

1.アメリカとロシアの間の全面核戦争。

2.アメリカとロシアも共に核兵器でもう一方を攻撃する意図はない状況であったが、イラクや

リビア、イスラエル、またはパクスタンのような第3国の行為が引き金になり、全面核戦争が起

こる。

出所:プラウスの実験、1993年

もちろん代表性ヒューリスティックは人を説明するだけでなくさまざまなものに当てはめられ、

主なものに「小数の法則」、「妥当性の錯覚」、「ランダムな事象に規則性を見つけようとする

錯誤」、「事前確率の無視」、「平均値への回帰の誤った理解」などがある。

 この中でも「小数の法則」は「ギャンブラーの錯誤」としても知られている。ギャンブラーの

錯誤の例を挙げて説明すると、硬貨を5回投げて連続で表が出たとする。6回目を投げる前にど

ちらが出るか賭けをすると裏に賭ける人が多くなるというものである。そこには人々の「5回も

表が出たのだからそろそろ裏が出るだろう」という考えによるものである。人によっては表しか

出ないように仕掛けがあるとも考えるかもしれない。しかし、コインを投げるということは表

が出る確率も、裏が出る確率も 50%ずつのはずである。50%ずつなら本来交互に出るはずだと

いうステレオタイプがこうした判断を生み出している。

 同様の例として株価の下落がある。ある株価が長期的に下落した場合に、後は好転するだろう

という根拠の無い考えを多くの投資家が持つというものである。いろいろな要素が組み合わさっ

て決まる株価がこのように単純に動くものではないことは冷静に考えればわかるものの、実際に

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は投資の専門家でさえ、この考えを持つことが指摘されている。もう1つ面白い例が病院問題と

いう実験である。

例:ある町には2つの病院がある。大きな病院では毎日約 45人の赤ん坊が生まれ、小さな病院

では毎日約 15人の赤ん坊が生まれる。ご承知のように、すべての赤ん坊の約 50%が男の子である。しかし、正確な比率は日毎に変動する。時には 50%より高くなり、時には低くなる。

1年の間、各病院では生まれた 60%以上の赤ん坊が男の子である日を記録した。あなたはどち

らの病院でよりこうした日を記録したと考えるか。

1.大きな病院

2.小さな病院

3.大体同じくらいである

出所:トヴァースキーとカーネマンの実験、1974年

 カーネマンとトヴァースキーは大学生にこの問い、彼らの 95 名中 53 名が「大体同じであ

る」と回答した。そして、残りの 21 名ずつが「大きな病院」と「小さな病院」のそれぞれを回

答した。この実験では人々が標本に対する感受性が低くなることを試したものである。この場合、

大きい病院の方が母集団が大きいため 50%から離れにくくなるはずである。つまり、小さい病

院の方が大きなずれが生じる可能性が高く、問いにある状況が起きやすい。回答者は数字やパー

センテージに集中してしまい、こうした母集団の数に対して注意を払わなくなってしまうことが

この実験から読み取れる。

 加えて、代表性ヒューリスティックの1つに基準比率の無視というものがある。カーネマンと

トヴァースキーが 1973年に行った実験では、参加者にさまざまな個人のプロフィールが書かれ

た短い描写が渡された。ある集団に対しては「30人のエンジニアと 70人の法律家から成る集

団」に関する説明であると描写の説明がされ、もう一方の集団に対しては「70人のエンジニア

と 30人の法律家から成る集団」に関する描写であると説明された。参加者には自身が持つ描写

がエンジニアのものである確率を0から 100で示すよう指示を与えた。

 この実験でわかった結果は、100人の中から1人を選び出した場合にエンジニアである確率は

いくらかと参加者が問われた時は、集団の人数通り 30%や 70%と答えを示し、基準比率を用い

ていることがわかった。ところが、描写を与えられてそれを読んだ後では、どちらの集団に対し

ても答えの比率は5分5分になり差が無かったのである。つまり基準比率を無視しているといえ

る。

 カーネマンとトヴァースキーによるタクシー問題という実験からも同様の結果が得られている。

例:あるタクシーが夜ひき逃げ事故を起こした。町では2つのタクシー会社、グリーン社とブ

ルー社が営業している。あなたは次のようなデータを与えられる。

1.町のタクシーの 85%がグリーン社で、15%がブルー社である。2.目撃者はタクシーをブルー社とした。裁判官は目撃者の信頼性を夜間のその事故と同じ状況

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下のテストで当該時間の 80%では2色の各色を正しく判断できるが 20%で見誤るという結論を得た。

事故を起こしたタクシーがグリーン社でなくブルー社である確率はいくらか。

出所:トヴァースキーとカーネマンの実験、1972年

 この問題を解は、ベイズの定理で導くことができる。

p (A|B )=p (B|A ) p (A)

p (B|A ) p ( A )+ p (B|A ' ) p (A ')

 まずは問題を整理してみる。

   事前確率    尤度比

ブルー社のタクシーがひき逃げを起こした確率:  p(B) =.15 .80 対 対

グリーン社のタクシーがひき逃げを起こした確率: p(G) =.85 .20証人のレポート:Wとする。

 ここで証人がブルー社(B)であると言った場合に実際に Bが事故を起こしている確率は以下

の式で表せる。 p(B|W) = p(W|B)p(B)/{p(W|B)p(B)+p(W|G)p(G)}証人がグリーン社(G)であると言った場合に実際にGが事故を起こしている確率は、p(G|W) = p(W|G)p(G)/{p(W|B)p(B)+p(W|G)p(G)}である。両者の比を求めると分母が取り払われて以下のようになる。p(B|W)/p(G|W) = p(W|B)p(B)/p(W|G)p(G)= (.8)(.15)/(.2)(.85)= 12/17ここでいう p(W|B)は証人がBと言っている現在の証言のもっともらしさであるため、Bと言っ

た場合に実際にBが事故を起こしている確率は、p(B|W) = 12/(12+17)= .41である。このように証人の証言がいかなる場合であれ、グリーン社がひき逃げを起こす確率の方

が高いことがわかる。これはブルー社とグリーン社が事故を起こす基準比率が、証人の信頼性よ

りも極端なためである。

さて、このベイズの定理が現代では様々な分野で応用されようとしている。迷惑メールの判別

フィルターや気象予測、人工知能、新薬開発などがその例である。上智大学の松原望教授の話で

は、土星の質量を統計学で考えるとデータが無いから扱えないというのが本来の姿であるが、ベ

イズの定理を用いてそれを解決できるという。それは、ベイズの定理を用いたベイズ統計学では、

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「だいたい」で物事を考えるからである。例えば、今述べた土星の問いでは「だいたいこのくら

いから、この重さ」で良いわけである。

 では、どういった活用ができるのか考えてみる。個人向けに実用化が考えられているのが、

カーナビゲーションシステムにこの理論を組み込んでみることである。例えば、カーナビでレス

トランを探すことにする。「ステーキ」などキーワードを打ち込むことにより、検索結果を表示

することになるがカーナビ購入後すぐは万人に当てはまるようなレストランの一覧が表示される。

それは、出荷時は全てのカーナビの設定が統一されているからである。

 ところが、その後何度も検索を重ねることで、利用者の好みや可処分所得、年齢などを過去の

検索履歴やデータベースを利用することで、より満足のいく検索結果が表示されるようになって

くる。ベイズ統計学を用いることで、カーナビそのものをユーザーに適用させることが出来るわ

けである。

 実際に身近な商品では、ソニーのハードディスク内臓レコーダーで実用化されている。「おま

かせ・まる録」という機能を装備しており、キーワードやジャンルを設定しておくだけで自動的

に該当する番組を自動で録画する。それだけでなく、そうした録画の履歴を自動的に保存してお

くことで、指定の無いジャンルからもユーザーの好みと合いそうであれば自動的に番組を録画す

る。

 他にも、携帯電話やパソコンの文字変換履歴を残しておくことや、Amazon.co.jpのように購入商品の履歴からおすすめの商品を割り出すなど、ベイズの定理を用いることで機械に学習させ、

それを利用することが一般的になってきている。

2-3. 利用可能性ヒューリスティック 利用可能性ヒューリスティックとは出来事やデータの「新しさ」、「顕著さ」、「鮮明性」な

どが、人々の記憶に蓄積され、判断に影響を与えることをいう。

 利用可能性ヒューリスティックの例としてよく取り上げられるものに、1年間の自殺による死

亡者数と他殺による死亡者数は、どちらがどの程度大きいかというものがある。2007年度の日本における他殺による死亡者数は 516人であったのに対し、自殺による死亡者数は 30,827人であった。多くの人は上の質問に対して他殺による死亡者数と答えるであろう。その理由としてマ

スコミによる殺人事件の報道の影響が大きい。人はこのように利用しやすい、あるいは思い出し

やすいデータで物事を判断しているのであり、自殺による死亡者の数が他殺の 60 倍に達すると

は予想しないのである。

 他にもマスコミから影響を受けて判断をしてしまう例を考えてみる。2007年に話題を呼んだ

納豆ダイエットがその1つある。納豆は日常的によく食べられている食材であり、入手が容易な

ため放送翌日にはスーパーから納豆が無くなってしまうほど多くの人を巻き込んだ。実験結果の

多くが捏造だったことにより、さらなる話題を呼んだ事件であったが、こうしたことからも人が

いかにマスコミの報道、特にインパクトのある内容に影響を受けやすいかが伺える。2009年に世界中で猛威を奮った新型インフルエンザも全世界で感染者数が数百人という状態でも、報道に

よりマスクが足りないほど売れるといった状況になった。現在は全くといっていいほど新型イン

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フルエンザに関する報道が無いが、2010年9月時点でもインド3等で依然猛威を振るっている。

 こうしたマスコミの報道のように「顕著さ」ないしは「目立ちやすさ」では、「重要性」より

も「緊急性」に重点が置かれ、勝る。こうした判断は日常だけでなく、経営上の重要な意思決定

においても起こる可能性があり、緊急の案件が次々に入ってきた場合に、より重要かつ迅速な解

決が必要な案件が先送りされてしまうこともあり得る。

次に自己中心バイアスを取り上げてみる。これは、何かしらの共同作業を行った際によく生じる

ものであり、自分の貢献度を過大視する傾向にあるというものである。

 1979年にロスとサイコリーによって行われた実験では、37 組の夫婦に協力をしてもらい、夫

と妻それぞれに朝食の準備や食器洗いなどの 20種類の日常行う家事を対象に調査した。その内

容は、自身もしくは配偶者の家事を担っている程度について、両側に「主に夫」「主に妻」と書

かれた 150ミリメートルの直線に線を1本書き入れることで回答を得た。この実験で得られた

結果は、各夫婦とも貢献度の回答の合計が 150を上回っていた。つまり、少なくともどちらか

は自分の家事への貢献を過大視している結果となったわけである。

 家事であれば他者に対して肯定的な貢献をしていることになるため少しくらい過度に評価をす

る気持ちもわからなくはない。ところが、以下の実験では否定的な活動に対しても同様の結果が

現れた例である。

 この実験で対象になったのは男女のバスケットボール選手である。彼らに6つの試合について

勝敗の分岐点を尋ねるとともに、勝因と敗因を尋ねた。この実験でわかったことは、勝敗の分岐

点を作ったのは敵よりも自身のチームメンバーが作ったとする傾向が見られ、特に負けたチーム

でこの傾向が強く現れたのである。さらに、チームの勝因と敗因を説明するときも、敵のチーム

に関して述べられることより、自チームに関して述べられたことの方が多かったのである。

 上記2つの実験からわかったことは、自己中心バイアスにおいては自分もしくは自分が所属す

る集団の行動は、他者の行動よりも目立つ、検索しやすいなど利用可能性ヒューリスティックの

働きを含んでいるため、こうした結果が現れてくる。

2-4. アンカリング アンカリングは「係留効果」と訳されることもあり、その本来の意味は投錨中の船は船と錨を

結ぶとも綱の範囲内でしか動けないということである。行動経済学におけるアンカリングとは、

我々自身が持つ印象的な事実や数字の記憶をもとに判断を下すこという。

 アンカリングの実験としてカーネマンが行ったもの4がある。その内容は高校生の被験者を2

つのグループに分けて、以下のような計算問題を出し、5秒で回答を求めたというものである。

1つ目の被験者グループには8×7×6×5×4×3×2×1という問題を出したのに対し、2つ

目の被験者グループには1×2×3×4×5×6×7×8という問題を出したのである。数字の通

りこの乗算は両方とも 40,320が解であるが、面白いことに被験者グループ1の回答の中央値は

3 Swine flu cases spurt, new vaccines to come shortly

http://www.thaindian.com/newsportal/health1/swine-flu-cases-spurt-new-vaccines-to-come-shortly_100420362.html (閲覧日:2010年9月 24日)4 マッテオ・モッテルリーニ(2009)『世界は感情で動く』紀伊國屋書店、126ページより

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2,250であり、被験者グループ2の回答の中央値は 512であった。 この問題は数十秒あればきちんとした解を出すことができるはずだが、即答を求められたとい

うこともあり、問題冒頭の数字が大きいか小さいかによって計算結果が大きく異なったというも

のである。つまり、この問題では冒頭の数字がアンカーとなり被験者の計算に影響を与えたとい

うことになる。

もう1つ例を見てみよう。ここに1つの問いがある。

2月 29日を含めると、1年簡に 366日の誕生日になりうる日がある。結果として、ある集団で

少なくとも2人が同じ誕生日になるためには 367人のメンバーがいる必要がある。50%確実に含むためには何人のメンバーが必要だろうか?

出所:プラウス、1993年

問題文に含まれる数字の 366、367、50%から多くの人が 183前後を回答とする。ところが、

この問いに対する答えは、わずかに 23人なのである。なぜそうなるのか。初めに、無作為に選

ばれた2人が同じ誕生日を共有しない確率を考えてみると理解できる。誕生日は問いの中で述べ

られているように、366 通りあるはずである。もう1人が同じ誕生日でなければ良いので、365通りのパターンがある。よって 365/366=.9973である。次に3人が同じ誕生日を共有しない

確率を考える。2人の時と同様の論理で考えると(365/366)×(364/366)=.9837となり、これを 23人目まで計算していくと(365×364×363×…×344)/(366)22=.494となり 50%を下回る。

 この計算によって求められた 49%という数字は、どんな 23人も誕生日を共有しない確率であ

るため、いわば半分以上は誕生日を共有していることになる。

 アンカリング効果で身近なものにアウトレットモールの販売戦略がある。これは第5章で詳し

く考察することとする。

2-5. バイアスバイアス(bias)とは辞書によれば「偏見」という意味である。いったい行動経済学と偏見と

どういった関係があるのだろうと首をかしげたくなるが、バイアスは切っても切り離せない関係

にある。

先述のホモ・エコノミカスであれば超合理的であるため、ある事象に対して確実な判断をする

ことができる。しかし、我々には個々で異なった知識や経験を持っている。こうした判断要素の

違い、すなわちある事象に対する個々人の偏見によって判断にブレが出ることを意味している。

下の図表 2-1はドイツの精神科医であるフランク・ミュラーが 1889年に考案した目の錯覚の例である。2つの線を見たときにどちらの線が長いと判断するだろうか。

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図表 2-1 ミュラー・ライアーの法則

出所:ジョン・ノフシンガー(2002)『最新行動ファイナンス入門』、3ページ

 この図表で示されている2本の線はどちらも同じ長さである。ところが我々はどうしても上の

線が長いと判断してしまう。もちろん定規などできちんと測定した前提で選択をした場合には、

どちらも長さは同じという判断をするであろう。ところがそうしたツールを持ち合わせていな

い場合には、どうしても感情をもとに判断するしかない。もしくは、定規があったとしても自信

を持って上と答える者もいるだろう。このように的確に情報を得る手段を持っていても無視した

り、感情だけで物事を判断してしまうことがある。こうした判断のことを「心理的バイアス」と

よぶ。

 心理的バイアスを知らない場合は上のような判断をしてしまいかねないが、逆に心理的バイア

スを理解していることで誤った判断のリスクを減らせるともいえるであろう。

 もう1つ「視覚のしやすさによるバイアス」を取り上げる。以下のような2つの構造がある。

図表 2-2 視覚化のしやすさによるバイアスの実験刺激

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構造 A

構造 B

出所:カーネマンとトヴァースキーの実験、1973年

 

この図表の中にある構造は、それぞれ1番上の行にあるXから1番下の行にあるXに向かって各行のXを結んでいく。結んだ結果で線になった部分をパスと呼ぶことにする場合、構造Aでは3行それぞれに8つあるXから1つを選び、計3つのXを結ぶ。構造Bも同様に、9行ある2つのXから1つずつ選び、9つのXを結んで線にする。この条件の下で、3つの問いを出

す。

問1:どちらの構造の方がより多くのパスがあるだろうか?

問2:構造Aには約何本のパスがあるだろうか?

問3:構造Bには約何本のパスがあるだろうか?

 

問1に対して多くの人が、構造BよりAの方が行数が少ない分パスを視覚化しやすいためAのパスと回答する。トヴァースキーらの実験では、54人中 46人が構造Aと答えた。また、問2

と問3に関しては、回答の中央値は構造Aが 40本、構造Bが 18本という結果になった。ところが、この実験の各問に対する答えは、問1が同じであり、問2と問3は 512本が正解である。構造Aは8つのXが3行あるため83通りとなり、構造Bの方は2つのXが9行あるため29通

りとなり、結果として変わらない。

 視覚化のしやすさのみならず、探索のしやすさや想像のしやすさによってこうした数値の違い

を生み出してしまうことが、この実験によって明らかとなった。

XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX

XXXXXXXXXXXXXXXXXX

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第3章 行動経済学の主な理論 行動経済学には、人々の行動や選択から得られた結果をもとにして確立されたさまざまな理論

がある。本章ではそういった理論の中でも多くの書籍で取り上げられているものを中心にして、

例とともに解説をしていく。

3-1. 1,000円札の価値 1,000円と一口にいっても、その時々の状況によって 1,000円の価値が変わるという理論で

ある。時給の 1,000円、ランチの 1,000円、書籍代としての 1,000円など、1,000円を払う場

合にもそれぞれどういった対象に払うかによってその価値を違ったものとして認識したことが多

くの人にあるだろう。その具体的な例を2つのシチュエーションを想定して以下に示す。

例 1-1:ある店に以前から購入したかった携帯電話を買いに行った。その店では携帯電話が

9,000円で販売されており、購入に踏み切ろうとしたときに友人から「あっちの店では同じ携帯

電話が 8,000円で売られている。」と耳打ちされた。この場合安い店の方に駆けつけますか?

例 1-2:上の例と同様にテレビを買いに行った。その店ではテレビが 199,000円で販売されている。購入しようとしたときに例の友人が「あっちの店では同じテレビが 198,000円で売られている。」と告げられた。この場合安い店の方に駆けつけますか?

出所:マッテオ・モッテルリーニ(2008)『経済は感情で動く』紀伊國屋書店、22ページより

この事例の面白いところは、初めの質問に対しては「イエス」と答える人が圧倒的に多く、後

者の質問に対しては「ノー」と答える人が多い。どちらの場合も別の店で購入したほうが 1,000円安く買えるはずである。ところが人々は総額の中に占める 1,000円の割合がどのくらいかという考えをしてしまうため、9,000円に占める 1,000円と 199,000円に占める 1,000円とでは前者の 1,000円の方をより価値があるものと考えてしまうのである。

もう1つ似た例を挙げてみる。1,000円のランチと 1,500円のランチのどちらかを選ばなけ

ればならない場合、1,500円のランチの方は非常に高く感じる。ところが、5,000円のディナー

と 5,500円のディナーとではあまり差がないように感じてしまう。日常の中で我々も気付かな

いだけであり、多くの機会でこのような状況の中に置かれているものと考えられる。

3-2. 中間を選ぶ心理この理論は料理のコースや電化製品を購入するときに、いくつか価格の選択肢がある場合に、

一番上と一番下よりも中間に近いものを選ぶ傾向にあるというものである。この理論も以下に2

つの例を示す。

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例1:あるグループにデジタルカメラを購入してもらうことにする。デジタルカメラには2つ

のモデルがあり、1つ目のモデルは 38,000円、2つ目のモデルは 76,000円である。同じブラ

ンドであり、機能と使い方の説明はきちんとされている場合にどちらを購入するか?

この問いに対する答えはどちらのモデルも 50%ずつ選ばれる結果となり、一方が高くなるな

ど特に差異はなかったのである。次に、上の例に 128,000円のモデルを付け加えたものがある。

例2:別のグループに2つのモデルの他に 128,000円のモデルを付け加えた上で同様の質問を

してみる。

出所:マッテオ・モッテルリーニ(2008)『経済は感情で動く』紀伊國屋書店、39ページより

この場合、最高額のモデルを選んだ人が数人いたとしても先程の結果と同様に 38,000円のモデルと 76,000円のモデルとで 50%ずつに分かれるはずである。ところが結果は一番安い

38,000円のモデルを選んだ人が 20%、76,000円のモデルを選んだ人が 50%、128,000円のモデルを選んだ人が 30%となったのである。このように3つの選択肢がある場合は、特に真ん

中を選ぶことが顕著である。寿司屋などで松竹梅とメニューがある場合に竹を選ぶ人 5が多いと

いうのも納得のいく理論である。松を売りたければ、特上などさらに高ランクのメニューを作れ

ばよい。この人間の癖を用いることで、特に電化製品のメーカーなどは売りたい商品を意図的に

消費者に向けることができるのである。

3-3. 保有効果人はあるものを入手するときの効用より、そのものを手放すときに痛みを大きく感じる。保有

効果と呼ばれるこの理論では、自身が所有するものが高価であると考える理論である。基本的に

新品のものを入手した時点で、それは中古品となり一気に価値は下がるものである。ところが、

それを売ろうとした場合に市場で評価される価値よりも、より高い価値があるものと考えている

のである。以下にコーネル大学の経済学部の学生に対して行われた例を示す。

例:あるクラスの学生たちを2つのグループに分けた。片方のグループには大学のロゴ入りカッ

プがプレゼントとして与えられ、2つのグループで競売をやることにした。この実験には2つの

目的があり、1つはカップを手に入れたグループは、お金をいくらもらったらそれを手放す気に

なるかというものである。もう1つは、カップをもらっていないグループの方はカップを手に

入れるのにいくらなら払っていいか、というものである。

5 行動経済学&社会心理学の研究http://行動経済学・社会心理学.jp/eco/p2.html(閲覧日:2010年9月 24日)

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出所:マッテオ・モッテルリーニ(2008)『経済は感情で動く』紀伊國屋書店、54ページより

この実験の結果は、カップを与えられたグループは平均して 5.25ドル以下では手放さないのに

対し、カップを持たない方は 2.75ドル以上では買おうとしなかったのである。つまり、カップ

の所有者はカップを持たない人よりも2倍以上の価値があるとして考えていることになる。

3-4. ピーク・エンドの法則 ピーク・エンドの法則はカーネマンが 1999年に発表した法則であり、「あらゆる経験の快楽

は、ほぼ完璧にピーク時と終了時の快苦の度合いで決まる」というものである。何かの試験や旅

行、恋愛などもこの法則のように、ピーク時と終了時の良し悪しによって良い思い出にもなるし

悪い思い出にも成りうる。以下にピーク・エンドの法則の例を1つ取り上げてみる。

 鈴木氏は環状線の渋滞に巻き込まれた。会社に着くまで 20分ほど車の列から出られない。タ

クシーは初めのうちはじつにのろのろ動いていたが、だんだん速くなり、最後の5分はほとんど

スムーズに走った。山田氏も同じく車の渋滞に巻き込まれ、会社に着くまで 20分ほど列のなか

にいるはめになった。山田氏の乗ったタクシーは、初めはかなりスムーズに走っていたのに、だ

んだんスピードが落ちて、最後の5分は人の歩く速さくらいになってしまった。

 さて会社に着いたとき、この2人のうち、どちらがよけいにイライラしていると思いますか?

出所:マッテオ・モッテルリーニ(2009)『世界は感情で動く』紀伊國屋書店、31ページより

 この場合、2人とも同じ体験をしていることになる。5分間スムーズにタクシーが走る時間が

あり、総走行時間が 20分という点で変わりはない。ところが、大多数がこの質問に対して山田

氏の方がイライラしていると答える。これは人々がある経験の良し悪しを判断するときに、その

出来事全体の経過時間に関係なく、その経験が最も強烈だったとき、特にその経験の最後の時間

に焦点を当てることが関係している。

 同じ時間渋滞に巻き込まれ、同じ時間走行していたにも関わらず徐々に渋滞が解消され、最後

の5分スムーズに走行できた鈴木氏の方が、余計なストレスを持たずに済んだのである。

3-5. 1ドルオークション 1円玉1枚を造るのに1円以上のコストが掛かっていることはよく耳にする。しかし、1円玉

を手に入れる際に原価を払って入手することはないため、あまり意識することはない。我々はも

し1円玉が競売にかけられていたら、いったいいくら支払うのであろうか。1円、2円、3円と

上がってしまうのだろうか。

 これに似た実験がアメリカで本当に行われた。1971年にイェール大学の数学者で経営学者のマーティン・シュビックによる実験では、1ドル札が競売にかけられた。パーティーに集まった人が、酒

の酔いが回ったところで行われた実験では、驚くべき結果をもたらした。

 この競売のルールは1つ通常の競売と異なるルールがあり、2番目に高値をつけた人が競売人に自

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身が付けた金額を払わなければならないことである。1セントから始められたこの競売は、瞬く間に

落札額を増やしていった。なぜなら、2番目に高値を付けた人は1ドル札を得られず、なおかつ自身

の入札額を支払わなければならないためである。

 初めの関門は 51セントである。この時点で競売人は最高値を付けた人から 51セントを、2番目に

高値を付けた人から 50セントを得られる。つまり、すでに利益を得られるわけである。ところが、

そこまで考えていない参加者はどんどん値を吊り上げていく。

 次の関門は1ドルである。最高値を付けた人は損得なしで1ドル札を得られる。ところが、2番目

の人は 99セントを払わなければならない。何も得られず 99セントを無駄にするよりは、1ドル1セントの値を付けて損を1セントに減らそうとするわけである。そうすると先ほど最高値を付けてい

た人が1ドル2セントの値を付け、延々と繰り返されることになり2人の対決へと変化していく。ち

なみに、このゲームの平均落札額は3ドル 40セントだそうである。 酔いが回っている中というのがこのゲームのポイントであるが、平常心を持った人であってもこの

罠にいったんはまってしまったら抜け出すのは難しいだろう。

3-6. コンコルドの誤謬

 人は自身が出した損失を何とか取り返せないかと必死に行動に移す。特に宝くじやパチンコな

どのギャンブルでこうした傾向が見られ、損失を取り返すどころか逆に大きくしてしまうことも

珍しくない。

 1962年にイギリスとフランスが共同で開発に着手したコンコルドという航空機がある。コン

コルドは超音速旅客機と呼ばれ、マッハ 2.06という速度で巡航できることが話題となった。とこ

ろが、このコンコルドの開発過程においてプロジェクトの遅延や、就航後も採算が取れないこと

など失敗が目に見えていたにも関わらず開発を止めなかった。

 その理由として、イギリスとフランスが共同開発を始める前に各国は独自に研究・開発をして

いた。そして共同開発となり完成に至るわけであるが、そのときの費用が約 40億ドルに達して

いたためストップを掛けるに掛けられない状況にあった。ここで 40億ドルを諦めて開発を止めていれば損失はその 40億ドルのみで済んだものを、運行にまで至らせたため、より多額の損失

を産み出してしまう結果となった。

企業の経営者やプロジェクトリーダーにとってもコンコルドの誤謬のような事態に陥らないこ

とが大切である。それは、プロジェクトの失敗が目に見えた時点でストップをかけられないと、

より大きな損失を生み出す可能性があるからである。

3-7. フレーミング効果

 フレーミング効果とは人々が絵を鑑賞する際の判断をもとに作られた用語である。通常、絵の

鑑賞といえばその絵にどれだけの価値があるのかを判断するべきであるが、その絵の額縁すなわ

ちフレームが立派だと絵そのものも高価値のものであると判断することに由来する。行動経済学

においてフレーミング効果は、人々がある判断をするときに絶対的評価ではなく、自分の判断に

当てはめて異なった判断をしてしまうことを意味している。

6 コンコルドの最高巡航速度は 2180km/hである。

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 例えば、ある商品のラベルや説明文、デザイン、CMのキャラクター等がフレームとなり、同

一の商品であっても選択者の心的構成によって意思決定に違いが生じる。また、アンケートや世

論調査において、内容が同じであっても質問の仕方によって結果が全く異なることもある。

 このフレーミング効果の実験としてカーネマンとトヴァースキーが 1970年代末にカリフォル

ニアのスタンフォード大学で行った実験がある。

実験1:アジアで発生した恐い病気で、600人の死者が出ると予測された。この病気から一般市

民の健康を守るために、次の2つの治療法から1つを選ばなければならない。

A この治療法では、200人の命は、確実に助かる。B この治療法では、600人の3分の1が助かるが、残りの3分の2は助からない。

実験2:アジアで発生した同じく恐い病気で、600人の死者が出ると予測された。この病気から

一般市民の健康を守るために、次の2つの治療法から1つを選ばなければならない。

C この治療法では、400人の命が、まず助からない。D この治療法では、600人が死ぬ確率が3分の2で死者が1人も出ない確率が3分の1ある。

出所:マッテオ・モッテルリーニ(2009)『世界は感情で動く』紀伊國屋書店、52ページより

この実験で、初めの質問では多くの人がAを選び、2つ目の質問ではDを選んだ人が多かっ

た。これらの質問をよく考えると、AとC、BとDはそれぞれ対応しており結果も一緒のはずで

ある。全員ではないものの命が確実に救われるという文に対して安堵を感じ、助からないや確実

に死ぬといった文には嫌悪感を人は抱くということがこの実験によって証明されている。そして

何より質問の仕方によってこれだけ答えに違いが生じることが、この実験からわかる。

3-8. ハロー効果2011年7月にテレビ放送のアナログ放送からデジタル放送への移行が完了する。こうした動

きの中で消費者はテレビを買い換えなければならない状況に置かれている。家電量販店に行って

も「地デジ移行」、「アナログ放送終了」といったメッセージを見せることで地デジ移行キャン

ペーンを勧めている。

さて、我々は現在のアナログ放送が見られなくなる前にテレビを買い替えなければならない。

ここで単にテレビを買い換えればいいという考えを持つ人ならば、安くシンプルで映像が映れば

いいということになるが、人と比べて少し家電の知識を持つ人となるとそうはいかないはずであ

る。テレビの種類を考えてもメーカー、価格、画面サイズ、端子の種類など多くの項目を比較す

る必要が出てくる。

ここで1つ仮説を立ててみる。テレビの購入にあたって3種類の人物がいるとする。1人目は

全く家電に興味がなく、テレビを買い換えてきちんと映れば良いと考えている。2人目はメー

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カーや普段使う機能はよく知っているが、個々の端子や消費電力などの知識は一切持ち合わせて

いない。3人目は周囲から家電マニアと呼ばれるほど豊富な知識を持っており、店員の補助を一

切受けずに自身で商品を決めて購入できる者である。

これらの中で家電量販店にとって一番利益になる客は誰になるか考えると面白い法則が見えて

くる。まず1人目の人はテレビに関する知識がないため、どれが良いか店員に尋ねることになる。

店員としては価格の高いものを売りたいが、テレビが見られればそれでよしと考えているため、

画質やメーカーなどを気にすることなく価格の安い商品を買うと予想できる。次に3番目の人物

を考えると、この人は豊富な知識をもとに自身で必要な機能を調べて購入できるので、店員と関

わるのは価格交渉くらいであろう。最後に2番目の人がテレビを購入する場合に今使っている

メーカーや機能を知っているため、そうした条件を含んでいるテレビを求めるものと予想できる。

この段階で店員にどのテレビが良いか相談した場合に、客の求めたメーカーかつ必要な機能が

揃ったものを勧めるはずである。さらに各家電メーカーとも同じサイズのテレビであっても、録

画等の機能の有無や画質の違いによって様々なバラエティを取り揃えてあることがほとんどであ

る。ここで数種類のテレビに客が求める機能が含まれている場合には、利益の出る一番価格の高

い商品を勧めるであろう。もちろんその時に最上位機種ならではのメリットや機能を一緒に説明

するはずである。そうするとその客には最上位機種の機能イコール標準というイメージを持たせ

ることができる。

その後は、ランクを下げながらテレビの説明をしていき、段々と機能が少なくなってくると客

は一番初めに説明を受けたものと比較をして購入するため、少なくとも最下位の安価なテレビを

購入することはなくなるであろう。

行動経済学ではハロー効果と呼ばれる1つの現象である。ハロー効果では、ある対象を評価す

る際に、対象のある特徴に影響を受けて、他の特徴においてもポジティブもしくはネガティブな

評価を下してしまうことを意味する。

上の例では、必要な機能を満たしているにも関わらず、最上位の機種に付いている機能が標準

であるというイメージを持つため最上位機種に対してポジティブな評価をするものと考えられる。

下位機種の説明を受けるにつれて、少なくなっていく機能の前に段々と上位機種の機能の評価が

上がり購入に至ってしまうのではないかという予想に至った。

ハロー効果は消費行動だけでなく、人物評価にも影響があるものと考える。その例として、大

学生の就職活動がある。就職活動では履歴書やエントリーシート等の書類で行われる審査と、面

接等の対面での審査に分けられる。同様に学力検査もあるが、項目ごとに何点と決まっているた

め、学力検査においてはハロー効果の影響は薄いものと考える。

さて、書類審査におけるハロー効果にどのようなものがあるかというと、出身大学による人物

のイメージや文章の読みやすさによって他の項目まで実際よりも良い評価が与えられかねないこ

とにある。面接等の審査では服装などの身なりや表情、話し方等で他の項目にまで影響を与えか

ねないことになる。いずれにせよ、どこか1つのポイントで良い印象を与えた、もしくは悪い印

象を与えた場合に、そのイメージが後々の評価項目にまで影響を及ぼす可能性が高いと考えられ

る。

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第4章 行動経済学とマーケティング 今まで見てきた行動経済学の特徴を上手く活用することで、企業は自社の商品をより確かな戦

略でもって販売することが可能になる。本章では、行動経済学の理論をマーケティングの中に組

み込んで成功した4つの実例を考えながら展開していくこととする。

4-1. 行動経済学とマーケティング 行動経済学は我々の行動と心理をもとに成り立っている点からも、企業のマーケティングにお

いて重要なものである。

 ここで 2010年5月に森永乳業が行った飲料の容器に関する調査を紹介する。この調査は計

500人の 20歳から 39歳の有識者男女に対して行われた。調査内容は、飲料の容器によって消

費者がどのようなイメージの違いを示すか調べたものである。

 その調査によると、コンビニ等で近年見かける機会の増えたプラスチック容器のふたに直接ス

トローを刺して飲むチルドカップでは、回答者の 44%が「高級感がある」、41%が「美味しそ

う」、「本格派」、そして 35%が「スタイリッシュ」と、味や見た目に対して良いイメージを

持つ回答が多いことがわかる。

 ペットボトルに対しては、回答者の 87%が「持ち運びやすい」、77%が「屋外で飲むのに適している」という具合に、持ち運びやすさに重点をおいた回答が目立っている。缶に対しては、

同 54%が「温かい飲み物が美味しく感じる」、35%が「冷たい飲み物が美味しく感じる」とい

うように温度に関しての回答が多く、紙パックに対しては、同 53%が「屋内で飲むのに適して

いる」、34%が「容量がちょうど良い」といった回答が多くなった。

 こうした結果から、同じ飲料でも容器によって消費者の持つイメージが変わるため、どの容器

に重点をおいて販売するかで売上や認知にも大きな影響を与える可能性がある。

4-2. コカ・コーラと行動経済学

前節の飲料容器の例を1つ挙げると、日本コカ・コーラ株式会社(以下、日本コカ・コーラ)

の製品に「グラソービタミンウォーター」(図表 4-1)というものがある。日本コカ・コーラの

ホームページにこの製品のコンセプトが説明7されており、

中身はとってもまじめな製品ですが、遊び心いっぱいの特別な世界観を持っています。おいし

さだけでなく、店頭で目立つカラーリングやスタイリッシュなボトル、ラベルのコピーも、その

遊び心で“楽しいひととき”を提供したいと思っています。

他の製品のように、フレーバーや栄養素で選んでいただくだけでなく、カラフルなパッケージや

飲むシチュエーションなど、一日のさまざまなニーズや気分に合わせて、今までとは違う感覚で

いろいろお試しいただきたい製品です。

図表 4-1 グラソービタミンウォーター

7 http://www.cocacola.co.jp/info/faq/ 閲覧日:2010年8月 29日

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出所:コカ・コーラ ホームページ

この製品には缶入りも紙パック入りもなく、ペットボトル入りのみ販売されている。その理由

として、中の飲料そのものに色が付いているため、それをアピールできるように透明容器が必要

なこと、栄養素を含んでいるため1本 200円という価格を缶にした場合に割高なイメージを持

たせてしまうのではないかということが考えられる。

4-3. 小林製薬と行動経済学

小林製薬株式会社(以下、小林製薬)といえば商品の効能をそのまま商品名に反映した商品を

生産する企業として、テレビでも目にする機会が多い企業である。小林製薬の売上高は 2009年3月期で 1,290億円であり、国内の医薬品企業の売上高としてはトップ 10には入っていない企

業であるが、なぜこれだけテレビコマーシャルを流し、認知されているのだろうか。

小林製薬の強み、それはまさに上記した商品名にある。約 200種類のブランドを持つ小林製薬

の商品には、非常に効能のわかりやすい名前が付けられている。

図表 4-2 小林製薬の代表的な製品

    出所:小林製薬 ホームページ

図表 4-2で示すように「のどぬ~るスプレー」や「なめらかかと」、「熱さまシート」のよう

に商品名を見ただけで使用部位と効能が一目でわかるように工夫されている。本来、名前から判

断するのが難しい医薬品を購入する際はパッケージの裏を見て、それぞれの効能をよく確認した

上で購入に至るプロセスがあるが、小林製薬の商品はそういった購入の際の煩わしさを省略でき

る点で人気があるのではないだろうか。

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4-4. デアゴスティーニと行動経済学

デアゴスティーニ・ジャパン株式会社(以下、デアゴスティーニ)は、戦闘機や自動車のジオ

ラマや、歴史やアニメの裏話や資料を週刊もしくは隔週刊で書籍として販売(図表 4-3)してい

る企業である。これらの本の特徴は、それぞれがシリーズとして販売されており、数十号ないし

はものによっては 100号近くまで販売された時点でシリーズ完結となる商品である。

このシリーズの特徴として、創刊号が2号以降よりも安価で販売されることにある。例えば

「週刊そーなんだ!」という漫画で科学の仕組みや歴史を解説していくシリーズでは、3号以降

の販売価格が 490円であるのに対し、創刊号が 100円、2号が 240円という価格で販売された。このように、どのシリーズでも創刊号が通常価格の半値以下で売られているため、「この価格な

ら購入しても良いだろう」という消費者の心に訴える価格で、購入に至らせるトリックが隠れて

いる。

また、各号の販売期間が短いことも消費者を購入に踏み切らせるポイントである。大きな書店

にはデアゴスティーニ商品の専用スペースがある場合があるが、それでもバックナンバーを全て

備蓄しておくのは困難である。ましてや街中にある通常規模の書店では、なおさらスペースが不

十分である。各シリーズが週刊もしくは隔週刊のペースで販売され、数種類のシリーズを扱うと

なると販売スペースに置いておけるのは、各シリーズ2、3号が限界であろう。ここから言える

ことは、創刊号を逃すとシリーズを完結させることが困難になるということである。「今買わな

いと今後購入できなくなってしまう」という気持ちを消費者に持たせるわけである。

4-3で述べたコンコルドの誤謬をこのデアゴスティーニの販売に当てはめることができる。安

価な値段から購入を決断した購入者は、その後も2号、3号と揃えていく。数号購入してから必

要のないシリーズだと思っても、それまでに注ぎ込んだ費用を無駄にしてしまうくらいなら揃え

ようという気になる。

図表 4-3 デアゴスティーニの商品例

出所:デアゴスティーニ ホームページ

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4-5. アウトレットモールと行動経済学

今流行のアウトレットモールはアンカリング効果を使った販売戦略を用いている。アウトレッ

トモールの特徴は、ほとんどの店舗で数十パーセントのセールを年中行っていることにある。そ

れは広告を見ても明らかなことである(図表 4-4)。値札に 1,980円と書かれたシャツと、

3,980円に線が引かれて 1,980円になっている約 50%offの値札とでは、どちらをお得に感じ

るか言うまでもない。客はこうしたアウトレットモール側のトリックに引っかかり、とてもお

得な商品を買っているような感覚に陥るわけである。

また、アウトレットモールに限らず、アパレルやスーパーなどでも取り入られている戦略があ

る。それは同価格帯の商品の中に安い商品を紛らわせることで、お得感を演出するものである。

10,000円のジャケットがずらりと並ぶ陳列棚に 5,000円のジャケットがあったら安く感じるは

ずである。98円のジュースが並ぶ飲料棚に 39円のジュースが売られていたら買わなきゃ損と思

うはずである。客に何かしらのアンカーを持たせることで購買意欲を増長させるというこの作戦

は、普段気付かないだけであって至るところで行われているはずである。

図表 4-4 アウトレットモールの広告

出所:三井アウトレットパーク幕張店 ホームページ

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考察 行動経済学は歴史的には非常に浅い学問であるかもしれない。しかし、人々の行動や判断の特

性を理解し、実際に企業の販売戦略や生活の中で活用できているという点で非常に有用な学問で

あることは間違いなさそうである。

 実際に企業のマーケティングを調べる中で、全部ではないが確かにこの部分は行動経済学が用

いられているなと気付くことは少なくなかった。本稿では4つしか例を挙げていないが、行動経

済学とマーケティングというテーマで詳細に調べていけば、より多くの発見があると筆者は感じ

たし、そうしたテーマで更なる研究をしてみたいとも思った。

 2章で取り上げたベイズの定理はトーマス・ベイズの亡き後約 300年を経て現在注目されつ

つある理論である。長い間、単なる確率論の1定理でしかなかったものがこうして現代のテクノ

ロジーの中で必要不可欠なものになったということを知ったときは感動した。

 行動経済学はどうだろうか。今やビジネスにおいては当たり前のように各種の理論が用いられ

ているのは事実である。しかし、ベイズの定理とは異なり、我々消費者とっても知るべき内容が

多く含まれている学問であると筆者は強く感じる。デフレや収入の減少によって消費者が賢く

なってきているとは言うものの、本当に合理的な買い物ができているかという問いには「NO」と言える部分があると思う。数字や文章表現のちょっとしたトリックによって、結局のところは

非合理な判断をしてしまうことは避けられないだろう。

 そこで筆者が最後に強調しておきたいことは、行動経済学を一般教養だと言えるくらいに身近

なものにしていくべきだということである。本稿で取り上げたように、難しい理論も生活に密着

した簡単な例を用いて説明できる数少ない学問であると考える。人気雑誌等に取り上げればその

日のうちに実践しそうな主婦や学生は、ごまんといるであろう。

 これから行動経済学がどのような発展を遂げていくか、なかなか予想することは難しいが、行

動経済学を知ることは、人を問わず非合理的な判断を合理的な判断へと変えるための重要なファ

クターとなっていくことは間違いなさそうである。

(24,615字)

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参考文献図書:

広田すみれ、増田真也、坂上貴之『心理学が描くリスクの世界』、慶応義塾大学出版会、2002年ジョン・ノフシンガー『最新行動ファイナンス入門』、ピアソン・エデュケーション、2002年ハーシュ・シェフリン『行動ファイナンスと投資の心理学』、東洋経済新報社、2005年マッテオ・モッテルリーニ『経済は感情で動く』、紀伊國屋書店、2008年マッテオ・モッテルリーニ『世界は感情で動く』、紀伊國屋書店、2009年リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン『実践行動経済学』、日経BP社、2009年依田高典『行動経済学』、中公新書、2010年仲野昭『経営財務入門』、神田外語大学出版局、2010年論文:

Hiruma, Fumihiko (2006)”Consumer Credit and Behavioral Economics”, Journal of Personal Finance and Economics, 25-35.森川和則(2008)「消費者心理を科学する-認知心理学と行動経済学の接点-」『基礎心理学研

究 28』, 140-141.山口勝業(2008)「わが国における行動経済学事始-研究の動向と課題」『CUC view & vision 25』, 26-29.

雑誌・新聞:

「行動経済学で非合理な顧客を動かせ」『日経情報ストラテジー』2009年6月号、30-42ページ

「ベイズの定理」『朝日新聞』2007年 11月 24日

ホームページ:

コカ・コーラ ホームページ

http://www.cocacola.co.jp/(閲覧日:2010年9月 18日)

小林製薬 ホームページ

http://www.kobayashi.co.jp/(閲覧日:2010年9月 18日)

デアゴスティーニジャパン ホームページ

http://deagostini.jp/(閲覧日:2010年9月 19日)

三井アウトレットパーク幕張

http://www.31op.com/makuhari/(閲覧日:2010年9月 19日)

「行動経済学」の個人的な勉強メモ。

http://note.masm.jp/%B9%D4%C6%B0%B7%D0%BA%D1%B3%D8/(閲覧日:2010年 10月28日)

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